君想う[039]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[90]
「軽く罰する程度で許してやってください」
 生徒に対しては厳しい態度を崩さない執事ことフェルディラディエル公爵が、普段は決して聴くことなどない優しい声で「キルティレスディオ大公は伯爵の音痴を治すつもりはあったが、酒が入りすぎて力の入れ方を誤った」と聞かされ、
「あ、はい」
 ジベルボート伯爵は同意した。
 罰せられることを希望していたわけではないので軽い罰だけで済んだことに、不満もなにもない。
 皇帝に呼び出されたのだから”それなりの罰”は受けるだろうとは思うが、どんな物なのか非常に漠然としていて非常に気になった。
「フェルディラディエル公爵」
「なんですか? ジベルボート伯爵」
「あの、キルティレスディオ大公が受ける軽い罰ってなんですか? 禁酒とか?」
「あの人に禁酒を命じても無駄ですよ。どんな手段を用いても酒飲みますから。過去に何度も皇帝陛下より……先代陛下ですがね、皇帝より直接命じられても守りはしません」
「はあ……」
「軽い罰というのは――」

※ ※ ※ ※ ※


 強制的にアルコールを抜かれてシャイランサバルト帝の前に連れ出されたキルティレスディオ大公は自己弁護などはしなかった。
「治してやるつもりはあったのだな」
 才能はあるのに悪い癖で台無しになっている従兄に、出来事を問い質す。
「力の入れ方を間違っただけです。両隣にいたリスカートーフォンの顔見てたら、拳についつい力がこもって」
「そうか。だがそれは酒に酔っていたゆえの失態だな?」
「はい」
「解った。罰は選ばせてやろう」
 皇帝の胸の内だけで決まる軽い罰の場合、二つの選択肢が提示されて受ける側が自ら選ぶことができる。キルティレスディオ大公の罰は一つは必ず「禁酒」となる。
「禁酒じゃないほうで」
 何度も皇帝から罰を与えられているキルティレスディオ大公は慣れから「そう答えた」
「そう言うとは思ったがな。よろしい、ではあとは任せるぞ、サディンオーゼル」
 皇帝がキルティレスディオ大公に罰を与えるため選んだのはガルベージュス公爵の母親。《シュスター・ベルレー》とほぼ同じ顔と、ややふんわりとした黒髪を持つ彼女が輝く笑顔で罰を告げた。
「皆で読み上げます!」
 彼女に連れられてやってきた部屋には、学校を卒業した皇王族たちがひしめいていた。今まで遭遇したことはない罰であることには気付いたが、具体的になにをされるのか? まではまったく思い浮かばなかった。
 サディンオーゼル大公の隣に夫であるデステハ大公が並ぶ。
「大したことはありません。我々の朗読に付き合っていただくだです」
「朗読?」
「はい! ミーヒアスの日記を!」
 デステハ大公が高らかに掲げる日記。キルティレスディオ大公はすぐに本物の自分の日記だと気付いたが、手を伸ばすことはしなかった。皇帝紋が箔押しされた紙の帯が”ぐるり”と回されているので、罰を受け終えていない《罪人状態》であるキルティレスディオ大公は、例え自分の物であっても触れることはできない。
「どうしたら、終わるんだ」
「明日まで朗読を聞き続け。その後、陛下に《ごめんにゃしゃい》してきてください」
 鋭い目つきに薄い唇、エヴェドリットの特徴を兼ね備えたデステハ大公は、息子と同じく何事にも動じない笑顔で滑舌見事に《ごめんにゃしゃい》
 普通ならばもう少し丸くなりそうなのだが、彼の滑舌は軍人らしく堅苦しく人に突き刺さらんばかりの角度を持って《ごめんにゃしゃい》
「普通に謝罪じゃだめなのか! むしろそんな台詞を陛下に向かって謝罪に……むちゃくちゃなことを……」
 自分のことを随分と棚に上げているが、人とは概してそうである。そしてその”棚”ごと叩き壊すのが彼ら皇王族。
「陛下からも許可をいただきました。そうそう日記の内容ですけれども、ミーヒアスがしっかりと陛下に《ごめんにゃしゃい》したら息子が全員の記憶を消しますので! ご安心ください!」
 ガルベージュス公爵が操れる「死」の一つに記憶の抹消がある。彼は完璧に一つの狂いもなく”相手が”希望した部分の記憶を抹消することができる。
 ただこの能力を使う時は「皇帝陛下の許可をいただいてからです」と本人が明言しており皇王族たちは知っている。

―― 本当に《ごめんにゃしゃい》をしない限り、記憶が抹消されない!

