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 皇后の部屋、レンペレード館でその映像を観ていた。この館からならば……秘密通路は知られている可能性があるが、レンペレード館の外部との接触通路は……。
「だから……嫌いなのだ、お前のような女は。死にたくはないと、無様に叫べばいい。自分だけは生き延びたい! そう叫んでくれれば良かったものを……」
 ラニエはそう叫んだ。あまりにも狂ったように叫ぶので、クラニスークと共に処分する事を命じ、この目で見届けた。恨みがましい目と、最後まで余を信頼していた子供の目。少しだけ待っているが良い、どうせ直ぐに逝くのだから。この赤い、紅蓮のような髪を持った娘と共に。
「そうでもありません。ただ、怯えて生きる時間は短い事を望むだけです」
 ジルニオンは無駄に残酷ではないと聞くが、必要ならば弱者をも平気で背中から撃つとも言われている。
 卑怯などではなく、そういう男なのだ、あの国王は。
 あの男は強い、単体でも宇宙屈指だ。戦闘能力という点では我々の敵国であったアスカータ共和国にいた機動装甲乗りの“リーダ”、今はオーダイドール王国へと拠点を移動させ“ジュレウラ”と名乗っている男も負けてはいないが、ジュレウラは国の支配者ではなく一騎士。
 そして、ジュレウラが支配者となっても此処まで民衆は付いては来ないだろう。人を指揮しながら機動装甲で戦う、それらの能力を兼ね備えている者がもう一人いるとすれば、ジルニオンの直属の配下、従兄にあたるベルライハ公。同等の戦闘能力と民衆の支持を得るカリスマ性。
 あのジュレウラは人々の支持を余以上に得られないタイプの人間であった。本人にはその理由は解からないようであったが……狭量で視野が極端に狭く、尚且つ猜疑心が強すぎる。いわば余と同じような性格であるのだ。あれでは人はついてこない、それは余が良く知っている。
 ジュレウラは単体では怖いが、策略でどうにか出来た。余ですら策略で退ける事が出来た。だが……ジルニオンは違う。
「そうか。……不安かもしれぬが、余はこれから指揮を執るゆえに側には居られぬ。……日に一度くらいは余に顔を見せに来るが良い……そう、長くはない期間であろうが」
 余に人がついて来るのは、この国最後の王女であり、人気の高いエバーハルト皇子の一人娘が傍にいる事に他ならない。ジュレウラはそれを手に入れる事が出来ず、アスカータ共和国を見限ってオーダイドール王国へといった。王国は一人の姫を手に入れるだけで、簡単に道が開ける……。

 余がそうであったのを見て、そのように考えたらしい。

 だがジュレウラはまだオーダイドールの姫を手には入れていない。
 そしてジュレウラが選ばなかった国に一国を継ぐ姫が現れた。ジルニオンの娘だ……だが、さすがのジュレウラも、あのジルニオンの息子になるのだけは避けたいようではある。まあ……所詮卑賤生まれだ、どれほどの才能があってもあの気位の高い国では、ジルニオンの娘「クロナージュ皇太子」の夫にはなれないだろう。
 人気のない国王を殺すでもない限りは……余のようにな。
「畏まりました」
 八年前、全ての皇族を殺して手に入れた王女。
「今は眠るが良い」
 十八になったばかりの王女の命運は……余は館を出て、執務室へと向かった。
「来ましたね」
 最早、覆しようがない。
「リドリー……皇后の顔は殆ど知られてはいないな?」
「はい」
「逃がせぬか? あの抜け道を使って」
「陛下?!」
「十八だ。余が十八の頃には“あれ”はまだ生まれてはいない。死ぬのに早過ぎる歳とは云わぬが、生が短すぎるとは言えるだろう?」
 安っぽい感傷なのは解かっている、こんな通俗な感情など皇帝ならば捨てなくてはならない事も。
「ですが陛下!」
 愛してなどいなかった侍女も、それが産んだ我が子も殺す事は出来た。残酷だといわれようが、その程度の後ろ指などさされても平気だ。冷酷と言われるのは我慢できる、それで生きてきたのだ。
「解かっている! “あれ”がこの国の旗印になってしまう事くらいは。余が生きていたとしても国の象徴とはならぬが、“あれ”にはその価値がある」
 生きているだけの父や母も殺す。“あれ”達は、保身の為に我々を売ることくらい簡単にする屑だ。余を売るならば良い、だが“あれ”達は国ごと売るだろう。国を売る、即ちこの王国の血統を唯一伝えているインバルトを征服者に売る……“あれ”達はその位の事はする、自らが助かる為ならば。
「陛下。どうしても逃がせと云われるのでしたら……ですが誰と共に? 残念ながら最も信頼がおけるダンドローバー公は既にカッフェルセス要塞へ。単独でお守りできる方は、後はハーフポート伯くらいしか……ですがあの方もそれ程世慣れてはおりませぬ」
 高嶺の花、その程度の言葉では言い表す事が出来ない、本来ならば手の届かないどころか観ることも叶わなかったそれ。
 高嶺の花なるものが、どのようなものを好み、どう接せればよいのか? 知らないで、ただ自分を誇示したく無理矢理手に入れた。その花の処遇に困って過ごした。
「……メセア。余の兄であるメセアはどうだ? あの男ならば、仲も良く……」
 余は高嶺の花を手に入れた、だがそれを守ってやる事はできない。愛でることも大切に扱う事もしなかったが。
「畏まりました」
 それでも余は惜しいのだ。その花を踏みにじるに王が来た。それを渡したくない、余の元にあって相応しくないとしても。自分自身が傷付けもしたが。
「リドリー、何か不服そうだが。余に云いたい事でもあるのか?」
「はい」
「何だ、云ってみよ」
「私は陛下のお供をしますので。それだけは譲りません」
「……好きにしろ」
 皇后は余のものではないが、他の為政者に渡したくもない。
 女として愛せはしないだろうが、殺したくはない。
 大事にしまっておきたいと思う程ではないが、逃がしてやりたいとのだ。

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