帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[07]
 余談になるが、グラディウスが最初にフルネームを完璧に覚えた相手はガルベージュス公爵である。
 それを目の当たりにして、ルサはグラディウスが 《覚えることができることを信じられる》 ようになり、教えることに躊躇いが無くなった。

※ ※ ※ ※ ※


 窓枠の透かし彫りは繊細で、大きな窓から青空が望むことができ、差し込む光により室内は明るい。壁紙は巧緻で、床は磨き込まれ天井の描かれている絵を映すほど。
 芸術品と言っても過言ではない家具が並び、高い天井からはシャンデリアとサウダライトが吊されている。
 部屋の持ち主は 《皇帝》 サウダライトが所持する一室だが、主は主とはとても呼べない状態。
「心ゆくまで殴れぬのが残念だ」
 指を折り鳴らしながらデルシ=デベルシュは眉間に皺を寄せて、残念というよりは無念さを感じさせる溜息をついた。
 皇后デルシ=デベルシュ、総司令長官ガルベージュス公爵、そして王太子マルティルディが現帝国の三強。
 マルティルディは 《通常状態》 では前者の二人に勝つことは難しいが 《異形化》 した彼女には前者の二人が同時に攻撃を仕掛けても勝つことは不可能に近い。
 対するサウダライトは戦いには全く向いていない。
 だが人間よりは強いので、首に鎖を巻かれて吊されて、
「……」
 苦しみ悶えつつ、首の鎖を掴んで耐えていた。人間なら間違い無く死んでいるくらいの時間は吊されているが、この場合、首を括られたくらいでは死なないが性質がサウダライトを苦しめていた。
 デルシ=デベルシュは吊されているサウダライトの足を指で押して、ぐるぐると回していた。
「身体に加えられる攻撃耐性許容量がこの程度とは……情けない!」
「デルシ、回すの速すぎだ」
 鎖の硬いこすれる音を聞きながら、デルシ=デベルシュは吊されたサウダライトを回す指を止めて、再び溜息をはく。
「これならば、兄を殴っていた方が余程気が晴れるというものだ」
「どうせ後で殴るんだろ?」
 吊されているサウダライトを見ながら、イレスルキュランの何時もの言葉にデルシ=デベルシュは敢えて何も言わなかった。
 何時までも吊していても面白くはないと、鎖を緩めて床にサウダライトを転がし ”さて次はどうするか?” と二人が案を出していると、
「落ち着くのじゃ! ルグリラド!」
「落ち着かれよ、姉上」
 廊下から ”語尾” が特徴的で、尚かつ尊大で偉そうな大声が響いてくる。
「そう言えば、イデールマイスラも来ていたな」
 ルグリラドを 《姉上》 と呼んでいるのが、双子の弟にあたり、マルティルディの夫であるベル公爵イデールマイスラ。
「だから余計にマルティルディの機嫌が悪いのだろう」
 そしてもう一人は、
「テルロバールノルの王太子も来ていたな」
「そうだったな」
 王太子にあたる長兄。
 その二人が片手ずつルグリラドを掴み、落ち着かせようと必死だった。ルグリラドは現王の四人の実子のなかで唯一の王女で、生まれた時から次期皇帝の正妃としての未来が決定しており、まさに蝶よ花よと育てられていた。
 気位の高いテルロバールノル王族の中でも特に気位が高く、そして最も我が儘であり、誰もがそれを許していた。
 だから、
「持って来たぞ! 拷問じゃあ!」
 最古の王家、地球時代から続くテルロバールノル王家の宝物庫を開き、中から色々な物を持ちだしたとしても止めることは誰もできない。
 兄王子も弟王子も精々 ”落ち着いて” と頼むくらい。
「年季の入った道具だな」
 八千年以上昔のものであり、
「人間に使用した拷問道具か。それならば、小僧も死ぬまい」
 過去に使用された対象は人間のみ。
 ルグリラドは歴史ある名家所蔵の拷問道具の数々を、惜しげもなく投入することを決定した。
 本来の持ち主である父王は、王女として育て上げた娘が、中年に向かって「拷問! 拷問!」叫んでいる姿を見て、既に力尽きている。
「ベル公爵、紙! アインザバドル王太子、万年筆!」
 道具を運んできた奴隷達と、言われた通りに万年筆と紙を差し出す兄弟。
「何を書く気だ? ルグリラド」
「やるべき事を確りと書き出してだな、一つの漏れもなく完遂するべきじゃ!」
 イレスルキュランの問いに、真顔で答えるルグリラド。その苛烈な性格を表す赤い瞳に、
