帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[05]
 マルティルディは、
「やっと館が見えてきたね。グレスをからかってから、仕事に戻るか」
 グラディウスに自ら与えた驢馬に乗り、巴旦杏の塔から瑠璃の館へと戻って来てきた。
 《あの間抜けで不細工で馬鹿なグラディウスに声をかけてやろうじゃないか。ありがたいことなんだぞ、僕が声をかけてやるなんて》 と言いながら、良く立ち寄る。
 彼女にとっても何時も通りの事。
 違うのは、
「マルティルディ殿下!」
 館からヴェールも被らずに駆けだしてきたジュラスことロメララーララーラ。
「どうしたんだい? ロメララーララーラ」
 直接日差しに晒されると、真皮が焼ける体質のジュラスは、それを防御するものを身につけずにマルティルディの前まで来て膝をついた。
「グレスが妊娠して!」
「へえ、父親はもちろんダグリオライゼだろうね」
「はい! ですが! ですが!」
 マルティルディはジュラスが言いたい事は理解していた。マルティルディは 《その特殊な能力》 を持って、見通していた。
 マルティルディが 《その特殊な能力》 を持っていることを知っている者は少ない。
 見破る事の出来る能力を持つデルシ=デベルシュと、それを告げられたザイオンレヴィの二名だけである。
「一歳くらいは目をつぶれ」
 驢馬から軽やかに降りた 《知っていた》 マルティルディだが、
「グレスは十三歳です!」
 ジュラスの大声と 《内容》 に表情を強張らせた。
「どういう事だよ」

 マルティルディの能力に 《年齢を調べる》 は存在していない。

 予想外の 《年齢》 に不機嫌さを露わにした声で、ジュラスに説明を命じ、当のジュラスは「マルティルディが騙されているのです」そうはっきりと言った。
 ”自分が騙すのは良いが、騙されるのは気分が悪い” マルティルディはそういう性格だ。驢馬をその場に置き、館で待機していたザナデウからの報告を聞く。
 頭を下げっぱなしのザナデウの後頭部を、何時もザイオンレヴィの頭を踏むように踏みつけて、
「まあ、君が悪いわけじゃないけど。僕は今不快だ。だから君を殴って心を落ち着かせるよ」
 同意を求めることなく、殴られる方も黙ったまま。《御意》 もなにも必要は無い。下手に口を開いたら不快さを増す可能性が高いとザナデウは口を引き締めた。

 マルティルディは ”噛む” 人間が嫌いである。

 マルティルディの前で ”噛んだら” 確実に殺害される。そしてわざと ”噛ませるように” マルティルディは自らの公爵位名を 《アディヅレインディン》 とし ”噛んだ者” は容赦なく鞭を振り下ろし処刑する。
 元々はサーヴィレイ公爵という言いやすいものだったのだが、それでは面白くないとして。
 もっとも、相手は王族にして未来の王で、暫定皇太子の地位にある相手。噛もうものなら、普通でも刑罰対象であり不敬なので、誰も何も言わないが、恐怖は感じている 《アディヅレインディン》 まさに死を呼ぶ名である。
 ザナデウも ”悲鳴すら噛んだら殺される” と腹を蹴り上げられながら歯を食いしばる。そもそも ”噛む悲鳴” などあるのかどうなのか? 蹴られたことのない人間には解らないが、強さにおいて帝国でも一、二を争う強さのマルティルディに蹴られると、そのような事があるのかも知れない。
 一通り蹴り、輿を呼び寄せて奴隷の手を踏みつぶして乗り、
「君達はここを動くなよ。良いな」
 意識を失っているザナデウと、真皮の特殊な火傷で青ざめているジュラスにそう言い残し、瑠璃の館を去った。
 月の砂が敷き詰められた道と、
「馬鹿の懐妊に相応しく、底抜けに澄んだ青空じゃないか」
 雲一つ無い空の下、マルティルディは輿を担ぎ歩いている奴隷達に鞭を振り下ろし、全員が意識を手放したところで、置き去りにして皇帝サウダライトの元へと向かった。

