君想う[042]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[93]
 イデールマイスラがエシュゼオーン大公に死体指導されている寮へと戻った、ヨルハ公爵にジベルボート伯爵、付属品になりつつあるロープをぶら下げたザイオンレヴィに子爵とメディオン。
「大丈夫なのか?」
「エルエデスだけじゃないから平気だと思うよ」
 本来であればエルエデスも打ち上げ終了後に寮へ戻って来る筈だったのだが、キーレンクレイカイムが先々週のザイオンレヴィ並の皇王族被害に遭遇し、あちらこちらに連れ回されることになり、招待したエルエデスが放置して帰るわけにはいかなくなった。
 通常であれば置いて帰ってくるところだが、キーレンクレイカイムとは交渉途中なのである程度誠実な態度を取る必要があるのだ。
「それで研修は?」
「回答はもらえなかったけれども、上手くいきそうだよ」
「ロヴィニア王国銀行に口座を開設することが第一条件だそうです」
「国外口座か。取引がないから作ったことはないが……」
 そんな話をしながら部屋へと戻った。
「エディルキュレセ、部屋まで送ってくれてありがとうな」
「いやいや、気にしないでくれ。部屋も近いし」
 一部屋挟んだ向こう側にあるメディオンを送り届けた。
 部屋に戻ったメディオンは、軽い足取りで部屋へと戻り、ベッドの枕元に置いている子爵からプレゼントされた兎に飛び付き抱き締めて、
「今日、いいことがあったんじゃぞ!」
 兎相手に語り出した。

 ちなみに兎には名前が付いており、その名はバーディンクレナーデ。「ヴァートスドヤード」のテルロバールノル読みであり、メディオンだけの秘密である。

※ ※ ※ ※ ※


「したい! したい! へん! したい!」
 エシュゼオーン大公の声援を受けながら、今日もイデールマイスラは棺の中で死体練習をしていた。
 あまりにも厳しい演技指導に”いっそ本当に死んでやろうか?”と思ったこともあったのだが、よく考えなくても本末転倒なので我慢し、自己表現の向こう側を目指して頑張っていた。

「頑張ってはいけません! 頑張る死体なんてゾンビです! スケルトンです! 力を抜きつつ全力で! フルパワー言いながら0.3%以下の力しか出してはいけません!」
―― どうしろというのじゃぁ……

※ ※ ※ ※ ※


「そろそろ帰りたいのだが」
「ではお送りしましょう! そして大宮殿で親睦会を!」
 誘った手前、送り届けなくてはならないだろうとエルエデスは残った。そのエルエデスから見て、
―― よくこの皇王族たちを相手にしていられるものだ
 キーレンクレイカイムはよく戦っていた。負けた相手を讃える”善戦”なる言葉で表す必要がない程に頭と口の回転だけで一人よく戦っている。
 エルエデスは腕力で勝負ならば協力もできるが、ガルベージュス公爵とジーディヴィフォ大公とゾフィアーネ大公相手に口だけで勝負している場面では援護のしようがない。
「親睦会か。まず聞くが、女は全体の何割だ」
「七割にしましょう」
「では料金は?」
「七割出してくださるでしょう?」
「女性の分を出した見返りに、誰でも持ち帰りができるということか?」
「持ち帰るのは構いませんが、フィラメンティアングス公爵殿下のお好みの女性は一人もいないかも知れません」
「……まあ良いだろう」
「いいのか!」
 さきほど打ち上げは無料か? と聞いてきた男の正反対の発言に思わずエルエデスが聞き返す。
「良いんだ。それでは大宮殿に移ろうか」
 エルエデスの肩にさりげなく手を置いて会場を移動することに。
「どうして我の肩に手をおくのだ?」
「女が近くにいたら、まずは触る。それが私たちだ」
「……」
 ロヴィニア王国研修も色々と面倒だな……エルエデスはそう考えながら、キーレンクレイカイムの手を摘んで払いのけて歩き出した。

