帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[10]
大公を両親に持つ、皇王族きっての切れ者として有名な男は、まずは肩に担いでいた半死袋(中身エヴェドリット王)を丁重に妹であり同僚であり部下でもある、皇后デルシ=デベルシュに手渡す。
そして彼の到着を持って終了と、ロヴィニア王が肉林の撤収を命じ、キーレンクレイカイムがこの場で 《異母姉妹》 の妊娠判定を自らの手で開始する。
肉林が移動湖のように去り、いつの間にか全裸にされて 《ぬるぬるなのにパサパサした感じ》 となった皇帝サウダライトの前に跪き、彼はいつもと変わらぬ挨拶をする。
「事後報告になって申し訳ありませんが、帝后殿下と面会させていただきました」
「……そ、そ……う……」
この男、ガルベージュス公爵は滅多な事では驚かない。指揮官たるもの、何時でも平常心という軍人両親の教えの元で教育された賜物だ。
そんな彼が初めて驚いたのは驚いたのは、ジュラスに会った時。
「はい。この臣にも優しいお言葉を下さいました」
ガルベージュス公爵が味方してくれるのなら安心だと、サウダライトは安堵の溜息をつく。
「ふーん。で、君はどんな話をしてきたんだい? ガルベージュス」
「はい、マルティルディ殿下。ザウデード侯爵殿下との会話は一言では語れませんが、そうですね、陛下とのアナルセックスについても語って下さいました!」
ガルベージュス公爵、何時も通り最高の笑顔で、自分が守らなければならない筈の皇帝をどん底までたたき落とす。
「……へぇー。どんな事を語ったんだい? もちろん僕に教えてくれるよね、ガルベージュス」
キーレンクレイカイムはマルティルディに背を向けて仕事である妊娠判定を何時になく必死に行い、居たたまれなくなったアインザバドル王太子も何故か一緒に妊娠判定を行い始める。
半死袋を破り中から血まみれになった兄王の手を取り出し、ロヴィニアの契約書に拇印を押してやろうとしていたデルシ=デベルシュは、それを聞いて兄王の指を潰してしまい契約書には拇印ではなく、完全な ”肉片こびりつき” になったのだが、
「エヴェドリットの拇印だ」
デルシ=デベルシュに言い切られて、ロヴィニア王も黙って頷いた。
「拡張方法にウミガメの産卵的な物を用いたそうです。卵状の物を挿れて、押し出させる方法で。ザウデード侯爵殿下は ”ウミガメの産卵” に非常に興味を持たれたようです。近いうちにウミガメの産卵もありますから、お見せするべきかと。それらの海岸警備は私達帝国軍にお任せください。今から清掃活動も行いますので」
宇宙は皇帝であり、皇帝は宇宙である。それが銀河帝国。というわけで、ただいま宇宙は危機的状況に陥った。
「リグライザル伯爵ルサと、ラセイルヌ子爵リニアの二名からもアナルセックスに関しては裏を取りました。お尻が痛いと言われ、リグライザル伯が背負って館に戻ってこられたそうです」
ガルベージュス公爵は元々 《慈愛に満ちているが容赦ない性格》 と言われている。この言葉、聞いただけでは意味は解らないが、彼の言動を目の当たりにすると、殆どの人は理解する事が出来る。
「あ、そう。それでさ……」
「うああああ! 人造王! 姦通して! うああああ!」
痛い沈黙の中に、空気を一切読まずに突進してきたイデールマイスラにより、益々自体は悪化の一途を辿りそうであったのだが、妻マルティルディに突進しゆくイデールマイスラに、ガルベージュスは足をかけて転ばせて、背中に乗って、
「落ち着くのだ、イデールマイスラ」
同じ顔だが全く違う雰囲気の知己に優しく声をかけながら、腕を ”逆” に固めて、空気を維持した。
こんな冷たい空気を維持する必要などないのだが。
「まあいいや。お前はその煩いのを連れて行けよ、ガルベージュス」
「煩いだと! 煩いと? 儂のどこが煩いのじゃあ!」
”ものすごい煩いぞ、イデールマイスラ” 妊娠判定を終え、妊娠していなかった事が確定して服を着させながら、イレスルキュランは暴れ叫ぶイデールマイスラを眺めていた。イレスルキュランは眺めるだけだが、
「煩いのじゃ! 去れぇぇぇ! 早く連れ去らんか! ガルベージュス!」
