料理を平らげて酒も一滴残らず飲み干し、テーブルと椅子を元に戻して反重力ソーサーレース部は一次会場をあとにし、次の目的地である遊園地へとむかった。
一行が到着すると、
「待っていましたよ! 兄さん」
ガルベージュス公爵とゾフィアーネ大公が先に到着しており、皇王族二名は暑苦しい再会の抱擁を交わしていた。
「待っていましたよ! ガルベージュス!」
「お待たせしましたね! ジーディヴィフォ!」
ちなみにこの場所は先程いた場所と時差が四時間ほどあるので、まだ正午。
「遊ぶのは午後五時までですからね!」
午後五時に終わって、《帝国標準時》範囲内にある貴族街へと戻ると夜になっている。
「はい!」
「それでは各自、自由気ままに遊びなさい!」
「はい!」
返事をして好きなアトラクションへと一斉に向か流れに逆行して、エルエデスとヨルハ公爵が腕を組んで皇帝然として立っているガルベージュス公爵へと近付いた。
一次会で話をしていた通り、ガルベージュス公爵に襲いかかるために。
「そこの二人、止まりなさい。わたくしとやり合いたいでのでしたら後日にしてください」
子爵が頭を抱える程の殺気。
ガルベージュス公爵も当然気付き、だがうろたえることなく笑顔で二人を諭す。
「駄目なのか?」
ヨルハ公爵が隈の濃い目を大きく開き”意外だ!”と言外に告げる。
「はい。遊園地が壊れたら困りますから。ここは帝星最大のテーマパークで、子どもから大人まで楽しめる空間。ここでプロポーズする人も多数いるそうです。プロポーズというのは、日時とか決めてアクセサリーに日付を刻印したものを用意し渡すこともあります。明日ここが修理で臨時休業になったがために給料と貯金を叩いて用意した日付刻印入りのアクセサリーが無駄になりプロポーズできず、結婚できなかったなどということがあったら可哀相ですし、なにより皆の憩いの場を壊しては駄目ですよ」
エルエデスとヨルハ公爵は顔を見合わせ、
「今日は諦めろ、ゼフ。場所を変えたらやり合ってくれるようだしな」
やめておくことにした。
「じゃあ今度はエルエデスと我で攻撃していい」
「構いませんよ。わたくしも仲間を揃えておきますので」
平民たちは給料が少ないということをヨルハ公爵は理解しているので《また新しい刻印入りのものを買うとなると無理かあ》と。
「じゃあ我は遊んでくる。エルエデスはどうする?」
「座る。じゃあな、ゼフ」
「わかった」
スキップしながらどこかのアトラクションへと向かったヨルハ公爵と、近くにあった木製のベンチに腰を下ろしたエルエデス、そしてガルベージュス公爵。
「なあ、ガルベージュス公爵」
「はい、なんですか?」
「ベリフオン公爵のことだが」
「クロスティンクロイダ・ヴォッソオーデオビュ・ハルディゲドエーの、なにについてですか?」
いつも通り暑苦しく、ベリフオン公爵のフルネームを逐一語る。
「フルネームは長いから却下。クロスティンクロイダだけで話せ」
「わかりました」
「ジーディヴィフォ大公が、オーロラソースからサウザンアイランドドレッシングになった理由をお前が知っていると」
「ああ、それですか。わたくしとクロスティンクロイダの二人で作ったのです」
「……」
「サウザンアイランドドレ……長いのでサウザンと略しましょうか」
「それをお前が言うのか、ガルベージュス公爵」
「どうかいたしましたか?」
流れるように、そして誰も口を挟むことができない勢いを持って、己のフルネームを語り続ける男が言うには相応しくない言葉だが、
「いいや。それで?」
それに触れたら面倒なことになるのは必至。エルエデスは目的のベリフオン公爵のことだけを手短に聞き終えて離れようと心に決めた。
「サウザンはわたくしたちの中にある宇宙を解り易く表現するために作ったものです。あの刻まれたピクルスや玉葱たちは、夜空に瞬く星々なのです。共に刻む作業をしたときの連帯感、少しばかり背伸びをしえピクルスを作った時のときめき。玉葱の皮を剥いた手で目を擦った時の驚き。それら全てがサウザンには詰まっているのです」
真面目に、そして本気で説明してくれていることは表情と態度で解ったのだが、エルエデスには理解不明でもあった。どれ程真摯に説明してもらおうとも、これでは意味がない。
「意味解らんからいい……で、なんであれが選ばれたんだ?」
サウザンアイランドドレッシングについて理解することは諦めて、最後に”どうして?”を尋ねる。皇王族は多数いるが、なぜ彼が選ばれたのか?
