繋いだこの手はそのままに −76
 宮殿に連れて来て以来、ずっと一緒に寝ていたのだが……
「少々出てくるが、心配しないで先に寝ていてくれ」
「はい」
 余が自由になる時間は……皇帝にしては結構あるのだが、ロガに心配をかけないでとなれば、ロガが眠りに就いた後しかない。ただロガと一緒に寝ると、余の方が先に寝てしまったりするので……まあその……不甲斐ない。
「フォウレイト、頼んだぞ」
「はい」
 ロガの寝所のことは任せて、余は部屋から出た。
 ザウディンダルのことはデウデシオンに聞くしかあるまい、だがもう一人の女王は……誰に聞く? 余一人で調べるには限界があるというか、調べる方法自体よく解らぬし……。思いながら通路を歩いておると、
「陛下」
「バロシアン」
 バロシアンに呼び止められた。
「陛下、どちらへ向かわれるおつもりで。いえ、巴旦杏の塔へ向かわれるのですね」
「何故解った!」
 言っておきながら凄く間抜けなのだが……この先は夕べの園と巴旦杏の塔しかないのだから、二つに一つなら直ぐに解るだろう。
「后殿下が陛下のことを心配なされ、今日あったことを私に教えてくださいました」
「あ、ああ」
 明らかにロガに心配をかけてしまったようだ。
 余は顔に出やすいからな、諸々が。
「陛下。塔の中で女王を知られたのですね」
「お前達は知っているのか」
「はい」
「少し話を聞かせよ」
 巴旦杏の塔に向かうつもりだったが、行った所で≪ディブレシア≫と<ライフラ>が交互に語るのを聞くだけになりそうであるし……他の意見も聞くに越したことはあるまい。色々な意見は判断材料になり、迷う理由に……何にせよ、近くの部屋に入り余はバロシアンから話を聞くこととした。
「何故今までザウディンダルが女王であることを余に知らせなかったのだ」
 いまになって思う。
 先日、庶子だけを集めた会にザウディンダルが参加しなかった理由。両性具有は極端な小食だ。極端な小食だが食欲は普通並にあるという。そのため、大量に食事が並んでいるとそれを食べたいと強く願い、口にしてしまうことがある。その後待っているのは、激しい嘔吐だと聞いた。
 皆で食事をしている場にいれば、苦しいから……デウデシオンは余に嘘を言ったのであろう。……ザウディンダルももしかしたら参加したかったのかもしれない。いやしたかったのであろうな……。
「陛下、このことを知っているのは陛下の父君達と帝国宰相……少々何処かから漏洩しロヴィニア王家も少々知る事となりましたが、ほとんどの者は知りません。何故私が知っているのか……訊ねられれば包み隠さずお答えさせていただきます……。まず、女王であるレビュラ公爵は僭主の遺児です」
「僭主……」
 いきなり僭主(インペラール)ときたか! えーと、ザウディンダルの親になりそうな人物は刈られた僭主のリストに……あったか?
「テルロバールノル僭主ハーベリエイクラーダ王女系統の僭主の遺児にあたります。祖母にあたる人物が男王でした」
 両性具有は一代間をおいて両性具有が生まれる確率が格段に高いからな。
「その男王、名はなんと?」
「クレメッシェルファイラ」
「その名は見たことがあるような……だがそれ以外の者はいなかったような気がしたが?」
 男王であれば、女性皇帝であったディブレシアに献上されるであろうが、子を成すことはできまい。たしか、それ以外の名は無かったような。
「クレメッシェルファイラは若い女性でした。三歳と五歳の息子がいる、実兄を夫とした……最早皇位を狙う勢力など皆無の近親婚末期の四人の家族」
「待て、バロシアン。先ほど、ザウディンダルの祖母が男王だと申したな。男王が祖母になるということは、その三歳か五歳の息子が父であったと?」
 ディブレシアの乱交で、外聞の悪いものは全て消されている。
 庶子達の父親の表記も、奴隷や犯罪者である為に消されている……それは庶子の為ではなく “皇帝” の為に。僭主と関係を持った……それだけでも外聞は悪いが、それが幼児であれば尚のことだ。
「三歳の息子の方です。名をエイクレスセーネスト……何も知らないまま、死亡したそうです。母親である男王の目の前で」
 生きていれば二十八、九歳か。二十五歳の息子であり娘を持つには若すぎる。
「成長促進剤を使ったのか」
 ゆっくりと生きている時間のなかったザロナティオンにも用いられた劇薬。0歳の子が四日後には二十歳の体躯となる薬だが……知能はそのままのはずだ。脳内に汎用情報チップを埋め込まねば人として生きてはいけないと聞いた。
 その三歳のエイクレスセーネスト、何も解らぬまま腹上死させられたということか。
「そうだと聞いております。陛下、このことレビュラ公爵は知りませんので、出来れば……」
 人は真実を知る権利はあろうが、知らなくても良いことも多数ある……その部類であろう。
「このことに関しては、両性具有の生殺与奪及びすべての権限を完全に支配しておる余の名を持って抹消させる。して、僭主の息子だということ本人は知っておるのか?」
