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 前から顔の色艶のいい男じゃなかったが、これ程になってるとは思わなかった。いや、一般に放映される映像が処理されてる事は解かるけど、此処までなあ。
 俺は貴族になりに来た。
 今更なってどうするか……まあ、どうせラディスラーオの血縁となれば、あの王様の前に引き出されるのは目に見えてるからな。
 貴族目録のシークレットに名前は記載されてる、それを管理しているのが貴族統括庁長官……の兼ね合いでデイヴィットは俺の事を詳しく知っていたんだろうな。
 ラディスラーオの前に連れてこられた、この二ヶ月少しで五歳は老けたように感じる。俺が前に立ったら、挨拶もなにも抜きで、
「話しは聞いたか」
「何の話でしょうか?」
「使いの者から聞いてはいないのか?」
 俺に使い? 宮殿に呼び寄せるつもりだったらしい。そりゃいいけどよ、その位の覚悟はできてたしな。
「使いの者に会ってはおりません。皇帝陛下、私を皇族に迎え入れてください」
「この時期に何を言い出す?」
 目を僅かに開いて、心底驚いた声を小さくあげた。
 俺を呼び寄せて、コイツは何をさせようとしていたんだ? それ以外に俺を使う道はないだろ?
「何人かいれば、使えない皇族を殺害して使える皇族は生かしておくでしょう。征服帝ともなろう男だと聞きました、人材は生かして使うに違いありません」
 人柱とか生贄とか、色々言い方はあるが……どうせ殺されるなら、せめて役に立ちたい。間違った方向で役に立つさ、その方法も考えてきた……
「メセア……言ってくれるのはありがたいが、実は頼みがある」
「何で御座いましょうか? 陛下」
「ラディスラーオでよい」
「陛下の方が呼びやすいのですが」
 カハヌって勝手に呼び続けてたんで、今一つラディスラーオは呼び辛い。
 頼みって、俺が叶えられるものってのは僅かだろ? お前でどうにも出来ないのなら……
「そうか……インバルトを連れて逃げてくれ。死ぬ覚悟があるのならば簡単だろう」
「皇后陛下ご自身が仰られたのですか?」
 違うような気がする。
 それほど長い付き合いじゃないけど、あの姫様は絶対にそんな事言わないタイプだ。強情ってか何ていうか……絶対逃げないタイプだ。
 お城からは抜け出したけど、それ以上遠くにいく事はなかった。世間知らずのお姫様なんて、城の外に出りゃあ糸が切れた凧みたいに飛んでいくモンだと思ったが、あの姫様はちゃんと帰る。
 物語なんかじゃあ、外で会った若い男と浮ついて遊びにいくようなモンだが、あの姫様はちゃんとお帰りになってたんだから。
「あれは死ぬ覚悟は出来ているようだ。実際震えている私の手に、その手を乗せたときですら震えてはいなかったくらいだ。さすがエバーハルト皇子の娘といったところだ」
 だから、逃げないとは思う。それにしても大したもんだよ、実際。まだ十八になったばかりじゃないか……それが、本当によ。
「皇后陛下が逃げるといってくれなければ、連れてゆくのは無理でしょう。強情ですから」
 姫様は逃げるつもりだったらとうの昔に逃げてただろうよ。そんなバカじゃねえからな……あの人はどれ程外に居ても、この国の皇后なんだよ。
 だから必ず帰る、お前の支配している宮殿に。
 皇帝のいる宮殿に必ず帰ってゆく皇后。
「確かに。……それと伝えておく、実家の両親は既に自害させた」
 死んだか、ライザ……。別に会いたくもないけどな、取り乱して死んだんだろうなあ……情けない。
 人間そんなモンだろうけど、似合いちゃあ似合いだよ。もう、顔もロクに思い出せないけどなライザ。
「陛下には辛いご決断だったようで」
「何も言わないのか?」
「三十年以上も前に自分を置いていった母親に対し、思慕を抱いて生きていけるほど場末は甘くはありませんよ」
 正直、会いたいとも思わない。死んだ……殺されたんだろうがそれを知っても全く何の感情もない。
 俺はこいつがライザを殺しても、何とも思いはしない。でも、他人は親を殺したって言うだろう。姫様の一族を皆殺しにした罪状の上に親殺し、もう一つ積み重ねさせるのはあんまりだから……
「ならば良い」
「陛下、お聞きしても宜しいでしょうか?」
 俺は人殺した事ないが、目瞑りながら銃撃つくらいならできるんじゃないか。
 だから、
「何かあるのか?」
「クラニスーク王子とラニエは?」
「既に殺害した」

