君想う[046]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[97]
「ロメララーララーラ。君、随分と楽しそうじゃないか」
「はい、マルティルディ様! 本当に楽しかったんです。ヨルハ公爵とケディンベシュアム公爵が」
「へえ。いいなあ。僕なんて……僕に聞かせなよ」

 エンディラン侯爵がマルティルディにヨルハ公爵の面白さを語り出した。

※ ※ ※ ※ ※


「また来たら会ってくれるって。嬉しいね、エルエデス!」
「……」
「エルエデス。もしかして綺麗な女の子嫌いだった?」
「綺麗な女は構わんが……」
―― 性格の悪い女は嫌いだ
 言いたかったものの、ヨルハ公爵を前に上手く言葉が出ず語尾を濁す。
「?」
 すっかり上機嫌のヨルハ公爵は首を横に曲げる。
 傾げているのだが見た目は本当に首が曲がっている。これ程首が曲がったら、普通の人間は死亡なのだが、彼の首は特殊で軽く首を傾げたつもりでも”ごきっ”と音が鳴りそうなほどに曲がる。
「なんでもない。むこうの方が女としては上手だなと思ってな」
 ”あの女は性格が悪い!”
 そう言うのは簡単だが、言ったところでどうなるものでもない。元々ケシュマリスタ女は性格が悪いで有名で、ジベルボート伯爵も常々「同属の女性は……ああ! 許して、オヅレチーヴァ様」を連呼しているのだから、ヨルハ公爵もよく知っている。
「女性としては上手かもしれないけれど、強さならエルエデスのほうが上だよ!」
 子爵の部屋を去る際に、
『エルエデスの機嫌も取っておけ。敵対する家柄だが、他属の女に興味を持つ姿は腹立たしいようだ』
 そう部屋主に耳打ちされて”あまり理解できなかった”のだが”自分のことを気に入ってくれている女の子”に嫌われたくはないと言葉を並べる。
 ヨルハ公爵にしてみれば、エルエデスがどうして機嫌が悪いのか良くわからない。彼がエンディラン侯爵を気に入ったのは「エンディラン侯爵がヨルハ公爵を気に入った気持ち」と同じである。
 彼の容姿が特徴的であったからこそ気に入った。
 彼は美しいだけだったからこそ気に入った。
 ひたすら容姿が別方向に優れていたことが要因であって、それ以上の物はない。
 ヨルハ公爵にとってエルエデスはエンディラン侯爵の対極にはいない。彼の意識ではエルエデスは自分と”決して触れることはないが”手のひらが触れあえるほど近い位置にいる。
 世界に在っては対極だが、意識に在っては同じ。
 違うのは個人であることだけ。
「あんな弱いのと比べられてもな」
「エルエデスよりも強い女の子かあ……すぐには思いつかないなあ」
「褒められているだよな」
 エヴェドリットにはエヴェドリットの称賛の仕方があり、それを受け取ることも大事。
「もちろん!」
「……ふん」
 表情が綻んだエルエデスに、ヨルハ公爵は最高の讃辞を呈する。
「我にとってエンディラン侯爵は守ってあげたい女の子だけど、エルエデスは殺したい女の子だよ!」
 右側にぼっきりと折れたように傾げていた首が、左側に本当に折れた。ぶらんぶらんとしてしまった首を両手で位置を直して、
「なんで怒ったの? エルエデス」
 褒めたのに叱られて困惑する。
「咄嗟に手が出ただけだ。気にするな、部屋に戻る……讃辞、感謝する」
 個室に戻ったエルエデスは部屋のドアを閉めてから頭を抱えてしゃがみ込む。

―― 褒めてくれたのに、なんで腹立たしく

 エヴェドリットにとって「守ってあげたい」と言うことは愚弄しているに他ならない。他属相手ならば愚弄ではないが、同属相手には決して言わない。
 そして「殺したい」は惜しみない称賛を含んでいる。エルエデスはそのことを知っている。喜ばねばならない立場なのだが、
―― 「守ってあげたい」と聞いた時、エンディランの笑顔が脳裏を……
 女にだけ見せるように計算されつくした小馬鹿にしたような美しい笑顔が脳裏に浮かんで、思わずヨルハ公爵を殴ってしまった。
―― エンディランが守ってと言ったら……
 自分がつまらない人間になったような気分と、エヴェドリットとして落伍しそうな危機感。なによりヨルハ公爵に対する感情が、入学する以前よりもずっと深く、また独占を希望していることにまで気付き、エルエデスはその怒りを取り敢えず、
「今度こそ……今度こそ、負けてたまるかエンディラン」
 女性としては勝てなさそうなエンディラン侯爵に向けた。

 共有スペースに残されたヨルハ公爵は首はくっついたのだが、手を離さず頭を押さえたまま何が起こったのか? を考えていた。
「エルエデス……なんで怒っちゃったんだろう……」
 決してエヴェドリットから落伍することのない永遠の狂人は、複雑過ぎる同属異性の気持ちの揺らぎまでは察することはできなかった。

※ ※ ※ ※ ※


 この当時の彼らは自分の世界が正しかった。
 なにをしても許されるからではなく、その時まで彼らが生きていた世界では正しかったのだ。何れ色々な色が混ざり、なにかが変わる者もあれば、変わらない者もいる。

