事前に注文されていた料理も無くなり、各自で料理を追加しながら、エルエデスは少し離れた場所で皇王族たちを見ていた。
その隣にジーディヴィフォ大公がやって来て、グラスを差し出す。
「楽しんでいるかい? エルエデス」
「なんの用だ? ジーディヴィフォ大公。ちなみに楽しんではいる」
楽しくないなどと言おうものなら《想像もつかないことを》されるのは想像できることと、実際楽しんでいるヨルハ公爵をこうして見ていられるのは楽しいので、エルエデスは素直に答えた。
「一応このうち上げの責任者だからね。楽しんでるかどうかを確認したくて」
「部外者の心配までする必要はないだろう」
「打ち上げ皆勤賞のベリフオン公爵なら心配しませんが、初経験のあなたには優しくするべきかと」
「……あいつ本当に皆勤賞なのか」
「はい。宴会好きなんですよ、だから《将来は》快く送り出してやってくださいね」
近付いてきた真意なのか? それとも違うのか? 判断し辛い弟のゾフィアーネ大公同様に笑ったままの表情を見て行儀悪く舌打ちをする。
「ジーディヴィフォ大公……何処まで知ってるんだ?」
「さあ? 私の弟さんは《ライフラ・プラト》ですからね」
「なるほど。そうだ、貴様はベリフオンの経歴を知っているか?」
「経歴なんて検索したらいいじゃないですか。私たちの経歴はいつだって弟さんの正装なみにさらけ出してますよ」
”軽い頭痛”というものを初めて経験したエルエデスは、この痛みに触らないようにと出来る限り穏やかに話しを続ける。
「そうではない経歴だ。お前たちだけが知っているような出来事だ」
「そうですね……クロスティンクロイダの両親が離婚していることは知っているでしょう」
ベリフオン公爵クロスティンクロイダ。彼の両親は彼が五歳のときに離婚しており、以降養育はガルベージュス公爵の両親がしていた。
「知っている」
サディンオーゼル大公とデステハ大公の夫婦に育てられると”あんな感じ”になるのか、それとも大本の血が関係しているのか?
エルエデスは隣で話しているジーディヴィフォ大公と離れたところでヨルハ公爵に酒を注いで飲ませているゾフィアーネ大公を見て、血だと解釈することにした。
「クロスティンクロイダの両親の離婚理由は、目玉焼きにケチャップをかけるか、マヨネーズをかけるかで争いになったことです」
「……」
”馬鹿らしいにも程がある”を越えてしまうと、人は無言になるしかない。いまのエルエデスがそうであった。
「恋愛結婚ではありませんので、不仲になるとねえ。それで陛下の御前でケチャップとマヨネーズで大喧嘩しました。あれは酷かったですね。一人息子で賢かったクロスティンクロイダは混ぜるとオーロラソースになるよ! と。二人を仲良くさせたい一心で叫んだものの事態は混乱の一途を辿ります。結局これ以上婚姻関係を継続させることは危険と陛下が判断し、二人を離婚させて以降結婚することも、子どもを作ることも禁じました。そして母のケチャップにも父のマヨネーズにも賛同しなかったクロスティンクロイダはどちらに引き取られることもなく、陛下の命令でガルベージュス公爵《ローデ》と共に育てられることとなったのです」
「……本当なのか?」
あまりにも下らないし《ほら》を吹かれていそうなのだが、個々の現状は合っているので嘘とも言い難い。
「どうでしょう?」
「……もういい」
「ちなみにですね」
「もういい言っているだろうが!」
「いやいや、お聞き下さいよ。クロスティンクロイダですがね、両親愛用のケチャップとマヨネーズを混ぜてオーロラソースを作り食べていたのですが、あまり美味いオーロラソースができあがらない事に気付きまして”あの二人はどうやっても離婚するべきであったのだろう”と語ってました」
「…………なあ」
「何でしょう? エルエデス」
「オーロラソースからサウザンアイランドドレッシングに移行したのは何故だ?」
「興味を持たれましたね? エルエデス。でも私は教えません。詳しくはクロスティンクロイダに聞いて下さい。クロスティンクロイダが嫌でしたらガルベージュス公爵《ローデ》に聞いてくださいね。それじゃあ、二次会もどうぞ!」
一本に結い上げられた銀髪を揺らし離れていったジーディヴィフォ大公の後ろ姿を見ながら、
