帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[17]
皇帝の葬儀が始まると同時に、王達は次の皇帝を立てる用意に取りかかった。
”第二十三代皇帝” の座につくであろうと、ほとんどの者が信じて疑っていないマルティルディ。
そのマルティルディは今一人で、大きな外柱に背を預けて、葬儀の様を高い位置から見下ろし人を待っていた。
「何用でしょうか?」
青みを帯びた黒髪と、本性を知らなければ無害と勘違いさせるのに大いに役立つ垂れ目を持つ男は、呼び出された相手が相手なだけに細心の注意を払い、この場までやってきた。
「待ってたよ、キーレンクレイカイム。僕を待たせるなんて、中々に出来ない事だよ」
「申し訳ありませんな」
金で全てを片付けるヴェッティンスィアーンは、全てを金で解決できない事も熟知しているからこそ、金で片付ける能力が突出しているとも言える。
金銭で解決出来ないもの、その最たるものは 《死》
「ねえ? キーレンクレイカイム」
「なんでしょうか?」
「君、僕の夫になりたくないよね。正直に言いなよ」
”正直に” と聞こえたあたりで、キーレンクレイカイムは視界の端についこの間見た ”白い尾の先端” が現れたことに気付く。
気付いた時点でキーレンクレイカイムに逃げる術はない。もちろん勝ち目など、ありもしない。
白い尾は完全に ”マルティルディ” であり、キーレンクレイカイムの体を撫で上げ、その鋭い先端で服の上から軽く突く。
キーレンクレイカイムは全神経を集中させて体の動きを止めた。少しでも不穏な動きを見せようものなら ”尾の先端骨部分にある瞳” が、本体よりも先に防御のための攻撃を仕掛けてくる事は教えられていた。
首に巻き付き、まるで小首を傾げるかのようにもたげられた先端骨。キーレンクレイカイムはその瞳と 《目があった》
かなり大きく見える ”瞳” だが、体に存在する眼球の大きさと変わりはない。半分が埋め込まれたような形で瞼に当たる部分が存在しないので、眼球本来の大きさにちかく大きく感じられるのだ。
「これは、永遠の瞳なのか? それとも永久の瞳なのか? どっちなんだ?」
その瞳には性別が備わっていると教えられたが、瞳の性別をどのように見分けるのか? キーレンクレイカイムは知らない。
「僕の質問に答えないで、質問を返せる身分かい? キーレンクレイカイム」
「答えて貰えないなら仕方ない。私はお前の夫にはなりたくはないな。背骨近辺から目玉付きの白骨尾を出す女と好んで寝たいとは思わない。それも、この瞳付じゃあ」
言い終えるとキーレンクレイカイムは自分が床と抱き合っている事に気付いた。
「良い返事だ。君のそういう所、僕は嫌いじゃないよ」
いつの間にか背中を殴られ床に這わされていたのだ。痛みは感じず、バランスを確実に崩す箇所を狙った攻撃に、マルティルディが自分の体の弱点の全てを知っていることを思い知り恐怖を感じるが、そんな事は表には出さない。
「そうか。良かった」
「だから君は皇帝の夫にならない為に、僕に従うといいよ」
背中を踏みつける足の大きさが感じられない程の、圧迫感に喘ぎながらキーレンクレイカイムは聞き返す。
「命令は何でしょうか?」
「イデールマイスラを追い詰めてこい。あの場であの判断を下せた君だ、やり方くらい解るだろ?」
足を避けると同時に、体の線がはっきりと解らない着衣の中へと白い尾をしまい込む。
「女性を貶める言葉を吐くのは、本意じゃないんだけどな」
「本意じゃなければ、幾らでも言えるだろう? この僕が君程度に期待をかけてやるんだ、ありがたいことだろう?」
「御意。精々、貶めさせてもらう」
床につけた耳が、遠離る足音を拾いキーレンクレイカイムの脳に届ける。足音はとても軽やかで、s換算で四桁の重量があるとは、とても思えなかった。
※ ※ ※ ※ ※
「貴様が男の部屋に忍んでくるような趣味があるとは知らなかったな」
