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 画面の向こう側から、皇后陛下の叫び声が聞こえてくる。
 大公が身体を盾にして、皇后陛下を外に連れ出そうとしているようだ。その傍で、征服王は壁に掛けられていたこの国の国旗を引き千切ると、私に投げてよこした。
「ほらよ。主任に掛けてやりな。後のことはお前が出来るんだろ? 一日で総員を退避させろ」
「畏まりました。そして、ありがとうございます」
 私は主であるデイヴィット様の亡骸に国旗を被せた。棺の準備も全て整っている……本当に此処に死にに来たのだから。私は棺を取りに向かうために司令室から出ようとした。その時、
「なあ? ファドルって何だ?」
「……何の事でしょうか?」
 背筋が冷えた。何処からその名前が?
「ダンドローバーが頭を打ち抜く瞬間に、声帯の奥から漏れ聞こえた音“ファドル”に聞こえたんだが」
 大帝国最強と言われた家柄の末裔か。
「知りません」
 声は震えていた。
 だがそれ程興味はなかったのか、あっさりと放してくれた。
「そうかい。じゃ、いい。呼び止めて悪かったな。間違っても手出したりしないから安心しろよ。俺は基本的にこういうのが好みだ」
 言いながら、親指で隣に立っていたベルライハ公を指した。
「失礼します」
 それが本心なのかどうか、理解する事はできない。理解はしなくてもいいだろう……まあ、あの美しく凛々しい大元帥が好みだというのは、強ち嘘ではなさそうだ。それにあの王は侵略に忙しく、他の人間に興味を抱いている暇などないだろう。
 私はデイヴィット様の御遺体を仮棺に収め、兵士達を要塞から退去させる。
 全員が退去した後に、駐留港に入っている二体の機動装甲を暫く見上げ部屋に戻った。デイヴィット様の御遺体の処理を終えた後、私は棺と共にパロマ領へと向かった。
 私がパロマ領に到着する前にこの国は滅んだ。呆気ないといえば呆気なく、だが善戦したといえば善戦した。
 デイヴィット様の御遺体を霊廟に安置した後、未だこの国の統治に携わっているリドリーに連絡を入れると、旧知は酷くやつれた顔をしていた。私も似たようなものらしく、互いに互いの顔色の悪さをあげつらって笑った。
 リドリーと、二三打ち合わせをして画面越しに他愛のない会話を交わして別れを告げた。
 リドリーには迷惑をかけるな、と思いながら私は機密性の高い宇宙船の冷凍庫でデイヴィット様の後を追う。後始末はリドリーに依頼した、ファドルの事に関しても。
 ファドルは既に状態が悪いらしい。あれでは長く持たないと医者達が告げてきたと。ダンドローバー公爵家の遺産をリドリーに預けた、半分はファドルの為に使ってくれと依頼しておいた。
 殆どの貴族の資産は取り上げられ、貴族の地位をも剥奪されたがダンドローバー家は資産も地位も残った。……あの王様は本当に正面切って戦った相手が好きらしい。様々なプロパガンダをも兼ねているのだろうが、それはもう私にとっては意味のないことだ。
「さてと、そろそろ行きましょうか。碌な生活してないに決まってます。貴女様にまでご不自由をおかけして申し訳ありません」
 自堕落な生活を楽しんでいるに違いない、“主”の元へと行く事にしましょう。こめかみに銃口をあてて、白い息を吐きながら独り言を呟く。
「身なりを整えておかないと、もう直ぐ来てしまうでしょうファドルに嫌われますよ」
 お待たせしましたねデイヴィット様。ファドル……早目に来て上げてください。デイヴィット様、貴方のことが好きでたまらなかったので。それでは……


私達は殺しに来た
「エバカイン、見てみろ。インバルトボルグの髪の“あの”配列……間違いないようだ」
「シュスターか……仕方ない結婚を申し込んでみよう、拒否されたらその時は」
「殺す。いいな」
「他の人間を組み込む気は無いか? ジルニオン」
「今の所はない。お前だって、そうだろう? エバカイン」
シュスターの血を引く者を