「それでは、みなさん用意はいいですか! ミーヒアスの日記を朗読しますよ」

※ ※ ※ ※ ※


「明日の昼までは朗読を悶え苦しんで、血涙流しながら聞いていることでしょう」

―― 我なら禁酒を選ぶがなあ……

 執事が語った軽い罰を聞き、子爵は自分に置き換えて思ったものの、酒好きで酒に溺れることも大好きな彼とは根本が違う。
「……」
 内容を聞いたジベルボート伯爵の表情は曇った。この内容を聞いて、それ以外の表情を作れる人もあまり存在しない。
「でも自分の日記なら、恥ずかしくないんじゃないのかなあ」
「お前は平気なのか? ゼフ」
「我は日記書いてないけれど、書いた物は見られて読まれることを考慮するべきだから……エルエデスはどうなの?」
「我も書きはせんが、もしも日記をつけていて、それを目の前で多数の者に読まれたら嫌だな」
「そうなんだ……読まれて困るような内容の日記なのかなあ? 好きな人の名前書いてたりとか」
 興味深げなヨルハ公爵に、キルティレスディオ大公のことを良く知っている執事がそれは怖ろしい笑顔で日記の内容を五人に教えてくれた。
「ヨルハ公爵。ミーヒアスの日記ですが、ポエムでしてねえ」
 もうじき五十にもなろうとする男の日記がポエム。
「ポエム……」
 悪いことなど一つもしていないのに、病室にいる五人のほうが罰を受けている様な気持ちになる内容。
 五十代の日記がポエムではいけないという法はないが、耐性のない側の頭の中が真っ白になり言葉に詰ったとしても誰も責めはしない。
「一応は自分だけに解るので特殊暗号文とも言えますかね。ですから読んでいる私たちには変な文章でしかありませんが、読まれている本人だけは恥ずかしいという代物です。その程度の罰ですが許してやってくださいな。あーははははは!」
 高笑いする執事の声に、
―― フェルディラディエル公爵はもしかしたら、部分解読はできたのかもなあ……
 子爵の推理は的中していた。