※ ※ ※ ※ ※


「今週くらいは我慢しなさい、ミーヒアス」
 キルティレスディオ大公に向かい会って座っているのはフェルディラディエル公爵。彼が大公に”我慢しなさい”といっているのは酒ではない。
 彼に対して酒を我慢しろと最後に言ったのは三十年前のことで、以降一度も本気で”酒を止めろ”と進言したことはない。
 では何を我慢しろと言っているのか?
「……」
 本日はデルシが領地に帰っており、呼び出し不可能になっている。
 もちろん酒浸りの酒乱の節制など誰も信用しないので、代理(デステハ大公)が控えており万全の体制。
 要は暴れた大公を捕らえにくるのが、デルシではないことを我慢しろと言っているのだ。敢えて名前を出さないのは、下手に刺激をすると飲まないでも暴れ出すため。
 子爵よりは強い公爵執事だが、この大公には敵わない。
 腕力で敵っていたら、むりやり酒を取り上げることもできたかも―― 公爵執事は二十年ほど前まではそう考えたこともあったが、今はそんなことを考えることもしなくなった。
「そうは言っても無理ですよね。はいどうぞ」
 大公の目の前のグラスに酒を注ぎ勧める。
「あのな、ヒロフィル」
「なんですか? ミーヒアス」
「俺、酒好きじゃないんだよなあ」
「そんなことくらい解ってますよ。あなたが酒が好きだったのはほんの僅かな期間だけ。以降は飲まなくてはやっていけなくなっただけでしょう」
 若い頃は酒が好きで楽しくもあった大公だが、失敗をしてから好きではないのだが手放せなくなった。
「よく解っていらっしゃる」
「他人ですからね。なによりも愛想笑いしながら、欲しいものを際限なく与えたほうがずっと楽です。どうぞ」
「普通ならここで酒止めるんだろうけどな」
「そうでしょうね。でもあなたは飲むでしょう?」
「もちろん」
 人生やり直す気などない大公と、やり直させる気もない公爵執事の宴はいつも無言のまま終わりを告げる。

※ ※ ※ ※ ※


 大宮殿に戻ったキーレンクレイカイムは、エルエデスに「帰寮時間だろ」と背中を押して帰るように促した。
「いいのか?」
「構わんよ。連絡口は開いておくから、いつでも連絡をくれ」
 そう言いキーレンクレイカイムは皇王族の集団の中に消えた。
 引くべきところは引かねばと、エルエデスは寮に戻る最終便に乗り込む。できればあの集団の中には残りたくない、それが正直な気持ちでもある。
 エルエデスが逃げた集団に混ざったキーレンクレイカイムだったが、親睦会の準備が終わるまでまだ時間がかかるということで、ガルベージュス公爵と共に帰寮便を見送る。見送られている方は解らないのだが、二人としては見送っているつもりであった。
「帰したのですか」
「そりゃまあねえ。皇太子にこれ以上嫌われるの面倒なんで」
「いつ頃から気付いたのですか? キーレンクレイカイム」
「二年くらい前じゃないかな」
「あなたなら、皇太子に嫌われても平気かと思いましたが」
「理由にもよるな。女絡みで嫌われるのはいたって平気だ。だから陛下に好かれて皇太子に嫌われるのは問題ない」
「では嫌われても構わないというわけですね」
「そうも言うな」
「何にせよエルエデスが連れてきてくれてよかったですよ。わたくしも常々あなたとは親交を持ちたいと考えておりましたから」
「なんでまた」
「あなたに嫌われ役になって欲しいのですよ。その見返りに……」
 帝星から抜けて近くの寮に到着するのを見届けて、二人は準備が整ったと呼びに来たゾフィアーネ大公と共に宇宙港をあとにした。

 寮に戻ったエルエデスは、まだ起きていたヨルハ公爵と共にまた映画を観ることに決めた。

 エルエデスは手を握られるようになってから、怖さと羞恥を紛らわすために、大量の食料を希望するようになったので、観るまでにかなりの手間がかかる。
 材料を購入して台所で料理を作る。料理の腕前そのものは、両者似たようなものだが、役割分担はしっかりとしている。
 材料を切るのがヨルハ公爵で、調理するのがエルエデス。
 エルエデスは自分の指が切れてると、それをそのまま調理してしまうクチなので、一般的には料理は下手な部類にはいる。おまけにエルエデスの指なので、他の具材に火が通っても指だけは生その物状態で料理の味を崩してしまうのだ。それを回避するために指を切らないで具材を切ることが出来るヨルハ公爵と役割分担することになった。

 以前、エルエデスの指入り野菜のトマト煮込みを食べたヨルハ公爵が「エルエデスの指も美味しいよ生煮えだけど」と嬉しそうに食べていたのを見て、非常に恥ずかしくなり以来料理に混入しないようにするために、具材を切ることをしなくなった。
 余談だが、自らの指を目の前で好きな相手に食べられて恥ずかしくなるという感覚を理解できるものは、そういないであろう。