双子の姉は容赦ない。煩いと弟の顔にコップに入った水をかけて、ガルベージュスに怒鳴り付ける。
「あ、姉上! 儂はっ!」
「煩いぃぃ! 儂は今、あの傍系皇帝にアナルセックスについて詰問せねばならぬのじゃ! アナルセックスじゃあ! アナルセックスなのじゃ!」
眉無しの父王は大事に育てた王女が鼻息も荒く ”アナルセックス! アナルセックス!” 連呼したことで、睫も抜け落ちてしまいそうな程に疲れた。
「あ、あなる? せっくすが? どうしたのじゃ」
「貴様が乱入した事により、話が中断したのじゃ! これから、傍系皇帝のアナルセックスについて! ん? アインザバドル王太子、父王が倒れたぞ! 運び出せ!」
半死袋から半分はみ出して、指を潰されていたエヴェドリット王は上に被さってきた眉無し王の衝撃により目を覚ました。そして、
「元気だったか。兄よ」
妹皇后デルシ=デベルシュの笑顔に出迎えられた。
「や、やあ……あ……」
兄王に覆い被さっているテルロバールノル王は ”邪魔!” だとデルシ=デベルシュは放り投げ、眉無し王はそのまま出入り口付近の壁にぶつかるはめに。
「ゆっくりと話をしようではないか、兄よ」
エヴェドリット王家、リスカートーフォン公爵家の 《ゆっくりとした会話》 とは 《嬲り殺し》 と同じ意味を持つ。
エヴェドリットの狂気を表す ”閉じた瞳孔” を前にして、指が潰れた痛みなど感じる余裕すらない。
「ではな。後でまた会おう。なあに、兄よ殺しはせぬよ。殺しは……な」
デルシ=デベルシュは兄王を連れて部屋から去り、
「それではアディヅレインディン公爵マルティルディ殿下。このガルベージュス公爵《エリア》。貴方の夫であり、知己であるベル公爵イデールマイスラを連れて行きます。さあ、行くぞイデールマイスラ」
皇帝を守る最高責任者は、これから間違い無く皇帝に危害を加える相手の言葉を受けて退場。
「姉上。残念ながら誰一人として妊娠していませんでした」
「そうか。残念であったな」
ロヴィニア王が二度目の機会を求める 《異母妹》 達の懇願など聞く筈もなく、ロヴィニア王は彼女達を連れて部屋を去り、それらに紛れてアインザバドル王太子は父王を連れて部屋を去り、残ったのは、
「妊娠出来なかったのは残念だったなあ」
イレスルキュランと、
「幼女相手にアナルセックスまでしておったとは! 貴様というやつは!」
ルグリラド。
「男ってのは穴があると、突っ込まずにいられない生き物だが、あのもぎ……ぶほぁぁぁぁぁう!」
この場に居る理由を本人に尋ねれば ”成り行き” と間違い無く答えるであろうキーレンクレイカイム。
「アナルセックスねえ」
そして銀河帝国階層の頂点に強力な権力と膨大な能力を持ち、ただ一人君臨する絶対支配者マルティルディ。
「アナルセックス自体はまあ良いよ、良いさ。でもさあ、何か苛々するんだよね。何でだろう? ダグリオライゼ」
彼女の言葉にぬるぬるなのにパサパサ感が否めないサウダライトは、益々水気が抜けていった。その水気、別の表現をするならば 《生気》
「ダグリオライゼ、随分と水気がないね。そうだ、水を飲ませてあげるよ。付いてきなよ」
飲ませて貰える水がただの水ではない事を知っていても、ひきつった笑顔を浮かべながら無言で付き従う。
※ ※ ※ ※ ※
帝星の大宮殿内には様々な自然が存在する。
標高一万六千メートルを超えるザブロ・フロゲルタ山に、フィヨルド。そして、
「海洋深層水を飲ませてやるよ。最も新鮮なものをね」
深海。
「は、はあ。ありがたき幸せ」
サウダライトの手首と足首には、沈むために開発された最新の錘が付けられた。
浮力を消す機能を有した錘で、水圧が掛かれば掛かるほど、沈む力が強くなる仕組みになっている。
「詳しい事は知らないが、使うことはできる」
サウダライトにそれらの錘を装着してやっているのは、後ろを付いてきたキーレンクレイカイム。彼の後ろにはイレスルキュランとルグリラドが居るのは言うまでもない。
「確かな。使えれば良いだけであるし」
この錘、装着は手動で可能だが、外す際には外部操作でしか外すことはできない。
勿論規格外の腕力を所持している場合は、それは完全に無視されるがサウダライトの能力では自ら外すのは不可能。
