帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[12]
− おっさん!
 弾んだ声に振り返ると、そこには不細工ながらも満面の笑みを浮かべたグラディウスが、自分の姿を見つけて駆け寄ってくる。
− あてし! おっさんの子供できたよ! あっ!
 そして、階段を踏み外す。

「危ない!」

 自身が叫んだ声でサウダライトは ”目を覚まし” 周囲を見回して、グラディウスが居ない事に安堵し、周囲で鍋を囲んでいる王女三人と王子一名と、支配者一名様を見てから、やっと ”目が覚め” 自分の置かれている状況を確認するべく動こうとして、動けなかった。
 ・足首が縛られている
 ・後ろ手に縛られている
 ・全裸である
 ・かぐわしきブイヨンに、座っている状態で腰まで浸かっている
 ・背中を通る柱に固定されている
 ・容れ物に触れている部分が熱い
 ・前の左右に柱が斜めに
 ・首を回してみると、後ろも同様

 ・嫌な予感がしながらも、上を見てみた

「うあああ! あんこう!」
 捌かれ顔だけになったあんこうが、サウダライトの上部に吊されていた。
「中々美味しいよ、ダグリオライゼ」
 キーレンクレイカイムに給仕させているマルティルディの声に、
「ありがたき幸せ」
 ブイヨンに浸かりながらも、下僕皇帝は確りと返事をする。
 ルグリラドは皆と鍋を囲むことが出来ないので、最初に取り分けて、一人用の土鍋に移動させて食べていた。
「あん肝追加しようよ」
「良いな。白ワインもいこうか」
 こうして夕食を取り、デルシ=デベルシュ以外は自室へと戻り、あんこうの口に噛まれた状態のサウダライトは、
「小僧」
「はい、デルシ=デベルシュ殿下」
「中々の見物だ。朝までそうして、我を楽しませよ」
「はい」
 見張られたまま、熱すぎるブイヨンの湯気に噎せながら一晩過ごした。

※ ※ ※ ※ ※


 翌朝、
「なんと言う事じゃ!」
 小鳥のさえずりではなく、ルグリラドの怒声で帝国の一日は始まった。
 五右衛門鍋、ブイヨンとあんこうの頭の罰を終えて、再びルグリラドが実家から持って来た拷問道具 ”ラック” に横たわった。
 ラックという古くからある拷問道具で、台の上に仰向けに寝かせ、両手首、両足首をロープで縛り、それを台についている回転する部分で巻き取り苦痛を与える。
「そりゃまあ、人間用だし、古いからな」
 怒りに怒りまくっているルグリラドに、イレスルキュランは遠くから声をかけた。
「この由緒正しい拷問道具! 壊しおって! 貴様! どうしてくれる!」
 地球時代から存在する、人間に使用されていた拷問道具を、一応人造人間のサウダライトに使用した所、壊れてしまいルグリラドの怒りに火がついた。
「も、申し訳ございません」
 サウダライトは ”壊れないで拷問されたかった” と内心で呟きながら、怒りまくるルグリラドに必死に謝り続ける。
 その様を見ながら、デルシ=デベルシュは昨日は来ていたのに、今日は姿の見えない、
「キーレンクレイカイムはどうした? 女を侍らせて寝過ごしたのか」
 ロヴィニアの王子の行方を尋ねると、
「いいや。昨日間違ってマルティルディに夜這いをかけて、今治療室にいる。夜這いをかけようとした事がテルロバールノル勢にばれたから、暫くは逃げるだろうな。特にイデールマイスラからは」
 夫が鬱陶しいマルティルディと、一度は確りと弟を叱らねばと思っているルグリラドで、互いの部屋を交換した。
 ルグリラドの所には、妻の所に来たつもりだったイデールマイスラが現れ、姉から散々絞られて、引き取りに来てくれた兄王太子と共に去った。
 そして部屋を取り替えたことを知らなかったキーレンクレイカイムは、ベッドの中まで侵入して、マルティルディに捕らえられ、その後……。
「若いな」
 話を聞いたデルシ=デベルシュは笑い声をあげた。

