帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[38]
 グラディウスはサウダライトと仲良く、
「ちうちう」
「おっさんも、ちうちう」
 椰子の実の中身を可愛らしいストローで吸っていた。その隣では、
「……」
「……」
 リニアとルサ男爵が恥ずかしがりながら、一つの椰子の実の中身を吸っていた。
 二人とも自ら希望したのではなく ”二人で一緒に吸えるストロー” が何種類かあったため、グラディウスが ”どうぞ” と二人に勧めたのだ。
 皇帝の前で、皇帝お気に入りのグラディウスが勧めてきたものを拒否するわけにはいかないので、二人は恥ずかしがりながらも吸っていた。
 グラディウスと ”ちうちう” と言いながら飲んでいるサウダライトは、二人の表情を見ながら、
 ”リニアが恥ずかしがるのは当然だが、感情というものが存在しないに等しいルサが照れているらしいのは……珍しいな。偶に感情が育ってしまう男爵がいるが、ルサはその部類か。回避をお願いしないと……”
「ちうちう、美味しいねグラディウス」
「うん! とっても美味しいの! だからおっさんにも飲んで欲しくって!」
「そっか。おっさん、グラディウスのこと大好きだよ」
「あてしもおっさんのこと、大好き!」

※ ※ ※ ※ ※


 椰子の実を吸った翌日も午前中の勉強を無事に終えた。
 ルサ男爵は力尽きそうになったが、まだまだ彼には仕事が多数残っている。
 これからグラディウスとリニアと共に食堂で昼食を取らなくてはならない。
 三種類のランチメニューを選び、
「リニア小母さん、これおいしいよ」
「ありがと。お返しにこれをどうぞ」
「ありがと、リニア小母さん! ルサお兄さんもどうぞ」
「ありがとうございます。この皿からお好きなものをお選びください」
 交換してメインを三種類を食べる。行儀は悪く、してはならないと男爵は教えられた行為だが、グラディウスにとっては昔から家族で当たり前にしていたことで、それを聞いたサウダライトに ”嫌かも知れないが、我慢してくれ、二人とも” 依頼されては断りようもない。
「グラディウス、それは噛み切るんじゃなくて、ほらそこにあるナイフで切ってから」
「あーそうだった! あてし、また忘れちゃった」
「いいのよ。今まで使ってなかったんだもの。ゆっくりと……それで良いですよね、男爵様」
「あ、はい。勿論です」
 未だにナイフの存在を忘れるグラディウス。
 男爵は切り分けてから出してもらうことも考えたが、それでは練習にならないとリニアに言われて ”あ、そうですね……気付かなかった” と同意した。
「グラディウス、ナイフの刃が背になってるわよ」
「はがせ?」
「切るほうが刃、その反対側を背という人も。他にも様々な呼び様がありま……切る側じゃないほうで切ってますよ。それでは切れませんから、このようにくるりと回して……と」
 自らが皿の上でナイフを回転させて見せる。
「教えてくれて、ありがとう! ルサお兄さん!」

 男爵は自らの対グラディウス会話能力をも、その中で磨き上げていた

 その日の食後、男爵は紅茶をリニアはココアを頼んだ。二人は食後のデザートはいつも飲み物だけで終わりだが、グラディウスはほとんど 《今日のアイスクリーム》 を頼む。
「グラディウス、本当にアイスクリーム好きね」
「うん! 大好きなの。作るのも大好きなの! ピラお兄さんの家で作ったの!」
「作ったの?」
「うん! お兄さんのお家はシスタマ? メーカ? 付属? とか言ってたけど、どのお家にもアイスメーカーが付いてるんだって! お兄さん使ったことなかったけど ”作る?” って言ってくれて、だから作った」
 男爵はカップに添えてない方の手をポケットの中に入れて、”欲しい物” リストとして提出するかもしれないと記録用機器のスイッチを押した。
 書面にして提出するよりも、グラディウスとリニアの会話している姿そのものを記録し、男爵が説明したほうがサウダライトには喜ばれることを知って、以来男爵はこの手法を取っている。
「作って楽しかった?」
「とっても楽しかったし、美味しかった! お店で買ってもらったのも、ここで食べるのも美味しいけど、作ったのも美味しい!」
「そうなんだ。また作りたい?」
「アイスメーカーがあったら作りたい! 卵とね砂糖と牛乳をぐいぐい! と入れて、むしゅむしゅ! って、こうやって棒を手で回して、後は冷たくなるのを待つの! 美味しいんだよ!」

