帝国夕凪ぎ 藍后微笑む[03]
 《はあ?》 そう間抜けな声を上げた瞬間に、口角部分を鞭で打たれた。
「十三歳。意味解る? かつて十三歳だったんじゃなくて、満十三歳。今十三歳」
 かつて無い程の蔑みの視線を感じながら、口角から滲む血を舌で舐める。
「い、いあ……う、うそ。だ、父上が……ああ……」
「やっぱりそうなのか」
「え……あ……?」
 《やっぱり》 とは? その言葉に一瞬気が取られ、僕はシャンデリアに激突した。マルティルディ殿下に蹴り上げられたのだと気付き、シャンデリアの破片と共に床に落下して、再び体勢を整え跪く。
「ロメラーララーラがあの子の懐妊を聞いて卒倒しかける。その後復活して再検査し、ヴェールも被らないで陽光の中を駆けて僕に懐妊の知らせを届けた。僕はね、懐妊の知らせは驚かなかったよ。ダグリオライゼが性行為に耽っていること知ってたから」
「え……」
 頭を踏まれる。
 マルティルディ殿下の 《能力》 を持ってすれば、全ては解るのかもしれない。
「僕さあ、ロメララーララーラに ”一歳くらいは目をつぶれ” と言ったら、ものすごい勢いで言い返された。 ”グレスはまだ十三歳です!” って。僕は君の報告を信じて、あの子が十五歳だと疑ってなかったんだ」
「……」
「ダグリオライゼに問いただしたら ”君に嘘を言った” すぐに認めたよ。息子は悪くないともね。君が悪いかどうかを決めるのは僕だけどさ」
「……」
「それでさあ、下働きの書類を取り寄せて目を通したら採用時年齢 ”十二歳” で、現在の年齢 ”十三歳” と確りと記述されてた。君の妹のクライネルロテアは十三歳って知ってたよ。だから教えておいた、ダグリオライゼが年齢を誤魔化して、その子を孕ませたことを。君の妹も卒倒したよ。君の妹は、ダグリオライゼの愛人に対して厳しく、話題を出すと怒るから誰も触れなかったらしいね」
 妹は仕事を辞めるかも知れないな。
 あれで随分と繊細だ。母も妹も神経質だが、母は気が強かった。だが妹はそれ程強くはない。
「はい。父の愛人の話題などは……」
 妹になんと言って謝ろうかなあ。……あ、耳から血が出ている。
 右肩から徐々に着衣が血で染まってきたことに気付き、意識を集中するとかなり出血している感触があった。
 マルティルディ殿下に耳の辺りを蹴られたのか。鼓膜も……破れたらしいな。
「そのことをダグリオライゼは理解していた。ダグリオライゼは皇帝としてはあんなのだけど、貴族時代の統治も悪くないし、文官としては僕の部下では筆頭だったしね。なにより実子の性質も理解していて、テールヒュベルディから警察権と裁判権を取り上げた。後継者に対する判断も良い。血の繋がった子だからと、盲目的に信じるところがなくて非常に良いね」
 僕の兄テールヒュベルディは性格が悪い。はっきりと言って性格が悪い。陰険で陰惨だ。僕たち弟妹や貴族に対してはそうではないのだが、自分よりも身分の低い者や、立場の弱いものに対して無用に傷つける性質がある。
 父はそれを理解していて、兄を文官の道に進ませ、裏側でマルティルディ殿下に、二つのことを依頼していた。
 一つは僕がイネス公爵家の軍事権を握るようにする為に力を貸して欲しいと。
 領内の治安維持は私兵の管轄。
 警察も軍機構の一部なのでマルティルディ殿下の 《お声がかり》 で軍人になった僕がイネス公爵領内の治安維持を担当になっても、おかしいとは思われなかった。
 もう一つは裁判を 《ケスヴァーンターン公爵》 支配下のもとで行ってくれというもの。逮捕された人間が、不当な量刑にされないようにの配慮だ。
 逮捕や収監が僕の管理下で、僕はマルティルディ殿下の部下で殆どケシュマリスタ領にいるから……長々とした説明をする必要もないが、イネス公爵の座に就いた兄は決定に逆らわなかった。
 逆らいようがないだろう。
 軍事権は妥当で、裁判権は王国最高裁にして、王国の法律そのものであるマルティルディ殿下の支配下、異義を唱えられるはずもない。
 唱えようとしても、唱える相手は皇帝。そう、この支配を望んだ父だ。覆るわけがない。

