君想う[041]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[92]
「キーレンクレイカイムが欠席?」
 欠席の連絡を受け取った相手は父のロヴィニア王。彼らは普段は家族で食事をすることはなく、王が相手と日付を決めて呼び出し、腹の探り合いをしながら食事をする。
 遺産の分け前をちらつかせているので、集まりは良い。法律で取り分は決まっているとは言うものの、王族となれば王とその次の王の独断と偏見で好きにされてしまうもの。
 そのため他の兄弟姉妹たちは、会話をして気に入られようと必死であり、会える機会を捨てるような真似はしない。
「はい。ジーディヴィフォ大公主催の打ち上げに参加しするのでと」
 ロヴィニア王はあらぬ方向にやたらと勢いの良いジーディヴィフォ大公の行動を思い出し、一人悦に入って頷きながら連絡を持って来た秘書に問い返す。
「ガルベージュスも参加しているのか?」
「はい。誘いに来たケディンベシュアム公爵がそのように」
「そうか。ならば仕方あるまい。そうだな……大宮殿にはイダがいるな。あれを呼べ」
「御意」
 弟の代わりに急遽呼び出されることになった王太子のイダは、伝令から話を聞きすぐに向かうと早急に伝えるように命じて食事用に着換える。
「それにしても……」
「どうなさいました?」
 イダの秘書が独り言にも取れるような呟きに尋ね返す。
「キーレンクレイカイムは真の皇王族と大宮殿以外で出会ったことはないだろうから、勢いに負けねばいいなと思ってな」
「勢い……ですか?」
「そうだ、勢いだ。バーゼンウーデは皇王族にしては大人しい……驚いたようだが、実際あの男は大人しいのだ」
 イダの秘書はロヴィニア王国出身で王国で貴族とイダの取り次ぎが主な仕事で、大宮殿にやってきても皇王族たちと会うことはほとんどない。
 秘書がもっとも接する皇王族はイダの夫バーゼンウーデで、認識は「よく喋る」
 ”あれ”で大人しいのであれば、自分はく口がきけないと言われても頷くしかないという程によく喋る。
「私たちロヴィニアは喋っていつの間にか納得させて騙すが、あいつらは喋っているうちに考えるについて行けず訳が解らぬまま同意に持ち込む。ほとんどは計算尽くだが、ごく稀になにも考えずに振り回す者もいる」
「それは……また」
 秘書が言えるのはこの程度。
「研修絡みだろうな。私も過去数回、王城に研修生を受け入れてやったことはあるが……ゼオン・ロヴィニアがシュスター・ベルレーに賭けようと思った判断は間違いではないだろうし、あれが本体であったなら賭けざるを得なかったであろうよ」
「あれが本体?」
「ああ、あれだ。あの喧しさだ。あいつらから喧しさを取ったら、ただの天才だ」
「……」
 ”ただの天才ではいけないのだろうか? ただの天才のほうがいいのでは……”秘書は当たり前のことを考えたが、イダがわざわざそう言ったからには理由があるのだろうと、下手に口を開くようなことはしなかった。
「誘いに来たのはイルギ公爵妃か。……これだけ強ければ、弟に手を出されることもあるまい。手出したとしても自分で実証済みだしな」

 愛人たちに五人の子を産ませ、過不足ない手配をやってのけた弟の実務能力をイダ王太子は信頼していた。

※ ※ ※ ※ ※


「ここはどこじゃろうな? 子爵」
「裏路地だ。位置は確認しているから迷ってはいない。安心してくれ」

 子爵とメディオンは二人きりで上級貴族が歩いていても目立たないような裏路地にいた。目立たない理由は、周囲に人がおらず視線もなにもないためだ。
 打ち上げに向かった筈の二人が、人気のない裏路地を二人きりで歩いている理由は《キーレンクレイカイム》にある。