 会話を終えてリニアは掃除や洗濯の続きを行うために部屋へと戻り、男爵とグラディウスは、
「では施設の説明を」
 散歩がてらに愛妾区画の施設説明を行う。
 普通の愛妾はここまで細かな説明はされない。部屋の端末に地図があり、それで確認するだけのこと。
 だがグラディウスは端末を使えず、端末で見た地図が 《地図》 だということも解らない。というか 《地図ってなに?》 状態。
 その他施設の使用方法や、禁止事項、有料施設の金額、立入禁止区域など……様々なことがあるので、
「面倒かもしれないが、一緒に説明して歩いてくれるか? ルサ。本当は私が一緒に歩いて教えてやりたい所だが、時間もないしな」
「御意」
 皇帝に命じられた。
 こうして日々施設を回り、使用方法を教え、二人で体感して部屋へと戻る。
「ただいま! リニア小母さん!」
「おかえりなさい、グラディウス。男爵様も」
「あ、はい。戻りました……」
 リニアは届けられいた菓子を並べ、三人でティータイムとなる。
 皇帝が夜に足を運ぶ日は、菓子だけではなく軽食も並べられる。皇帝が訪れるのが、グラディウスが普段の夕食時間よりも遅いため、空腹で ”哀しい思い” をしないための措置だ。
 訪問がない際は、クッキーが一人四枚ほど。夕食に差し支えない量と茶が用意される。
 今夜は皇帝が足を運ぶと ”リニア” は連絡を受け取っていたので、相応の用意をすることになる。
 先ずは軽食の注文。
「これ美味しいね」
「ベーコンとほうれん草のキッシュを注文してみたの。グラディウスの口にあって良かった。男爵様のお口には?」
「美味しいです」
 菓子や茶の注文はリニアが代理で行っていた。

※ ※ ※ ※ ※


 愛妾は料理を作る事が禁止されており、特別許可されるのは茶を淹れて飲むことだけ。部屋に調理器具をおくことを許可すると、殺傷事件の温床となるための措置だ。
 部屋で食事を取る事が禁止されていること、食堂は全てのテーブルに給仕が三名つき、ナイフ等の凶器になるものが持ち出されないように注意をはらう。
 もちろん、食後に数えて紛失していないことの確認も必須だ。
 部屋で茶を淹れることはできるが、用意されているポット以外の使用を禁止されている。これは毒殺の危険性を考えてのこと。
 自室において 《自室で自ら買い求めた嗜好飲料》 を飲んで死亡した場合、なんの保証もない。
 犯人は捜され放逐されるが、罰せられることはない。
 そのくらいの責任と、己で危機管理を徹底して飲めということであり、同時に自分達の立場が危険が伴うのだと教えることもできる。
 安全な飲み物を求めるのなら、支給されている水筒に嗜好品を汲みに行くべきだ。
 ドリンクバーのような設備が至るところにあり、それは管理下であり安心と保証を約束している。
 水筒も自ら洗浄するわけではなく、前に使用したものを使用済みの箱に入れて、新しい水筒に汲む。
 精々注意するのは「小間使い」に依頼するのではなく、自ら汲みにくること。
 小間使いの仕事に「嗜好飲料を汲みに行く」ことは盛り込まれておらず、依頼して毒物を仕込まれたとしてもその場合は愛妾の責任となり ”愛妾が” 放逐され、毒を仕込んだ小間使いは宮殿預かりとなる。
 刃物や毒物などの統制はなかなかに難しく、責任の所在と処罰の経緯を明確にしたほうが抑止力となる。
 どちらも基本にして大前提は 《皇帝の身辺に危険が及ばないようにするため》 の配慮であり、その ”残り” で愛妾達の身を守ることになっている。

※ ※ ※ ※ ※


 茶はグラディウスの希望でリニアが元々好きだったものを注文し、それを淹れグラディウスに振る舞う許可を得ている。
「ベーコン! あてしベーコン大好きだ! あてし作りたいなあ」
「ここでは調理できないそうよ」
「そうなんだ……でもベーコン作りたいなあ。残念だなあ、おっさんに食べてもらいたかったのに」
「作り方はご存じなのですか? グラディウス殿」
「知らない! そっか、知らないから作れないんだ!」
「……もしもよろしければ、私が作り方を捜しておきます。調理に関してはグラディウス殿が陛下に直接お願いてみたらどうでしょうか?」
 部屋で作ることは出来ないが、皇帝が許可さえだせば全てが片付く。
「う、うん! でも、でもさ! おっさんをびっくりさせたいから! ……ん……」

