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「何故、ダンドローバー公が!」
「余の決定だ、異論など聞かぬ。それともこう言えば大人しく引き下がるか? ヴァルカもこの人事で納得してると」
「……申し訳ございません」
 王国最終防衛線カッフェルセス要塞の主任決定に際して、私は皇帝に意見した。そして伯父上がそれで納得しているとまで言われた以上、この人事が覆る事はない。
 カッフェルセス要塞には私は何度か駐屯した事もあり、艦隊戦の指揮をも執った事がある。対するダンドローバー公は、才能はあられるが一度たりとも艦隊戦の指揮を執ったことはない。むろん、それ相応の知識は持っておられるだろうが。
 私が要塞の主任となり、ダンドローバー公が帝星の治安維持部隊を率いるのが最良であろう。
「何故カッフェルセス要塞の主任がダンドローバー公に!」
「それについて、本人から話があるってさ。俺も呼ばれてるから一緒に行こうぜ」
「アグスティン……」
 国中が慌てふためいて、式典などを行っている暇などない。
 宮殿内に与えられたダンドローバー公の部屋を訪れると、リガルドと共に出立準備を整え終わりかけていた公がいた。
「お前達だけには最後の挨拶していくか」
 最後の挨拶。そうなのだ、カッフェルセス要塞の主任となれば間違いなく殺される。
 伯父上があのジルニオン王とベルライハ大元帥の進軍を止める事は不可能だ。不可能とわかっていても、無条件降伏が出来ぬ以上戦わざるを得ない。
 機動部隊を伯父上は率いる、そしてそれが突破されたら残るは、三艦隊と要塞で王国の首都星を守る最終防衛線のみ。彼等は此処を必ず落す、そうでなければこの先の進軍に差し支えるからだ。
 私は父と母に既に別れの挨拶をして来た、私が軍人である以上父も母も止めはしない。そして私には特定の想いを交わした相手もいない。
 主に忠誠を誓うため伯父上が結婚されていないように、私も妻帯せぬつもりでいたからだ。だから……私は最初から死ぬ準備が出来ている、私が死んでも誰もが『アーロンは戦死した』と納得するような生き方を此処までして来た。
 だから私が赴任すれば良いのだ、それなのに何故だ?
「俺が立候補したんだよ。ま、大貴族だし皇帝の信頼も厚いからな」
「失礼だが、公よりも私の方がカッフェルセス要塞の主任に相応しいはずです」
「だからだ。聞けよ、アーロンとアグスティン」
「はい」
「確実に負ける。これは覆しようが無い事実だ、それは解かってるな?」
「認めたくはありませんが」
 戦争では勝てない。ただ、無条件降伏をあの国が受け入れるとも限らない。無条件降伏の代償に全国民の階層が奴隷となる可能性もある。
「俺も否定はしない。ってかよ、どの薬が一番楽に死ねるのかなってのが、目下の悩み。俺、ほら皇族じゃねえか、一応。だからあの王様達がきたら、間違いなく殺されると思うんだよな……殺されるくらいなら自殺した方がまだマシ。刺し違える事が出来る相手ならまだしも、あいつら大帝国騎士級なんだろ? 白兵戦の腕前も……勝ち目ないしさ」
 その言葉にダンドローバー公が笑う。そして、
「どう攻めて来るかは解からないが、帝都の防衛軍を率いるのが俺やアグスティンじゃあ兵士が付いてこない」
「まあな、そりゃ認めるよ」
「最終防衛線が突破された時、侵略者よりも怖ろしいのは身内の暴徒。八年前の政変の際も暴動が起きたのは記憶にあるだろ」
 帝星は確かにあちらこちらで暴動が起きた、帝星だけではなく周辺の惑星まで。
「ヴァルカ総督の甥で生粋の軍人ハーフポート伯ならば兵士はついて来る。暴徒から皇后陛下をお守りしろ」
 私は皇后陛下にお仕えするべく、此処まで生きてきた……。それを言われたら頷くしかあるまい。
「伯父上の力になって差し上げてください」
「足引張りそうだがな。最善は尽くす事を誓う」
 最早説得も叶わない。元々説得できる相手だとは思ってもいなかったが……
「それと……」
 だが最後に、これだけは強制させてもらう。
「何だ?」
「ファドルには確りと挨拶をしていくように! いいですね! デイヴィット・クライスラー!」
 私はそれだけ言って、部屋の出口で敬礼をして退出した。今度会う時はこの世ではなく死後、何処かの世界でしょう。


