帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[08]
「聞いていても楽しいものではなかったな。むしろ私達に大きなダメージが」
 サウダライトを擽り続けて、中年親父の身もだえ絶叫を聞くはめになったイレスルキュラン。
「全くじゃ! 唾まで飛ばしおって!」
 グラディウスが以前食べてあまりに美味しい料理が再びテーブルに並び、味を思い出して口が緩んで、涎が垂れるのは 《可愛い》 と内心で喜べるルグリラド。
 だが、傍系皇帝の悲痛なる笑いと絶叫が混じった涎は 《処刑するべきだ》 と本気で思い、実行に移そうとしていた。
 それを止めたのが、
「そう、怒りなさるなっての」
 正妃達の行動をある程度抑えろと、甚だ難しく、自らの身に危険さえ及びかねない命令を下されたキーレンクレイカイム。
「イネスの小僧。歩みを早めろ! 足は決して止めるな!」
 そして 《新たなる拷問》 を行っているサウダライトに声をかけるデルシ=デベルシュ。
 四人が何をしているのかというと、少々遅めの昼食を取っていた。もちろん、遅めになった理由は、サウダライトを擽るのに熱中しすぎてのこと。

 キーレンクレイカイムが食事を用意させて ”おーい! 飯食って、体力を充填してから再開したらどうだ−!” と声をかけたことで、磔擽りの刑は終了した。
 三人の正妃のうち、ルグリラドは吹き飛んだ涎を観ただけで体が痒くなっていたので、軽く体を流しに向かい、イレスルキュランは兄に自ら尋ねておきながら、最後まで聞かなかった 《なぜ、キーレンクレイカイムが此処にいるのか》 の理由を再度聞き、デルシ=デベルシュは続けて拷問を行う為に、サウダライトを治療した。
 治療はすぐに終わり、デルシ=デベルシュは用意させた70kgの鉄球が鎖で繋がれている内側に棘付きの足枷をサウダライトの右足に装着し ”ざる” を持たせる。
 その間に部下達が、食事を取るテラスから見える位置に運び込んだ ”土” を盛り、脇に市販されている安い玩具のスコップを置く。
「小僧」
「はい、デルシ=デベルシュ殿下」
「貴様はその ”ざる” に土を盛り……」
 デルシ=デベルシュは言葉を区切り歩き出し、五十メートル程離れた所で立ち止まり、
「ここにその土を盛れ。盛り終えたら、次は此処からそちらへと移動させる。繰り返しだ! 終わりはない!」
 叫んだ。
 サウダライトは力無く頷きながら ”ざる” に土を乗せて、歩き出した。