※ ※ ※ ※ ※


 正妃三人と国王三名を連れ、マルティルディは謁見中の玉座の間へ乱入した。
 この七名が踏み込んできたことで、謁見の間にいた貴族は急いで立ち去り、サウダライトは急いで玉座から降りて、一礼してマルティルディに近付いてくる。
「マルティルディ殿下、なにか」
 近付いてきたサウダライトの髪を鷲掴んで、その色素のない大理石彫刻のような唇を滑らかに動かす。
「寵妃グラディウス・オベラが妊娠した。父親はこの男だ。それでさぁ、聞きたいんだけどダグリオライゼ」
 寵妃の懐妊に全員が声を失っているところに、マルティルディは畳み掛ける。
「は……はい」
 掴まれている自分の髪が音を立てて毟られている 《音》 と 《感触》 も、目の前の恐怖を前には些細なこと。
「僕を騙したね。君如きに騙されるとは……腹立たしいね。ザイオンレヴィに嘘の年齢を教えたね」
 グラディウス・オベラが懐妊したことは重大事だが、まだ幾らでも手を打つことができる。だが元貴族の皇帝が、最大権力者マルティルディを 《謀った》 ことは、王であろうが正妃であろうが何もする事は出来ない。
 一言一句聞き漏らさぬように耳を澄ます。
「……む、息子は悪くは……」
 マルティルディの皇帝眼とその威圧を前に、サウダライトはひれ伏す。物理的ではなく精神的。
「ザイオンレヴィが悪いか悪くないかは僕が決める事だ。言いたいことはそれだけか?」
 首が折れる程に髪を後ろに引っ張られているが、
「は、はい」
 声を出して 《認めた》
 その声を聞いた直後、マルティルディはサウダライトの髪から手を離し、腰の辺りを蹴って前のめりに転ばせた。
「あの子さあ、十三歳なんだって。今度の誕生日で十四歳。折角十六歳おめでとうの用意してたってのに、ねえ」
 正妃達とマルティルディはグラディウスの誕生日を ”サウダライト” に聞いて、盛大に祝ってやろうとしていたのだ。
 何よりも 《グレスの驚いた顔》 を見たいが為に、出来る限り話題に出さないようにして。
「小僧、来月には気付かれる事は理解していたのであろう」
 倒れているサウダライトの背中部分を掴み、デルシ=デベルシュが持ち上げる。
「い、いや……あの……」
「例えばれたとして、性行為を行っていることが知られていなければ、逃げられはしただろうな」
 イレスルキュランは目を細めて、軽蔑の眼差しをサウダライトに送りながら頷く。
「信じられん! 貴様! 何を考えておるのじゃ?! いやっ! 何も考えておらぬのじゃな! あああ! 汚らわしい!」
 我慢できぬと、ルグリラドは扇を取り出しサウダライトの頬を殴りつける。
「落ちつけよ、ルグリラド」
「黙れ、マルティルディ。貴様の監督がなっていないのが原因であろう。それにしても、嘘の情報を届けられるとは貴様も落ちぶれたものじゃな」
 帝国でも甲乙付けがたい不仲な美女が玉座の前で向かい合い、殺気を隠さずに睨み合う。
「言ってくれるじゃないか」
「事実じゃろうが。こんな下種如きにしてやられるとは」
 デルシ=デベルシュに持ち上げられているサウダライトは、どうにかしなければと手を伸ばすも、届きはしない。サウダライトの手が届いたところで、この事態が収まるわけもないのだが。
「黙れよ、ルグリラド」
「暗君は耳に痛い言葉に腹を立てるというな、マルティルディ」

 吊されているサウダライトは頭上で影が動いたことに気付き、必死に首を回して、自らを吊しているデルシ=デベルシュの顔を見上げた。
 デルシ=デベルシュの視線は目の前で喧嘩をしている二人ではなかった。その視線をサウダライトが追うと、玉座の間からこっそりと出てゆこうとしているエヴェドリット王が見えた。

 ”グ、グレスが殺される!”

