帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[27]
 姉でありロヴィニア王の直轄領内を通り抜け、帝星へと急いでいたキーレンクレイカイムは 《大きな事故》 に遭遇し、帝星へと到着するのが、通常航路を使った場合よりも遅れてしまうことになった。

 H−M−502158
 ロヴィニア王直轄領内に存在する、ヒルメニウム鉱山採掘惑星の一つ。
 救援信号を受信してから急いで惑星のある区域へと艦を進めると、救援信号を発信している避難艇と遭遇し、回収して彼等の口から ”惑星はもう人が住めない程に崩壊している” と聞かされた。
 その後、原因や責任の押し付け合いなどを始めた ”避難艇に搭乗することが出来た、管理者クラス” の者達に、
「原因解明や責任問題は私には関係無い。それらはロヴィニア王である姉上が処理することだ。私は現場指揮と処理を迅速に行うことだ」
 キーレンクレイカイムはそれだけ言って、立ち去る。
 報告を受けた姉王は 《生存者がいる》 との報告を受けて、
『仕方あるまい』
 本心から ”仕方ない” と思っている表情をあからさまにして、キーレンクレイカイムに現場指揮を執るように命じた。
「お気持ちは解りますがね。私が到着するまでアルカルターヴァとリスカートーフォンに協力してやってください」
 生存者が皆無であれば、調査部隊を派遣して処理をするが、王国軍が通りかかって僅かながらの生存者を回収して、そのままにして通り過ぎるというのは後々問題になる。
 大きな問題ではなく、小さな ”不満” 見捨てられてしまったという、小さな小さな棘が、王国に傷を付ける。小さな傷であっても、その傷が膿むこともある。
『期待はするなよ。なにせ相手はマルティルディだ』
 統治をする上で、この場においてキーレンクレイカイムが指揮を執り事故現場を処理するのは、姉王にとって必要だった。
「はい」
 姉王の命令のもと、キーレンクレイカイムはH−M−502158へと向かった。


