繋いだこの手はそのままに −77
 寝坊するかと思ったが、意外と直ぐに起きることができた。
 気が……たっておるのだろうか? 今までこれ程の混乱を感じたことは無かったからな。
 ロガと食事を取り、後の事をメーバリベユに任せる。
「直ぐに済むから、ちょっとだけ余に時間をくれ」
「大丈夫ですよ、ナイトオリバルド様!」
 ロガに見送られ部屋から出て、呼び出しておった王子と会う。
「陛下、御呼びと」
「来たか、エーダリロク。呼び出して悪かったな」
「何を仰います陛下。このセゼナード公爵、いつでもお好きなときにお呼び出しください」
「今日一日、余に従ってもらうが良いか?」
「喜んで」
「では先ず神殿まで、供をせよ。その途中で今日の事を説明する」
 巴旦杏の塔を知るには、現在の管理者であるエーダリロクに尋ねねばならぬことが多数ある。
「神殿に何を」



 余は目を閉じて、問うことにした

「エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル。 ”正直に答えろ”」

 少しの空白の後

「安心しろ、ヒドリクの末よ。ヒドリクはエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルに全て伝えている」

 答えは返ってきた



 すぐにエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルとの会話を打ち切り、余は何時ものエーダリロクに話しかけた。
「エーダリロク、そなた神殿のメインコンピューターの人格名を知っておるか」
 巴旦杏の塔に<ライフラ>なる人格があるのと同じく、神殿にも人格名があるのだそうだ。だがそれは、失われてしまった。
「管理システムの責任者を引き継いでいる身ですが、正式名称はR.S.T.Iとしか知りません。管理局にも正式名称に関する物は何一つ残っていません」
「口伝以外は存在しないのは、事実であったか」
 絶対に記述されない、口伝のみで伝わったR.S.T.I。
 断片からR.S.T.Iと呼ばれているが、それの正式な発音はわからない。
「陛下もご存知ありませんか?」
「知らぬ。メインコンピューターの人格名に関しては、王家と大差ない……暗黒時代に失われたのが大きいな。伝承というか言い伝えと申すか “真祖の赤” がおれば引き出せるとは本当なのか?」
 暗黒時代より前にはその正式名称は残っていたのだが、繰り返された皇帝の殺害と、それから起こった内乱で完全に途切れてしまい、今手元に残っているのは[R.S.T.I]という音だけだった。
 僭主狩りに精を出すのには、これを復元させる目的もあった。
 僭主の中に、建国当時に神殿の核となった[真祖の赤]がいれば、その者を使って[R.S.T.I]の情報を引き出し整理できるといわれておるのだが……その計算をしても作れないのだそうだ。そもそも真祖の赤とは……
「今まで “真祖の赤” が誕生したことはありませんので、眉唾かと思いますが……システムを外側から調べた限りでは、どうにも。銀河帝国皇帝に真祖の赤が生まれねば……謎のままでも今のところ不都合はありませんが、復元されれば……どうなのでしょうな」
 最初の一人以外は誕生していない上に、当時は建国前だったので記録に不備が多く……作り方が残っておらぬのだ。唯一つ残っておるのは[同一種生体による自然交配による自然胎動を経て自然妊娠により自然出産]だと。
 今では普通の繁殖行為のように思えるが、当時は卵子や精子どころではなく細胞同士を組み合わせたり、人と獣を組み合わせたりとかしたい放題であったのだ! だから記録にそう残っているのだろうが……今はそれらは禁止されたので、取り立てて残されていても……。
「神殿には立ち入る許可を与えることも出来ぬからな。真祖の赤か……未来にそれが生まれ、失われたコードを再構築してくれれば良いのだが」
「そのためには陛下が后殿下との間に御子をなさねば始まりますまい。幾ら真祖の赤でも皇帝でなければ神殿に入れませんので意味がありません。陛下の御子が先ずは大事かと。運よく真祖の赤を捕らえられれば、陛下の御子とそれと婚姻を結ばせて、という運びになりますのでね」
 ロガと余の子が皇帝か……言われると照れくさいというか、頑張らねばというか、そもそも頑張るとは、まあ頑張る。ああ! 今日全てを終えたらロガと共にボーデン卿のところへ行き、一噛みされてこよう。
 この不甲斐なき余を、叱咤してくれ! ボーデン卿よ!
「ま、ま、まあな……エーダリロク。神殿のシステムと巴旦杏の塔のシステムは僅かながら繋がっているのか?」
「此処だけの話ですが、繋がっております。一般には完全に独立していると思われていますが、神殿のメインコンピューターR.S.T.Iの一部と巴旦杏の塔のライフラは繋がっております」
 やはりそうであったか。
 そうだとしても、神殿を操作したのがディブレシアである以上、ザウディンダルに関して……そう言えばザウディンダルを産んだ理由は、デウデシオンを従える為のような……バロシアンの言葉だけを信じるならば、ザウディンダルは……。
「余が昨日、巴旦杏の塔に入ったことは知っておろう」
「はい。ですので呼び出されると思っておりました」
「巴旦杏の塔には人格が二つあった。一つは管理システム<ライフラ>。もう一つは監視システム・ティアランゼ。建国以来置かれていたはずの<ライフラ>はティアランゼの下部に置かれておる。これに関して何か知っておることはあるか?」
 エーダリロクも<ライフラ>以外の人格システムがあるとは知らなかったようで、本当に驚いた顔をし、直ぐに表情を戻すと余の耳元で声を潜めて囁いた。
「巴旦杏の塔を復元したのは先代テルロバールノル王ウキリベリスタル。巴旦杏の塔の独立防衛システムは彼の名をとってスタルシステムと技術庁の方には登録されておりますが。陛下、臣はスタルシステムを破れば宜しいのでしょうか?」
「破ると表現するのかどうかは解らぬが、登録されている “もう一人の女王” のデータを引き出せるか?」
「……と言いますと?」
「一度登録され、消された形跡があるらしい。三十五歳以下で実弟を持つ金髪の女王という断片だけが残っておる」
「成程……」
 余はぱっと解らぬが、エーダリロクくらいになれば三十五歳以下で実弟を持つ金髪の男として生きている貴族のリストくらい簡単に思い浮かぶのであろう。
 そうしておるうちに神殿に到着した。
「少々確かめたいことがあるので此処で待っていてくれ」
「ごゆっくりと」
 本当はエーダリロクを連れて神殿の最深部に向かいたいのだが、連れて行けない決まりになっておるからな。エーダリロク、いや王族は最深部に “なにが” あるのかは知っておるのだが……余としては “最深部の一体” はあまり見たくはないものだが、必要不可欠であるし余も近いうちに前線に向かうので、最終確認もかねておく必要がある。
 さて、最深部に<ライフラ>に関する情報があれば良いのだが……

