君想う[020]
帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[71]
「無事到着いたしました!」
 馬車から降りるとゾフィアーネ大公は大宮殿と同じく、メディオンの腕を引っ張り建物の中へと連れて行く。
「離さんか!」
「まあまあ、そう言わずに」
 二人のやり取りを見ながら三人は後ろをついて行く。馬車は元々指示された通り、大宮殿へと戻っていった。
 出迎えの正装した支配人が五人を反重力ソーサーレース部が借りたフロアへと案内し、入り口で扉を開き頭を下げる。
「兄さん! やってきましたよ!」
「弟さん! 待っていましたよ!」
 やっとメディオンの手首を離し、兄弟再会の抱擁を交わす。掴まれていた手首を撫でながら、少しばかり拗ねた子どもっぽい表情を作るメディオンだが、
「ヴァレンにエルエデスに……リュティト伯爵?」
 子爵の声にぎこちない笑顔を作り顔を上げる。あまりにも表情が自由に動かず、メディオン自身が驚いた。
―― 学校外で会ったのは初めてじゃ
 場所が違うだけなのに、こんなにも緊張するのかとメディオンは顔を両手で隠し気味にして声をかけた。
「ケーリッヒリラ子爵、楽しんでおるか?」
「ああ。我は楽しんでいるが……無理矢理連れて来られたのなら、抜け出すか? 手伝うぞ」
 部屋に現れた時の状況とメディオンの強張った表情に、子爵は”帰りたいのかな?”そう考えて、すでに確認していた避難経路を頭に描く。
「いいや。違う……初めての場所じゃから緊張しているのじゃ。こんな所、来たことないからな」
「そうか。我も初めてだが、少し前からいるから慣れたんで案内するな。先ずは席だが自力で座る」
「どのテーブルに座ってもいいのか?」
 室内は壁際に大皿で料理が置かれ、取り分ける皿が積まれている。飲み物も同じで冷蔵庫が幾つも並べられ、グラスもその中で冷やされて万全の体勢をとっている。
 部屋は長方形で入り口の反対側は半円形で、その向こう側には特別仕様の庭が広がっていた。
 部屋の中心にはテーブルと椅子のセットと、長椅子が置かれており、
「身分とか関係無しだって」
 貴族のメディオンには信じられないことだが、自由に座ることができるようになっている。
「そうか……」
「我の隣でもよかったら」
「お、おう! 案内せい」
 メディオンを連れて子爵は自分が座っていた席へと戻り、
「席あけてくれるか? クレウ」
「いいですよ。こんにちは、メディオンさま」
 ジベルボート伯爵に立ってくれるように頼んだ。
「席を借りるぞ」
「どうぞ、どうぞ。そうだ、料理はどうします? 僕が取ってきましょうか?」
「そうだな。適当に見繕ってきてくれ。リュティト伯爵ちょっと待っていてくれ」
 二人の会話についていけないメディオンは、黙って座ったまま頷く。
 ジベルボート伯爵は軽く前菜になる料理を取りテーブルに置いてから、
「それじゃあ」
「おう」
「ヴァレン! 聞いて下さい……」
 皇王族の中へと消えてゆき、子爵はというと一度会場から出て戻ってきて、
「淹れたての紅茶だ」
 外で待機している給仕たちに紅茶とメニューを頼み運んできた。
「……あったかくて美味しいぞ」
 メディオンはホテル最高級のカップに口をつけて、一口飲んで笑顔で子爵を見る。
「良かった。それで料理食べながらでいいから」
 子爵は持って来たメニューを開いて、
「なんじゃ?」
「料理のメニューだ。最初に用意された大皿は結構無くなってるから、追加注文しようと思ってな。なんか食べたいものあるか?」
「…………」
「どうした? リュティト伯爵」
「いやなんでもないのじゃ。注文はもう少ししてからでよい。まずはこの前菜を食べてから、大皿を見て回りたいのじゃが……ケーリッヒリラ子爵、ついてきてくれるか? 慣れぬので……」
「ああ」
 ジベルボート伯爵が紛れ込んだ皇王族の集団が、いつもと変わらぬ高いテンションで叫び続けているのもメディオンには全く気にならなかった。
「そう言えば、ベル公爵殿下やヒレイディシャ男爵は?」
「殿下はガルベージュス公爵たちと演劇部の練習じゃ。イヴィロディーグは残って殿下の身の回りのことをしとるはずじゃ。昼食の手配とか」
「演劇部の練習?」
「冬季休暇の最中にミステリーツアーを行うそうで、その芝居を殿下たちが担当するそうじゃ」
「ミステリーツアー? どこで」
「たしか船上でやるといっておった。帝星の海に古めかしい海上運行しかできぬ船を浮かべて」
「ミステリーツアーっていうと、やっぱりクローズド・サークル方式か?」
 クローズド・サークルというのは大雑把に説明すると、
”殺人事件が起きたが外部に連絡がつかない状況になる。居場所は孤立している。時間がくれば人はやってくるが、その間に第二の殺人などがおきて、次第に疑心暗鬼となる。名探偵が配置されている場合は、目的の人間がほとんど殺されるか、残り一人くらいになったところで犯人が明かされる。名探偵はこの上なく勿体ぶる”
 後半は些かクローズド・サークルの説明から離れた、人為的に外部との連絡を遮断されて惨劇が起きることと思って間違いはない。外部と連絡が取れなくなり何事ともなければ、それはただの遭難である。
 一時期低迷していた舞台装置だが、クローズド・サークルが惑星規模で行えるようになった現在では、よく使われる舞台装置になってきた。
「そうじゃ。子爵は推理小説などを読むのか?」
「領内で売れた上位十作品くらいだな。あとは帝国や王国の年間ベストセラーを一冊くらい。それと献本会で貰った本や授賞した本を読むので精一杯だな」
 領主というのは領内最大のパトロンであり、様々な芸術を保護する立場にもある。
 誰が保護してやっているか? を顔を出して教える必要もあるので、様々な会に出席する。
「領内献本会開いておるのか。偉いな」
 ただ貴族であるがゆえに、一般人が楽しいと感じる作品をまったく”そう”は感じないことも多いので、選考会などには混ざることはない。
 ”庶民の感覚で選ばれた本”であることが重要。
「我が家で献本受けたり文化賞授賞式に参加したりするのが、我くらいしかいないだけなんだがな。両親や兄はさほど好きではないようだが、我が帝国上級士官学校に入学したから今頃兄が顔を強張らせて仕事をしていることだろう。ところで、最終的に答えを発表する探偵役はガルベージュス公爵かな?」
「そうじゃ。殿下は死体役じゃそうじゃ。すごく苦労なさっておるとイヴィロディーグから聞かされた。ちなみにイヴィロディーグは音響担当じゃと聞いた」
「……」

