帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[23]
 姉王の真剣な表情に、キーレンクレイカイムは座り直して言葉を待った。イダ王は聞きに入った実弟の体勢を確認して口を開く。
「私達の母親・王妃サズラナシャーナは、先代皇帝とは父を別にする大公であり、生母は二十一代皇帝であった」
 後代では大きな災禍により ”継承権の返上” は行われなくなるが、この当時は ”皇太子” が誕生した場合、皇帝の兄弟にあたる親王大公達は親王位、すなわち皇位継承権を皇帝に ”皇太子誕生のお祝い” として返すのが慣習化していた。
 ガルベージュス公爵の両親も元は親王大公で、慣習に則り現在は大公。ガルベージュス公爵は現在は公爵だが、どちらかの親が死亡した場合大公に ”繰り上がる” ことになっている。そしてキーレンクレイカイムの母親も、元は親王大公であり親王位を返上している。
 母親が親王大公位を持っている時期に生まれた場合は、王族も皇位継承権を所持するが、サズラナシャーナ皇女が嫁ぐ前に、姉であった先代皇帝が皇太子を出産したので返上したために、現在のロヴィニア王族には皇位継承権を持つものは存在しない。
「そのくらいのこと、知ってますって。自分の母親の出自くらい」
 いきなり ”王族なら知っていて当たり前” のことを言われて、思わず何時も通りの表情になり言い返してしまったキーレンクレイカイムだが、姉王の表情は崩れない。
「黙って聞けとは言わないが、話の流れであり、重要な所だ」
「はあ」
「今のを前置きとしよう。キーレンクレイカイム、お前は先代皇帝の後継者が、死んだ皇太子ルベルテルセス ”のみ” であった状況をどう考える?」
 王国の未来に関する話が、既に故人となった皇帝に戻ることを些か奇妙にキーレンクレイカイムは感じた。
「非常に危ういと思いますな。実際に危ういというか、奇妙な方向に進んでしまった訳ですが」
 すでに未来は決定し、皇太子が死亡して傍系のイネス公爵が皇帝の座に就いている。
 今更蒸し返すような事ではないのにと思いつつ、暗く重い 《もの》 の存在を感じはじめた。
「何故先代皇帝は、皇太子一人を産んだだけで、他の後継者をせっつかれなかったと考える?」
「え……先代皇帝のお身体の問題ですか? 体が弱いと聞いた記憶はありませんが」
 先代皇帝は軍人でもあり、デルシ=デベルシュと体術などを競い合っていた。デルシ=デベルシュに片手で弾かれれば死んでしまうキーレンクレイカイムから見れば、先代皇帝は丈夫で強い人としか思えない。
「そうだな。では答えを教えよう」
「そんなに簡単に教えていいんですか?」
「お前に謎かけをして楽しみたいわけではない。……陛下はルベルテルセス以降、二人出産したが、公にはなっていない」
「死産?」
「死産であれば、名付けられて親王大公名も授けられる。生きて産まれ、殺され或いは封印されるための存在」
「両性具有?」
「その通り」
「……は、はあ……」
 感じていた暗く重い 《もの》 が、帝国最高禁忌両性具有であることを知り、キーレンクレイカイムは余計に訳が解らなくなってきた。
 王位を継承する予定もない自分に、なぜ先代皇帝の闇の部分を語る必要があるのか? それがロヴィニア王家に何の関係があるのか? なによりも自分が 《カムイ》 と呼ばれている記憶にどう関係するのか?
「両性具有を産んだ。だが、それが先代皇帝の核の位置により、あることが起こるのだ」
 キーレンクレイカイムの驚きも、怪訝に感じていることも知りながら姉王イダは話を続ける。
「核の位置? 陛下は核の位置は脊椎でしたよね」
「そうだ。そして……キーレンクレイカイム、お前も知っているだろう。両性具有を胎内で処理しない理由を」
「そりゃまあ両性具有の核から出た神経が、母体の核に絡みつき、通常の胎盤の代わりのような状態になると習いました。正しいかどうかは、私が知れる範囲では解りません」
 彼等は核という部分が破損すると、再生不可能になり死亡する。
 核の存在する臓器は様々で、数も個人によって大きな差がある。
「それで正解だ。核によりしっかりと結びついた両性具有を胎内で殺すことは不可能。さて帝国には稀に出産が ”重い” 者がいる。それは、脊椎核を持った女が両性具有を産む事を指す」
 昔とは違い、現在出産は都市部では無痛で行われるのが普通で ”重い” と言われる人間など、まず存在しない。
「それ程 ”重い” のですか?」
「重いな。さてキーレンクレイカイム、お前は産まれてきた時、どうであったと ”聞かされた”」
「それは……重かったと聞きましたよ。私と次に産まれたイレスルキュランとが六歳も離れる程、母上には負担がかかったと。その負担で、私も病弱であったと」
 先達て ”二十三代皇帝の正妃” となった十七歳の実妹イレスルキュランの大きく鋭い瞳が特徴的な顔を思い出しながら、今まで聞かされていたことをそのまま告げる。
 違っているのだろうと感じながらも ”敢えて” のこと。
「母上は言っておられた。お前ほど楽に産まれた子はいなかったと。産気付いたと思ったら破水して、気付いたら産まれていたそうだ」
 姉王の顔が歪む。
 それは誰かに向けたものではなく、自らの体の痛みを耐えるかのような ”歪み” 
 何事だろうかと考えながら、キーレンクレイカイムは自分が聞かされて育った事を、確かめるように声に出す。
「……いや……中々産まれなくて、苦しみ抜いて、王城を訪れていた先代皇帝が枕元について励まし、出産後も母上の体調を気遣って王城に滞在したと……まさか!」
 [先代皇帝・両性具有・脊椎核]ここまで出揃ってしまえば、キーレンクレイカイムも察しはついた。
「その ”まさか” で間違い無い。その時、陛下は産まれ殺されるしかない ”我が子” を妊娠していた」
「……」
「ルベルテルセスの次に産まれた両性具有は、父親がリスカートーフォン出で、宮殿で産まれて直ぐに処分された。それから数年後、また両性具有を身籠もった。この時の夫は、アルカルターヴァ出だ」
 キーレンクレイカイムの頭のなかでデルシ=デベルシュの言葉が木霊した。
「はあ……それで……」