「そうだな!」
 同意した。
 王子二人は、溜息すらつけないくらいに疲弊し、鎖で巻かれて床に仰向けになっている中年皇帝に視線をやり、
「だから傍系皇帝を立てるなど止めろと言ったのじゃ。マルティルディが即位し、イデールマイスラが皇君に収まっていれば問題は起こらなかったのじゃよ」
 兄王太子は小声で呟く。その呟きが終わると同時に、背後から嘲りを含んだ声が上がり、テルロバールノルの王子二人は振り返る。
「そして私が帝君かあ」
 そこには ”胡散臭い上に攻撃的で、尚かつ好色そうな笑顔” の持ち主・キーレンクレイカイムが立っていた。
「何しにきた貴様!」
「何しに来ても良くないか? しかし、マルティルディが即位して皇帝ファライアになっていたら、私は帝君……絶対なりたくないな!」
 漁色家としても有名なキーレンクレイカイムは腕を組みながら頷く。
「や、喧しいわ! そんな女の夫である儂に対して何か言いたいのか!」
 愛人を一人も持たないイデールマイスラと、愛人多数で庶子も多数持つキーレンクレイカイムは言うまでもなく仲が悪い。
 サウダライトは二人の言い争いを聞きながら、自分の首に巻かれている鎖の両端を掴んで引っ張ってみた。意識がなくなったら良いな……という願いを込めて。
 だが、
「誰が ”そんな女” だって? イデールマイスラ」
「うぉああ! マルティルディ! 聞いていたのか! 人造王!」
 皇帝サウダライトの主、マルティルディ殿下がお出でになられたので、半死半生の体を起こして鎖を引きながら礼をとる。
「誰が人造王だよ! あああ!」
「貴様じゃあ!」
 何時も通りの夫婦喧嘩が始まり、人々が離れる。
「お前のせいで、マルティルディとイデールマイスラの仲がますます悪化しそうだな、小僧。どうするつもりだ? あれでは王太孫の誕生は望めそうにないぞ」
 デルシ=デベルシュは言いながら、鎖を握り引き、苦しさ以外の物で青ざめるサウダライトを見下ろしながら ”やれやれ” と言った表情を作る。
「煩いぃぃ! 夫婦喧嘩は別室でやらぬか! ここは傍系皇帝に罰を与える間じゃあ!」
 必死にリストを作っていたルグリラドが、美しい顔を崩して怒鳴り、
「ふん! 君の言う事を聞くのは癪だけど。最後は僕が締めるから、それまで任せたよ」
 指を鳴らしてから、夫の襟を掴み引き摺って部屋を出て行く。
「言われんでも、全力を持って拷問するわ!」
 ルグリラドはまとめたリストを他の正妃二人の前に差し出しながら、去ってゆくマルティルディを睨み付けた。
 兄王太子は夫婦喧嘩の調停に向かい、
「で、兄上はなんで此処に残ってるんだ?」
 キーレンクレイカイムだけが残った。
「姉上に言われたものを調達してきた。あとは、アレ達が準備を整えて此処に来るのを待っている。その間、私が審判を務めてやるよ。女三人じゃあ、行きすぎる事もあるだろうか……」
 サウダライトが死んでしまわぬように見張っていろと言われたキーレンクレイカイムだが、
「これも足すぞ」
「貴様は野蛮でいかん、デルシ=デベルシュ」
「ここは一発、三人で性的に襲いかかろう」
 ルグリラドが書いたリストに、二人が次々と書き足すことに必死で、尋ねてきた妹本人にすら全く聞いて貰えずしまい。
「嫌じゃ! 嫌じゃあ! 間違って儂に傍系皇帝のややが出来てしまったら、あの眉無しの父王がもぎもぎに危害を加えかねぬ! 嫌じゃあ! 嫌なんじゃあ!」
「それは同意する。では私達が襲うのは無しか。別に襲いたい相手でもないから良いけどさ」
「お主ら若い二人は気を付けた方が良いだろうな」

 そんなこんなで三人の正妃はまずスタンダードに全裸にしたサウダライトを、ルグリラドが持って来た十字架(タウ)に磔て、各々最新の技術によって作られた ”くすぐり棒” を持って、
「いざ行かん!」
「息の根を止めてやるのじゃ!」
「殺……ではなく、やるか」
 中年を一斉にくすぐり始めた。
 見事に骨の隙間を抜けて手と足を釘を刺されて磔にされているサウダライトは、くすぐりによって体を動かす都度、激痛を感じながら笑っていた。
 もちろん 《重力により体が下がりすぎ、意識を失わないように》 キーレンクレイカイムが重力を調整している。



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