「それは最近知るところになったようです」
 どういった経緯で知ることになったのかは知らぬが、僭主の血縁であるということを知り、己が両性具有であることと相俟って辛い思いをしておるのであろうな。
「バロシアン」
「何で御座いましょう、陛下」
「デウデシオンとそなた以外の庶子はザウディンダルが両性具有の “女王” であることは知っているが、僭主の息子、ましてや劇薬を用いて成長を促進させた男の息子であることは知らぬのだな」
「いいえ、第六庶子ナジェロゴゼス公爵シャムシャントまでは知っております。それ以降の生まれで知っているのは私だけです」
「解った。それと答えたくなければ答えずとも良いが、何故お前は知っているのだ? バロシアン」
 余は答えなど想像してもおらなかった。何を聞いても受け入れるつもりはあったが。
「私が帝国宰相の血を分けた子だからです」
 ディブレシアよ、余はそなたを嫌う気はなかったのだが……辛いぞ。
 こうやって次々とそなたの蛮行を聞かされると、どのように弁護してよいのか? そもそもそなたは弁護など必要ないのであろうが。
「長くなりそうだが。バロシアンよ、それについて余は……興味本位ではなく聞きたいと信じてくれるか」
 デウデシオンとバロシアンの関係だけではなく、両性具有であるザウディンダルにも関係しているというのであれば、聞かぬわけにもいくまい。
「はい勿論でございます。私は帝国宰相と先代皇帝の間に生まれた子です」
 はっきりと言いきったバロシアンの表情に、自らを卑下する部分は何も含まれていなかった。バロシアンはデウデシオンを父として尊敬し、また己が自らを卑下することによりデウデシオンにも暗い影を落とすことを理解してのことであろう。
「続けよ、バロシアン」
「帝国宰相と先代皇帝の関係は、レビュラ公爵の親よりも知っている者が多くおります。ですが実子がいることはあまり知られておりません。私の父を知っているのは、父の父と、陛下の父君達と、后殿下の小間使いとなったフォウレイト侯爵……そしてロヴィニア王家と……ですが少ない筈です」
「デウデシオンの性格だ。お前が実子であっても、必要がなければザウディンダルのことを教えまい」
「私がかの人の子であることを説明する際に、両性具有の孫を切り離して説明はできなかったので教えられました」
 バロシアンが【祖父であるダグルフェルド子爵】から聞いた話によると、元々庶子達はディブレシアを性的に満足させる為に養育されたのだそうだ。
 その養育に携わったのが、誰でもないダグルフェルド。
 庶子達に劇薬を用いなかったのは、用いれば直ぐに潰れる、要するに死んでしまうのが解っていたので、あえて普通に成長させ、そして女を抱ける年齢に達したところでディブレシアの寝所に送り込まれることになっていた。
 デウデシオンはその年齢に達する前にディブレシアに会いに行き、死ぬ思いをしたらしい。
 ここはバロシアンもはっきりとは聞かされていないとのこと。この部分は両性具有であるザルディンダルと異父兄を父とするバロシアンの誕生にはなんら関係ないらしい。
 だがその行動でディブレシアはデウデシオンをいたぶる事に快感を覚えらしく、次なる策を練った。連れてこられた両性具有の子と関係を持ちザウディンダルを産み落とす。その後、ザウディンダルを引き取ったデウデシオンにその男王を命じられたとおりに扱わねば、ザウディンダルを殺すと命じたのだそうだ。
 両性具有の生殺与奪権はディブレシアにあり、ザウディンダルは女王でありディブレシアには献上されないタイプの両性具有であり直ぐにでも殺される立場。
 目の前でわが子を殺された男王は[孫]は殺して欲しくないとデウデシオンに懇願し、結局デウデシオンは皇帝ディブレシアの意思に従い、その男王を陵辱することとなった。
 それでもデウデシオンはディブレシアに対し色々と反抗的な態度を取り、それが結果的にディブレシアの興味を引き、他の兄弟達はディブレシアと、実母と寝ることは避けられた。
 ディブレシアとデウデシオンの殺伐とした関係は続き、最終的に「余を、貴様の実母であるこの皇帝を貴様の子種で身篭らせろ、そしたら余は死んで貴様を自由にしてやる」と突きつけられ、デウデシオンはそれに従うこととなる。
 バロシアンが知っているのは、自らの誕生でありそれに関係してデウデシオンが何故実母と関係を持ったのか? を聞く過程で、ザウディンダルの親のことを知ったようだ。
「以上です。陛下は不快に思われたでしょう。その責は庶子ではなく不義の子である私が負うべきものです。皇帝に抗うことができなかった帝国宰相には最大限の温情を」
 当時のデウデシオンは十五、六歳だ。我慢の限界など等に越えていたであろう。
 父達が余の誕生後逃げ出したのだ、その後ディブレシアの元に送られたであろうデウデシオン。
「不快には思わぬし、帝国宰相を悪くも思わぬ。だが少しだけ時間をくれ……」