※ ※ ※ ※ ※


 メディオンが子爵と話をしている頃、帝国上級士官学校 ――

「イデールマイスラ! あなた全然死体の気持ちになってません! それでは生きている人です!」
「……」
 生きているのだから仕方なかろう……と言いたいイデールマイスラだが、
「見ていなさい! 死体というのはこういう物です!」
 同じように棺に入って目を閉じるガルベージュス公爵は即座に、そして確かに死体に見えてしまうのだ。
「凄いとは思うのじゃが……なにが違うのか、儂ごときではさっぱり解らん。アドバイスできぬ不甲斐ない儂をお許しください、殿下」
 音響どころか照明までやらされているイヴィロディーグが、忠臣らしく呟く。
「一心不乱に死体ですよ! ベル公爵」
 ヒロイン役のエシュゼオーン大公に肩を掴まれて揺すられながら、
「わかった。一心不乱に死体じゃな……」
 ガルベージュス公爵が出た棺に入り、胸の上で手を交差させて目を閉じるのだがイデールマイスラは死体になれず。
「駄目です! イデールマイスラ! それでは、ただ目を瞑っているだけです!」
「ベル公爵! もっと熱いパッションを持って冷たい死体を演じるのです!」
「心臓が止まった程度では死体じゃありませんよ! イデールマイスラ! さあ! もっと死体です! 激しく死体です! 脇目も振らず! 心散らすことなく死体です! 死体の気持ちになり、死体と共にある世界を見て! それでこそ王子が演じる死体です! 死体を極めしものは演技を極める!」