 ティータイムの後、少し話をしてグラディウスは午睡をとる。
 これも皇帝と夜遅くまで起きるための用意で、足を運ばない日は午睡はない。
 庭に午睡用の寝長椅子と、日差しを避けるための透明にちかい布で作られたテントの中に入り、薄手のタオルケットをかぶりグラディウスは眠る。
 その間にリニアはシャワーを浴びて身支度を調えなくてはならない。
 グラディウスが午睡している時間は、本来の愛妾ならば体を洗い、化粧を直す時間なのだ。その時間、なぜ愛妾でもないリニアが行っているのか?
 答えはリニアは忙しく、この時間を有効利用しないとシャワーを浴びる時間がないためだ。
 それとグラディウス、顔は「てっかてっか」髪は「ぼっさぼっさ」洋服は「しわだらけ」で皇帝を出迎えても許される。
 いや皇帝が ”それ” 望んでいるから良いのだが、小間使いは身綺麗にしておかないと失礼にあたる。
「ごゆっくりどうぞ。私が傍におりますので」
「いつもお世話になります」
 男爵はリニアが身支度を調えている最中、グラディウスの寝ている傍で、再び教材や教えることに悩みつつ夕暮れ時まで過ごす。
 そしてリニアが身支度を調えてからグラディウスを起こし、
「グラディウス、起きて」
「リニア小母さん……おはよー」
 二人で午睡用の道具を片付け、皇帝の入浴用の浴槽に湯を張り、あとは皇帝が訪れるまで男爵の朗読がはじまる。
「では読ませていただきます」
「わーい! おはなし! おはなし!」
「昨日は氷の国に連れて行かれちゃうところまでだったわよね」
「うん! どうなんたんだろ!」
 グラディウスの隣にはリニアも座り二人で聞くのだ。

 そうしている間に皇帝が訪れ、グラディウスが入り口で、
「おっさん! おかえり! おかえりなさい!」
 皇帝を出迎えている間に二人は片付けて、皇帝の椅子を用意して部屋の隅に下がる。
「ただいま、グラディウス。元気にしてたかな?」
「うん! 元気、とっても元気! さあ、おっさん! お風呂入ろう! 今日はピンクの色の風呂にしたんだよ!」
「それは楽しみだね」
「リニア小母さん! ルサお兄さん! あてし、おっさんとお風呂にはいってくるから」
 こうして浴室に消える。
 その間に皇帝の給仕達が近衛兵に監視されながら部屋に入り、テーブルと椅子を設置する。
 グラディウスの希望でリニアと男爵も一緒に食事をするので、テーブルが二つに椅子が四つ。それらを運び込み、テーブルクロスをかけ食器類を置き、香りのないテーブル用の花を飾る。その間リニアと男爵は、
「本が読み終わったのですが、明日は何を読むべきでしょうかね」
「僭越ながら、私本を注文しました。明日には届くのですが、それはどうでしょうか?」
「なんの本ですか?」
「”宇宙の偉人シュスター・ベルレー 幼児向け” です」
「解りました。では明日午前中の勉強は、真祖に関してにして」
 こうして明日の予定を決めていた。

 ちなみに真祖とはシュスター・ベルレーの異称の一つである。

 入浴後、グラディウスが自分で体を拭いている脇で、リニアが皇帝の体を拭く。グラディウスにやらせると時間が掛かりすぎ「ひっくしょん!」とくしゃみをしてしまったので、以来リニアの仕事になっていた。
 風呂上がり後の身支度にはある程度の時間をかけることが必要だ。
 この時間で料理が運ばれてくるのだから、あまり早くてもいけない。
「ああ! 良い匂いする! 今日のご飯なにぃ!」
 やや水浸しの状態でグラディウスは部屋を飛び出して、食事がある間へと突進してゆく。
「グラディウス!」
「私は良いから、あの子を追いかけて身支度を調えさせて」
「はい、陛下。グラディウス、待って。髪の毛ちゃんと拭かないと」
「ごめん! リニア小母さん!」
 あとは男爵がおこなう。
 サウダライトは野郎に身支度されるのは好きではないが、男爵にグラディウスの体を拭かせるのも悪いというか駄目だろうということで、ここは我慢していた。
「陛下、本日グラディウス殿が ”アイスメーカー” を希望なさいました」
「アイスメーカー? なんだそれは」
「アイスクリームを作るものだそうです」
「なるほどね……でもそれ、高くないよな」
「こちらを再生していただければ解りますが、世話になった役人の家で使ったものですから、高額ではないと」
「もっと派手なもの頼んでくれると嬉しいのに。突拍子もないようなものとかな。私、そんなに貧乏に見えるのかなあ」
「そ、そのようなことはないかと」
 こうして軽装に着替えた皇帝は、着席してテーブルの前で体を揺らして待っているグラディウスの元へと急ぐ。
「さあ、食べようか」
「うん! いただきます! いただきます!」

 こうして四人で食事をとったあと、男爵は退出する。

「また明日ね、ルサお兄さん! またね!」
「はい、また明日。それでは失礼いたします」

 その後リニアは部屋で皇帝に呼ばれるまで自由な時間を過ごし、
「酒と肴を注文して、部屋まで運んだら休んで良いぞ」
「はい」
 廊下に立っている近衛兵に皇帝の言葉を伝え、ワゴンを部屋へと運び入れてテーブルに並べ、
「失礼します」
「おやすみ」
 一日が終わる。

 皇帝はグラディウスの寝顔をみつつ ”アイスメーカー” の話を聞いて微笑み酒を嗜み、
「明日は来られないんだ、おっさんも残念だよ」
 グラディウスにキスをして眠りにつく。


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