59

 エヴェドリット王国の遠征軍は、遂にこの国の最終防衛線を突破してしまいました。
 ですが国民が戦渦を避ける為、逃げる事はありませんでした。他国に国交がない事もありますが、逃げる先にもジルニオン王の手が伸びるのは確実ですから。
 それにアスカータ共和国を滅ぼした際、寛大な処置が施されたというのも大きい要因のようです。
 王制以外の国の人々は全て奴隷にされるのではないか? と噂されていたのですが、そうではなかったので人々は少しだけ安心したようです。それが作戦なのかも知れませんけれど。
 第一種厳戒態勢を敷き、陛下と生き延びている軍人達が徹夜状態で軍議を開いていました。私はいても役に立たないので、食事を作ってファドルの所へと持っていってきました……最終防衛線突破、即ち要塞責任者ダンドローバー公戦死の報は隠しようもない事ですので。
 ファドルは家で沈痛な面持ちのキャスターが語る、知っていても役に立たないでしょうジルニオン王の情報を観るでもなく流しておりました。
「食べてくださいね」
 私はそれだけ言って、家を出ました。出る時に
「ありがとうございます、陛下」
 震える声で礼を言ってくれました……ごめんなさいね、ファドル。ダンドローバー公を死地に向かわせてしまって。
「どういたしまして。残るともったいないから、食べてくださいね」
 部屋に戻り、何をしたら良いのか解からない状態で椅子に座っていると『陛下がお呼びです』とリドリーが来ました。
「何事ですの?」
「敵から、皇后陛下のお姿を“見せろ”との通信が」
「何の為にですか?」
「解かりませぬが……そのお姿を見せておかない事によって、征服後に……何かあると……本当は陛下はインバルトボルグ陛下のお姿をお見せしたくはなかったようで、突っぱねたのですが……」
 呼び出された部屋へと向かうと、陛下が画面の向こうの王に怒鳴りつけております。
『あれだろ? おい、エバーハルトの娘』
 本当に綺麗なお顔をした国王です。私の読んだ物語からすると、エヴェドリットと言うよりはケシュマリスタに近い顔立ちのような気がするのです。
「何でございましょう? クレセント=クレセアの子孫」
『ひゅぅ〜』
 かの王は口笛を吹きました。クレセント=クレセアは現エヴェドリット王国の祖。
「俺の名前はジルニオン。国王でもあるからクレスターク=ジルニオン十六世でも良いぜ」
「ではジルニオンと呼ばせていだたきます。私はインバルトボルグ・オブ……」
「この娘は皇后などではない!」
 名乗っている途中に突如陛下が私の腕を掴み床に引き倒しました。
「陛下?!」
「この娘はカミラ・ゴッドフリート。赤毛でインバルトボルグに似ていたから連れてきたまでだ! 本物は既に殺害している、八年前になっ!」
「何を仰るのです! 陛下!」
 床に倒れた私は陛下に向かって叫びますが、陛下は一切聞かないと頭を振り、怒鳴るのみ。
「黙れ」
 陛下は私を逃がそうとしている……ようです。
『そりゃどうでもいい、ラディスラーオ。最後通告だ、俺に下れ』
「誰が下るか!」
『ならばその娘ごとあの世に送ってやろう、ラディスラーオ』
「この娘は関係ないと言っているだろう! ジルニオン!」
『関係有る無しは俺が決める事だ。死に行く貴様には関係のない事だ。その娘を道連れに死ぬが良い』
「この娘は王女ではないと、何度言わせれば気が済む!」
 私、本当に殺されるのですね。引き倒された床の冷たさと見上げた先にある画面に居る国王、そして家臣。彼等に見下ろされながら私は身体が冷えていくのを感じました。ついに死が、直ぐ傍まで来たようです。
『王女として殺すだけだ。おい、インバルトボルグ』
「はい、なんでしょう? ジルニオン」
『年は18だったか?』
「はい、そうです」
 私は床に倒れたまま、かの王に答えます。
『俺の娘は16になったばかりでな。お前が王女であれば、話し相手に連れて帰ろうと思ったのだが、平民じゃあなぁ。俺の娘は長い事公女だったんだが、一応王族と結婚する予定はあったから中々気位は高くてよ』
「ジルニオンに似た立派な皇太子でいらっしゃるのでしょうね」
 会って見たいような気もします、軍人の父を持つ娘同士として。会う事は叶わないでしょうが、どんな姫君なのでしょう? ……宇宙にはどんな人達がいるのでしょうね、私には叶いませんが、かの王は全てを征服して知る事ができるのでしょうね。
『俺に似てりゃ立派じゃねえがな。コイツに似てりゃあ良かったのによ』
 そう言いながら隣に居た、ベルライハ公爵を指差しました。公爵はその指を叩いて、怒ったような形相で睨みつけていらっしゃいます。
「面白い方ですわ。……でも王女は寂しいでしょうね。私もそうでありましたが、周囲に誰もいないのは寂しいものですよ」
 今はたくさんおりますが。そして、居てくれれば居てくれたで悲しいものでもありますが。
『おう、やっぱり似たような気位と身分で年の近いのが欲しい……お前の父親、エバーハルトとも生きてりゃ戦争してみたかったが』
「ならばもっと早くにいらっしゃれば良かったのですわ、ジルニオン」
『そうだな。俺は通信を切る。後は涙ながらに訴えるなり何なりしたかったら、こいつの方に連絡を入れろ。ベルライハ公ならば、お前の望みを聞いてくれるかも知れねぇぜ、ラディスラーオ』
 かの王が私の父を知っていた事に驚きました、それほどの軍人だったのですか父は。
 三歳の頃に死に別れた父の事は殆ど記憶にありませんけれども、私よりも長く生きている者達には記憶があるでしょう。偉大なる父を持って幸せです、今になって本当にそう思います。