―― やはりガルベージュス公爵か。聞く意味はなさそうだが、聞いておいた方が後々楽そうな……
エルエデスはベリフオン公爵のことはほとんど知らない。
両親が離婚していることと、ガルベージュス公爵と一緒に育ったことくらい。同年代の皇王族などガルベージュス公爵とエシュゼオーン大公とゾフィアーネ大公の三人の経歴を押さえておけば問題ないだろうと判断してのこと。
最近はホラー映画鑑賞部の部長であるイルトリヒーティー大公のことを調べた程度。
―― ジーディヴィフォが言ったのは、ゾフィアーネに経歴の詳細を聞けということだろうか。だが、あいつと話すの嫌だな
エルエデスの視界にいるのは、寮で見慣れ初めてきた踊り狂っているゾフィアーネ大公とその仲間たち。先程までエルエデスと話をしていたジーディヴィフォ大公も、夫にするよう命じられたベリフオン公爵もその列に混ざっている。
「……」
―― 人生を投げ出さない勇気を持つという言葉を、初めて理解できた
エルエデスに人生の格言らしきものを無理矢理理解させた、肌の露出が多い男とその仲間たち。
「エルエデス! 楽しんでる?」
気付くとエルエデスの隣にヨルハ公爵が立っていた。ジョッキを持ち上機嫌だと一目で解る目を細めた顔で。
「ゼフ。お前上唇の上の泡をどうにかしろ」
「泡ついてる?」
袖口で拭おうとしたヨルハ公爵の手首を掴み、
「拭いてやる」
エルエデスは鮮やかな青紫色のレースで縁取りされたハンカチを取り出し、泡を拭き取ってやる。
「ありがとう」
「礼は要らん。お前の不景気で変な顔に泡が付いていると、もう救いようがないからな」
「そうだね。それでビールって美味しいね。エルエデスも飲もうよ」
「そうだな……ところでお前、二次会に行くのか?」
二次会の場所は遊園地を貸し切りで。
「一緒に行く予定だよ。エルエデスも来るだろ?」
「ま、暇だしな」
「二次会にはガルベージュス公爵もくるそうだから、一緒に攻撃する? ねえねえ、殺しちゃう?」
「それは”あり”なのか?」
「大丈夫じゃないかな」
「考えておく」
※ ※ ※ ※ ※
「ほぉ。優勝したのか」
「はい」
メディオンは子爵、ジベルボート伯爵と共にザイオンレヴィの話を聞いていた。それというのも、この打ち上げの主役は優勝したこのザイオンレヴィ……なのだが、主役不在というか優勝者の主役能力の低さというか、勝者が勝者でいられないのがこの場。
「二週間後にまた大会ですよね」
「そうみたいだ」
「お前達、次も応援に行くのか?」
メディオンは応援に行くのなら一緒に行きたいなと考えながら尋ねる。
「行くつもりだ」
「ヴァレンも行きたいっていってましたからね」
「では儂も連れて行け。その……応援とかしたことないからな。観戦はしたことあるが……」
「じゃあ一緒に行こうか」
「お、おう! エディルキュレセ! 忘れるでないぞ」
メディオンは”やった!”と胸の前で手を合わせ叩く。
「これは負けられませんね、ザイオンレヴィ」
「プレッシャーかけないで欲しいな、クレッシェッテンバティウ。僕プレッシャーに弱いんだから」
「えー強いじゃないですか。アディヅレインディン公爵殿下のプレッシャーにも耐え抜けるザイオンレヴィが言って良い台詞ではありませんよ」
「僕、耐えてないよ。いつも潰れてるよ」
「えっと……それは言葉上ではなく、本当にか?」
「嫌ですよ、シク。それは言わないお約束ですよ」
「そうか。そうだよな」
―― どういう意味であったのじゃろう……
初めて聞いた三人の言い回しについてけなかったメディオンは、ヒレイディシャ男爵にあとで聞こうと台詞を覚えて、何事もなかったかのように会話に耳を傾け、混ざり続ける。
「注文した料理が届かぬかな」
「揚げ春巻きでしたっけ?」
「ちょっと様子を見てくる」
子爵が立ち上がり会場をあとにするのと入れ違いに、
「メディオン」
「なんじゃ? ゾフィアーネ大公」
何時の間にやら服を着たゾフィアーネ大公がやってきて、手を差し出す。
「帰る時間です」
メディオンに楽しい魔法をかけた男は、魔法の終わりまで責任を取る。
「……もうそんな時間なのか?」
貴族街にある実家に戻る時間になっていた。