『明日の朝まで病室で過ごしなさい。貴方たちも滞在していいですよ。朝食も出しますので』

 執事がそう言ってくれたので、五人は病院に泊まることにし、やや遅めの夕食を取りながら音痴以外の話をする。
「シクが資金運用に困ってるってエルエデス様から聞いたんでけれど」
「困ってるな」
「僕、軍費の勉強して、ザイオンレヴィの資金管理もしてるんですよ。そのことを知ったエルエデス様がシクに教えたらどうだって。僕が教えられることはそんなにないとは思うのですが」
「それは、こっちからお願いしたいくらいだ」
「僕、人に教えたことってないんです。なんか緊張しますね!」
 資金管理についての話になり、ジベルボート伯爵とケーリッヒリラ子爵の資産状況をモニターに出して”これが、こうで……”などと説明したのだが、
「微妙に違うんですね」
「そうだな」
 やはり細かいところが違い、スムーズに教えることができない。
「見つけたぞ」
「なにをですか? ヴァレン」
「対応リストだ。ロヴィニア版だから間違いはないだろう。あの国は金銭関係資料の間違いは極刑だからな」
「……」
 金のことならロヴィニアと言われる国だけあって、先程までの項目の違いや、税金の流れ方、省庁の金の流れから細かい役職の違いまで、かなり詳細に書かれていた。
「こうしてみると、僕もロヴィニアに研修に行ってみたくなりますね」
 ジベルボート伯爵は資料をぱらぱらと捲って眺める。
「王国軍資金担当者ならロヴィニアで研修はしておいた方がいいだろうな」
 休憩用の茶を淹れて運んできたヨルハ公爵が、首をガクガクさせながら同意する。そこには”一緒に行けるかもしれない!”と喜びと希望が、ぼさぼさの髪の隙間から零れ落ちている。
「やっぱり、そうですよねヴァレン」
「ギュネ子爵はどうするつもりだ?」
 子爵がカップを配りながら、ザイオンレヴィに《クレウと一緒にロヴィニア行くか?》と言外に尋ねたが、答えは否定であった。
「僕はマルティルディ様から国に戻ってくるように命じられてる。僕王国軍に知り合い、いないからね。卒業後配置されて顔見知りがほとんどいないんじゃあ、話にならないしさ」
 ジベルボート伯爵はカロラティアン伯爵の部下たちとも顔見知りで、王国軍に入る際はその一派に属することが決定しているので、研修で顔を覚えて貰う必要はない。
「王国軍に勤めるのならそれも必要だろうな」
 エルエデスとヨルハ公爵は知名度はあり、子爵は王国軍には絶対入りたくないので戻る必要がない。
「じゃあ別々ですね」
「そうなるね、頑張るんだよクレッシェッテンバティウ」
「それはザイオンレヴィに言っておきますよ。ケシュマリスタ王国軍の研修って、イデールマイスラ殿下とガルベージュス公爵は絶対でしょう? ……マルティルディ様をよろしくお願いいたします」
 マルティルディの夫であるイデールマイスラは王国軍に馴染めるかどうか? が最大の焦点になり、それを上手く取りなすのが帝国軍とのパイプになるガルベージュス公爵。
「あ……うん……」
 ”そうなるんだな……僕もロヴィニア行きたいなあ”そうは思えど彼に拒否する権限などない。
「さて、ロヴィニア軍にどうやって渡りをつけましょうか?」
 天涯孤独歴九年にして、隔離生活六年の人脈孤立のベテラン、ジベルボート伯爵。
「最終的には金を支払うとして、払う相手を見つけないとな。詐欺師も多いって言うし」
 人脈を腕力で破壊しきったヨルハ公爵。デルシに頼めばすぐに連絡を取り付けてくれることは解っているのだが、ここは自力でどうにかしたいところ。
「親に依頼するのは避けたいところだが」
 両親健在で他国軍にも確実に人脈がある子爵だが、できることなら実家の力は使いたくはない。
「ロヴィニアの知り合いかあ……あんまり思い浮かばないなあ。最近は王が体調不良だから、アーチバーデ城に王族を招待することないからね」
 ザイオンレヴィの父親に頼めばすぐだが、それでは研修の意味がない。
 親に頼ってばかりではいつまで経っても独り立ちできないと言っているようなもの。仲間同士で協力し合い、築いていかなくてはならない。
「ゼフ……今週、キーレンクレイカイムが大宮殿入りするはずだ。確認してくれ」
「解った、エルエデス」
 エルエデスはキーレンクレイカイムに照準を合わせた。
「来るみたいだね。皇帝陛下大喜びだ」
「大喜び?」
「陛下は王族ではフィラメンティアングス公爵が一番のお気に入りなんだって! デルシ様が言ってたぞ、シク」
「そうなのか」
「よし……おい、ザイオンレヴィ」
「はい、エルエデスさん」
「……ぶっっ……」
 子爵はどうにもザイオンレヴィの”エルエデスさん”が苦手である。当人同士がそれで良しとしているので「止めてくれ」とは言えないでいるが、笑いも我慢できない。
