帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[13]
最後の少女、最後の少女。太陽の破壊者は完璧ではなかった。だが今は ”完璧” だ。もう無用だというのに、もう、必要ないのに。だって此処に ”マルティルディ” が
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第二十二代皇帝シャイランサバルトが 《変異》 を起こし倒れたのは、彼女が五十五歳の時。測定されていた寿命は六十三歳であったが、彼等人造人間特有の突然変異により、死を回避することは不可能と判定された。
劇症型の変異ではなかったため、死に行くまでに僅かながら時間が残される。
シャイランサバルトが軽い痛みで目を覚ますと、ベッドの脇には長年の友人が立っていた。
「デルシ=デベルシュ」
深紅の癖の強い髪と、大きめの口が開くと目立つ犬歯。
「体調はよろしいのかな? 陛下」
「死にゆくだけの余に体調を聞くのかな?」
「”死にそうですか?” とも聞けませんので」
長年の友人はそう言って笑う。その笑みに二十二代皇帝もしばし笑い、そして現状がどうなっているのかを尋ねた。
広く豪華な部屋に人の気配は全く無い。ただ長年の友人であるカロニシア公爵デルシ=デベルシュが一人、死に行く皇帝に付き添っているのみ。
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皇帝の 《死》 が確定したことにより、各王家は次の皇帝である 《皇太子》 と共に、葬儀の段取りなどが話合われていた。
「皇太子殿下に迎えていただく正妃ですが、ロヴィニアはナシャレンサイナデ公爵イレスルキュラン、テルロバールノルはセヒュローマドニク公爵ルグリラド、エヴェドリットはザービマイン公爵ロディリキア=ロディリアとなります」
いまだ皇太子妃一人しか傍においていなかった皇太子に、皇帝となった場合は確実に迎えなくてはならない 《残りの正妃》 の映像を見せると共に、同意書にサインするようにロヴィニアのイダ王が促す。
「イダ王よ。そう急かすな」
声を掛けられたイダ王は、声を掛けた ”叔父” に振り返る。
「急かしてないどない。急かされているように見えるのなら、急かされるような真似をしていた皇太子が悪い」
皇太子の父である、ロヴィニア出の帝君に向かって、いままでケシュマリスタ出の皇太子妃一人しか持たなかった事に対して敵意を僅かに感じさせながら言い返す。
議場にいるのはロヴィニア王、テルロバールノル王、エヴェドリット王、皇太子。
皇太子の護衛であるガルベージュス公爵と、皇太子妃、そして皇太子の実父であるロヴィニア出の帝君の七名。
「そうではなく、あと一人が来ていない状態で話を勝手に進めるのは良くないのではないか? ということだ。皇太子妃の姪を無視して話を進めるのはよくなかろう?」
まだ会議場に到着していない 《ケシュマリスタ王の代理である王太子マルティルディ》 の存在。
「マルティルディは何も言うまい。ケシュマリスタは皇太子妃に収まっているのだから。長年皇太子の元にいて、子一人身ごもれないケシュマリスタ公女が」
イダ王は座っている皇太子妃に視線を移す。
ケシュマリスタの特徴を持たない、まっすぐな”日の色どまり”の金髪の公女は、同年代のイダ王を睨み返した。
そうしていると会議場の扉が開かれた。なんの合図もなく、勝手に大きく開かれた扉から、花を撒かせながらマルティルディが現れた。
「やあ、何か決めたかい?」
挨拶もなく会議場へと入り、扉は固く閉ざされる。床に舞い落ちた花びらたちが、停滞していた空気に甘やかな香りをのせる。
「陛下の葬儀に関しては決まった。今は皇太子殿下が即位なされる前段階である、正妃について決めている」
マルティルディはエヴェドリット王の言葉を聞きながら、自分の席に付いて足を組むと、突如会議を最初に巻き戻した。
「現帝は絶望かい?」
「今更それを蒸し返すな、マルティルディ」
シャイランサバルトの死亡を 《確定事項》 として進める会議は、公に出来ることではない。宇宙の全ての者が 《皇帝の生還を願って》 いなければならないのだ。死後の話をするのは、不敬罪である。
もちろん不敬罪だからといって、死後の対策を練らないのは国政を預かる者としては失格に値する。
