君想う[040]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[91]
「陛下! ごめんにゃしゃい! ごめんにゃしゃい! ごめんにゃしゃい! よろしいでしょうか!」
 皇帝が一人でゆっくりと昼食を取っている最中、許可も得ずに乱入してきた形になったキルティレスディオ大公は土下座して叫んだ。
 後ろからついてきたデルシの「見慣れたあきれ顔」を確認して、皇帝は目の前の皿に乗っている料理を時間をかけて食べ終え、皿が下げられてから口を拭って、キルティレスディオ大公のほうを見ることもせずに許してやる。
「よろしい。ガルベージュスに命じておくゆえに安心せよ。二度とこのようなことが無いように等、無駄なことは言わぬ。だが肝に銘じておけ。行けミーヒアス」
「はい!」
 急いで戻ろうとしたキルティレスディオ大公の背中をデルシが強かに蹴り、空気が裂けるような音がしたものの、それもいつものことなので誰もが黙ったままであった。
「デルシ、座れ」
「御意」
 皇帝の向かい側に座り、あらかじめ用意されていたガルベージュス公爵への命令書をテーブルに乗せる。皇帝は手を叩き、
「ペンを」
 サインをして早急に届けることと、デルシ以外全員に退出するよう命じた。
 キルティレスディオ大公が訪れた後はよく二人きりで話をしているので、誰も奇妙なことだとは思わずに部屋をあとにした。
「……」
「……」
「ガルベージュスも辛かろうに」
 皇帝の言葉にデルシが頷く。
「本人の記憶だけは消せませんからな」

―― ヴェルンダイムが覚えていてくれる限り、わたしは死なない ――

「記憶は消せたとしても、感情までは消えぬからな」

※ ※ ※ ※ ※


 キルティレスディオ大公が皇帝に謝罪をしていた頃、病院にいた五人は寮にもどることにした。
「我は用事があるから二人と一緒に」
 子爵は近いうちにまたマルティルディがエンディラン侯爵を伴ってやってくると連絡があったので、どうやって持てなしたら良いかを聞くため二人の部屋で話合うことにした。
 エルエデスとヨルハ公爵は別々に帰っても良かったのだが、なんとなく二人きりで散歩するように周囲を歩き回った。
「エルエデス」
「なんだ? ゼフ」
「エルエデスはどうして反重力ソーサーレース部の打ち上げに、ガルベージュス公爵が来るって知ってたの?」
 エルエデスはガルベージュス公爵とは接点がないに等しい。
 あの時、子爵が提案していたらヨルハ公爵は不思議には感じなかったのだが、いままで接点がなかったエルエデスが確定事項のように言ったことに違和感を覚えた。
 その違和感はすぐにエルエデスの性質と、ベリフオン公爵の研修先と結びつき、すでに限りなく正答に近いものを導き出していた。
「それは……」
 ”どれほど嘘を並べ立てても無駄だろうな”
 エルエデスは責めているわけでも、正しい答えを欲しているわけでもない。ただ《答えに到達してしまったのでそれが正しいかどうか?》を尋ねただけと解るヨルハ公爵の表情に、言い訳はしなかった。
 だがはっきりと答えもしなかった。
「聞くなよ、ゼフ」
「解ったよ、エルエデス」

 空には人工的に作られた虹が架かっていた。その先には帝星が見え、白亜の大宮殿が広がっている。

「ねえ、エルエデス。今日はどんな映画観るの?」
「タイトルは”ゾンビがいる丘”監督は以前観たゾンビ映画と同じだ。内容も同じようなものだろう」
「えーまたー。アレ観てると悲しくなる」
「あんな下らないゾンビ映画観て悲しくなれるのはお前だけだろう、ゼフ」

 ヨルハ公爵と”シセレード公爵”が、人間など比べものにならない優れた身体能力を持っていようとも、その虹の下を一緒にくぐり抜けることは出来ない。

※ ※ ※ ※ ※


「……という訳で、来週は休む」
 昨日の休みは自宅に帰り、後ろ髪を引かれる思いで子爵が整えてくれた爪などを召使いたちに改めて整えさせたりなど、身支度を調えて本日寮へと戻ってきたメディオンは、クラブに顔を出して活動予定表を確認し、来週の反重力ソーサレース部の応援に行く為に休みを申し出た。
 理由は隠しようがないので、はっきりと。出来るだけ素っ気なく言ったつもりだが……そこら辺は誰も敢えて触れはしない。
 淡い感情を茶化すような育ち悪く、頭の悪いのは、帝国上級士官学校には滅多にいない。滅多な例として上げるのならばキルティレスディオ大公くらいのものである。
「何を着ていくつもりですか? メディオン」
「美容部はコーディネートもするんですよ!」
「みんなで選びましょう」
「お、おう……」
 昨日帰宅した際に、どれを着ていこうか? ありったけの洋服を並べさせて悩んだ挙げくにどれも気に食わず困り果てていたメディオンには渡りに船といったところ。
「手持ちの洋服のデータ照会できますか?」
「できる。待て」
 貴族の洋服はデータ保存も完璧なので、何処ででも呼び出して見ることができる。
「応援したあと、二次会にも行くんですよね!」
「行く予定じゃ」
「二次会会場は?」
「会場と食事の形式にあった格好していかないとね」
「応援も出来るようにしておかないと」
 美容部員全員で、メディオンの手持ちの洋服(未着用二十五万着)から数百点を選び、コーディネートが完了した時、既に大会の前日であった。