 エルエデスはそれには触れず、計画の第一段階に協力を求める。
「来週、お前のクラブで打ち上げするだろう?」
「すると言っていました」
「そこに、キーレンクレイカイムを連れていってもいいか?」
「大丈夫だとは思います。ですが誘って来るでしょうか?」
「会場にはガルベージュスも来るから、高確率で来るだろう。あいつが次のロヴィニア王国軍を預かるそうだ。交代となれば、いま王国軍を預かっている叔父との間で、権力移行という名の強制代替えが起こることは確実。そのためにも独自に帝国軍と接触を持ちたいはずだ」
 キーレンクレイカイムは皇帝に気に入られているので、現元帥の叔父も抵抗はせずに称号を譲るのは確実だが、目に見えない”実権”となると簡単に手には入らない。
「次ってことは、イダ王太子が即位すると?」
 特にキーレンクレイカイムは現皇帝のお気に入りだが、次の皇帝である皇太子は好いてはいない。理由は才能がないのに気に入られていること。
 ガルベージュス公爵のように圧倒的な才能を持った天才を気に入るのは納得できるのだが、身体能力が皇太子よりも劣り、勉強が良く出来るわけでもないのに気に入られているところが皇太子としては納得できなかった。
 キーレンクレイカイムが身体能力や学校の勉強が出来るなどの、数値化されやすい単純な能力以外の才能に優れていると聞いてはいるが、その才能を見たことがないのでどうしても信じられないのだ。
「そうだ」
「僕たちも軍人っぽくはないですが、フィラメン……ティアングー……公爵もあまり軍人らしくないですよね」
 ジベルボート伯爵は今の今まで「フィラメンティアングス公爵キーレンクレイカイム」を発音したことがなかった。彼の人生にロヴィニアの第三王子はまったく関係してこなかった。名を聞けば解るが知り合いでもないので、迂闊に話題にして後で面倒に巻き込まれては困ると。平民からすると、貴族というのは王族の話題など興じているように思われるが、立場が近いので逆に話題にしないことの方が多い。
 下手に王族の情報を持ち出して、回り回って当人の耳に入り怒りを買うことを恐れ、よほどの信憑性がない限り王族に関しての話題は触れたがらない。
「弱いが、あの国は身体能力や軍事的才能ではなく、実務能力に長けてさえいればどんな組織でもトップに立てるからな」
「優秀ってことなんですよね?」
「優秀なんだろうよ。ロヴィニア男としても優秀で、複数の愛人たちとの間に子ども五人はいたはずだ」
 ジベルボート伯爵の問いに、その国では一定の評価となる《愛人と子ども》の存在をエルエデスは教えてやる。
「十七歳だが、まだ結婚されていないよな」
 ロヴィニアの王族に愛人がいて子どもがいることは驚きに値はしないが、子爵はふと気になった。
「婚約者はいるんだけど、いないんだよ。シク」
「なんだ、そりゃ? ヴァレン」
「言った通りでだよ、シク。陛下はフィラメンティアングス公爵がお気に入りで《余の孫の親王大公の一人を嫁にくれてやろう》って約束したんだって。ロヴィニア王にも通したから王子の妃はルベルテルセス皇太子と正妃の間に産まれた皇女って確定してるんだけど、肝心の皇女様がいないのさ」
 十七歳、婚約者はいるが存在していない状態。
「大変そうですね……」
「そうでもないぞ、クレウ。王族としては好条件だ。最終的に皇女親王大公を貰うまで、好き勝手できるんだから。なにかの条件で結婚したとしても、最優先は親王大公だから簡単に離婚できる。でも権利喪失はない、彼の場合はそれが条件で仮初めの結婚するだろうから」
「皇女が第一子であった場合、年齢から考えてもキーレンクレイカイムが皇太孫の夫に選ばれそのまま皇君に収まるだろう。他の婿を迎えるのは、後継者が出来てからになるのは確実。キーレンクレイカイムが死ぬまでに皇女を用意できなかったら、帝国側は契約不履行でかなりの賠償を支払うことになる」
 親王大公であるのならばケシュマリスタの王太子も条件に含まれそうだが、皇帝が条件を持ち出した際、ケシュマリスタ側には一切話を通していないので、この部分は《関係なし》となっている。
「好条件過ぎないか?」
 子爵は話を聞いて首を傾げた。
「そうは思うが、あの国は無料ではなにもしないが、同じく無料でなにかを受け取ることはない。我等が知らないなにかを皇帝に与えた引き替えが”これ”なんだろう」

―― カムイのこと大好き ――

「陛下からこれ程の好条件を、他王たちに文句を言わせないで引き出せるくらいの”なにか”があったんだろうね。凄いよね」


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