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 こうなると知っていたら、もっと優しくした。
 もっと優しく出来たはずだ。
 厳戒態勢第三種状態の帝星で、私の住んでいる公共住宅に貴族の格好で訪れたデイヴィット。
「……死ぬのか?」
 凛々しい姿に、圧倒されるより悔しさがこみ上げて来た。
 何で死に行くのに、こんなに穏やかなのか? って。
「確実に死ぬ、それは覆らない。その前にご挨拶に伺ったってことで。本当は来ないつもりだったんだが、アーロンにもアグスティンにも、皇后陛下にも行くように言われてな。行かなきゃ出発させないって脅されちまってさあ」
 優しかった、本当に優しかった。でも最後にその優しさが凶器になった……
「……来なきゃ良かったのに」
 例え挨拶をして行かなくとも、その優しさは私にとって凶器になったと思う。
「俺も来たくはなかったよ。それじゃあな」
「夕食……食べていかないのか? 泊まっていかないのか?」
「そのお誘いに乗りたいのは山々なんだが、時間がなくて」
「何しに来たんだよ! 死んでくるって! それを告げに来ただけか?」
「それだけだ」
「……デイヴィット」
「何?」
 彼が好きだった、はっきりとは言えなかったが。
「生きて帰ってくるとは言ってくれないのか?」
「ゴメンな、死んじゃうんだわ俺。噂聞く分にはジルニオン王は、無駄に人は殺さないって言うし、国王代理にまで任命されたベルライハ公は人が出来てるって話しだから、征服されても市民の生活は変わらないだろう。インフレも起きないだろうし、治安もそうは悪化しないに違いない。悪化しないようにアーロンを生き延びさせる予定だから、安心して……」
 お前が語るこの国の未来に、既にお前はいないんだな、デイヴィット。
「ジルニオン王って、当然宮殿に来るよな」
「そりゃまあ……どうしたファドル?」
「隣の家から潜入して、ジルニオン王を殺害しに行く」
「馬鹿な事言うな! 傷一つ負わせられないで殺されるぞ!」
「お前だってそうだろ? デイヴィット」
「俺は……良いんだよ。元気で長生きしてくれよ、俺やリガルドやカミラや陛下の代わりにな」
「そんな、何人もの分生きられるわけないだろ……が」
 その中にリガルド……グリーブスさんは入っている。あの人は、お前の後を追うんだろう。
「死ぬまで連絡するから、記録して届けさせるから。じゃあな、ファドル」
 私は君のことを大切に思っていても……追える覚悟はないな。誰か殺してくれない限りは無理のような気がする。
 去ってゆくその後姿に、大声で恨みの丈をぶつけた。
 この場面でも、本心が語れなかった。語ってしまえば……まだ期待している。
 語ってしまって君が帰ってきたら恥ずかしいな……と。そんな事ある筈もないのに!
「……デイヴィット……後武運を! ……っ! こんな事になるなら、もっと一緒にいれば良かった。こんなにも後悔させやがって! 連れて行くとか言わないのかよっ! デイヴィット!」

デイヴィットは振り返る事も立ち止まることもなく、去っていった。

 未練がましくなく、最後まで凛とした男だった。
 大貴族の名を背負った伊達男は、帝星を守る最後の砦であるカッフェルセルス要塞へと赴任した。後で聞いたら、素晴しい指揮を執っていたそうだ。
 そして当人が言った通り、帰ってこなかった。こんな事まで約束を守らなくても良いのに……。
 カッフェルセス要塞を制圧したジルニオン王とベルライハ大元帥の前で、要塞主任の席は渡さないと自害したのだと。それを私はジルニオン王から直接告げられた。
 皇后陛下が態々此処まで連れてきてくれた。皇后陛下は悲しそうに『最後を見届けられなかった』告げられた。自害しようとした時、帝星と通信が繋がっており、主要メンバーはその場を見た。
 だが皇后だけはデイヴィットが口に銃を差し込んだ所までしか見る事ができなかったのだと。皇帝が皇后の前に立って見せなかったのだそうだ。
 その後皇后はモジャルト大公に力づくで席を外させられたのだと。その通信の反対側にいたのが、自害したデイヴィットと、この国王、部下が一名。
 皇后陛下から「詳しい事を聞きたいのなら」そう連絡を貰い、私はお言葉に甘えさせていただいた。
 私の家に現れたのは、皇后陛下と征服者の王だけ。単身で現れた王を前に覚えた威圧感、この地上に嘗て『シュスター』が存在したという証。
 美しい煙管を白い歯で噛み、デイヴィットのようにだらしない格好をしているこの王に、皇帝が存在したことをを確かに感じることができた。
 殺そうとかかっていこうかと思ったのだが……どこかデイヴィットを思いださせる国王に、刃を向ける気にはなれなかった。
「生きていれば……貴方と、話が合う男だったと思います。陽気でそれでいて……どこか……」
「死ぬなとは言わないが、死ぬならヒッソリと死にな。ところで、俺を殺さなくていいのか?」
 懐に忍ばせた刃くらい、簡単に見抜いていた。それでも王は笑っていた、私では絶対に殺せない事を知っているから。
「いいえ、貴方を殺そうとして歴史に名を残したいと思えませんので。私は市井の人として、名を残さずに消えてゆくのが……私の望みです」
「じゃあ、俺が殺したらマズイな。自分で死ぬかい?」
 笑うその王を前に、私も笑って頷いた。殺そうと武器まで忍ばせている男に背を向けて去っていった王、
「もう会う事もないけれども、元気でいてねファドル」
 そして私の手を取って微笑んでいった皇后陛下。
「デイヴィット、お前が言った通りいい王様みたいだ……よ。お前を生きて帰してくれたなら、あの人の支配下で生きていても良かったよ。お前が悪いんだ、デイヴィット……」
 ああ、いい王様に違いない。今の治世と変わらないに違いない。でもな、お前がいないんだ……あの王がお前を追い詰めたと思えば、その治世下で笑う事は出来ない。あの王があの人をも追い詰めたかと思えば、その治世下で息をする事すら苦痛だ。
 お前とカミラと三人で食事をした日々を思い出すだけで、テーブルに伏せて何時間も泣けるんだ。
 お前とカミラと三人で食事をした日々を思い出すだけで、死にそうになるんだよ。
 今でもあの扉を開けて、お前とカミラが笑いながら来てくれるような気がするんだ……

「……デイヴィット? カミラ?」

 私は死んだんだろうな、開いた扉の向こう側から来た二人。あれ程二人に長生きしてと言われたのにも関わらず……でも君達、笑いながら迎に来てくれた。何が食べたい? 何でも作るよ。デイヴィット、君の好物は……

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