 衝撃から立ち直った王の一人が 《平民帝后誕生》 は望ましくないと、武力行使に出たのだ。
「お、お二人とも、あの、あの……」
「何だよ! 児童性虐待者皇帝!」
「黙れ! 小児性犯罪者傍系皇帝!」
 エヴェドリット王を止めて貰わなければと、サウダライトは口を挟みたくはないが、必死の思いで声を上げて。
「あのですね、今! 今、エヴェドリット王が」
 言われて周囲を見た喧嘩をした二人だが、
「ふん、君の所に来る前にガルベージュスのヤツに連絡しておいた。アイツのことだ、今頃は帝国軍の将校級全員に連絡が届いてるだろうよ」
 マルティルディの言葉通り、彼は全ての将校に連絡を入れた。この時にザイオンレヴィに届いたのだ。
「そもそもグレスは今どこに? 巴旦杏の塔の前の ”もぎもぎはうす” におると? ほう、あの子爵が命じたのか、賢いな。あの辺りは、ガルベージュスの管轄下じゃ。貴様を吊しておる皇后が共に向かったのであれば警戒もするが、エヴェドリット王だけではガルベージュスには勝てまい」
 グラディウスの守りは完璧。
「兄王を助けにいかなくて良いのか? デルシ」
 イレスルキュランに声をかけられた、妹にあたるデルシ=デベルシュだが、
「グレスを殺害しようと考えた時点で我の兄ではない。もっとも、弱いので兄とは認めておらぬがなあ。はっはっはっ! 今日は良い日だ! グレスは妊娠し何れ我に可愛い子を見せてくれるであろうし、兄はガルベージュスに粉々に、そして小僧……最高の拷問を味あわせてやろう! はーっははははは!」
 今はそれどころではない。
 まだ幼くて無知で可愛いグレスを孕ませた 《イネスの小僧》 に思い知らせてやらねばならない。
「では行くか、小僧。安心しろ、殺しはせぬ」

 ”おっさんだ! おっさん! おっさん!”

 デルシ=デベルシュの脳裏を過ぎるグラディウスの存在がある限り、殺す事は出来ない。勿論脳裏を過ぎる時も、途中で躓き転ぶのは当然のこと。
「あそこで喧嘩している二人は放置して、私も混ぜてもらおうか……ぶほぉぉぉぉ!」
 イレスルキュランの脳裏を過ぎったグラディウスは、やはり 《もぎもぎ》 しており、条件反射で吹き出した。
 マルティルディとルグリラドは顔を見合わせて、
「君と僕がさ、こいつの為に争うのは馬鹿馬鹿しいよね」
「珍しく同意できる意見じゃな。あの小児性犯罪者の ”私のために争わないで!” という顔つきが気に食わん!」
 王家の対立に発展しかねない喧嘩は、なんとか回避された。
「儂も拷問する! 拷問じゃあ! 拷問!」
 遅れて二人の後を追うルグリラド。
 自分の娘が 《拷問じゃあ! 拷問じゃあ! 拷問じゃあ! 拷問! 拷問!》 言いながら歩く堂々とし過ぎている美しい後ろ姿に、父王は肩を落として溜息をつき、
「さてと、僕は ”まず” ザイオンレヴィをいたぶるか」
 マルティルディは 《僕の下僕》 を呼び出し、暴行するために玉座の間を去った。
 一人無言だったロヴィニアのイダ王は、すぐさま最も使える弟・キーレンクレイカイムに連絡を入れ 《準備》 させた。

『あのもぎもぎ……ぶほうあぁぁぁぁぁ! 失礼、寵妃は十三歳で懐妊かあ。解りましたよ姉王。用意しておきますので、拷問 《道具》』



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