―― いつになく充実したクラブ活動でした!(美容部一同)

 メディオンの好み優先を忘れずに、部員たちが一緒に選んだ洋服に靴、バッグ。口紅の色からイヤリングにネックレスまで。
「……」
「どうしたんじゃ? エディルキュレセ。へ、変か?」
「いや、なんというか……いつもとまったく印象が違うから驚いたんだ」
「変ではないか?」
「まさか。とても良く似合っている」
 メディオンは上機嫌で子爵の腕に自分の腕を通してぶら下がるようにして、
「さあ、儂を案内せい! エディルキュレセ」
 元気よく歩き出した。
「シクは顔いいですからねえ」
「そうだね、クレウ。でも顔だけじゃないよね」
「それはそうなんですが、でも顔の比重が大きいと思うのです」
「まあね」
 ヨルハ公爵とジベルボート伯爵も一緒だったのだが、メディオンの視界には入っていなかった。

 メディオンが元気よく反重力ソーサーレース会場へ足取りも軽く応援に向かった頃、エルエデスは大宮殿でキーレンクレイカイムを待っていた。彼は皇帝との面会後の予定はない。
 各方面からの誘いがあり、それを選ぶ立場にある。
 誘った者は全員同じ待合室で、声がかかるのを待っているのだ。

―― 性別が女だから無視されることはないと思いたいが、ライバルが多すぎる

 待合室にいるのは全員女性である。男の誘いには絶対に乗らない、それがキーレンクレイカイム。
 そんな女のお誘いしか受け付けないと明言しているキーレンクレイカイムは、宇宙最高権力者の女性と話をしていた。
「お久しぶりです、陛下」
「元気そうだな、キーレン」
「昔はそうでもなかったようですが、今は元気なことが取り柄ですので」
「そうだな。ところで……」

 とくに構えることはなくいつも通り皇帝との話を終えて休憩室へと戻ってきたキーレンクレイカイムは、次のお楽しみを模索する。
「どの方のお誘いを受けますか?」
 部屋一面に誘いにきた者の顔と名前を映し出される。いつもは全部を見てから決めるキーレンクレイカイムだが、
「ちょっと待て、あれはエルエデスか」
「はい。ケディンベシュアム公爵閣下です」
「私の力を使って兄から爵位を奪うつもりかな」
 今日は珍しい顔に興味を持ち、全員の顔を見ることはなかった。
「は、はあ……」
「裏があるのは確実だろうな」
「断りを?」
「まさか。裏がありそうな奴と話をするのは大好きだ。連れて来い」
「畏まりました」
 どんな裏がるのか? 無理難題を持ちかけて来るのか? と思っていたキーレンクレイカイムだったが、
「打ち上げに招待?」
 意外なほどに普通の誘いに拍子抜けする。
「そうだ。その会場で研修関係の話をしたい」
「そういうお誘いはなあ」
「ガルベージュス公爵もいる。悪い話ではないだろう?」
「絶対にいるのか?」
「確実に来ている。お前の叔父元帥は随分と皇太子と仲良くしているな」
 称号は渡しても実権を握りたい。だが現皇帝はキーレンクレイカイム寄りとなれば、頼れる相手は限られてくる。
 キーレンクレイカイムは腕を伸ばして、エルエデスの髪に指をくぐらせる。
「女に身の上を心配してもらえるのは嬉しいことだ」
 エルエデスは手を払いのける真似はしなかった。
「いま心配するのは、お前の右腕だろうな。気付けば”無くなっている”は味わいたくはあるまい?」
「残念。それは恐くないんだな。それを恐がっていたら、私は軍人を辞めなくてはならない。なにせ身体能力では敵わない相手ばかりだ」
 エルエデスは腕一本でキーレンクレイカイムを簡単に肉塊にできる。その事はキーレンクレイカイム自身も知っている。だが恐れはしない。恐怖はある、だが虚勢ではない。それは彼の血筋と財力と権力と、人よりは使える男であるという自負からくる自信。
「それで、どうするんだ?」
「行く前に確認しておきたいことがある」
「なんだ?」
「打ち上げの会費は無料か?」
「……無料だ」

 エルエデスは《会費は無料です》という書類にサインをして、キーレンクレイカイムを会場に連れて行くことに成功した。


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