―― もう少し金が強ければ、テルロバールノルの榛色になるな。お前は髪は榛色で、顔は柔らかめ、性格は少々 ”きつめ” で、若干 ”我が儘” な甘え上手が好きであろう ――


 まだ容姿ははっきりと思い出せないが、弾んだ子供の声がデルシ=デベルシュの言葉に重なって聞こえてくる。カムイ! カムイ! とその子供は呼んでいる。
「先代皇帝は母性の強い方で、腹の両性具有をどうしても ”生かしたかった” 勿論 《皇帝》 であった先代皇帝は希望を口にはしなかったが、父が気付き手段を講じた」
「王城に招き、出産していただくことですか?」
「そう。急遽王妃を身籠もらせた、お前だキーレンクレイカイム。人の口に板は立てられぬが、王城で確かに王子が産まれていたら……どうだ?」
 楽な出産であれば誤魔化せるが、難産きわまりないと解っている出産を誤魔化す為に、王は ”王の子” を用意した。
「先代皇帝は無事に出産を終え、その子も成長する期間を得た」
「その子が私を ”カムイ” と?」
「そう、名を ”ランカ”」

「ラン……カ……」

―― カムイ!
【カムイじゃない! カイムだ! キーレンクレイカイム!】
―― カムイのお嫁さんがいいなあ
【お前は友達だろ? あのなランカ! 話を聞け! ランカ!】

 キーレンクレイカイムの内側で、榛色の髪をした優しい顔立ちの子供が姿を現し、洪水のような記憶の中で、幼少期の自分に話しかけてくる。

―― カムイ! ありがとう! 結婚指輪だね!
【いやランカ。まあ、いいや】
―― うれしいな! うれしいな! 私たち、ずっと一緒だよね! ずっと! ずっと!
【ずっと一緒だろうな。嫌じゃないよ、ランカ!】
―― ランカ、カムイのこと、好き好き、大好き!
【大好きなら、名前覚えてくれよ、ランカ】