 メディオンの応援とマルティルディからの命令で見事優勝したザイオンレヴィ。大会終了後にイデールマイスラに死体指南をしていたガルベージュス公爵が合流し、本日の打ち上げ会場である「ちょっとお洒落なレストラン。貸し切りもできるよ」へとやって来て、主役を祝ったり吊ったりし、話に花を咲かせていた。
「シク、クレウ。エルエデスがキーレンクレイカイム王子を連れて来ることに成功したよ!」
 いち早くエルエデスから連絡を受け取ったヨルハ公爵が、ほとんどの人が驚いている顔に見えてしまう不思議な笑顔で作戦成功を報告してくれたのだが、
「フィラメンティアングスが来るのか……」
 先程まで笑顔であったメディオンの顔が”それ”を聞いて強ばった。
「あ、ああ……」
「我とシクとクレウとエルエデスはロヴィニアに研修に行く予定で、その為に話をしたくて誘ったんだ。エルエデス以外が誘いにいっても、待合室にすら入れてもらえないから」
 ヨルハ公爵の説明を聞き、強ばっていたメディオンの顔にうっすらと侮蔑が現れる。
「……」
 うつむき加減になりやや頬を膨らませた感じになったメディオンを見て、ヨルハ公爵は紫色をしたかさかさの上唇を、同じく色気の悪い唇で舐めてやや上目遣いになり考えをまとめて、最善だと思う提案をした。
「シク」
「なんだ? ヴァレン」
「メディオンと一緒に会場から出るんだ。研修の話は我に任せておけ」
「いや、だが……」
 いきなり二人きりで逃げろと言われた子爵は即座に返事を返すことはできずに、各自の顔を見て”どうしようか?”と悩む。
 ちなみに視界の先には吊られて揺れているザイオンレヴィも含まれている。
「詳しい理由は解りませんので、場所を変えてメディオンさまから聞いて、今日帰ったら教えてください」
 ジベルボート伯爵にも言われて、理由も解らないまま、メディオンの手を引き子爵は会場を抜け出した。
「いいのか?」
「……もちろん……」

 大通りを歩くと目立つので、人目を避けて歩き続けて周囲に気配がないところまでやってきて足を止める。
 建物の裏側で四方が囲まれている小さな場所。
「椅子の代わりになるものは……」
 メディオンを座らせようと周囲を見回し、椅子代わりにと一度も使われたことはなさそうな裏口階段にシートを敷く。
「どうぞ」
「エディルキュレセはいつもこの軍用シートを持ち歩いているのか?」
 野営地でテントの下に敷かれるシートを持っていたことに驚きと感心とエヴェドリットだな、という気持ちが混ざって結果的に《エディルキュレセらしい》とメディオンの中で決着がつく。
「ああ」
 子爵も隣に座り、表情が曇った理由を尋ねた。
「フィラメンティアングス公爵殿下が苦手なのか?」
「苦手というか……あの男、儂に”愛人にならぬか”と、顔を合わせる都度言ってくるのじゃ。アレが挨拶であることは解っておるが、嫌なんじゃ」