 そして今も歩き続けている。

 その後三王女と一王子がテーブルに付き ”休むな!” ”足を止めるな!” 叫びながら昼食を取り、終わりが近付いた頃に、
「というか何故貴様が混じっておるのじゃ? キーレンクレイカイム」
 ルグリラドは当たり前のように一緒に食べている、キーレンクレイカイムに不審の目を向けた。
「成り行き」
 終わり無き土運びを観ながらの食事が終わり、全員が椅子から立ち上がる。
 そろそろ次の拷問かなあ……とサウダライトが足を止めるとほぼ同時に、
「うぎゃああ! 貴様引き取れ! 貴様の!」
 発狂寸前のベル公爵が飛び込んで来た。
 濡れたような輝きとはまた別の ”夜空の星々” の輝きにも似た黒髪を振り乱し、叫び続ける彼に向けられる視線は、サウダライト以外は冷たい。
 彼の取り乱しの理由は全員が解っている。
 そして ”引き取れ!” の意味も。
「流言飛語の源が自分の弟というのは腹立たしい物じゃ。アインザバドル王太子! 早くその痴れ者を連れ去れ! ここは傍系皇帝を拷問する間じゃあ!」
 双子の姉ルグリラドが弟イデールマイスラの耳たぶをつまみ上げ、慌てて弟を追ってきた兄王太子に怒鳴り付ける。
「全く! 嫉妬など見苦しい! それもただの家臣に対して!」
「ただの家臣じゃない! アイツはアイツは!」
 サウダライトは ”ざる” を小脇に抱えながら 《イデールマイスラ王子が妻の愛人だと信じ込んでいる相手》 が宮殿に到着したことを知り、現在の騒ぎと未来の親子間の確執に溜息をついた。
「ベルの奴、まだザイオンレヴィがマルティルディの愛人だと思ってるのか」
 イデールマイスラは、サウダライトの息子、
「グレスの前では 《白鳥》 と言うようにな、兄よ」
「解ってるって、あのもぎ……ぶほぉぉ!」
 白鳥こと、ザイオンレヴィがマルティルディの愛人だという考えに取り憑かれていた。
 この場にいる誰よりも 《理由》 を知っているサウダライトは、
「早く連れて行かぬか!」
「悪かったな、ルグリラド。ほら、行くぞイデールマイスラ」
 連行されてゆく 《主家の主の夫》 を見守るしかなかった。そして心の中で 《ザイオンレヴィは貴方様が思っているようなことはしていませんよ。あれはマルティルディ殿下に触れることなんて致しません》 そう呟きながら。
 連行されてゆくイデールマイスラの姿を見送るルグリラドは、その美しい眉を顰めていた。
 そのルグリラドの隣に吹き出した口を拭いながらキーレンクレイカイムが立ち、
「テルロバールノル王にもう少し厳しく注意させたらどうだ? ザイオンレヴィのことを愛人だと騒げば騒ぐ程、自分の立場が悪くなるってのに」
 提案する。
 これは善意から出ている言葉ではなく、様々な思惑からなるものであり、言われたルグリラドも理解している。
「テルロバールノル王は、王太子婿となったイデールマイスラの 《あの》 態度に眉を顰めたりはしないのか?」
「儂の父王には眉はない!」
 ”いや、そう言うことじゃなくて……” と思ったキーレンクレイカイムだが、話はここで終わってしまった。
「……ぷっ……」
 我慢に我慢した笑いが、空気と共に漏れた音の出所を求めて、全員が振り返る。そこには笑いを堪えきれずに、ついつい……のサウダライト。
「余裕だな、小僧」
「第三弾行くか!」
「覚悟するのじゃあ!」
 全てにおいて自業自得のサウダライトを眺めているキーレンクレイカイムに連絡が入った。彼は携帯の通信機を 《王子らしくなく》 自らの手で、自らのポケットから取り出して、
「如何なさいました? 姉上」
 姉王に対しても 《王子らしくなく》 挨拶抜きで応じる。姉のロヴィニア王イダの問いも単純明快で、拷問道具の最終検査がもう時期終わる事と、
『サウダライトはまだ生きているか』
 拷問対象の生死を簡潔に問うのみ。
「大丈夫ですよ、姉上。このキーレンクレイカイムが見張ってますから……うわ、なんて合理的でいやがる」
『殺さないように注意しろ』
 弟の奇怪な叫びは無視し、ロヴィニア王は通信を切った。
 キーレンクレイカイムの視線の先にいるのは、三角木馬に乗せられたサウダライト。
 足首に重しが付いていたので、流れとしてそのようになったのだ。
「動きは最小限で、流れるように拷問を!」
 合理主義者の一族の血を確りと引いている妹王女イレスルキュランが片手で拳をつくり、もう片手でリストの順番を入れ替えているのを観て、兄は ”なんと なく、テルロバールノル王が娘が拷問叫んでいる後ろ姿を観て脱力した気持ちが分かるような” そう感じた。そして同時に ”それは合理主義ではなく、まして流れてもいない” とも思った。
 だが彼は何も言わなかった。
 彼は無言で、三角木馬の上で喚いているサウダライトが死なないように、重力を調整するのみ。
「木馬! 木馬!」(腕を振るイレスルキュラン)
「三角! 三角!」(やはり腕を振るルグリラド)
 部下からの報告を受けつつ、
「キーレンクレイカイム殿下。帝国軍から皇后殿下宛に、エヴェドリット王を捕らえたとの報告が」
「鎖付きの首輪をつけて、後ろ側に引くか。それとも水で濡らした革製の首輪を」(鎖付きの枷を両手から溢れんばかりに持っているデルシ=デベルシュ)

 姉王が用意している拷問道具が到着するまで、

「報告は暫し待て。というか、誰もそんな些細な事、聞きはしない」
「木馬! 木馬!」
「三角! 三角!」
「革締め! 革締め!」

 的確な状況判断で、適切な指示を出し続ける。

 この最中に白鳥ことザイオンレヴィが 《マルティルディ殿下から与えられた罰を果たすため》 訪れたが、正妃達に追い返された。
 追い返された彼・白鳥の後ろ姿は悲哀に満ちていた。それは父親に騙された事に対する悲しさか? それとも、半裸で三角木馬に乗せられている中年男性に対する絶望か?
 白鳥の心の内は他者には到底理解できない。



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