 何処までも軍人ってカンジだよなあ、アーロンは。
 治安維持はアイツ一人に任せておけばいいような気がする。それでまあ……
「何も言わないで行く気だったでしょ、ダンドローバー公」
 何となく、そんな気がする。
「そりゃまあ……その方がファドルの今後にも良いからな」
 歯切れが悪いなあ。
 これが死地じゃなけりゃ、ファドルも連れて行けば! と言うところだけどさ。
「皇后陛下にお聞きしたら? その言葉に従うべきだろ。挨拶していくようにと言われたのに、しないで行ったら呼び戻されるかも知れないぞ……そうでなくとも皇后陛下は挨拶していくように勧めると思うけどな。インバルトボルグ陛下、仰ってた……父が出発した日、私は早く寝てしまって見送る事も出来なかった。あれが今生の別れになるとは知らなかった、知っていたならば……ってさ」
 他愛の無い話の中で、そう一言語られた。
 アーロンの人生と総督の人生を変えた皇后陛下の父上。……多分さ、エバーハルト皇子は皇后陛下の寝顔を見て、生きて帰ってくるつもりだったんだと思うよ……だから
「ダンドローバー公の場合は確実に死ぬんだから、していきなよ。死ぬ瞬間に後悔するって」
 ダンドローバー公は凄く困ったような顔をした。そして、
「俺の事はもういいよ。なあ、アグスティン……アーロンが死なないように見張っておけ」
「ん?」
 突然違う話を持ち出した。アーロン?
「エヴェドリット王は次々と国を攻め落とすのは確実だ。その進軍に必要な兵士を侵略した国で補給する。多分優秀な軍人や指揮官は手付かずで配下に加えるだろう。あの王にはその度量がある、実際に一時敵対したベルライハ公を軍の最高位に付けるくらいだ。噂じゃあ征服軍として、手持ちの軍勢の八割をベルライハ公に預けたと。その位の度量がある人なら、必ずやお前達を求める」
「あ・の・アーロンが黙って敵軍門に下ると思うかぁ!? 敵わないと知っていても特攻するぞ、アイツは!」
 アーロンは強いけど、あの王達はもっと強いに違いない。
 大帝国時代の残っている強い人の映像、動きが俺達ってか人間と全く違うんだ。あれ、絶対何かヘンな事してたよ! ってくらい。
「確かに下りはしないだろうが、誰かの命と引き換えだったらどうする?」
 でも確かにアーロンは、使えると思う。だから欲しがるはずだ、その引き換えって
「……皇后陛下は助からないと思うが」
 でも助からない、アーロンの命と皇后陛下の命じゃあ、全く違う。命に『格』があるとは言わないが、アーロン・デ・ハーフポートの命と皇后の命は引き換えにはならない。
 そう思っていたら、
「お前だよ、大公のアグスティンさんよ」
「何で俺が! そもそも俺は、アーロンより……ってか!」
「種を明かすとな、陛下のご希望だ。お前……解かってるだろ? お前は本来皇族にはならなくて良かった」
 俺と兄上は血繋がってないからな……確かにそうだけどさ。
「この状況で、それを言えば益々混乱して収拾がつかなくなるから……お前は、皇帝の弟のままだ。それを救うとなると、最早何かと引き換えでなくてはならない。アーロンはアスカータ共和国にも名の知られている軍人だ。ヴァルカ総督は戦死する事は確実。となれば、この国の軍を掌握する際にあの王達はアーロンを欲しがる」
 多分な、多分そうだよ……
「ただ、アーロンは屈しないだろう。だが、限界の所で皇帝はアーロンに告げる“余とアグスティンは血が繋がっておらぬ”と。あのアーロンの事だ、お前を助ける為に条件は飲む。その条件に陛下は持っていく、お前の兄を信用するんだ。いいな! 薬なんて用意するなよ!」

 大好きな兄さん

「な、何言ってやがるんだ、あの人。俺だって、皇族になっていい思いしたから……」
 バカにしたように俺を見た事はない。
「お前を助ける計画と、総督が甥を殺したくない心情を合致させたら、こんな策が出来上がったんだよ。頼むぞ」
 そうだな……ヴァルカ総督だって、アーロンの事を殺したくはないよな。
「アグスティン」
「……っ……なんだ……」
「俺は、お前の話を聞いてずっと不思議だった。リガルドが参事官から聞いてくる話でも不思議だった」
 俺は泣きながら、鼻すすりながらダンドローバー公の顔を見る。
「なに……が」
「陛下は何故学生時代、休暇ごとに実家に戻ったのか。全くいい場所ではなかったんだろ? そして……宿題が出来なくて泣きつく弟がいたんだろ」
 休暇の最後の方に帰ってくるあの人が、当時の俺には救世主に見えるわけだ……。二日もかからないで俺の宿題終わらせてくれて、直ぐに帰っていくんだが
 『またね! 待ってるからね!』
 俺はさ、意味もなく……言ってたこと……ばだった。
「お前、一生陛下の事見捨てないだろ。八年前も今も、そしてずっと」
「あの人が俺を見捨てない限り、俺は……」
 あの人殺されるのかなあ……漠然と怖くなった。
「じゃあな、アグスティン」
 自分が死ぬって考えるのは怖い、でもあの兄上が殺されるかもしれないと考える方が怖い
「……頑張るよ、アーロンとな。だから! ダンドローバー公も最後にファドルの所に行けよ!」
 ダンドローバー公は最初から、自分じゃなくてファドルを生かす為だけに死地に赴くんだ。そして、二度と同族を売らない為に死にに行くんだ。
 八年前に兄上に命令されて、貴族を選別した男は二度目はしたくないに違いない。他国から来た王にあの時と『同じ命令』を下されれば、ダンドローバー公に抵抗する術はない。でも、貴族統括庁の長官が死ねば、混乱と称して貴族の処刑を長引かせる事が出来るはず。
 貴族統括庁にダンドローバー公以上の才能がある人はいないから……その混乱の間にアーロンを助ければいんだな!
「情けな……」
 何一つ考える事ができないんだから、せめて言われた事くらいはやり遂げたい。
「アグスティン? 何泣いてるのよ!」
「キサ? どうして此処に」

兄上は母親似なんだと思うよ、度胸のある所とかさ

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