「ヒルメニウム鉱山の総量から考えても、自力での全壊は不可能でしょう」
 副官がモニターに次々に数字を出し、キーレンクレイカイムに説明をしてゆく。
 ”惑星が焦土と化し生物が死に絶えてしまう” これは救援信号として第三次、最もランクの低い ”救援要請状況” である。
 第二次は”大気にも異変が発生し、有人惑星としての価値が失われる” を指す。
 そして第一次は ”惑星その物が崩壊しつつある” 
 第三次ならば直ぐに立て直せる、第二次は住居環境を復元した方が得か、見捨てた方が得かを統治者が考えて判断を下す。
 第一次はそのような部類のものではなく ”惑星の後始末” する必要があった。
 エネルギー用鉱石の採掘は、事故により膨大なエネルギーを暴走させて惑星を崩壊させるが、惑星を完全崩壊させるのは足りない事の方が多い。
「自力消失が不可能なのは確実のようだな。ミサイル製造が必要になるな。近場の軍事兵器工場へと発注する必要があるか?」
 惑星の形状と性質を失い、重力を所持しているだけの半壊した存在が 『そこにある』 と、様々な弊害が起こる為、完全に消失させる必要があった。
 惑星消滅は領域主、この場合はロヴィニア王の許可を得た、中将以上の ”艦隊指揮権を持つ指揮官” がミサイル投下の指示を出さなくてはならない。
「艦隊の兵器製造プラントを用いて可能です」
 惑星を完全に消し去る専用ミサイルは勿論 《危険兵器》 で、所持して艦隊が航行することは無い。
 まだ帝国が平定されていなかった十三代皇帝の頃に完成し、十六代皇帝の頃までは 《戦争》 に使用されたが、それ以降は異常地場を持つ惑星や、このように半壊して重力異常を起こしたり、そのままにしておくと周囲に被害が及ぶような有人ではあったが、もう使うことができない惑星にのみ使われる兵器となった。
「製造に何日かかる?」
「艦隊のミサイル製造プラント能力を全て用いても、通常作成では五百時間かかります。ですが現在艦隊が所持している総ミサイルの八割弱を使用して作成しますと、日数換算で七日後には投下できます。ただし残り二割程度のミサイルでは、軍備としては頼りないではなく ”無いに等しい” ですが。如何なさいますか?」
「七日後には投下して、帝星へと向かう。ミサイルの使い道なんて ”コレ” しかないんだからな」
「畏まりました」
 キーレンクレイカイムは椅子に腰をかけて、溜息混じりに大きな声で誰に向けてでもなく独り言を語る。
「前回は皇太子艦隊とマルティルディ艦隊に遭遇して、今回は鉱山惑星の崩壊か。ロヴィニア王国軍総帥として、仕事をし過ぎだな」
 周囲にいた者達は、表だって同意はしなかったが、苦笑を浮かべたり、隣同士顔を見合わせて頷いたりと、全員がキーレンクレイカイムの言葉に ”納得” していた。
 ミサイルを投下して、惑星が完全に消失したことを確認する。
 それまでの間に、もう一つやっておくことがあった。
「フィラメンティアングス公爵殿下。一機発見したとの報告です」
「情報は入っていたか?」
「はい。内容をフィラメンティアングス公爵殿下に確認していただきたいそうです」
「よし、繋げ」
 キーレンクレイカイムの合図と共に、生々しい人々の恐怖や叫び声が室内にわき起こる。
「しっかりと情報を叫んでくれていれば良いがなあ」
 キーレンクレイカイムの元に届いている音声の元は、H−M−502158が崩壊し始めた時に、
『名前を叫ぶんだ! 出身惑星と名前を叫べ! 早く叫べ、あのランプが赤になったら、あれが宇宙に飛び出す! 家族が補償をもらうには、勤務していたという証拠が必要だ! ここで叫ばないと、死んだと証明されないで、行方不明で終わるぞ! 叫べ! 叫べ!』
 そこに存在した者達の声が録音されて、崩壊前に飛び出し回収されるのを待っていたブラックボックスが内蔵されている救難信号発信衛星。
 泣きながら叫んでいるものや、意味不明の叫びを上げている者。声の限り自分の名ではなく、恋人や家族の名前を叫んでいる者など。
「名前や出身惑星、性別なんかを叫んでくれるだけで良いんだが……」
 キーレンクレイカイムは周囲の職業斡旋所から集めたH−M−502158で働いている者達のリストと、音声を適合させて ”このブラックボックスの音声がH−M−502158” である証拠を捜させた。
 どの惑星にも設置されており、昔から使われている装置なので200年前のブラックボックスなどが漂流していることもある。
 それらの回収は必要だが、今は「H−M−502158のブラックボックス」としてロヴィニア王に届けなくてはならなく、それ以外の物は求められてはいない。
「これは……適合した。エルターズ28星の男だ」
 ブラックボックスに記録されていた姓名と出身惑星と、キーレンクレイカイムの手元にある書類の一人が完全に一致した。
「念のために、後二、三人は合致させる必要はあるが、まず間違いないだろうな。衛星に付着している鉱石の解析も進めろ」


―― 親父、お袋。そしてグラディウスの親父さんよ。俺まで此処で死ぬみてぇだ……どうすりゃいいんだよ……あいつ馬鹿なんだぞ。独りぼっちになったら、どうやって生きていくんだよ……ああ、この金があいつの所に届けば……頼むよ……頼むよ……


「管理者以外の生存者は無し。一応最後に調べてから投下するとしようか」
 キーレンクレイカイムは赤い渦になっているH−M−502158を安全圏からモニター越しに眺めながら、副官に最後の確認をさせた。
 画面に映し出されている状態で普通の人間が生きている可能性は無いことは解っているが ”最後の生存者確認” はミサイルを投下する前の儀式的な作業でもあるので、時間が惜しくとも、行わないわけにはいかない。
 副官からの指示のもと捜索が開始されて、キーレンクレイカイムは副官の持つミサイル投下ボタンが収められた細工の施された箱の縁を触る。
「生存者はいないだろうな……それにしても、私がこれで遭遇していないのは、超新星だけだな」
 質量の大きな恒星が崩壊してゆく過程。
 それが宇宙航路に深刻な損害を与えるとなると、軍が出動して ”必死の思い” で事態を収拾しなくてはならない。
「遭遇したいとお思いですか?」
「まさか。惑星消失用はミサイルが開発されているから、私程度の軍事に疎い総帥の指揮でもなんとかやっていられるが、恒星は消失用の武器がないから、面倒でしかたない。消失どころか破壊すらおぼつかない……」
 キーレンクレイカイムは箱から手を離して、画面を再び見つめる。