イデールマイスラは無断で部屋に侵入してきた、キーレンクレイカイムに対し、当然ながら友好的な態度を取るはずもない。椅子に座ったまま、出迎えることなく拒否する。
十九歳のイデールマイスラ、二十三歳のキーレンクレイカイム。両者とも王子ではあるが、その性質は大きく違う。
体が弱かった幼い頃は母である王妃に甘やかされ、成長後は自由気ままを許可されたキーレンクレイカイムと、生まれた時から同い年の 《王太孫》 マルティルディの夫と決められ、育てられたイデールマイスラ。
最も違うのは育てられ方よりも、本人の性質。
「お前に聞きたいことがあるんだよ、イデールマイスラ」
不法侵入した上に、悪びれず椅子に腰掛けてキーレンクレイカイムは 《人が悪そう》 な笑顔を浮かべて ”好き勝手” することにした。
「儂に聞きたい事じゃと? 貴様が儂に?」
「ああ、そうだ。マルティルディはどんな体位が好きだ」
「……」
「良い場所教えて欲しいんだよ。お前が開発してんだろ、あの女の体。どこを重点的に責めてるんだ? 何処で感じるんだ、クリトリスかヴァギナか? 膣内はどこら辺が感じる」
白い肌は灯りの点されていない部屋だからという条件を差し引いても、青白過ぎた。
「巫山戯るな!」
イデールマイスラの体は硬直し、声しか自由にならない。その声で威嚇するように叫ぶが、叫ばれたほうは予想通りの動きに内心で ”してやったり” と笑い声を上げる。
「こっちは本気だ。十二で結婚してから七年だろ。七年も抱いてりゃあ、お前の良いような体になっただろ。で、どうよ。あのお前に負けないくらいに気位の高いケシュマリスタ王太子殿下は、ベッドの上じゃあ優しくフェラとかしてくれるの」
キーレンクレイカイムは歪めた自分の口から舌を出して指をさし、愛撫するかのように舌を動かす。
「貴様言わせておけば!」
怒るイデールマイスラを前に《こっちも命がかかってるんでね》と、それこそ巫山戯ながら、とにかくマルティルディの意志に添った行動を取る為に口を動かす。
「暫くは俺を含めた三人がマルティルディを交互に回すだろう。正直なところ私は他の夫達に……お前以外はまだ候補の段階だが、とにかく私が他の夫の勝てそうなのは寝所だけだ」
「……」
椅子の肘掛けを握りしめるも、壊れることはない。
力無く手を握りしめようとするイデールマイスラに、やたらと舌で唇をなめ回しながら ”答えて” やる。
「お前は七年独占してたんだから、最初の二年くらいは新参の夫三人で回させてくれよ」
「……」
「ロヴィニアは私で、エヴェドリットはあの完全な狂人サズラニックスで間違いないだろう。ケシュマリスタは存在しないから、皇王族のガルベージュスだろうな。仲良くしてくれよ、同じ女の膣に舌を這わせるようになる仲間じゃないか」
《愛してる、イデールマイスラ。ねえ、だから……もっと深く……そう……》
キーレンクレイカイムの言葉に勢いをつけて立ち上がったイデールマイスラは ”腹立たしいこと” を言い続ける目の前の王子の襟首を掴み、力づくで立ち上がらせる。
「貴様!」
「本当だろ。特にガルベージュスは怖いよなあ。あの男は、厄介だ。お前さ、比べられるんだ。同じ顔で士官学校の同期で、そしてマルティルディはあの男ばかりを重用して、最初の夫は隅っこに追いやられるんだ」
《愛してる、イデールマイスラ》 「違う、それは儂ではない」《ねえ、だから……もっと深く……そう……》「止めてくれ」
嫉妬の色と、殺意を隠さずに自分の襟首を掴み上げるイデールマイスに、キーレンクレイカイムは吹き出しそうだった。
イデールマイスラが 《人造王》 を嫌っていたことは有名で ”あんな気持ち悪い者に会いたくない” と言っていたのは、幼かったキーレンクレイカイムですら知っていた。事実二人は、マルティルディの父親で当時王太子であったエリュカディレイスの死期が近付き、絶対に結婚しなくてはならない状態になる十二歳まで、直接会ったことはなかった程。
「お前、マルティルディの性格考えろよ」
それが ”今” 嫉妬の色を露わにしている。
