帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[16]
 シャイランサバルト帝は、枕元に居る二人の忠臣に ”この先帝国の実質的な支配者” となるマルティルディ ”にまつわる話” を教えた。
「ガルベージュスはアーディランから ”教えられた” かも知れぬが、デルシ=デベルシュは初めてであろう」
「太陽の破壊者、聞いたことはあった。完成品とはならなかったが、それを除外しても破壊兵器としての性能は、我等エヴェドリットでも語られる程」
「アシュ=アリラシュがデセネアを欲したのも、あの力が欲しかった為だ。デセネアは太陽の破壊者の性質を持っていた。むろん、その事を教えたのはデセネアの母ロターヌ。嫉妬と憎悪と憤怒、そして ”継承” の両性具有よ」
 デルシ=デベルシュは黙って頷き、ガルベージュスに質問を譲った。一歩下がった所に立っていたガルベージュスは、半身をずらしたデルシ=デベルシュに会釈して、大股で進み出てシャイランサバルト帝に答えと質問をぶつける。
「陛下。わたくしは ”太陽の破壊者” 及び ”プロジェクト・ラストガール” に関して聞き知っておりました。それらは母であるアーディランから聞いたものと同じではありましたが ”最後の少女” の件は知りませんでした。その少女がアディヅレインディン公爵殿下の元に ”戻れば” この連鎖は断ち切られるのでしょうか?」
 若い真直ぐな瞳に射貫かれた皇帝は、少しだけ居心地が悪そうな表情をして首を振る。
「もう無理だと余は考える。だが、アディヅレインディンには未来がある。その未来まで、余は解らない。余が知り得るのは過去のみだ。ガルベージュス、母であり余の妹でもあるアーディランからもっと話を聞け」

 白亜に金で象られた秋桜の紋が入った扉が押し開かれ、使者が到着した。
 ”陛下。皇太子殿下が妃殿下と供に事故に巻き込まれ、死亡が確認されました”
 皇帝は皇帝らしく取り乱すことなく頷き、使者を下がらせ瞳を閉じる。

「余は我が儘を言い、権力によってそれを叶えさせて、この場を去るとしよう」

※ ※ ※ ※ ※


「まさか皇太子殿下が事故死なさるとは、残念だったな。イレスルキュラン」
「本当だよ、兄上。正妃になるって信じて此処まできたのに」
 マルティルディと共に帝星入りした実弟と実妹を出迎えたロヴィニア王イダは、二人の白々しい態度に表情一つ変える事は無かった。
「そうか。ところで事実関係は知っているか?」
「知らない」
「何かあったんですか?」
 弟王子の無謀と、妹王女の度胸に無表情で称賛を与え、指示を出す。
「イレスルキュランは私と共に来い。キーレンクレイカイムは陛下の元へと向かえ。陛下が最後にお前に依頼があるとの事だ。本来ならば着替えて参じるべきだが、その時間もない。そのまま行ってこい。それと殉死決定もお伝えするように」
 ここで初めてイレスルキュランは皇太子が 《変異》 を起こして子ができない体になっていた事を知らされ、キーレンクレイカイムは一人で ”気の良い伯母上” の傍に立っていた。


 シャイランサバルト帝は父を同じくする実妹を一人持ち、その実妹はイネス公爵家に嫁いだ。
 ガルベージュスの両親は、シャイランサバルト帝と父を別にする大公同士が結婚したものである。
 そしてロヴィニア王イダ、イレスルキュランとキーレンクレイカイムの母親も、シャイランサバルト帝やガルベージュスの両親とは父を別とする大公であった。


「親王大公をくれてやれなくて、悪かったな」
 死の影が濃く生の光などもう何処にも見当たらないが、それでも皇帝然としているシャイランサバルト帝のベッドの脇に用意された椅子に腰掛けてキーレンクレイカイムは話を聞く体勢を取った。
 皇帝相手であれば、本来なら立ったまま会話しなくてはならないのだが、シャイランサバルト帝は相手の顔を見る為に顔を上げることも億劫な程に弱っているので特別措置として椅子が用意された。
「構いませんよ。このままですと、親王大公のところに、婿に行くかもしれませんし。それで良いのではないでしょうか? あまり気にせずに」
 シャイランサバルト帝との契約が生きている以上、キーレンクレイカイムは唯一の親王大公ファライアことマルティルディの夫になる事は決定的。
「そうならないと……思うが。思うだけならば、余の自由だな」
「そうですな」
「キーレンクレイカイム、お前への依頼だが、皇太子の葬儀を取り仕切ってやってくれ。お前ならば、面の皮も厚く普通に取り仕切れるであろう」
 皇太子艦隊に壊滅的な損害を与えたのが、キーレンクレイカイムである報告は皇帝も受け取っていた。
 別に隠すわけでもなく、何時も通りの態度を取るキーレンクレイカイムに対し、皇帝は憎しみを覚えることもない。むしろこれからの帝国を担うに足りる男だとすら思っていた。
 そして報告を聞き、時流の全てがマルティルディに向かっていることを強く感じた。
 十九歳の若き ”限りなく” 全知者に近い ”完全なる” 太陽の破壊者を求める宇宙と世界。