「ぬぉぉ! どうしてくれるのじゃ! 貴様ぁぁぁ!」
「ひぃ〜お許し下さい、ルグリラド殿下」

 そんな楽しい時間が過ぎた後、ザイオンレヴィから正妃達へ連絡がはいった。内容は 《グラディウス・オベラが、デルシ=デベルシュ殿下、イレスルキュラン殿下にルグリラド殿下にお会いしたいとのことです》 との事。
「すぐに連れて来るように命じろ」
「傍系皇帝、さっさと着替えろ!」
「何用意しておこうかな。あ! あんまり食べさせちゃいけないんだったな」
 三人は即座に命じ、到着するまでの間を使い 《おっさん拷問の痕跡》 を消すことも忘れなかった

 ザイオンレヴィとルサと共にやってきたグラディウスは、
「おはようございます! おきちゃきちゃま!」
 何時もと変わらず、
「おはよう、グレス」
「体の調子は良いのか?」
「元気か」
 正妃達は、それは優しく答えた。
「うん! あてし元気! あのね! おきちゃきちゃま! あてしね、おっさんの子供ができたの。お腹に赤ん坊が入ってるの!」
 本来ならば ”幼女の妊娠” ”(正妃として考えると)ライバルが第一子懐妊” ”平民出生母” など全く喜ばしくはない出来事でしかないのだが、
「おめでとう。我に元気なグレスの子を抱かせてくれよ」
「良かったな」
「儂も抱いてやるからな。ありがたく思うが良い」

「うん!」

 グラディウスの満面の笑みの前に、とても目出度いことのように感じられ、正妃達は何もかも否定することができなくなってしまった。
 正妃達に褒められ、頭を、そして腹を優しく撫でられて幸せで仕方ないグラディウスは、離れた所に立っているルサを見て ”聞こう!” と思っていたことを思い出した。
「あのね、おきちゃきちゃま! あのね、あてしもね! ルサお兄さんが教えてくれたけど、あてしもね! おきちゃきちゃまになるの?」

 ルサは妊娠発覚後から半日近くかけてグラディウスに ”サウダライト帝の正妃になる” ことを教えたのだがグラディウスにとって「おきちゃきちゃま」は「かあちゃん」であり、「おっさん」には「おきちゃきちゃま」がいるので、何故自分が「おきちゃきちゃま」になれるのか良く解らず、聞いてみようと考えて眠りについていた。
「ああ、そうだ。難しいかもしれないが、グレスは我と同じイネスの小僧の后だ」
「そうか、普通は一夫一妻……とうちゃん一人にかあちゃん一人だから、納得出来なかったんだな」
「傍系……皇帝は偉いので、かあちゃんを四人持てるのじゃよ。その一人がお前だ、グレス」
 仲間だよ、と言って貰えたグレスは、
「仲間! あてし、これからもっと、おきちゃきちゃまと仲良くなれるんだ! 嬉しい!」
 三人の拷問によりささくれ立った心を、優しく癒した。