 もうどうにも言い繕うことが出来ぬぞ、ディブレシア。

「陛下のお気の済むように」
 バロシアンは余に語ったことで、処刑されるかも知れぬと思っておるようだ。
「バロシアン、そなたのことも今までと変わらず余の大切な異父弟だ、忘れるな。……そなたは物を知っているのだな……もう一つ聞こう」
「お答えできることでしたら」
「もう一人女王が現存しておるのだが、知っておるか?」
 バロシアンは息を飲み、
「それは聞いたことも御座いません」
 そして声を潜めた。
「知らぬか」
「それについては帝国宰相も知らぬと思います。もしかしたら陛下の父君達の誰かがご存知かもしれませんが」
「そうか……」
 今までと変わらぬように接する……か。これ程難しいことは無いな。
 バロシアンはこれからデウデシオンに余に対し語ったことを報告しにいくであろう、そしてデウデシオンは……
「陛下。レビュラ公爵を巴旦杏の塔に幽閉するのだけはおやめ下さい! レビュラ公爵を閉じ込めてしまえば、帝国宰相が簒奪行為を起こす可能性も」
「どっ! どういう事だ?」
「先ほど説明したように、帝国宰相はレビュラ公爵の祖母に負い目があるので力の限り……それ以外にも、認めてはおりませんが帝国宰相はレビュラ公爵のことを愛しております」
「はいぃぃぃ? そっ! それはどういう事だ! その……ええ? あ? 確かに片親が違えばっ……え、あ……」
「レビュラ公爵が帝国宰相に懸想しているのは多くの者が知るところですが」
「ええええ!」
 思わず椅子からずり落ちた! 多くの者が知っていると!
「へ、陛下」
 バロシアンが慌てて近寄ってきて[よろしければ]と手を出しだしてきた。その手に捕まりながら余は立ち上がり、
「ほ、本当なのかっ! 全く知らなかったぁぁ! デウデシオンはザウディンダルが好きだったのか! いや、ザウディンダルもデウデシオンのことが好きだから……あれ?」

 皆知っておるとは……余の不甲斐なさ、此処にきわまれり!

「はい」
 椅子に座りなおした時、あることを思い出した。
「…………あ」
「どうなさいました」
「言っておった。確かにデウデシオンは言っておった。ザウディンダルが好きな相手の気を引く為にカルニスタミアと……好きな相手が女性であれば、男性のカルニスタミアを当て馬にはせんな」
 そうだ、あの時に気付けば! カルニスタミアが当て馬ということは、相手は男性と考えるのが妥当であろうな。相手が女性であったら、カルニスタミアは当て馬にならんなあ。一言で表せば大男だ、それが当て馬となるとなれば……
 それにしても今日一日で随分と色々なことを知った。知る機会はあったが、今まで何も知らされてこなかった、また知ろうとはしなかったツケ。それに関しては甘んじてうけようではないか。……ディブレシアに関しては死ぬまで知りたくなかった気もするが、知った以上は受け止めねばなるまい。
 夜も更けたので、話を終わらせ部屋に戻ると告げると、
「もう一人の女王について私も調査」
 バロシアンが頭を下げて申し出てきた。
「するな」
「陛下」
「危険だ。理由はないが、肌で感じる。調べるな……それに今、捜索させている。いいな、ハーダベイ公爵バロシアンよ。決して探るな、これは余の命令だ」
 だが何か危険な気がする。
 恐らくバロシアンでは太刀打ちできぬ相手が……勘というか、できればバロシアンを危険に晒したくはない。
「はっ!」
 下がらせ寝室に戻ると、既にロガは眠りに就いておった。
「どうしたものか……」
 その寝顔を見つめながら、先ず余がせねばならぬことは……
「寝るか」
 色々聞いて、ぼんくらで心遣い細やかではない余ではあるがさすがに疲れてしまった。


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