 それは何を望んでいるのかが、全く読むことができず視えない事だけが気がかりでもあった。

「畏まりました。皇太子妃殿下も仲良く一緒に葬儀を取り仕切りますので、ご安心下さい。それと陛下の夫であり、私の叔父である帝君ゼルピルボーグですが、この先の治世、特にロヴィニアとして必要無いと 《ロヴィニア王》 が判断を下しました。皇太子の実父でもあるので、殉死ということで決着を勝手に付けたそうです。お嫌かもしれませんが、陛下の夫の一人であったロヴィニア王子を引き取ってください」
 皇帝が死去した際に、正配偶者の一名だけが ”皇帝の後を追い、死を賜る” ことができ、遺体は皇帝と同じ棺に葬られる権利を得る。
 自ら望む者もあれば、様々な利害関係や罪を公にしない為に葬られるものもある。今回の 《殉死》 は、利害及び醜聞を葬り去るために行われることが決定した。
「了承した。お前達の父は腹立たしい男ではあったが、余の役に立った。その功績に免じ実弟くらい引き取ってやろうではないか」
 ただ ”殉死” は後継者だけが与えることが出来るとされているのだが、
「殉死を与える者ですが、これから相当に ”ごたごた” しそうなので、後継者の夫候補で、帝君の甥に当たる私が担当することになりました」
 直系皇帝と直系皇太子の死は大事で、それらに時間を割く余裕がないために、殉死する帝君の実家から出る 《次の皇帝の正配偶者、おそらく皇婿》 とされているキーレンクレイカイムにその仕事が回された。
「好きにせよ。お前は不必要に残酷ではないが、必要とあらば妊婦だろうが赤子だろうが屠ることのできる、残酷であり凛々しき軍人だ。余は死ぬだけで良いが、これからが大変だな。精々苦労するがよい」
「全くです」
 その後 ”時間” が来るまでキーレンクレイカイムは皇帝と昔話をした。
 母が皇帝の妹であった関係で、皇帝はロヴィニア王城に何度か長期滞在したことがある。その頃は体が弱かったキーレンクレイカイムの元にも足を運んでくれ、色々な話をしてくれた。
「ああ、そう言えば。陛下にお聞きしたいのですが」
「なんだ?」
「陛下は私のことを ”カムイ” と呼んでいた人物を知りませんか? 北の城館にいた頃に、一緒に遊んでいたので陛下にも心当たりがあるかと」
 妹王女イレスルキュランの嫁入りで動き始めてから、思い出すようになったのですと語ったキーレンクレイカイムに、皇帝は目を細めて笑った。
「心当たりはある。誰よりも良く知っている」
 正体を聞こうとした時、扉が開き鐘が鳴り、
「……」
 会話はそこで終わることとなる。
「どうやら世界の流れは、余からお前に正体を語るなと言っているようだな。知りたくば、姉王にでも聞け」
 キーレンクレイカイムは立ち上がり、退出の礼を取る。
「姉上? 姉上は……失礼します」
 キーレンクレイカイムは皇太子との交戦が終了した後に姉王に尋ねたが ”知らん” としか返って来なかった。
 驚いて動きは止まったものの、直ぐに向きを変えて立ち去った。

 椅子を脇に抱えて退出するキーレンクレイカイムと入れ違いに、三人の王と一人の王太子、皇帝の長年の友人と、警備責任者が室内に集う。
 上体が起きるようにベッドを動かし、指の先だけで友人であるデルシ=デベルシュを傍に呼び寄せる。
「方向性は決まったようだな。デルシ=デベルシュ」
「はい」
「これからお前は、余の治世の頃とは立場を変えて前に出る事を控え、後方で帝国を支えてやれ」
「はい」
「さて、余の首を切り落とせ。皇帝として、死に方も選びたい。お前の技ならば、美しく見栄えするように、転がり堕ちた首すらも魅せるように切り落とせるだろう。余を失望させるなよ! デルシ=デベルシュ・エゼラデグリザ=エデリオンザ・フマイゼングレルデバウワーレン」
 三人の王と一人の王太子の見ている前で、皇帝の長年の友人は、皇帝の望み通り首を切り落とす。
「御意!」
 デルシ=デベルシュを見つめている皇帝の首に剣をあてて、もう片手で長い栗色の髪を持ち、
「それでは。陛下、貴方は我の最高の友人であった」
 シーツに一筋の傷を付けることもなく、だが薄皮一つ繋がらない状態で首を切り、髪を引き体から引き離し床に落とす、転がった首は三王と王太子の前で直立し、目を開き口を開く。
「みごとだ、エヴェドリットにしてリスカートーフォンのカロニシアよ。余の最高の友人よ。そして行け、王達よ。帝国の王達よ」
 三王と王太子は、頭だけになった皇帝よりも低くあろうと土下座をし、
「御意」
 皇帝に恭順の意を表す。
 その姿を見て、最後の直系皇帝シャイランサバルトは満足げに息を引き取った。享年五十五歳。