皇帝はエルエデスのことを知らないが同級生たちはある程度知っている。その中でも皇帝がもっとも信頼しているガルベージュス公爵に尋ねたのは想像に難くない。
「幸せな家庭に生まれ育った人は優しいかもしれませんが、視野が狭い場合もあります」
「……」
「優しい両親と兄弟に囲まれて育った人というのは、余計なお節介をすることも多いそうです。伴侶とその不仲な両親との間をとり持とうとする。親子だから解り合えると信じている人。幸せに育った人全てがそうだとは言いませんがね。クロスティンクロイダは親子が解り合えるとは信じていません。あの人は血の繋がった親子であろうとも、解り合えないことがあると知っています」
家族全員を殺害して公爵位を獲ろうとしているエルエデスにとって《親兄弟なのだから助けましょう》という意見は邪魔でしかない。
だが親子に幻想を抱いている人は確実にいる。だからそれを持たない者を選ぶのが必須。
「なるほどな」
「貴方の伴侶に必要なのは”それだけ”です。家族愛を論じ背後から貴方を撃つような男ではなく、家庭愛を尊び無能な我が子を庇うような男ではない。それ以外、なにか必要ですか?」
”家庭愛を尊び無能な我が子を庇うような”
―― 皇帝の前でこれを言ったのだとしたら……怖ろしい男だ
「才能とか、血筋とか」
「そんな物、所持していて当然です。違いますか?」
「違わない……あの男は、お前たち親子ともそういう関係なのか?」
「わたくしの両親とは仲良く、わたくしともわかり合ってますけれども、それは親子ではないからであり、実の兄弟ではないからです。彼はこの世に温かい家庭があることも、諍いを起こした親子がわかり合える日がくることも知っています。でも彼は望みません。そう、望まないのです。だから貴方とも温かい家庭を築くつもりもなく、才能がない我が子を見捨てることもできます。この気持ち、貴方なら少しは解るのではありませんか? エルエデス」
「たしかに。……さてと、遊んでくるか」
「そうですか。それではまた」
エルエデスは立ち上がり、背を向けてからガルベージュス公爵に軽く手を振り去っていった。
話が終わってすぐに、二人が離れるのを窺っていた子爵が、料理を載せたトレイを持ってやってくる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
受け取ったガルベージュス公爵は隣に座るよう子爵に指示した。
「再来週以降の休日で空いている日はありますか?」
「再来週以降でしたら、今のところはなにも予定はありません」
「では三週間後にわたくしと一緒に大宮殿で、卿をわたくしの付き人に推薦した者たちと会いましょう。一度くらいは会ってあげてもいいでしょう」
「もちろんです…………そう言えばベル公爵殿下は」
「イデールマイスラですか? そろそろ夕食の時間ですから、ヒロフィルに起こされていることでしょう」
※ ※ ※ ※ ※
その頃、イデールマイスラは棺の中で様々なことをもやもやと考えながら死体を演じていた。周囲には警官の格好をした男爵しかいない。
そこへやってきたのはフェルディラディエル公爵ヒロフィル。
鬼執事の手に乗る目にも鮮やかなピンク色の物体にヒレイディシャ男爵は驚くが、もちろん顔にも気配にもでない。
あまりに気配がいつも通りなので、イデールマイスラは周囲の異変に気付くことなく、棺の中でまだ悶々と明日のことについて考えていた。
―― マルティルディと昼食か……
明日のことを考えている死体など、死体ではない。その心の動きを読んだフェルディラディエル公爵は、
「起きなさい。夕食ですよ」
声をかけてイデールマイスラを起き上がらせる。
「そうか」
棺に手をかけて立ち上がったイデールマイスラは目の前に広がるピンクの物体に現実が解らず、そして……
「まったく、死体になっていないぞベル公爵」
「……」