帝星が陥落したのは、この通信から二日後の事

 私は噂でしか聞いた事はありませんでしたが、
「あれが機動装甲ですか。なんともまあ、優雅な」
 青空を舞う戦う為のみに発達し、その頂点に達した機械・機動装甲が帝星の空を我が物顔で飛びまわる様を前に、陛下は降伏を受諾いたしました。
 受けた直後、そのままの足でかの王は宮殿に降りてきました。
 王が先頭をきって機動装甲で帝星にせめてきていたとは、さすがリスカートーフォン(戦争.会戦)の名を持つ一族です。
 中庭に二体が着陸したのをうけて、陛下と私とアグスティンとメセアは二人を出迎えに上がりました。
 かの王は剣と煙管を持っただけの軽装です。もう一体から降りてきたのはベルライハ公、通信機をつけて銃を持ち、剣を腰に挿した軍人然とした方です。
「貰いにきたぜ、ラディスラーオ」
 侵略者……を見たのは初めてですが、
「……」
 こんな陽気な方は、そうそういないのではないでしょうか?
 陛下は玉座を明け渡しました。躊躇いなく玉座に腰をかけたかの王は、陛下に幾つかの指示を出して、陛下もそれに肯定の返事をしていました。
 二人の会話が終わった後、私は意を決しました。

 私の最後

「ジルニオン。私の望みを聞いてくださいませんか?」
 どうせ殺されるのでしたら、私は出来る限りの事をしたい。
「何だ? 言ってみろ」
 煙管を口から放し、父親のような表情で私の言葉に軽く答えてくれた王。エヴェドリットは軍事大国にして、決闘を尊ぶ気質。一度受けた決闘の申し込みは、決して撤回しないと確認もして参りました。
「私の命と引き換えに、陛下を助けてはくださいませんか?」
「何を言っている! インバルトボルグ!」
「黙ってな、ラディスラーオ。俺は今、この娘と話してるんだ。途中で口を挟むなよ、敗残者」
「っ……」
 ベルライハ公が銃の照準を”私”と”陛下”に合わせます。
 強く握り拳に力を入れられた陛下の手を観た後、再び視線を玉座にあるかの王のほうに向けます。私と視線の合った王は笑いながら、
「この娘、インバルトボルグじゃねえんだろ? でもよ、お前の命と引き換えるって、お前にはその価値があるのか? 娘」
 話を続けていいと合図をくれました。
「ええ。私の名前はインバルトボルグです。私がインバルトボルグである事に意味があるのです」
「それで?」
「ジルニオン、インバルトボルグの意味をご存知でしょうか?」
 王という称号をつけないでも、かの王は怒ることもありません。隣にいる公爵も気分を害したような表情を作りません。余裕なのでしょう、憎くはありません見事と感服いたします。
「インバルトボルグ。俺達にしてみれば”偽りの勝利”って意味だが。お前が偽モンの姫じゃねぇなら、この国の言葉通り”皇帝の勝利”でもいいぜ。お前は”偽りの勝利”か? それともホンモノか? まあホンモノだったら処刑の道が待ってる訳だが。どっちだい?」
 此処で”偽りの勝利”と名乗り無関係を装い、かの王に縋って慈悲を請うこともできるでしょうけれど、