 《公式発表》 では皇太子殿下は皇太子妃殿下と共に事故死。


 病に伏していた皇帝は、皇太子の死亡事故を聞き深く悲しみ、そのまま体調を悪化させて死亡し、皇帝と皇太子を一度に失った正配偶者の一人、帝君は殉死を希望して ”次の皇帝” の手によって葬られた、とされている。

※ ※ ※ ※ ※


 大事なんだ
 大事よ
 ジオか……
 ジオだよ

 最後の少女、最後の少女。太陽の破壊者は完璧ではなかった。だが今は ”完璧” だ。もう無用だというのに、もう、必要ないのに。だって此処に ”マルティルディ” が

※ ※ ※ ※ ※



 宇宙は滞りなく全てが進んでゆく。皇帝崩御の前にフィラメンティアングス公爵のもと執り行われた皇太子・皇太子妃夫妻の葬儀。一人息子の葬儀が終わるのを待っていたかのように崩御した皇帝。
 その皇帝に殉じた、皇太子の実父である帝君。全ては偽りであるが、厳粛に受け止めたかのような静かさであった。
 ただ直系皇帝が途絶えたことのよる 《さざめき》 はあった。
 発表された皇帝の葬儀の代表が、皇王族のガルベージュス公爵で、皇位継承権第一位を持つアディヅレインディン公爵ではなかった事。
 後継者がアディヅレインディン公爵以外存在しないケシュマリスタ王家と、崩御した二十二代皇帝とは父親が違うが、両者とも二十一代皇帝の子である大公を両親に持つ、軍事国家を担うに相応しい経歴を持つガルベージュス公爵。

「イデールマイスラを帝君に下げ、ガルベージュスを皇君にし、ガルベージュスとマルティルディの間に生まれた者を皇太子とするべきだ。血筋的にそれが最も直系に近く、帝国の法にも則っている。イデールマイスラとの間に出来た者はケシュマリスタに送ればよい」

 そんな声が大きくなり、大きくなることを知っていたイデールマイスラは声に背を向けて耳を覆う。
 マルティルディは無言を押し通し、ガルベージュスは目を閉じて思い出す。

− ”私” は誰よりも君を愛している、マルティルディ −
− 僕もさ ”イデールマイスラ” −

※ ※ ※ ※ ※


「父上は葬儀の雑事担当ですか」
 皇帝の崩御と、その葬儀に関しての仕事があると呼び出されたイネス公爵ダグリオライゼは、マルティルディのお気に入りであり、彼女の身辺警護でもある息子のギュネ子爵ザイオンレヴィを連れて帝星へと向かった。
「お前は帝星周辺警備担当だ。そのまま帝星待機になる可能性もあるから、ロメララーララーラを呼び寄せておくように。マルティルディ様のお許しをもらう為だから、あのお姫様も来てくれるだろう」
 年齢的にそろそろ結婚させなくてはならない息子と、息子の嫁ぎ先の公女を帝星に呼び、主から許可を貰おうと彼は考えていた。
「あと万が一、ガルベージュス公爵が皇帝の座についたら、ロメララーララーラがケシュマリスタ出の正妃になるだろうから、その際は諦めるんだぞ」
 だが息子の結婚は ”次の皇帝” により、些か問題になるので細心の注意を払う必要もあった。
「喜んで諦めます。貴族ですから。家臣として喜んで身を引かせていただきます」
「お前なあ。そこまで言うなら、喧嘩になった際にマルティルディ殿下を説得するんだぞ。あの御方のことだ、ガルベージュス公爵相手に嫌がらせをしかねないからな」
「……はあ」

 ―― 二十二代皇帝の葬儀 ――

 イネス公爵ダグリオライゼと、その息子ギュネ子爵ザイオンレヴィは、自分の人生がここから大きく変わるとは思いもしなかった。


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