ぶつけられた事に気付き、手で顔を拭う。テルロバールノルの二人が文句を言う前に、
「私はディーデンモスクハ様より礼儀作法を教えて貰った。ご恩を返す前にディーデンモスクハ様は亡くなられてしまったのだが、その枕元で”将来、礼儀作法が完璧ではないテルロバールノルの王子がいたら、お前が仕込み完成させてやれ。それが儂への恩返しじゃ”と遺言をいただいた。その遺言、今こそ果たせる!」
フェルディラディエル公爵の宣言。
―― シュティルコレド公爵殿下、なんという遺言を残されたのじゃ……
ヒレイディシャ男爵の気持ちなど他所に、話は進んでゆく。ちなみにシュティルコレド公爵殿下とはディーデンモスクハの事である。
「ベル公爵! 貴方は死体の礼儀作法がなっていない! テルロバールノル王子の死体としてなっていない! そんな死体でテルロバールノル王子を名乗るなど、もってのほか! ディーデンモスクハ様のご遺体のお世話もさせてもらったこのヒロフィル、許せるものではありません!」
執事の中の執事の宣言に、口答えしたらまずい事だけは認識できたので、
「……それは解ったが。この顔にぶつけたものは何じゃ?」
イデールマイスラは最大限に下手に出た。
「執事パイです」
「執事パイ?」
「執事の突っ込みは全て執事パイを使用するのが、執事法で決まっております」
―― そんなものあるのか……いや、帝国だけであろうな。儂等のタカルフォス家にはなかったはずじゃ
「執事法……まあ、法はよいのじゃが……お主等執事は、誰相手でもこのパイで突っ込むのか?」
「もちろん。まだ私が幼なく小さかった頃、ヴィオーヴ帝に突っ込みを入れたくて執事パイを持ちました。ちなみに陛下に突っ込む際は純白の執事パイです。持って突っ込もうと思ったのですが、あの方の背は高く私は小さい。だが執事パイを投げる時には”床と平行、相手に垂直”という決まりがあります。私はそれを忠実に守り、ヴィオーヴ帝の胯間のあたり……いや胯間に投げつけました」
老皇帝にも容赦しないのだから、若輩テルロバールノル王子など容赦されるはずもない。
「ヴィオーヴ帝は怒らなかったのか?」
「ヴィオーヴ帝はその程度のことでは怒られません。笑って”大きくなって顔面に突っ込めるようになるんだぞ、ガニュメデイーロ”そう言って下さいました。かけていただいた言葉を胸に、私は身長を伸ばし、今ではカロシニア公爵にも正しく突っ込めます」
「そ、そうか」
イデールマイスラは”カロシニア公爵にもこれぶつけるのか?”と、どんな表情をしていいのか解らなくなり、自分の顔を撫でクリームで覆われていて表情が明かになっていないことに安堵し、
―― 晩年のヴィオーヴ帝に突っ込みとは……一体なにが?
ヒレイディシャ男爵は当然のことを思ったが、怖ろしかったので尋ねはしなかった。
二人は着換えて夕食を取るために食堂へと向かった。
「お待ちしておりました!」
居たのはエシュゼオーン大公だけで、彼女が全部用意してくれていた。
「他の者たちはどうしたのじゃ?」
「打ち上げに行った者もあれば、レバノン杉を切り倒しに行った者も」
前者は見当のついたイデールマイスラだが、後者はまったく意味が解らない。
「レバノン杉を切る?」
「はい。製鉄所を作るために。でもレバノン杉は……」
「何の為の製鉄所じゃ?」
「ミステリーツアーの会場である船を造るための製鉄所です! レバノン杉は造船所の資材にも使われます」
「……鉄鋼から作るのか?」
「はい! 他の演劇部も協力してくれていますよ! ベル公爵の死体役、全演劇部員が期待してますよ!」
若干の涙目になってヒレイディシャ男爵を見たイデールマイスラだが、
「……」
ヒレイディシャ男爵がかけられる言葉などありはしなかった。
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