「そうだ、ケーリッヒリラが居なかった理由は?」
 料理を作りながら、エルエデスは居る筈なのにいなかった子爵についてやっと尋ねることができた。
「メディオンがね、キーレンクレイカイム王子のこと嫌いなんだって。詳しい理由は聞かなかったけど、口説かれたんじゃないのかな?」
 パエリアを作っているエルエデスの隣で、ヨルハ公爵は前もって買っておいたアサリを火にかけて、白ワインを回し入れ蓋をする。
「仕方ないだろう。ロヴィニア男は女を見たら口説かなければならないと、遺伝子に刻み込まれた生き物だ。我等が人を殺すのとなんら変わりはない」
 火を止めてローストビーフを薄切りにし飾りながら、
「そうだけどさ……エルエデスも口説かれた?」
 ”どうなのかな?”と聞いてみる。
 キーレンクレイカイムがエルエデスの好みではないことは解っているが、口説かれたら嬉しいものなのか? と。もしも口説かれて喜んでいたら、それはそれで可愛いものだとヨルハ公爵は思った。
「いいや。我々は性別は女でも、生物として女かどうか怪しいからな」
「我はなんといって良いのか……エヴェドリットでは美人だけど、ロヴィニア向きじゃないんだな」
「……まあな。だが良い物だぞ。ロヴィニア男に口説かれなくて済むのは」
 だが同時に口説かれていないことに、心の奥底で喜び、口説かれなかったことを悔やんで居ないことがエルエデスらしいとも思った。
 料理が完成し、モニターの前に座って見事な叫び声と、容赦ない効果音がすばらしい映画を鑑賞する。
 エルエデスは、アサリの酒蒸しを前に手を握っていると食べ辛いことに気付いたのだが、ヨルハ公爵の指に意外と力がこもって、外しづらいことに気付き、殻ごと口に放り込む。
 そんな良い雰囲気の中、
「お邪魔します。ちょっと用事……」
 書類を抱えたザイオンレヴィがノックをしてすぐにドアを開けて入ってきた。手を握られているところを見られることに抵抗があったエルエデスは、全力でヨルハ公爵をぶつけた。
「え? あ? うああ?」
 飛ばされたヨルハ公爵は見事にザイオンレヴィをかわして、壁に着地してから床に下りる。
「驚かせたようだね」
「あ、はい。手を握っていることに驚きました」
 手を握っていたところを見られたことに焦ったエルエデスは、殺意が芽生えかけたが、
「エルエデスが暴れないようにするためなんだ!」
「暴れる?」
「映画が恐くないって暴れることがあるから、それを押さえてるんだよ」
 エルエデスの名誉を守る理由を偽造したヨルハ公爵の機転により、芽生えた殺意はそのまま枯れ果てた。
「そうなんですか」
「これは内緒にしておいてくれないか」
「どうしてですか?」
「映画の内容に”あたってる”って知られたら、デルシ様に叱られるから」
「あ、そういうことでしたら」
 書類を渡したザイオンレヴィが帰ったあと、
「御免よ、エルエデス。上手い言い訳が思いつかなかったから嘘ついちゃって」
 ヨルハ公爵が手と手を合わせて”謝って”きた。
「あれでいい……だが本当のことを言ってもよかったんだぞ、ゼフ。我が恐がりだと」
「……」
「どうした?」
「我だけの秘密にしておきたかった。それじゃ駄目かな?」
「……いいぞ。さて嫌だが続きを観るとするか。簡易レポートもまとめなければな」
「ホラー映画鑑賞部って大変だね」

―― 後日 ――

『マルティルディ様。本日も無事優勝いたしました。メダルは同封しております。それと……(中略) そうだ、さっきヨルハ公爵の部屋を訪ねたら、ヨルハ公爵がケディンベシュアム公爵が暴れるのを押さえるために手を握っておりました。
 仲の悪い公爵同士ですが、寮内では協力しあって生活しているようです。
 僕も彼らを見倣って、手を握ってマルティルディ様を押さえられたらいいなと思ったのですが無理なことに気付いたので手を握るような真似はしません。ご安心ください。
 それではまた』

 メダルが同封された手紙を受け取ったマルティルディは、
「……」
「どうなさいました? マルティルディ様」
「ん? 僕さ、いまね、ザイオンレヴィを殴り飛ばしたくて仕方ないんだ、ロメララーララーラ」
 凍りついた笑顔を貼りつけて、手紙を握り潰した。

―― 何したのかしら、あのお馬鹿さんは


|| BACK || NEXT || INDEX ||
Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.