帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[39]
「おっさん! 今日のお風呂はピンクだよ!」
 グラディウスはリニアと一緒に、入浴剤を購入してサウダライトを出迎えている。
「いいね、ピンク」
 皇帝の肌に触れるものなので通常は購入に様々な手続きが必要だが、グラディウスはそれらの煩わしい手続きをしていなかった。
 特別扱いによるものだが、特別扱いはグラディウスではなくリニア。
 サウダライトは吝嗇とは程遠く、グラディウスの小間使いをするのは大変だろうと《娘》に言い、リニアが物品を購入する際にはあまり厳しい審査をせず、また金額も大目にみておくようにと命じていた。
 小間使いが「下働き区画内で」一ヶ月に購入できる品物は、金額が決まっている。
 街に出て買い物をした場合も、カード決済が基本なので金額は全て管理されている。なぜ管理するのか? 借金のある人間は、問題を起こしやすいところにある。
 正確に表現するのならば「借金をかたに、違法な行為に手を出すように誘惑されやすい」
 皇帝の傍に近付くことのできる愛妾の小間使いが、金に困って”ごろつき”に買われては困るというのがる。
 そのため、私用であっても管理される。
 もちろん全てが管理できるわけではない。本人のカードではなく、違う者のカードを使用し品物を与えることも出来る。それらを考慮したシステムもあるが、今は関係のないこととして割愛する。
 リニアはグラディウスと「がめんにもおみせ!」で小さな物を良く購入していた。グラディウスの代理のように。
 そして”この人”の代理でもあった。

「リニア・セルヒ・イーデルラ・マドウの購入希望は”宇宙の偉人シュスター・ベルレー 幼児向け”と”お風呂のぷるるん・らぶらぶ(ピンク)”と……なにかしらこれ」
 リニアの履歴を直接確認するのは、責任者でもあるサウダライトの娘ビデルセウス公爵。
 他の愛妾に関しては直接目を通すことはないが、父お気に入りの愛妾の、仕事としては小間使いの範囲を超えている小間使いの購入履歴は、彼女たっての希望で直接目を通していた。
「いかがなさいましたか? ビデルセウス公爵」
「ジベルボード伯爵。これが解らなくて」
 商品名からは全く解らなかった”それ”を指さす。
 聞かれたジベルボート伯爵もよく解らなかったので、荷物の仕分けと配達を行っている者に確認したところ、
「大人のおもちゃ? ってなにかしら?」
「それはその……」
 ”そういう物”であった。
 性的なことが嫌いなビデルセウス公爵に”これら”を説明しなくてはならないジベルボード伯爵。出来れば説明はしたくないが、ここは仕事だと割り切り、淡々と説明をする。
 話を聞き理解したビデルセウス公爵は、眉間に皺をよせて、その文字すら軽蔑の眼差しで見たが、
「リニア・セルヒ・イーデルラ・マドウという下級貴族も、世間でいうところの女盛りですから。そのようなお顔をなさらないでください」
 ジベルボード伯爵はそれらに関しては「大人」で、特別怖ろしい物を購入しているわけでもないと、ビデルセウス公爵を説得した。
 説得された方も、理解はしている。
 感情が先走り表情に出てしまっただけのこと。貴族らしくないといえば貴族らしくないが、ここら辺は潔癖症の姫君で殆どの者は好意的に見てくれている。
 ザイオンレヴィも、妹のやや潔癖気味で幼さを感じさせる部分は、兄として気に入っていた。
 リニアはこの後も、何度か機具を購入するのだが、それが実は「皇帝の命令により代理購入」していたのだ。
 当然使用されていたのはグラディウスで、その事実が明るみに出るのは、グラディウスの妊娠発覚後。
 その際ビデルセウス公爵は、リニアに泣いて頭を下げて謝罪した。
「ごめんなさい! あなたが使ってるとばかり思って! ちょっとだけ軽蔑してました! ごめんなさい!」
 小間使いがアナルビーズ買ってるという事実を前に、口に出すことはできず、大人なのだから文句を言うべき問題ではないと解っていても……こればかりは仕方のないこととも言える。
 泣いて叫んで「父親と縁を切る!」と大騒ぎした彼女を、婚約者であるヅミニア伯爵ロラウミティエルが宥めて一緒にリニアに謝罪した。
 謝罪されたリニアは「いいえ、そんな……」と答えに困ったのは、当然だ。ちなみにロラウミティエルとビデルセウス公爵の間に出来た伯爵令嬢は、リニアとルサ男爵の間に生まれた長男ハルテンビアと結婚する。
 謝罪の意も若干あったが、ハルテンビアは皇太子アルトルマイスの信頼が篤くマルティルディの覚えも良かったので良縁であったが。
 未来の和解はさておきリニアへの謝罪後、軍人であるロラウミティエルは、彼女の前で「父親」の手加減しつつ”皇帝”の顔に一発拳を入れて転がして、縁を切るのを思いとどまらせた。
 父親と縁を切ると、貴族としての身分が怪しくなるので(失うわけではなく)結婚できなくなるためだ。ロラウミティエルは彼女のことを「僕の可愛いお姫様」と結婚出来るのを楽しみに待っていたので、それだけは避けたかった。
 もちろん兄も協力し、マルティルディから殴る許可をいただいてきた。
 ロラウミティエルはその後、彼女に大宮殿での仕事を辞めさせ「療養」として、ケシュマリスタ王領へと連れて行った。そして二人は長い婚約期間を終えて結婚する。