 変わることが良かったのか? 変わらないことが悪かったのか? それは結果のみが物語る。

※ ※ ※ ※ ※


 メディオンは、美容部で化粧品の基礎を習っていた。
 美容部の活動は人体調理部のような緩いものとは違い、しっかりとした計画書がある。それというのも美容部は帝国上級士官学校創立当初からある歴史あるクラブ。
 卒業生が「これも覚えておいた方がいいよ」とアドバイスをくれることもあり、それらを取り入れたために、普通の美容学校など足元にも及ばない美容知識を身に付けることとなる。
 基礎化粧の練習を終えたメディオンは、部員たちと共に「美髪」効果のあるお茶を飲みながら、次回はなにをしようか? と話合う。
「これは? なんじゃ」
 メディオンは四年生から必須になる”理髪”を指さす。
「理容ですよ」
「頭髪など専門の者がおろうに」
「クラブでは”髪を切る”技術を学びますよ」
「髪を……切る?」
 男性は長く伸ばして結い上げるとその意味を持つが、女性は髪を結うのは既婚者で、独身主義を表すのは髪を切るしかない。
「ほら、髪切るのって反対されるじゃないですか」
「それはそうじゃろう……」
 ”ルグリラド様の側近として生涯独身を貫くのじゃ!”宣言しているメディオンも、本当にそうしようと思えば髪を切る必要がある。
 だが自分の髪を切ってくれそうな者はいない。両親が禁止命令を出せば領内の者は誰も切らない。となれば最終手段として自分で切るしかない。
「自分で自分の髪切るって、結構難しいそうですよ。一度明かにしてしまえば専門の理髪師を雇えますが、最初の一歩までが大変ですし、周囲も止めるじゃないですか。だから自分で切ることができるように、それもただ切って”思いつき”程度に取られるような無残な切り方ではなく、前々から熟考してましたと宣言できるようなカットができるように」
 勢いや思いつきではない、強固なる意志。
「……」
「それに主が髪を切ると言ったら、やっぱり切って差し上げたいじゃないですか。だから他者と自分を上手にカットする技術を学ぶのです。四年からというのは、その辺りになればもう独身主義か結婚するか? 定まってる頃ですので」
「あーそうかあ……そうじゃな、独身を表すにはそれが必要じゃったな。髪なあ」
「ええ。ちなみに理容の他に帽子造りと、花の選択も行いますよ!」
 元々短髪は帽子を被るのが決まりで、そこに生花を挿すことも必要だ。
 長髪の場合帽子は被らないので、当然帽子も自分で用意しなくてはならない。
「……」
「どうしました? メディオン」
「いや。儂は独身主義のつもりじゃったのだが……こうしてみると、あまり本気で考えてはいなかったようじゃ」
「そんなに焦る必要はないでしょう。でも四年生になった辺りには決めておかないと、結婚式の日程もありますから」
 帝国上級士官学校の在学生は、ほぼ全員が皇帝に縁があるので、結婚する場合は皇帝を式に招く。
 皇帝を招く式故に、用意は最低でも二年前からしていなくてはならない。招く皇帝は一人しかいないのだから、予定を合わせるのも重要となってくる。
「たとえばですけれども、メディオンがゾフィアーネ大公と結婚するとなると卒業後、二番目に行わなくてはならないでしょう」
 大体の帝国上級士官学校生は卒業後すぐに結婚する。
 卒業した軍人皇王族は、普通の皇王族にはない慣習 ―― 同学年内の血筋上位者から結婚する ―― ことになる。
 今学年はガルベージュス公爵とエシュゼオーン大公が一番手。卒業したその日に結婚式が行われる段取りが「昨年」のうちに決まっている。
 ゾフィアーネ大公とメディオンとなれば、両者の地位からして次に行われることになる。下手をすれば両組を合わせて、皇太子の結婚式に勝るとも劣らないもの行う可能性も出てくる。
「そうじゃよな。結婚しないのならば、早急に手を打たねば後続の式に影響が出るな」
 これ圧力となり、結婚式は次々と行われる。
「そうですよ。メディオンで止めると、ギュネ子爵とエンディラン侯爵の結婚にもストップがかかってしまいます。そうなるとケシュマリスタ王太子殿下とベル公爵殿下の仲が益々酷いことに」
「うっ……」
 ザイオンレヴィは現皇帝の実妹を祖母に持つので、この場合は皇王族に数えられ結婚する順も、帝国上級士官学校での慣習に則ることになる。
 卒業までにメディオンが独身主義を表明せず、結婚する意思があるゾフィアーネ大公の結婚が無くなれば、それ以降の新卒皇王族軍人の結婚式は止まる。
 下手に結婚式を止めてしまえば、皇太子妃を擁するマルティルディが他の正妃たちの婚姻を許可しない可能性も出てくる。
 皇帝は取りなすだろうが、それなりの譲歩や金銭的なものがテルロバールノル王家側に科せられるのは明か。
「そんな顔しなくても。ゾフィアーネ大公と結婚してしまえば楽ですよ」
「………………」
「格好良いじゃないですか」
「陛下の覚えもよろしいですし」
「ガルベージュス公爵の友人だしね」
「頭脳明晰、眉目秀麗とはあの方のためにあるような言葉ですよね」

 先日の見合いに腰布一枚で踊りながらやってきたゾフィアーネ大公を思い出し、

―― 結婚すれば当座は楽であろうが、死ぬまで辛いわい……

「知的ですし」
「知識だけではなく、雑学もあって会話が楽しい方ですから」
「声もよろしいですよね」
「お酒を注ぐ姿の美しいこと」

 やたらと皇王族の女性たちに人気が高いゾフィアーネ大公の評価を聞きながら、冷えた茶を無言で啜った。


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