《サウダライトの后になって良かった》

 三人はほぼ同時にそう思い、笑顔がより一層優しくなった。先ほどまで、怒鳴り、嗤いながら拷問を見ていた人達と同一人物とはとても思えない程に。
 幸せなグラディウスは連れてきてくれたもう一人の顔を見て ”そうだ!” と思い立ち、
「白鳥さん! 白鳥さん!」
 話しかける。
 まさか話しかけられるとは思っていなかったザイオンレヴィは驚くも、
「なんでしょうか?」
 グラディウスがそんな驚きに気付くはずもない。
「あのね、白鳥さん! あてしが白鳥さんのかあちゃんになるよ! かあちゃん死んじゃって寂しいでしょ! だからあてしが、白鳥さんのかあちゃんに!」
 ”おっさんのかあちゃん” になったのだから ”おっさんの子供もあてしのこども” になるに違いない! グラディウスは、同じく母を失った者として必死に話しかける。
「あ、いや。それほど、気にしてくださらなくと……も」
 貴族らしい貴族のザイオンレヴィは母親が死んだことも受け入れていれば、昨日判明した ”実父の駄目な性生活” の数々を前に、親子や血縁という感覚をぶった切りたくて仕方ない状態。
「グレス、そんなに気負ってはいけないぞ」
 ゆっくりと話しかけるデルシ=デベルシュ。
「でかいおきちゃきちゃま?」
「グレスはまず、腹の中にいる子の母親にならねばな。小僧の別の子供達は、我等が母となってやるから安心するといい」
 グラディウスの嬉しそうな顔と、ザイオンレヴィの引きつった表情。
「均等……要するに皆で母親になってやるために、我は小僧の長男の母になってやろう」
 デルシ=デベルシュは現イネス公爵の母親役に。
「じゃあ私は、最年少だから、同じく最年少のクライネルロテアの母になろう」
 三人の王女の中では最年少だったイレスルキュランは、サウダライトと前妻の子との間では、最も年若いクライネルロテアの母親に。となれば、残ったのはただ一人。

「儂が今日から貴様の母上じゃ! ありがたく思え! シルバレーデ!」

 ザイオンレヴィの母親は、マルティルディと敵対するルグリラドに、一方的に決定。
「あの、その……」
 ザイオンレヴィの言葉など聞いて貰えるはずもなく、
「睫のおきちゃきちゃまと白鳥さん」
 グラディウスは藍色の大きな瞳を輝かせ、二人を見つめる。
「今日から儂のことを、母上と呼べ!」

 そんな話をしていると、体内に監視カメラを埋め込まれ、勃起したら陰茎に激痛が走るようにされたサウダライトが、それらを施したマルティルディと共にやってきた。
「おっさん! おっさん! あてしかあちゃん! でね、ほぇほぇでぃ様! あてし子供できた!」
「良かったじゃないか」
 言いながらマルティルディは、グラディウスの頭を軽く撫でた。
 そして ”おっさんと一緒!” と手を繋いで、サウダライトとグラディウスは瑠璃の館へと戻っていった。
 お腹を撫でて「大きくなあれ! 大きくなあれ!」というグラディウスの隣で、陰茎がでかくなって、痛みを堪えているサウダライトの姿が、グラディウス出産までの間、高頻度で見られる事となる。

※ ※ ※ ※ ※


 僕はもともと、ただの貴族でマルティルディ殿下にお仕えして、ロメ……じゃなくてジュラスと結婚して人生を終えるはずだった。
「お前! よりによって、セヒュローマドニク公爵殿下がお前の義理母上とは」
「笑うなよ! ケーリッヒリラ!」
「これを笑うなって、む……ぶっははははは!」
 もっと静寂で変化のない、ただマルティルディ殿下にお仕えするだけの人生だったはずなのに。
「貴様。儂の妻ばかりか、儂の姉上まで誑かしおって!」
「……」
「何か言わぬか! 儂に詫びろ!」
「……」
「貴様ぁぁ!」
 何でこんな事になったんだろう?
 いや、理由は解っている……多分理由は……
「へえ、義理母がルグリラドねえ」
「儂とてこんな男の義理母になぞなりたくはなかったが、仕方なくじゃ」
 二人に頭を踏みつけられながら、
「でも、あの馬鹿は大喜びみたいだよね」
「そうじゃな」
 床を見る。
「さてと、ザイオンレヴィ。行くよ」
「何処へ?」
「出産祝いにザブロ・フロゲルタ山に雪を取りに行くのさ。さあ、僕の馬になれ。このままの体勢で、背に僕を乗せて四つ足で登れよ」
「儂の分の雪も持ち帰るのじゃぞ、義理息子め!」

 全てが大きく変わったような気がする。それはやっぱり不確かで、僕はこのまま存在しなくてはならないけれども。

「ザイオンレヴィ」
「はい、マルティルディ殿下」
「僕を背負って歩くのは楽しいかい?」
「はい」

《一章・終》



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