「マルティルディの性格……」
だが嫉妬の対象となっている方は、全く感じていない。
「私やサズラニックスはマルティルディに対して何も感じない。ガルベージュスはあの通りだ。多分あの女はやるぞ。皇帝になったら、夫を四人呼び出して、お前を見物人にして夫三人に同時に攻めるように。想像だけでいきり立つなよ、事実だろう。もしかしたらお前も混ざるかもしれない、一緒にマルティルディの膣に同時挿入を命じられるかもしれないだろう」
イデールマイスラは口を閉じさせなかった相手の襟首から手を離し、自らの口を抑えて後退った。そしてキーレンクレイカイムスに背を向けて床に倒れ込み、吐き出した。
「私にぶちまけなかったのは、王子としての良識かな? まあ、考えておいてくれよ。マルティルディが皇帝になったら、重責を少しでも忘れさせるように快楽を与えるのが夫の役目だ。私達は技巧で。真の愛とやらは、あのペット……ああ、あれは別に愛人ではなかったなあ」
先ほど吐き出した時以上の、叫び声のようなえづきの後に、イデールマイスラは大量の胃液を吐き出した。
「体調でも悪かったのか?」
イデールマイスラが首を振る。
「そうか。でも今日はもう話ができなさそうだから、帰るな。また明日の晩にでも」
《愛してる、イデールマイスラ》 「違う、それは儂ではない」《ねえ、だから……もっと深く……そう……》「止めてくれ」
”それは儂ではない! 悪かった、儂が悪かった! だから、赦してくれマルティルディ。そして止めてくれ! ガルベージュス!”
キーレンクレイカイムが立ち去ったあと、夜の淡い光の下で己の吐瀉物のなかで、震えながら過去にむかって声なく叫んだ。
− 人造王の腹から両性具有が這い出すのか、気味が悪い
「知らなかったんだ……だから赦してくれと……ああ……サウセライラ。イデールサウセラ……」
帰り道キーレンクレイカイムは思う事があった。
「過剰反応し過ぎだな。まるで、妻が別の男に抱かれているのを見た事があるような」
イデールマイスラの性質からして、過剰に反応することまでは想像していたが、吐くほどになるとは考えてもいなかった。
自分の首を掴み、顔を近づけていた男の視線は過去を思い出している節があった。
「マルティルディが浮気……いや、別の男に抱かれているのを観る? どうやって。観ることを拒否できるだろうし、観せる必要などない……マルティルディは過剰反応することまで見越して私を送ったのだろう……」
マルティルディの性格なら 《自分で言う》 のではないか?
「マルティルディも自分では言いたくないのか?」
※ ※ ※ ※ ※
「貴様が皇帝か、マルティルディ」
葬儀日程も中程を過ぎると、既に次の皇帝の即位に関しての話題が公然と語られる。
喪に服するという言葉はあるが、黙って喪に服していられる程、暇な王は存在しない。
「僕は皇帝にならないよ」
「どういう意味だ? マルティルディ」
皇帝にならないと言ったマルティルディは、傍に控えている ”葬儀の雑事用” にと呼び寄せたイネス公爵ダグリオライゼに声をかける。
「ダグリオライゼ」
「はい、マルティルディ殿下。ここに」
声を掛けられたイネス公爵は、即座に平伏して頭を床にこすりつける。”皇帝にならない” と言ったマルティルディの言動に驚いている王達の前をすり抜けて、イネス公爵の前に立ち、片足で頭を踏みつける。
「君が皇帝になれ」
「何を言っている! マルティルディ!」
「君達と話してるんじゃないよ。勝手に会話に割り込んでくるなよ、ロヴィニア王。ダグリオライゼ、返事は? 僕は二度と同じ事は言わないよ」
拒否したら頭を踏みつぶされることは明かだが、イネス公爵は、その恐怖だけではなく、
「御意。マルティルディ殿下のお好きなように」
生まれてから今まで王家に従い続けた男の習性そのままに、何時もと同じように従う道を選んだ。
「決まったね。君が二十三代皇帝だ」
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