―― 心臓と呼吸を止めて棺に入っているだけで良いと思って選んだ役じゃったが……失敗した

※ ※ ※ ※ ※


 ヨルハ公爵は部屋に入るとすぐに、
「全員、喜べ! 陛下がクラブ活動を見てくださるぞ!」
 皇帝との約束を全員に教える。
「それはそれは!」
「やった! 活動を見ていただけるとは!」
 ほとんどの者が喜んでいる中、エルエデスは皇帝の前でホラー映画を鑑賞しなくてはならないという事実に、
「ゼフめ、余計なことしやがって」
 悪態をついたが、いつものことなので誰もが気にはしなかった。
 エルエデスが長い前髪をかき上げながら、皇王族の輪から離れようとしたのだが、また押し戻される。
 彼らの中心に向かう力は異常なほど。
「そう言えばヨルハ公爵、お酒飲んだことありますか?」
 押されて中心に近付くエルエデスの背後から、ゾフィアーネ大公の声。
「ない。十五歳になったけど、特に飲む機会がなかったから」
「では飲みましょう」
「初飲酒ですね!」
「ならば!」
 騒いでいた皇王族全員が一斉に膝をつき、称賛するかのように片腕でこの男を指し示す。
「このガニュメデイーロが注いで差し上げましょう!」
 風の悪戯と表現するべきか? 悪戯な風の仕業と表現するべきか? 悩むところだが、ありえない動きで着衣たちが舞い落ち、皇帝の傍にいるときのゾフィアーネ大公の姿となり、片手を掲げる。その手に向かって”兄さん”ことジーディヴィフォ大公が、ビールサーバを繊細かつ大胆に”弟さん”に投げつける。衝撃を与えずにそれを受けとめ、同じく投げつけられたジョッキを受け止め黄金の比率で注ぎ、ヨルハ公爵の骨と皮しかない手に持たせた。
「さあ、どうぞ!」
「ありがとう。いやあ、初お酒がガニュメデイーロからなんて光栄だね」
 ヨルハ公爵も一気に飲み干し、ジョッキを高々と掲げる。

「口の回りに泡付いてるだろうが……ゼフ」

 エルエデスはヨルハ公爵の初飲酒を眺めてから、皇王族の輪が緩んだのを見計らい離れて自分の酒を取りに向かった。

 《彼の正装にして存在意義》な格好になったゾフィアーネ大公は酒を注ぐまくる。その様を見ながら、 
「子爵」
「なんだ? リュティト伯爵」
「子爵が初めて酒を飲むときは儂が注いでやろう」
 メディオンは少しばかり勇気を出した。最初に酒を注ぐなど、特に意味のないことだが。
「え?」
「深い意味はないんじゃからな」
「ああ、ありがとう。じゃあ、来年楽しみに待ってるよ」
「その代わり、儂の時も注げよ」
「あ……まあ。でもリュティト伯爵は実家で祝ったりするんじゃないのか?」
「十五歳になった時は、自宅ではなく寮にいるはずじゃから」
「そうだな。じゃあ寮でささやかながらお祝いしようか」
 寮での飲酒は禁止されてはおらず、授業には飲酒の試験もある。将校としての酒の飲み方を覚える必要がある他に、酒乱の見極めも重要になってくるからだ。
 グラス一杯で酔ってしまうような将校は、進軍前の乾杯は水杯にしなくてならず、暴れるのであればやはり酒を水に取り替える必要がある。
「それでケーリッヒリラ子爵は何が飲みたいのじゃ? なんでも言え。我が家にはなんでも揃っておるからな」
「考えておくな」
「そ、それと……ケーリッヒリラ子爵」
「なに?」
「あのな……ケーリッヒリラ子爵のこと……その……エディルキュレセと名前で呼んでもいいか? もちろん儂のことをメディオンと呼んでも……いやメディオンって呼べ!」
「解った。じゃあメディオン、もう一回料理取りにいかないか?」


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