「いいや、僕はこの変異が ”本当なのかい?” って聞いたんだよ」
一人会議場で立って話を聞いている、護衛のガルベージュス公爵はマルティルディの視線を受けて頷く。
「そうかい。じゃあさ、これからルベルテルセスの精密検査を、僕たち立ち会いの下でするよ」
マルティルディの突然の言葉に三王は互いに顔を見合わせて ”真意がわからない” といった感じて手を振った後、皇太子を見ると明かに怯えていた。
「どうしたんだい? ルベルテルセス震えて。何か言いたそうだな? ゼルピルボーグ。だけど君はただ ”皇太子の実父” だから会議場にいられるだけで、発言権なんてないんだからね。さ、検査しようよ。会議場の前に装置を用意した」
”だから遅くなっちゃったんだよ” 微笑むマルティルディの表情の奥に潜む 《もの》 に気付いた皇太子は拒否の声を上げる。
「なぜ私が、今ここで! 何を検査する気だ!」
皇太子はマルティルディが自分の体の 《変異》 に気付いている事を肌で感じていた。ここで検査されてしまえば、彼は自分が 《破滅に近付く》 ことを理解しているので、必死に拒否しようとしたが、マルティルディの方が遙かに権力を持ち、王達を動かす力を持っていた。
「子供が出来るかどうか」
「出来るもなに……私は確かに子ができると ”検査されて” 皇太子の座についたのだぞ! それを!」
「現帝が 《突然変異》 したって事は、息子が変異してもおかしくないんだよね。たとえば ”子供が出来なくなる” とか。ほら、君だって疑われたままは
嫌だろう? 君になんの問題もなければ、僕はこの十年以上も孕めない役立たずの公女を皇太子妃という重大な任務から放逐して、別のケシュマリスタ系貴族を
寵妃として送りこまなけりゃならない。それにさ、君達だってはっきりとした物が欲しいだろ? 以前のデータなんかじゃなくて、今自分達の目の前に提示され
るデータを。ガルベージュス、君がやれよ。僕が装置に触ると、改竄していると言われてしまうだろうからね。”子供が出来ない結果” とか出ちゃったらさ」
同じ事を繰り返し言うマルティルディを前に、ロヴィニア王は「正妃同意書」を握りつぶす。紙が握り閉められる音だけが会議場に響き、顔色を失っている皇太子をガルベージュス公爵が促した。
差し出された手を払いのけて、皇太子は会議場から逃げだそうと扉を破壊して足を一歩踏み出したつもりだったが、逃走は簡単に阻止された。
「皇太子殿下」
「ガルベージュス……」
手を払いのけ、振り切ったつもりだった相手が既に自分の行く手にいた。
軍人でもある皇太子は、目の前にいる《実力では決して勝てない相手》を前に崩れ落ちる。
「身の潔白を示す絶好の機会です」
「私に潔白は……」
項垂れて王達の前で自らの 《変異》 を暴露することとなる。
皇太子ルベルテルセスは 《変異》 を起こしていた。死に至らない変異は見逃されることが多いが、
「子が絶望とは」
「子ができないばかりか、断種体にまで変異しているとは」
「これは、即位は見合わせねばな」
発見された場合、途轍もない物であることも、また多い。青ざめ歪んだ表情の皇太子と、究極の美に微笑みを浮かべている”暫定”皇太子。
「さて、どうしようかね」
死に向かっている皇帝、次代を生み出せない皇太子、非公式ながら《実子を出産》している、未来と実力を持ち合わせた皇位継承権を持つ王太子。
「皇太子は子は成せぬが、統治者としては!」
「僕には劣るね。完全に劣るね、足下にも及ばないだろうね」
後の尋問で「皇太子が変異していたことは ”知らなかった”」実父である帝君が声を上げるが、直ぐに沈黙を余儀なくされる。
「叔父上よ。子が成せない皇帝に嫁がせる王女はない。叔父上が権力を得たのも、皇太子の実父であるからであって、それ以外の理由はないに等しい。競争なき、四人の正妃が子もなく並びあっている姿など見るも悍ましい」
ロヴィニア王は既に王城から呼び寄せている《正妃用》の妹王女イレスルキュランを思い出し、首を振る。才覚があり度胸もある健康な妹王女を、先のない皇太子に無料でくれてやるほどロヴィニア王は甘くはない。
「陛下に! 母上に! 母上に会わせてくれ!」
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