帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[22]
− カムイ!
【カムイじゃない! カイムだ! キーレンクレイカイム!】
− カムイのお嫁さんがいいなあ
【お前は友達だろ? あのな……】

− カムイ! ありがとう! 結婚指輪だね!
【いや……まあ、いいや】
− うれしいな! うれしいな! 私たち、ずっと一緒だよね! ずっと! ずっと!
【ずっと一緒だろうな。嫌じゃないよ……】


※ ※ ※ ※ ※


「嫌いじゃないよ……誰だ?」
 キーレンクレイカイムは外から差し込む日差しに目覚め、体を起こした。
「さてと、今日も愛妾区画に行くか」
 平和なご時世、王国軍の総帥がどこに居ようが問題にはならず、
「シルバレーデ公爵閣下、本日もフィラメンティアングス公爵殿下が愛妾区画に……」
「見なかった事にしておけ」
 好き勝手できる王子の身分と権力で、皇帝の愛妾の住む区画をうろつき回る。
 これが無理強いをしたり、暴力をふるう王子であったならザイオンレヴィも強く出られるのだが、キーレンクレイカイムはそんなことはしない。
 話しかけていつの間にか相手をその気にさせて、完全な同意の上で肉体関係を持つ。関係に至るまで一度たりとも権力を笠に着たことはない。
 キーレンクレイカイム本人は ”皇帝の愛妾相手に権力など何の意味もない” と何事も無かったような顔で言うが、実際のところキーレンクレイカイムと皇帝サウダライトの権力は似たような程度。
 何よりもその似た程度の権力しか持たない皇帝サウダライトが ”お好きなようにさせておきなさい” と愛妾区画の責任者である息子に命じているのだから、どうする事もできない。
 女好きな王子キーレンクレイカイムは、今日もふらりふらりと成熟した美女の間を縫って歩いて何時ものように物色していたのだが、何時もと違う相手に出くわした。
 前方に見える ”背が高い” 範疇を超えた ”全長” と呼びたくなる程大柄な女性。
「デルシ=デベルシュ!」
 波打つ深紅の髪と、キーレンクレイカイムよりも一回りは大きいと言いたくなるような体つきの皇后。
「キーレンクレイカイムか。娘の物色か?」
 女好きで独身を実力で押し通した王女だが、帝国の様々な事情により皇帝の正妃第一位に相当する皇后の座に就いた。
「否定はしませんよ。あなたもですか?」
「まあな」
 女好きのキーレンクレイカイムの守備範囲の広さを持ってしても ”無理” としか言いようの無い相手だが、
「皇帝とは仲良くお過ごしですかい」
「小僧か。あれで頑張っておるぞ」
 皇帝は政治上の憂いを一つでも減らすべく、夜のお勤めを頑張っている。普通最高権力者に対して ”夜のお勤め” などとは言わないが、そこは傍系出の皇帝と、十三歳も年上の王女との関係。誰がどう見ても ”お勤め” しているのは、皇帝サウダライトの方だった。
「あ、そうですか」
「ルグリラドは今だに拒否しておるし、ルグリラドが拒否しているせいでお前の妹イレスルキュランも中々同衾できないでおる。結果として我と同衾するしかないようだ。小僧としては愛妾の元だけに通いたいところであろうが、それも出来ないのが現実だ。ルグリラドの機嫌を直さねば、寵妃達も飼い殺し状態。全く大変なものだ」
 ”大変” とは言っているが、デルシ=デベルシュの声や口調には、深刻さは一切なかった。キーレンクレイカイムもデルシ=デベルシュ同様、あまり深刻には考えていない。
 今は元貴族出の皇帝を嫌って ”キーレンクレイカイムの方がまだマシじゃ!” 叫んで床を共にするのを拒否しているが、あと何度かサウダライトに頭を下げさせれば納得し、正妃として身を委ねることは誰もが理解していた。
 貴賤結婚を嫌う最古の王家出の王女。だが最古の王家の王女であるが故に、権威を維持するための存在である ”自分” をも捨てきれない。傍系出の貴族皇帝に権威や箔を付けてやるためには、自分の存在が必要であるということを、ルグリラドは良く知っている。
「私のほうがまだマシとか叫ばれた時は、正直困りましたがね」
「お前が本当に困るとは思えんが。まあ、お前には親王大公を妃にして貰わねば困るから、我としては阻止するが」
「今は亡き陛下への忠義、感服いたします」
「死んだ人間の意見を尊重して、鬱陶しいと感じておるだろうが、それがお前の ”運命” だ。受け入れろ」
 自分より優に頭一つほど背の高いデルシ=デベルシュから鋭い視線で見下ろされ、キーレンクレイカイムは肩を窄めて胡散臭い笑いを浮かべて答える。
「勿論ですとも。大事にしますよ、まだ見ぬ、存在せぬ親王大公殿下ですが」
「期待しているぞ……キーレンクレイカイム、お前の趣味はあの女ではないか?」
 突如語調を変えたデルシ=デベルシュが、一人の女性を指さした。黄色みを僅かに帯びた柔らかそうな栗毛が特徴の娘。
「……」
 あまりにも自分の好みに ”ぴったり” の娘を指されて、キーレンクレイカイムは思わず声を詰まらせた。
「もう少し金が強ければ、テルロバールノルの榛色になるな。お前は髪は榛色で、顔は柔らかめ、性格は少々 ”きつめ” で、若干 ”我が儘” な甘え上手が好きであろう。我はあの娘の性格までは解らんがな」
「恐れいります」
 五十歳を越えている王女の眼力に、頭をかきながら口の辺りを手で押さえる。今まで指摘されたことがなかったので、キーレンクレイカイムは余計に驚いた。
「驚く程のものではない。我は知っているだけだ。まあ、その様子では……ではな、キーレンクレイカイム」
 デルシ=デベルシュは思わせぶりな言葉を告げて、キーレンクレイカイムから離れて去っていった。
 去られた方は割合賢かったので、反芻してあることが思い当たった。
 デルシ=デベルシュは先代皇帝の親友で、重要な事項に関し先代皇帝に意見を求められていた。