「汲み上げる最中に劣化するのを避けるために、海洋深層水のある場所へ行こうじゃないか。ダグリオライゼ」
マルティルディは身体能力により、深海二万メートル程度ならば自らの体一つで潜ることがで可能だ。
サウダライトが溺れる様を見守る為のカメラを先行させ、映ることを確認したキーレンクレイカイムがマルティルディに、
「良い旅を!」
合図を出す。同時にマルティルディはサウダライトを海に蹴り落とし、自らも足から海に吸い込まれるように降りていった。
水圧に色々な箇所を潰され、意識を失いかけてはマルティルディに叩き起こされて、内臓の殆どが小さくなった状態で吹き出し口までやってきた。
その後、マルティルディによって足で押しつけられ、吹き出し口に顔を埋められて三十分ほど過ごしてから、
「急いで上がるよ」
海でも響き渡る天使の声でマルティルディはそう言うと、錘を引きちぎり 《一部を異形化》 させ、サウダライトの意識部分に失神できないように 《一部》 を差し込み、また 《別の一部》 を用いて海底二万メートルから5秒ほどで浮上した。
※ ※ ※ ※ ※
「美味しかったかい、ダグリオライゼ」
モニターの音源から ”ぼきぃ” やら ”めき” やら ”ぺこん” という音を立てて、内臓の殆どを水圧に潰されたサウダライトだが、
「お、おいしゅう……ござ、いました……」
家臣としての言葉は忘れない。
「浮上してくるとき、海面が綺麗だっただろう。意識を失わないように、わざわざこうやって、脳をかき混ぜてやったんだ。ありがたく思えよ」
異形の一部を引き抜き、治療させろと無言でキーレンクレイカイムに指示を出し、指示を出された方も心得ているので、待機状態にしていた治療器を動かし治療を開始する。
「中々の見物であったぞ、マルティルディ」
「君も連れて行ってやろうかい? ルグリラド。深海は綺麗だよ」
「要らぬわ。大体貴様は廃墟王城の主であり、深海の支配者で見慣れておろうが」
金星のドームから地球を望み ”海” に憧れた両性具有の姉弟。
その子孫であるケシュマリスタ王家の城は海洋惑星に存在し、二人が金星に居た頃に住んでいた場所を半分だけ再現している。
再現していない半分は海であり、海の中。
特に海に焦がれたエターナ・ケシュマリスタ。彼にして彼女の異称は ”深海の王” である。
「折角連れて行ってやるって言ってるのに」
「それ程までに連れて行きたいのであらば、もぎ……グレスを連れて行ってやれ。喜ぶであろう」
「あの馬鹿が喜ぶのは当たり前の事じゃないか。治ったみたいだな、ダグリオライゼ」
「はい、マルティルディ殿下の御慈悲、真に感謝しております」
普通の人間にしてみれば、水圧で ”めきめき” にしたのはマルティルディの様に感じるが、絶対なる支配者の前では ”めきめき” になったのは ”水圧” の仕業であり、マルティルディは水圧に関しては何ら関係していないので、マルティルディは悪くないという事になる。
絶対的な支配者と、生涯下僕人生を送る小人の間では常識。
「それでさあ、ダグリオライゼ」
マルティルディはサウダライトが治療中に用意させていた物を掴んで、楽しそうに笑う。
「何でございますか?」
「僕さあ、君が口から真珠産むの見てみたいから、仕込みとして ”これ” を飲めよ」
直径五センチで揃えられたピーコックグリーン系の黒真珠がずらりと並ぶ箱を指さして、やはりマルティルディは笑う。その黒真珠三個の代金は、グラディウスの故郷惑星の一年分の総予算に匹敵するほど。
「は、はい……かしこまり、ました……」
歪みない大きさも揃っている箱に手を入れて、一つ掴んでサウダライトは飲んだ。その後、口から出せなくてマルティルディに腹を殴られ、ルグリラド曰く、
「見るも無惨な有様で、聞くも無残な有様な声を上げたな」
悲惨な状況ながらも、マルティルディの願いを叶えた。
「折角だからさ、これ全部飲んで、口から産めよ」
箱にずらりと並んだ黒真珠は全部で二十個。
皇帝サウダライト、家臣の努めとして拒否するわけにはいかない。
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