 周囲に甚大な被害を与える皇帝の性生活。

「おっさん! おっさんに教えて貰ったとおりにやるよ!」
 グラディウスは胸を泡だらけにして、サウダライトの背中に抱きついて、
「おっぱい洗い! おっぱい洗い!」
 胸を押しつけて必死に背中を洗う。
「お、上手になってきたね」
「ほんと、ほんと!」
 グラディウスはこれが自分の大得意だと胸を張って自慢した。サウダライトが教えてくれたことなので、信じて疑っていなかった。
「本当だよ」
「嬉しい! あてし、頑張る! 頑張る!」

 その一部は、このような感じであった。

※ ※ ※ ※ ※


 ”老人”が仕える男爵はこれが三人目である。
「夜食が用意できました」
 老人は夜食を主の部屋へと運ぶ。
「失礼します」
 返事はないが、老人は部屋の扉を開く。男爵は返事をすることは滅多にない。
 老人は”男爵の世話係”として人生を過ごしている。
 献上用両性具有の養育に携わる皇族、または皇王族が存在するのと同じように、男爵の養育に携わる存在もある。
 老人は皇王族子爵の私生児であった。
 父が子爵であったのか? それとも母が子爵であったのか? 老人は知らない。
 母が奴隷であったのか? それとも父が奴隷であったのか? 老人は知らない。
 老人は私生児として育てられ”皇王族男爵の養育”を受け持つことを仕事と定められた。
 初めて育てた男爵は感情の起伏があり、老人を父のように慕ってくれたが、その男爵が生贄にされるとき、助けを求めて来た。もちろん老人は助けることなど出来ず、男爵は悲痛な叫び声を上げて連れて行かれた。
 だから二人目は、規定通りに育てた。彼女は生贄となる時に叫びはしなかったが、瞳は一人目と同じよう、助けを求めているように見えた。
 彼女を屠る指揮を執ったのは若き日の皇帝。あの当時は皇帝になるなどと本人すら思っていなかった、イネス公爵家の嫡子ダグリオライゼ。
 三人目のルサ男爵はどうして良いのか老人にも解らなかった。
 その日が来る前に、自分が死んだ方が楽になるような気持ちで接しながら二十五年が過ぎた。
「ルサ男爵?」
 愛妾の教育係となったルサ男爵は、徐々に夜更かしをするようになった。
 机に俯せているルサ男爵の傍に老人は近寄る。
 グラディウスに教えるべき事や、今日の出来事、発した言葉で解らなかったことを書き出して注釈を付けたりと、様々な事柄が書かれた紙が机の上に散乱し、その紙の上に俯せて眠っていた。
 夜食の乗っているワゴンから手を放し、寝室からタオルケットを運び背中にそっとかける。
 揺すって起こしても良かったのだが、老人はルサ男爵の寝顔を見つめ、そして紙に書かれている文字を追った。

【明日教えること 皇帝について】
【皇帝は全ての言語において シュスター である。シュスターは陛下の尊称を含むゆえ 尊称とは”様”とか”殿下”とか。あの殿下は、皇位継承権、または王、と王位継承権を持つものと、正妃……あああ! 多分伝わらない! 説明下手だ……】
【気をとりなおして シュスター とは、帝国を建国した 作ったお方でフルネームはシュスター・ベルレー。帝国歴前、西宇宙歴(東西南北、および中央と宗教の六種類の宇宙歴があったことを説明するべきか? 説明する場合はどのように……どのように?) 2655年に生まれたとされている。生年月日は不明、今の奴隷制度にあたる戸籍……あああ! 多分伝わらない! 奴隷制度、奴隷についてどのように説明をするべきだろうか?】
【とりあえず、シュスターが地球に向かった辺りから? いや、エターナと出会った経緯。あれ、その前に四王家が存在することから】
【儂があてしに聞こえるらしい。なぜ”あてし”となるのか? 舌の使い方が弱いことが原因に感じられるが 陛下に矯正するべきかをお尋ねしてから 矯正用道具を発注する場合は……】

 苦労していらっしゃるのだな。
 老人は少し嬉しくなった半面、一人目の事を思い出し部屋をあとにした。

【椰子の実はとても美味しかったのだが。それ以上に耳が熱くなった。どうして……考える必要などないか】


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