『恒星破壊弾は存在はする。完全に太陽を破壊することが可能といわれる……マルティルディ。プロジェクト・ラストガールの進化形か。太陽の破壊者なあ……』

「どうなさいました? 殿下」
「いや……恒星を周囲に被害なく完全消失させることの出来る兵器が、高額であっても生産できるようになったら恐ろしい……と思ってな」
「それは、確かに恐ろしいことですね。恒星をも消失できるようになれば、人類に破壊できないものは存在しないでしょうし」

 恒星を破壊する生体兵器は存在する。

―― 失敗したら、この艦も重力に引き込まれるよ。そういう位置にいるからね。僕は逃げられるさ、完全異形にして太陽の破壊者だもん。でも君は逃げられない。死にたくはないだろう? だからこの艦から退去しろよ

偶然と奇跡と。

―― 貴様の人生に失敗はない。よってこのミサイルは恒星を確実に、そして瞬時に周囲に被害を出さず消失する。だから儂はこの艦から出てはゆかぬ

欲しいと願った者が手に入れられるわけではない。

―― 僕の隣に君が立っていることが、最大の失敗だよイデールマイスラ

何処に誕生するのか解らない、そんな不確かな兵器。

―― 失敗ならば儂を殺す良い機会ではないか、マルティルディ


地球を守るために。

―― 太陽系は太陽系ではなくなった ――

太陽を破壊してください。



「フィラメンティアングス公爵殿下。生存者0です」
 キーレンクレイカイムは報告を受けて頷き、副官が持つスイッチを押した。惑星は霧が晴れるかのように赤い ”もや” 共々消え去り、そこには宇宙空間が広がった。
「完全消失確認」
「よし。現時点で確実に判明しているH−M−502158に人を紹介した職業斡旋所がある惑星に連絡を入れろ。私達は帝星に向けて、適度に急げ! 事故を起こすなよ」
 向かう途中、姉王から 《グラディウス・オベラ》 が寵妃になったという報告を受けて、どうした物かと考えるキーレンクレイカイムの頭からはH−M−502158の存在は既に消えていた。

※ ※ ※ ※ ※


 キーレンクレイカイムの号令を受けて、様々な惑星に 《死亡》 が届けられた。
「ピラデレイス!」
「どうした? レンディア。そんなに焦って」
「この人! この人、あの村出身の!」
 レンディアから渡された情報を見て、ピラデレイスは頭をかかえた。かつてグラディウスの家族構成を調べた際に載っていた 《兄》 の名前。
「ヒルメニウム鉱山惑星で死亡……かあ。知らせるべきなだろうけど……」
 グラディウスの村の村長と話し、甥の母親殺しのあらましまでを聞いて重苦しい気持ちのままレンディアに連れられて職場を後にし、テーブルに情報端末のあるレストランで 《H−M−502158合同葬儀》 の画面を ”ぼうっ” と見つめ続けていた。
 全ての惑星から無料で船を出すわけにはいかないが、周辺の大きな惑星からシャトル便と宿が無料で提供される合同の葬儀。
 グラディウスは血縁なので参加することもでき、帝星からはシャトル便が出る。
 だが合同葬儀に参列するためには届け出を出す必要があり、
「万が一、復路で乗り遅れたら目も当てられないぞ」
 向かい側に座って、ピラフを口に運んでいるレンディアが不安を指摘する。
「だよな……そうだよな……合同葬儀に出席させるとなると、死んだことも教えなければならないし……成人後までは」
 亡くなったグラディウスの兄には申し訳ないと思いながら、ピラデレイスはかき混ぜ続けて冷たくなったポタージュを口にやっと運んだ。
「まず……」
「そりゃそうだ。一時間もかき混ぜてたんだから。でも勿体ないから飲めよ。そしたら帰りにつまみと酒でも買って飲もう……どうした?」
 スプーンを持った手を顎にあてていたピラデレイスは、
「帝星に異動希望出してみようかなあ」
 恥ずかしそうに思いついた事を教えた。
「帝星勤務は希望者が多くて何時も激戦区だぞ。斡旋所の中だけでも、帝星勤務、必要定員一名に対して五万人以上の希望がある……でもまあ、出すだけなら出してみても良いか」
 ピラデレイスがグラディウスに会い、墓のある惑星まで自腹で連れて行ってやる気なのは明白だった。
「ああ。明日にでも出してみるよ」
 通らなかったら休暇貯めて帝星の実家に帰るのも……と言って、勢いこんで硬くなりつつあるポタージュを行儀悪くかき込んだ。
 テーブルに置かれた、空といってやっても良いだろうくらいには片付いたポタージュの皿を観て、
「私も出そうかな」
 レンディアは、ピラデレイスにはっきりと聞こえるように言って微笑む。
「レンディアも? なんでまた」
「さあ? 当ててみなよ」