「その様子では、思い出したようだな」
「はい」
「過去は後で一人回想しろ。そのランカだが、寿命は五歳。先代皇帝は何度か様子を見に、足を運ばれたものだ。もちろん、デルシ=デベルシュを伴って」
「……」
「父は相当な養育費を受け取っていた。そして仕上げだ」
 法外な値であったなら、先代皇帝は撥ね付けて我が子を殺害したが、先代ロヴィニア王は許容範囲内の金額を提示して、交渉は成立した。
「仕上げ?」
「ランカはこの子であろう」
 姉王が見せた映像は、キーレンクレイカイムの記憶を強く刺激する。

 棺の中に入っている榛色の髪の子供。目は閉じられ、組まされた指の一つに 《自分が贈ったと記憶している指輪》 が嵌められていた。

「はい……」
 綺麗な姿だが、それが死体であることにキーレンクレイカイムは大きな衝撃を受けた。
「その棺、少々大きいのに気付いたか? 子供ならば、もう一人入ることが出来る」


―― うれしいな! うれしいな! 私たち、ずっと一緒だよね! ずっと! ずっと!
【ずっと一緒だろうな。嫌じゃないよ、ランカ!】
―― ランカ、カムイのこと、好き好き、大好き!
【大好きなら、名前覚えてくれよ、ランカ】
―― ランカのこと好きって言って! ランカとずっと一緒って言って!
【好きだよ、ランカ。ずっと一緒だよ、ランカ。ああ、一緒だとも】


「一緒に死ぬ予定だったんですね」
「体の弱いキーレンクレイカイム王子は ”享年五歳” で死亡。先代皇帝も見送る中、ロヴィニアで王妃の心痛を和らげるためにも、荘厳なる葬儀が執り行われる予定だった」
 父王や先代皇帝を怨む気持ちなど、キーレンクレイカイムには無い。
「何故生きているのですか」
 生きているから怨む必要など無く、もしも知らぬ間に死んでいたら、それはそれで何も知らずに幸せなまま死ぬので、怨みようがない。
「ランカが先代皇帝に頼み込んだ。お前は先に眠らされて棺に入れられていた。ランカが怖がるといけないだろうと、先にお前を入れて安心させて隣に眠らせようという考えだったのだが、ランカが気付いたのだ」

―― いや! いや! ランカはいや! いやぁぁ! ランカのカムイは、元気になるんだ! ランカが病気を持っていって、カムイは元気になるんだぁ! いやあああ! カムイ!

「先代皇帝はランカの意志を尊重し、ランカはお前の隣で息を引き取り、お前は棺から取り出された。葬儀は結局執り行われなかった。ランカは……後は言わなくても解るだろう」
「……」
 この可愛らしい両性具有はキーレンクレイカイムが贈った指輪と共に、粉砕され溶解処分となった。
「”体の弱いキーレンクレイカイム王子” は存在する必要が無くなり、王妃は秘密保持の為の両性具有の養育を終え、皇太子の妃となるべき王女を産む為に身籠もる。お前とイレスルキュランが六歳離れているのは、この五年間が存在するためだ」
 丈夫になった自分は、元気に日々を過ごして今此処にいる。
「なんで、忘れてたんだろう?」
「父上は本気で殺すつもりで、薬の量も本気だった。仮死状態の長さから考えると、記憶障害が出てもおかしくはない」
「古式ゆかしく、体にやさしく冷凍保存とか考えなかったのかなあ」
「殺す気だったと言っているだろうが」
「容赦ありませんな……」
 それが ”王” という物なのだろうと、キーレンクレイカイムは微笑んだ。微笑んだ時、頬がやや強張っていることに気付き手を触れてみると、涙の痕が幾筋か残っており、それが顔を強張らせていたことを知った。気付かぬ間に、泣いていた自分に少々困惑した。
「ここまでがお前の過去だ。他の詳細は、執事にでも聞け。あれに解禁を言い渡しておく」
 姉王は手を叩き、全てを知っている老執事を呼び、顔を拭く熱いタオルを持って来るように命じた。それで顔を拭いながら、キーレンクレイカイムは尋ねる。
「はい。で、王国の方針でしたっけ?」
「そうだ。私達の母親・王妃サズラナシャーナは、先代皇帝とは父を別にする大公であり、生母は二十一代皇帝であった」
「それは解ってますって、姉上」


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