―― 陛下は私のことを ”カムイ” と呼んでいた人物を知りませんか? 北の城館にいた頃に、一緒に遊んでいたので陛下にも心当たりがあるかと
―― 心当たりはある。誰よりも良く知っている


 先代皇帝の護衛を務めていたデルシ=デベルシュは当然同行している。
「あの人が知っててもおかしくはない……が、語ってはくれなさそうだな」
 ”やはり姉上か”
 ロヴィニア王領に戻っている姉王に尋ねようと考えながら、キーレンクレイカイムはデルシ=デベルシュが指した好みの娘に声をかけた。

※ ※ ※ ※ ※


―― 帰ってきたらとうちゃんと一緒にベーコン作ろうな、グラディウス
―― うん! 

 帰国の途で、キーレンクレイカイムは各国のニュースに目を通していた。大きく伝えられるものではなく、重要性もないに等しい、その事件が起こった王国でも中央に届くかどうか? そんな小さな情報も、時間があるとキーレンクレイカイムは目を通す。
 誰に殺されたのか不明、親が子に殺された、身元不明の遺体、子に親が殺された……などの小さな事件を流して読んでいると、結構大きな数字に目がとまった。
「エルターズ28星で大洪水……死者2896名か」
 ”エルターズ28星” 自国ではないことだけは直ぐに解ったが、この惑星がどの王国に属し、どの位置にあるのかは全くわからない。
「おい。エルターズ28星は何処だ」
「ただいま調べますので。少々お時間を下さい」

 テルロバールノル王国領に属する未開の惑星に近いところだと報告を受けて、頷き別のニュースへと視線を移動させた。
 
―― とうちゃん……かあちゃん……あてしの大好きなとうちゃんが……あてしの大切なかあちゃんが……

※ ※ ※ ※ ※


「それで五人身籠もらせて、引き取ってきたという訳か」
「はい」
 キーレンクレイカイムは皇帝の愛妾を五人ほど身籠もらせて、引き取り王国へと戻ってきた。居心地が悪くなった訳でも、蟄居しろと言われたわけでもなく、ただ姉王より帰国命令が出されただけのこと。
 引き取られた女達は、愛妾区画にいた頃よりも良い生活に満足している。
 姉王もそれらに関しては問題視していなかった。遊び歩く実弟だが、自分の力で全て処理できているので文句はなかった。
「まあ良い。そう言えば、ルグリラドはどうした? 夜這いすると言い張っていたが、皇帝の正妃になって、お前でもついに諦めたか?」
 だが ”これ” だけは大きな問題に発展するので、偶に聞いては諫めている。もちろん、諫めると言ってもそれ程強くはない。
「いいや。今の状態のルグリラドには興味ない。イネスの皇帝よりも私の方がマシだなどと思っているルグリラドを夜這っても無意味。皇帝の正妃である己を認めていない王女など、夜這っても面白くない」
「そうか」
 手当たり次第、そして無力な女性に夜這いしない分マシと考えてやるべきだろうなと生温く眺める。
 ただ他の実弟が同じことをした場合は、容赦なく処刑することもイダ王の内心では決まっていた。イダ王はそれらを今語る目的で、この実弟キーレンクレイカイムを呼び寄せたのだ。
「ところで姉上」
「なんだ?」
「私、最後に陛下と会話した際に ”私をカムイと呼んでいる相手” を姉上が知っていると陛下が教えてくれました」
「陛下はお前に教えてくださらなかったのか?」
「教えて下さろうとしたのですが、そこで鐘が鳴り私は退場となりましたので」
「そうか……良かろう、お前に教えてやる。私としても ”これからの王国の方針” をお前に教える必要があったのだ。その付随の話として教えてやろう」
「ロヴィニアの方針?」

 ロヴィニア王位継承権はある物の、上に二人の実兄を持つキーレンクレイカイムは、何故自分が ”王から直接それについて語られるのか?” 皆目見当がつかなかった。


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