ゾフィアーネ大公に会う前、そして二人きりで大宮殿で会話しているときは「午後三時半が遠い」と時計の針の進み具合に嘆いていたメディオンだったが、場所を移動してからは楽しく、帰る時間があったことをすっかりと忘れていた。
「はい、もう二時五十分です。ここから馬では一時間はかかります、今からですと少しは遅くなりますがそれは作法の範囲内。ですがあまりにも遅くなると、ローグ公爵に期待を持たせてしまいますよ」
上級貴族の見合いは時間が決められており、場所も双方の家のどちらか。今回はゾフィアーネ大公の実家である大宮殿だったので、帰宅時間に合わせて送ってゆくのもゾフィアーネ大公の役割の一つ。
それと帰宅時間は決められているが、時間より前、もしくは定刻に送り届けてしまうと《会いたくない》という個人的な意思表示と取られてしまい、かなり失礼なことになる。
見合いは個々の関係ではないので、断る際は意思を当主に伝えて、その当主同士で話を通すのが慣例。
少し遅いくらいならば”脈あり”で、決められた時間をはるかに超えると”相当期待できる”と解釈される。
「そうじゃな……あのな、エディルキュレセにも帰ったと伝えておいてくれ」
「解りました」
”途中で抜ける人がいても見送りは不要!”と言い渡されているので、ジベルボート伯爵とザイオンレヴィは腕を引かれてゆくメディオンと、引いてゆくゾフィアーネ大公を椅子から立ってその場で手を振る程度で済ませた。
「……あれ? メディオンは?」
右手に揚げ春巻き、左手に生春巻きが盛られた皿を持って戻って来た子爵は、当然ながら尋ねる。
「ご帰宅です。ゾフィアーネ大公が送っていきました」
「そっか。折角注文したのに、残念だった」
皿を置いて座った三人の所へ、ビールを持ったヨルハ公爵とエルエデスが近付いてきた。
「お酒飲んでて遅れてしまったが、優勝おめでとう、ギュネ子爵」
「ありがとうございます、ヨルハ公爵」
※ ※ ※ ※ ※
腕を引かれて正面玄関を出て、
「さて、一緒に乗ってください」
ゾフィアーネ大公は用意させた蹄から十五pほど上までと、たてがみは灰色だがそれ以外は白の、上位皇王族だと一目で解る馬に乗り、メディオンにも一緒に乗ってくださいとばかりに手を伸ばす。
「前に乗れば良いのか? それとも後ろか?」
「前に」
その手には掴まらずにメディオンは馬に飛び乗った。
「では帰りましょうか……行くぞ!」
玄関にはゾフィアーネ大公の騎馬だけではなく、周囲を騎馬隊が囲んでいた。先頭をゆく白馬に乗っているのが皇王族とテルロバールノル王家縁のものだと解るように、月毛色の馬で構成された騎馬隊が旗を掲げ、それらと共にメディオンは自宅へと戻った。
貴族街にある貴族の家は、彼らの領地にあるものに比べるとかなり小さいのが普通だが、ローグ公爵邸はその中にあっても掛け値無しに広大と言える敷地を持ち、巨大な屋敷を構えている。
千を超える爵位を所持し、四千に上る貴族たちを束ね、王から配偶者を下賜される貴族の邸宅に相応しいとも言える。
「到着しましたよ……どうしました?」
「今日は楽しかったぞ……また、打ち上げがあったら連れていってくれ」
「いいですよ」
馬から降りてゾフィアーネ大公が馬上の手を差し伸べる。先程とは違い自宅前でもあるので、メディオンはその手を無視することなく取り馬から降りた。それを見計らっていたかのように、馬蹄が近付いてくる。
「ゾフィアーネ大公」
「ガルベージュス公爵」
馬蹄の主はガルベージュス公爵。ゾフィアーネ大公の乗馬と同じような白馬に限りなくちかい馬に乗り、
「馬を取り替えていきましょうか」
ゾフィアーネ大公用の替えの馬を指さす。
「はい。それでは、メディオン」
二人はかけてゆき、メディオンは家へと戻った。
父であるローグ公爵が色々と話しかけてきたのだが”疲れたのじゃ”の一点張りで、誰も通さないように命じて着換えもせずにベッドに潜り込み、
「明日の夜には会えるのに……会えるんじゃ……」
楽しかった気持ちはどこかへと消え、涙が溢れ出してきた。だが行かなければ良かったという考えにはならず《なにか》に対して怒りを覚えることもなく。
―― もっと遊んでいたかった
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