 我々は画面越しにラディスラーオを観た。
「ラディスラーオ、降伏するか?」
 画面に映る男の目付きは、鋭過ぎ不必要なまでに警戒心をいだかせる。それ以上に当人の猜疑心が強そうだ。
 これ程までに警戒と猜疑……いや、持っていた方がいいかもしれないな。私のようにジルニオンにはめられて、自分で自分の腕を切るような状態に陥った人間よりは、長生きしそうではある。
 最も長生きするかどうかは、当人の決断にかかっているわけだが。
『降伏して何か利点でもあるのか? ジルニオン=バランタオン』
 わざと「ジルニオン=バランタオン」と呼んだな。お前がわからぬはずもないだろう、小皇帝。
 戦争中のエヴェドリット軍人を「=」で繋いで呼ぶのは最大級の侮辱なのだが……それが堪えるような相手ではないぞ、ラディスラーオ。
「お前に利点はない」
 我々は散華を最上の死に方としているので、戦争があればよく戦死する。過去には勝つ為に戦っているのか死ぬ為に戦っているのか解からないような戦い方をする輩も多かったと聞く……私も人の事を言えた義理ではないし……私も戦死すると、戦死しようと思っている。
 中には「戦死して来る」と言って出撃していく者もいる。
 この場合「出撃」ではなく「離脱」と言って出撃してゆくのだが、その際に待機者と名前を交換する慣わしがあるのだ。もちろん「=」で繋ぐ名前を持つエヴェドリトに属する者達だけで行われるものだ。名前を交換する為に「=」で繋ぐ名前は似たような響きを持つようにしている。
 「=」で繋いだ名の後半は変わるのだ、平時であればそれは呼ばれるが戦時では呼ばれることは無い。戦争の最中名前が変わっている可能性もあるから。よって戦争中のエヴェドリット属軍人を「=」で繋いだ名前で呼ぶことはしない。上記の理由で間違った名前を呼ぶこととなり、失礼であり、最高の死に方をした戦友の名を無視した……など色々な理由はあるが、最大級の侮辱であるのは確かだ。
『ならば、何故降伏などしようか?』
 生涯に名を交換できるのは一度だけ。
 名を交換した待機者は当然その戦いには出撃できない。離脱した者が死ぬまで観ている。
「ラディスラーオ」
 多分私は、ジルニオンと名を交換して死ぬであろう。『エバカイン=バランタオン』となって何処かに向かって、本隊から離脱してゆく……それが明日なのか数十年後なのかは解からぬが。
『降伏はしないと言ったはずだ』
 何時かそうなるだろう……『ジルニオン=エバタイユ』を残して。
「ラディスラーオ。お前、自分の意思で小皇帝になったと思っているのか?」
『何の話だ?』
「ジュレウラもお前も誰かの手の上で踊っていた……としたら? ジュレウラ、この国じゃあリーダの方が通りがいいか? 俺が政権を取る為にリーダのヤツは邪魔だったからなあ、ベルライハ公の方に移動させた。結構簡単だったなぁ。あの男、自分の意思で亡命したと思ってんだろうな。そして八年前、別の国でクーデターを起こした男も」
『……戯言を。余は余の意思のみでこの国を“我が国”とした』
「それも良いさ。後でもう一度連絡する、後のダンドローバー公の遺体が回収されたらな。それまで待ってろよ」
 通信を切ったジルニオンは振り返り
「“後悔”ってのがあるらしいな、あの男には。それが、インバルトボルグの一族を殺害したものか、それ以外かは知らないが」
 確かにラディスラーオは一瞬だけ詰った。
 ……責任の所在とでも言うのだろうか? 虐殺の罪を簒奪の罪を誰かが肩代わりしてくれるのか? そのような感情。だが、直ぐに立ち戻った。それでもあの男の心の中には僅かながら罪悪感がある。ラディスラーオ、僅かな罪悪感すら隙になるぞ……私がそうであるように。
「それは良いが、リーダを亡命させるならば最初から教えておいてくれ。いきなり私の警備する側にアレが来て驚いたぞ」
「お前の三十二歳の誕生日プレゼントのつもり。“どうぞ、好きなだけ殺してくださいねぇ!”って事で。わざわざアスカータ共和国からオーダイドール王国まで移動させてやったんだぞ。日付はちょっと前後したが、それは宇宙時差って事で。お前の誕生日付近だっただろ? 驚かせようと思ったから連絡しなかった。吃驚しただろ」
 揉み手しながら言うのだが、殺戮兵器機動装甲の操縦者をいきなり寄越されても、それも一つ向こうの敵国に。もちろん戦死するのは構わないが、そんな誕生日プレゼント……それも三十二歳の誕生日なんて……
「そんなもの要るかっ! で、リーダはお前が動かしたのは解かっていたが、小皇帝は本当か?」
「まさか。この国を強国に出来る男をトップにつけるような真似をすると思うか? ……それと、後でインバルトボルグを画面前に立たせて、映像を取り込む。ある程度までの適合調査ならば映像解析でも可能だろう。データは持ってきたな」
「機動装甲の操縦室に保管している。……照会も機動装甲の方で?」
「足が付くのはゴメンなんでな。それと……」
 ジルニオンは先ほどの映像を引き出した
「なあ、アグスティンとやらの映像と小皇帝の隣にいた男の映像を被せてみよう。その二人と小皇帝の関係を調べてみようぜ」

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