「我が名は皇帝の勝利」

 誰が偽りの勝利などと名乗りましょうか。私は最後までこの国の”皇帝陛下の勝利”
 私の言葉にかの王は笑いを浮かべて、続けろと促しました。息を飲み、震える声に精一杯の力を込めて、考えていた言葉を発します。
「これは軍人だった父エバーハルトが戦勝を祈ってつけた名だと聞いております。勝利を現すこの名を命と共に捧げましょう、誰にも負ける事のない紅蓮の赤き髪とともに。真紅を掲げるエヴェドリット王国の勝利の為に、この命お受け取りください。その引き換えにラディスラーオ陛下以下、皇族と名乗っている者達の助命を」
 目立つ赤毛です、もちろん嫌いではありませんでしたけれども。
 この国の最後は、赤を掲げるエヴェドリット王国に攻め滅ぼされると決まっていたかのような気もします。最後の王女である私の赤い髪、侵略してきた国の赤い軍旗。だから私は捧げましょう。
「俺は皇帝じゃねえぜ、ここの国とは違って王だ」
 この身と、
「いずれ皇帝となられるのでしょう?」
 命を。
「さあ?」
「なってください。そうでなければ、私が許しません。この名を、この身と命と共に捧げるのです。皇帝の勝利、紅蓮を高らかに掲げ金星に祈る皇帝よ」
 この国の民を、全ての人を、とても大切な人達を守れるのならば、他の国がかの王に侵略されても構いはしません。この国を守る為に生まれてきた私なのです。
 愛しています、国民の全てを。
「お望みの処刑方法はどれだい? 我が皇帝の勝利よ」

 この国の民に幸あれ
「決闘で」

 真直ぐにかの王の目を見ました。そこには先ほどまでの陽気さなど、何処にもありません。冗談で決闘を受けるような王ではないでしょうとも。
「剣は使えるか?」
「はい、最近嗜みで始めたばかりですが、形式的ならば覚えました。無作法な真似はいたしません」
「よかろう。余と五戟、剣を重ねよ。そしたら、お前の望み聞き届けてやろう」
 確定しました。
 私の腕では勝てる相手ではありません、身体能力というものが全く違いますから。それでも受けてくださいました。
 国を征服し、私を殺す相手に向かって言う言葉ではありませんが、かの王は必ずや約束を守ってくださるでしょう。
「ありがとうございます、そして私の望みも叶えてください。皇帝となってくださいませ、ジルニオン。ですので、王とも十六世とも呼びはいたしませぬ」
「いい女だ。本当は連れて帰りてぇ。なあ、ベルライハ公」
「ええ。貴方のその意思だけで充分です。考え直しませんか?」
 一度も頭を下げなかった征服された国の娘に不快感を示すでもなければ、怒るわけでもない。気位が高くてもっと尊大な王かと思っておりましたが、映像通り気さくで、それでいて優美な王。
 本当は“ジルニオン王”と呼びかけたかったのですが、それを私がすることは出来ません。
 私はかの王に屈服するわけにはいかないのです。

 私は首を振る

「そうかい。じゃあ三日目の夕方だ。準備整えてきな」
「はい」
 私がかの王に屈服する時、それは決闘の決着がついた時。即ち、この命が尽きる時。

 ……今までありがとうございました

 誰に向けて出た言葉なのかは解かりませんが、その気持ちで一杯です。

backnovels' indexnext