―― さすが王族。ローグのお姫様を愛人なあ……

「そうなのか。我は殿下には直接お会いしたことはないので、人となりは知らんから何とも言えないが……メディオンから見て、殿下はどのようなお人だと感じる?」
「…………す……」
「?」
「助平……」
 一言で言い現してしまったメディオンに、
「そうなのか」
 子爵はまさに「なんと言っていいか解らない」状態になった。
「助平というかいやらしいというか……色事師というのか、よう解らんのじゃが、とにかくあの垂れ目の視線は女の体が大好きだと物語りすぎておるのじゃ!」
「あーなるほど」
「あの男、儂のルグリラド様にも……なんと言うか、ルグリラド様はお美しいからあの男が興味を持っても仕方ないのじゃが、未来の皇后になる御方にあの視線は許せんのじゃあ!」
 見事なまでにロヴィニア男性であるキーレンクレイカイムは、女性に対しての興味を隠すことはない。例えそれがどのような立場の女性であったとしても。
「教えてくれてありがとう。それにしても絵に描いたようなロヴィニアの王子殿下だな」
「そうじゃな……エディルキュレセはロヴィニアに研修に行くのか」
「そのつもりだ。王族の紹介は避けたかったんだが、ヨルハやエルエデスがな。あの二人になるとロヴィニア側も尻込みするだろうから、上層部に掛け合うのが近道なんだ。我はそこに”こっそり”と混ざる予定」
 ロヴィニアの上級貴族でもあの二人を受け入れるのには二の足を踏む。どんなに高額報酬が提示されようとも、暴れ出したら手の付けようがない。おまけにヨルハ公爵とエルエデスは、一般的には敵同士。
「そうかあ。儂はどうしようかなあ」
「個人的にエヴェドリットはお勧めしない。観光ならまだしも、軍の研修となれば人殺しばかりするはめになる」
 子爵は声にならない笑いと共に、自国は止めておくべきだとメディオンの肩に手を置く。
「そ、そうか……子爵がそう言うのであれば……じゃがなあ」
 子爵の生まれ育った国に行ってみたいと思っていたメディオンだが、エヴェドリットの軍隊がどのようなものかを考えれば、研修内容も容易に想像ができてしまう。
 メディオンはテルロバールノル貴族らしく選民意識の塊で、人を殺すことに罪悪感などはないが、それはあくまでも特権階級的な殺害。他者に命じて殺させる、自分の手を汚さない「支配者的殺害」であって《剣よりも銃よりも、拳よりも噛みついて食い殺すのが至高》という自分で殺すどころか、どうやって殺せばより生命が消えてゆくのを感じることができるかを突き詰めるような一族の殺しとは違う。
 メディオンはそのような殺しは好きではない。
 人口総数からすればメディオンと同じ意見が多いであろうが、エヴェドリット貴族に限定すればそれは少数になる。
「テルロバールノルでいいんじゃないか? いずれはセヒュローマドニク公爵殿下と帝国に住むことになるんだろうから、故国と繋がりを持つためにも」
「……そうじゃなあ。で、でも……苦手なあの男を克服するためにロヴィニアに行くかも知れん。その時はよろしゅうな!」
「ああ」

 その後メディオンが、キーレンクレイカイムのことやその妹でありルグリラドのライバルでもあるイレスルキュランのことなどを、決して悪口ではないのだが、かなり偏見に満ちた切り口で話す。
「頭良いで有名な御方だな」
「まあな。ロヴィニアは頭良いのが多いからな」
「セヒュローマドニク公爵殿下はハープがお上手だと聞いたが」
「おう! とってもお美しい音色を奏でられるぞ」
「お美しいセヒュローマドニク公爵殿下が皇后で、皇太子妃殿下が帝后で……」
「そこは解らんな。親王大公を産んだ方が勝ちじゃろうからして、イレスルキュランが帝后かも知れん。あいつらはぼこぼこ産みおる」
「ぼ、ぼこぼこ……たくさん子どもを産んでくださるだろうな。しかし……エヴェドリットは年頃の王女殿下がいないからどうなることやら」
 王女は存在しているのだが、皇太子の妃にデルシが選ばれるとは誰も考えない。
 政略結婚の年の差としてはあり得ない範囲ではなく、親王大公も産めるのだが誰もそれについては触れない。
 理由は一つだけ。皇帝の側近であり、絶大な信頼を得ているデルシが皇太子の妃になると、彼女の権力が増大し王をも凌ぐ可能性が出てくる。
 それを避けるために、デルシが正妃という選択肢はないものとされている。
「ケディンベシュアムが候補に挙がったと聞いたが」
「エルエデスかあ…………もしもエルエデスが正妃になったら、仲良くしてやってくれ」
「そりゃ無理じゃよ、エディルキュレセ」
「そうだよな」

 その後も二人で会話し、時間になったので人通りの少ない道を選び歩いて大宮殿へと戻った。


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