※ ※ ※ ※ ※


「遅れて申し訳ございません、姉上」
「事後処理に関しては褒めてつかわす」
 出迎えに来てくれた姉王に頭を下げる。
「報告ではルリエ・オベラは既にイレスルキュランと会ったそうですね。詳細は聞けば解りますか?」
 賢い妹王女イレスルキュランの事だから、情報を採取しているとキーレンクレイカイムは思ったのだが 《そう》 話しかけられた姉王は、恐ろしい程に変な表情になった。
「どうなさいました? 姉上」
「んー。私も聞いたのだ。聞いた所、褐色の肌で白い髪をお下げにして、大きな藍色の瞳が印象的で、正真正銘不細工な、どこからどう見ても田舎娘だと」
 特徴と言えば特徴なのだが、
「幾らでも集められますが、こう……なにかポイントとなる部分はないのですか?」
 用意するには、少々漠然としていた。
 容姿ではない部分を知りたいのだが、
「それな……それなあ……」
 姉王の渋り具合に、キーレンクレイカイムはどのように声をかければ良いのだろうか? と非常に困った。
「特徴がないというのが特徴なのですか? 空気のようなイメージですか」
「空気は山羊臭いと言っていた」
「山羊臭い空気?」
 欲しいと思った答えではなく、聞いてもどうしようもない答え。
「山羊がどうとか言いたがっていたようだが、ふほぉぉ! となってなあ。……はあ」
 姉王は一体何を言っているのだろう? そして妹王女は何を言いたかったのだろう? キーレンクレイカイムは益々困惑を深めてしまい、その困惑を感じた姉王は 《妹王女がこれ以上言えなくなった禁断の言葉》 を告げる決意をした。
「あのな…… ”もぐもぐ? で馬鹿。馬鹿でもぎゅのぎゅ? 帝国はもしゃもしゃ? で馬鹿なので許さざるを得ない。私は許す” なのだそうだ」
「はぁ?」
「お前の反応は当然だろうな、キーレンクレイカイム。私もそんな物だったが、イレスルキュランがこれ以上は言えなかった」
「言えないとは? 恐怖して?」
「違う。笑ってしまって、大爆笑しながら ”もぎーもぎー” と叫んで呼吸困難となり、医師が走って来た。最近 ”もぎーもぎー” と叫んで呼吸困難になることが、日課になっているそうだ。理由は主治医も解らんとのこと」
「わ、笑って? もぎ?」

 娘を用意しろと言われていた筈なのに、何を用意したらいいのか? キーレンクレイカイムは皆目見当がつかなくなった。

「とにかく、イレスルキュランに直接会って、特徴を聞いて娘を用意しておけ。資金だ」
 姉王からカードを投げつけられて、
「難しそうだから多めに資金は用意しておいた。足りなくなったら言え。ではな、キーレンクレイカイム」
「は、はあ……」

 受け取るも、途轍もない ”なにか” に立ち向かわなくてはならなくなった自分にキーレンクレイカイムは困惑気味だった。

「山羊な空気で馬鹿でもっちもっち? で……不細工。愛妾区画にそんな女一人も居なかったのに、元イネスの趣味は解らんなあ」

 《三章・終》


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