帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[44]
 ルサ男爵が居眠りした日。
 その日は久しぶりにサウダライトがグラディウスの元へとやってくると知らせが届いた日で、グラディウスは大喜びしていつも以上に元気だった。
 そしてルサ男爵は、いままで緩慢にやることもなく生きてきた人生が一変した疲労が蓄積していた。グラディウスが夜更かし準備用の昼寝をして、リニアが身支度を調えに部屋に戻る。一人になったルサ男爵は、
「今のうちに……」
 明日グラディウスに教えることをまとめようとして、気が付くと意識を失っていた。
 眠ったというよりは、疲労の極みで意識を失ったと表現するほうが近かった。”おっさんが来る!”と興奮気味だったグラディウスは、何時もより早く昼寝から覚め、テーブルに俯せになっているルサ男爵を見つけた。
 グラディウスは基本、頭が悪く気が利かない娘だが、人が寝ているかどうかは解り、寝ている場合は静かにすることは知っているので、何時もの”どすどす”に気を付けてゆっくりと歩き、リニアがいる小間使いの部屋へと向かい、
「リニア小母さん。ルサお兄さんが」
 居眠りしていることを告げた。
 グラディウスに言われて様子を見に行ったリニアは、小間使い部屋に常備されている予備のブランケットを持ち、そっと背中からかけ、また部屋へと戻ってきた。
「ルサお兄さん、疲れてたんだ」
「そうみたいね。朝も銃の練習しているみたいだし」


 ルサ男爵は訓練はまだ続いているが、一応の基準を満たしたので”銃を持ち歩くこと”が許可された。
 ルサ男爵は当然銃を腰に下げて、グラディウスの元へやってきた。
 初めて見る銃にグラディウスは興味を持ったので、安全装置を作動させてルサ男爵は触らせることにした。
 グラディウスは触り、
「これ、なに?」
「銃です」
 当然の質問をする。グラディウスの住んでいた村にも狩猟用の銃や、護身用の銃はあったが、それは村長が許可した者が、使用する時だけに持ち歩き、しっかりと管理されていた。
 普通の生活を送る分には全く見る必要がなかったので、グラディウスは存在その物を知ることがなかった。
「銃ってなに?」
「身を守る物です」
「身を守るってなに?」
「えっと……」

 何時もの如く、ルサ男爵は上手く説明は出来なかった。

「グラディウス、それは危なくて怪我することもある物だから、男爵さまに返して」
 リニアが上手く誘導し、銃はルサ男爵の手元に戻った。ルサ男爵が銃を腰に戻していると、
「怪我しないでね」
「はい?」
「それ持ってると怪我するってリニア小母さんが言ったから、怪我しないでね」
「あ、はい」
 グラディウスは”やっぱり不思議そう”に腰の銃を見ていた。


 ルサ男爵は結局、サウダライトが来る時間になっても目を覚ます気配がなく、さすがにリニアは起こそうとしたのだが、
「疲れてるんだから」
 グラディウスは廊下に出てサウダライトが来るのを待っていた。サウダライトを見つけると、走って飛び付き何時も通り大声で、
「おっさん! おかえり!」
 叫び、全身で訪問を喜ぶ。
「グラディウス、元気にしてた?」
「うん、元気。それでね、ルサお兄さんが眠ってるから、おっさん静かにしてね」
 ルサ男爵を起こすのではなく”皇帝”に静かにしてくれと頼んだ。
 リニアは”はらはら”した物の、サウダライトは気分を害することもなく、
―― 訓練とかで疲れているんだろうな
 理由を知っているので、
「解ったよ」
 グラディウスの頭を撫でて、静かにすることを約束した。
 そしてリニアにいつ頃から眠っているのかを聞き、護衛に「もしかしたら居眠りではなく、脳か何かに異常があって意識不明になっているようなことはないか?」を確認させて、異常がないことを聞いてから、疲労回復用の薬を投与させた。
 ルサ男爵に投与された薬は、血中の疲労と見なされる物質が睡眠により《疲労していない》という規定の数値になるまで目覚めないようにする類のもの。
「へえ、じゃあルサお兄さん、元気になるまで眠ってるんだ」
「そうだよ」
 それでルサ男爵を部屋まで運ぶように命じようとしたのだが、
「じゃあ、あてしのお昼寝ベッドに運んでも大丈夫?」
 グラディウスが目覚めるまで、お部屋に! と希望したので、
「そうか。じゃあ、そっちに寝かせておこうね」
 ルサ男爵は庭の午睡用ベッドで体力を回復することとなった。午睡用とされているが、一晩明かすのには問題のない物で寝心地も良い。
 サウダライトの護衛たちが、手際よく着替えさせて毛布をリニアとグラディウスが掛け、三人で食事をする。
「ルサお兄さん、残念だね。おっさんと一緒にご飯食べられなくて」

 ルサ男爵本人としては、然程残念ではないだろうが、グラディウスは四人で食べられないのが非常に残念だった。

 その後「夜にルサお兄さんが目覚めたら、お腹空くから!」と取り置きしたものに、サウダライトはケースを持って来るように命じ、グラディウスはリニアとともにテーブルを傍に運び、そこに料理を置いて”おきたらたべて”とメッセージカードを添えた。

 にこにこしながら、ルサ男爵を見ているグラディウスを眺めつつ、サウダライトは酒を楽しみ、軽く入浴してから何時も通り体を撫でまわして、
「おっさん、ぬるぬるで、もういっぱいだよ」
「久しぶりにグラディウスのこと触ったから、おっさん嬉しくて」
「そうなの? じゃあ、あてしのこともっと触ってもいいよ。あてしもおっさんに会えて、とっても嬉しい!」

 することをしてご満悦だった。

※ ※ ※ ※ ※


「おっしゃ……おはよー」
 グラディウスが眠いながらも朝日の眩しさに目を覚まし、ゆっくりと起きた時刻になってもルサ男爵は眠っていた。
「ルサお兄さん。まだ寝てたんだ」
 ルサが目覚める気配はないので、朝食は三人分。
 グラディウスも十までは数えられるので、ルサの分がないことは解った。それに関してグラディウスは”不満”はない。だがやりたいことはある。
「ルサお兄さんに新しいの」
 自分は昨晩の残りで良いとばかりに朝食を移動させはじめる。
 サウダライトは想像もしなかったグラディウスの行動だが”この子らしいな”とも思い、気分よく眺めていた。
 侍従の一人が”もう一組運びます”と耳打ちしたのだが、
「必要はない。好きになようにさせる」
 下がらせて、置き換えて昨晩の夕食を運んできたグラディウスと、
「半分はおっさんが食べよう」
「うん! おっさん、どれが食べたい?」
 朝食と夕食の残りを分け合った。
 その後、執務にむかう為の着替えをするためにサウダライトはグラディウスの部屋を後にする。
「次に来られるまで間が空くけれど、待っててねグラディウス」
「うん! あてし、待ってる! おっさんのこと待ってる!」
 グラディウスは言いながら、別れがたいとばかりにサウダライトに抱きついていた。その頭を撫でながら、
「うん。おっさんはグラディウスのことが大好きだからね」
「あてしも大好きだよ」
 圧力に耐えつつ、雑務に忙殺されつつ、秘密を守りながらの日々に立ち向かおうと。

―― 次も三回くらいはやりたいね


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