 父は子供達の性質を良く理解している。だから……

「僕がクライネルロテアと寵妃について話をするどころか、話題に上ることは一切無い。そう判断して……」
「正しかったわけだ。伊達に四十年生きている訳じゃないらしい」
 マルティルディ殿下はそう言われてから微笑み、胸元から薄手のハンカチを取り出して、ふわりと僕の頭に被せた。
 世界は薄く膜を被り、その膜はすぐに血に汚れてどす黒く染まってゆく。
「申し訳ございませんでした」
「本当にね。君を信頼して裏など取らなかった。っていうかさあ、君が裏を取って僕に報告するべきだよね。僕は届けられる報告全ての裏を取る時間はない。それらは信頼のおける部下に任せる。これは当然だよね」
 その通りだ。
 マルティルディ殿下には王国の全てどころか、帝国の大多数の事柄が届けられる。自ら確認する時間はない。
「ご期待に添えずに誠に……」
「謝罪じゃなくて、罰をうけてもらおうか」
「なんなりと」
「じゃあ僕にクンニリングスしろよ」
 言われながらマルティルディ殿下は足を開かれた。
「ごほっ! そ、それはお許しください!」
 見事な大股開きだ! すげぇ! ……じゃなくて!
「なんなりとって言っただろう?」
 言いながらご自分で下着ごとズボンを引き裂かれた。なんていうか、凄くい色気のあるシーンなんだろうが、マルティルディ殿下だけは! このシルバレーデ公爵ザイオンレヴィ、貴方様のお身体だけは!
「舌の根も乾かぬうちにですが! マルティルディ殿下のお体をこの下僕めの懲罰にお使いになることは!」
 それだけは出来ません!
 下僕としてのプライド! 下僕如きがプライドを持つなど許されないことかもしれない! そうであるならば 《生の全て》 とでも言おうか。
「うるさいなあ。でもそんなに拒否するなら、ますますやらせたいな。ほぅら」
 マルティルディ殿下、ご自分の指で剥いて開かれ……逃げたいが、逃げるわけにはいかない。勝手に立ち去ることなど許されない。
「お止め下さい! お許し下さい! マルティルディ殿下のお体を懲罰につかうのはお止めください! それ以外でしたら! それ以外でしたら!」
「僕のこの美しいヴァギナに触れようとは思わないのかい?」
 無機質とは違う、だが生々しさのない、美しいそこが息づき、濡れて艶やかに。
「おやめ下さい! お美しいのは……お美しいです! お美しいです! だからっ! だからっ!」
「じゃあさ、選択だ。僕のこの美しいヴァギナに舌を這わせるか? それとも、あのダグリオライゼの金玉の裏筋を丹念に舐め上げてくるか? どっちにす……」
「あの野郎の罪深い裏筋舐め上げてきます!」

 マルティルディ殿下のお美しいそこに触れるくらいなら、あの野郎の金玉の裏筋舐めるついでに噛み切ってやるっ!

「懲罰食らってきます!」
 僕は駆けだした!
 マルティルディ殿下の秘所を眺め続けるなんて出来ない。マルティルディ殿下の秘所は僕なんぞが拝見して良い物ではない!
 十三歳に手をだした変態親父の金玉のほうが! ……イヤだけど、イヤだが! マルティルディ殿下の触れてはならない箇所に触れなくて済むのならば!


「サウダライトは何処だぁぁぁ!」


 と……気合いを入れて来たのだが、
「邪魔だ!」
「貴様の立ち入る余地などない!」
「退けぇい!」
 正妃様方の懲罰タイムで、僕は入れてもらえなかった。
 マルティルディ殿下からの罰だと言ったのだが……通して貰えず終い。
 キーレンクレイカイム殿下が、
「ただいまお品書き三番だ。残りは二十五ほどある。追加されなけりゃ、これが終わった後にお前の懲罰、金玉の裏筋舐めでも何でもするといい」
 手に持たれていた紙を開いて説明して下さった。
 ルグリラド殿下の達筆で書かれた 《お品書き》 父であるあの変態野郎に対する拷問メニューを書き出していらっしゃった。
「……」
 これが全部終わった頃、変態野郎は死んでるんじゃないかなあ? そう思いつつ、僕は一人大宮殿で立ち尽く……
「シルバレーデ公爵閣下。エンディラン侯爵閣下が大至急、瑠璃の館へと」
 ロメララーララーラからの伝言か。
 あのエロ親父の金玉の裏筋を舐め……舐め……ごふっ! あの拷問の後、マルティルディ殿下立ち会いの下にやろう。
 そして今はロメララーララーラに叱られてこよう。
 ロメララーララーラともしっかりと話をしていたら、こんな事にはならなかったのにな。婚約云々で逃げていた自分が恨めしい。
 ああ、その前にクライネルロテアに連絡を入れて、会ってくれそうなら……
「シルバレーデ公爵閣下! ビデルセウス公爵閣下より ”顔も見たくない! 連絡なんてしてこないで!” ……だそうです」
「そうか。僕はこれから呼び出されたロメララーララーラの所へ行ってくるよ」

 背後から変態親父の絶叫が聞こえる。うん、変態親父の絶叫だ。僕の父であり皇帝の絶叫じゃない。あれは変態親父だ。僕の父は変態では……変態なんだよなあ……

 でも一番の問題は、あの変態親父を心の底から信じ切っている寵妃に謝罪するべきか否か?

 《赤ん坊! 赤ん坊! あてしも欲しいな、赤ん坊!》

 変態親父を通して見ると罪悪感に嘖まれるが、下手に謝罪などをして寵妃の全てを否定することになってしまったら……



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