遅かった……か……

 親も殺して妾も殺して子供も殺して、妻の一族も殺害して。
 結局そうなっちまったか。
 本当は俺は親かお前の子を殺して、罪人になってあの王様に引き出される事を望んでた。
 何も悪い事してないで殺されるのは俺としても納得できないが、人殺してりゃあ……処刑されても納得できる。こいつが妾やその子を殺す事は、解っていたからな。
 なら、せめてソイツラは俺が殺して罪人になりゃあ、殺されても諦めがついた。
 人殺して生きていられる程、俺の神経は細くないんでね……でも手遅れってか、俺が来るのが遅かったわけだが。
「それでも皇后陛下は生かしたいと」
「あれが生きていれば、この国は滅亡しない。かのジルニオン王は独身だから、本来ならば捧げて身の安全を図らせたいところだったが……よりによってダンドローバーと同じ性癖だとは」
 有名な男だから、性癖も知れてる。
「ダンドローバー公は?」
「行った。帰ってくることはあるまい」
 お前ら覚悟決めるの早過ぎだ。
 そして……皇后の身の安全を図るなら、あの男に差し出したらどうだ?
「陛下。皇后陛下を大元帥に差し出すつもりは?」
 ジルニオン王の従兄、ベルライハ公爵。
 そっちは独身の上に性質も女性に向いてるって噂じゃねえか? 
「……ない。皇后を今更、敵国家臣の妻に差し出す気はない。国王であるのなら別だが」
 ラディスラーオにとって皇后は、絶対に皇后なんだな。この国の誰よりも、皇后が家臣の妻になる事を嫌っている……
 矛盾してやがるが……
 本人が八年前に取った行動も、そして助けたいって言っておきながら助かる確率の高い方法を拒む事も。
「そうですか。……皇后陛下を説得できるかどうか、試してみたいと思います」
 こいつが欲しいのは国なのか皇后なのか? 八年前は確かに欲してたのは国だったと思う、でも今は姫様なのか?
「リドリー! 皇后を呼べ」
 参事官が立去った後、室内は誰もいなくなった。連れてきたリタとキサはアグスティンの方に任せて……
「陛下、今この部屋には誰もいませんね」
 俺は、言いたかった事を言う為に立ち上がる。
「誰もおらぬ。誰が裏切るか解からぬ以上、必要最低限の人員しか置かぬ」
 遅すぎた……あの時叙爵を受けていれば少しは変わっていたに違いない。この状況じゃなくて、ラディスラーオと皇后の関係。
「貴方が殺されるか? 自害なされるのか? それは知りませんが……三十七年前、お前が生まれた事を喜んだヤツがいる事を教えたくてな」
 硬直したまま動かない、ラディスラーオにこの上なく皮肉な笑みを浮かべて、俺は話しかけた。
「お前、やたらと泣く赤ん坊で周囲の女も驚くくらいだった。泣き虫だから伯爵家で苛められてないかな、そればっかり心配してたんだが。何時の間にか王国一の嫌われ者になりやがって」
 心配してただけじゃあ、何も解決にならなかったな。
 傍に居なけりゃ何の解決にもならない、俺が心配しててもお前は伯爵家で無視されて生きるしかなかったんだからよ。でも当時の俺はどれ程頑張ってもお前を助ける事はできない。それでも気にしていた事くらいは覚えておいてくれ、お前は全く知らないだろうがさ。
「王国一の嫌われ者はというのは認めるが、それ以外は誰の話なのか解らないな」
「さあね。お前の事だから伯爵とライザは殺すと思った。だからせめて、ラニエとクラニスークは俺が殺そうと思ってきた……一目くらい生きてる甥を見せてくれたって良かったじゃないか」
「知るか」
 叙爵されてりゃ良かった。
 弟が苛立ちをぶつける相手になってやってりゃ良かったなあ。
 八年前に少しだけ傍に近寄れば良かった……それだけ、それだけだったんだよ。遅かった……か
「大きくなったらお前と遊べると思って、楽しみにしてた。三十七年も前の話だが」
 年月が開きすぎて、やっぱり弟だとはとても思えないが……それでも
「もう遅い」

それでもやり直す機会があるなら、俺はまだやり直してみたい……無理なんだろうけどな

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