 シュスタークが神殿の中に消えた後[もう一人の女王]を探れるか? と依頼された男は一人視線を落としながら呟いた。

「 “それ” が誰なのかは解るんだが、今言っていいもんかねえ……他にも情報があるかも知れねえし……陛下のお許しもあるし誘ってみるか」

**********


 シュスタークが神殿に入ってすぐに、
「よぉ! エーダリロク」
 一人入り口で待機しているエーダリロクの元に、
「どうした? ビーレウスト」
 ビーレウストが訪ねて来た。朝から『セゼナード公爵に皇帝陛下からお呼びがかかった』ことと、昨日皇帝がついに≪巴旦杏の塔≫に足を運んだことから考えれば、神殿を訪れているのではないかと簡単に推測できる。
 王子であれば神殿前までは立ち入りが許される。巴旦杏の塔は夕べの園までしか立ち入りが許されてはいない。
 元々≪巴旦杏の塔≫は皇帝の後宮の一種なので、家臣がおいそれと立ち入れないといのは当然なのだが。
「今日の昼過ぎに帝星発ってエヴェドリット領に向かうからよ、一応挨拶にきた」
「陛下の親征に随行する準備か」
 その言葉に戦争の一族は頷く。
 皇帝の親征となれば王のほうでも用意する軍勢は相当なもの。それに親征には当主が必ず従わなければならないという決まりもあり、自領の支配に関する一時的な責任者の決定などすることが膨大となる。
 尤も戦争の一族ことエヴェドリットはそれらのシステムが完全に出来上がっている[王国]であり、何時でも当主が出撃できる体制が整っている。それとは全く反対の視点から体制が整っているのがロヴィニア。
「ロヴィニアは帝星出立からお供すんだろ?」
 特に今回は、
「そうらしいな。一応外戚だし、二代続けて帝星からお供。次の代もお供できるだろうよ」
 皇帝の初の親征の際には、慣習として外戚の軍が出立から “お供” することになっている。このままロガが皇太子を産んでしまえば、外戚の座はロヴィニアに転がり込んでくることは間違いなかった。
 ちなみに出立は従うが帰還に関しては従う必要はないとされている。
 それは前線が非常に危険な状態となれば皇帝は早急に撤退する。その状況化でお供などしていることは出来ないので、あくまでも戦端が開く前までの “お供” である。
「陛下は、どのように?」
 一生立ち入ることはない神殿の入り口を見上げながらビーレウストが尋ねると、
「管理責任者として教えられないな」
 エーダリロクは素気なく答える。
「それでよし。喋ったらこの場で殺してやろうと思ったぜ」
 ビーレウストも最初からエーダリロクが口にするとは思っていなかった。そしてまた、口にしたら本当に殺してやろうとも。
 当然その事をエーダリロクも理解していれば、試されたとも思っていない。訪ねてきたから、そして各々の立場としての当然の質問であり返答、それは二人の間では会話と呼ばれる。
「だがよ、一つ教えられることがある」
「何だ?」
「システムに一度登録されて抹消された女王がいるそうだ。ソイツは死んじゃいねえことも明らかになってる。三十五歳以下で実弟を持つ金髪で男性として生きている女王。陛下はコイツの正体をも知りたがっていらっしゃる。答えて良いもんだと思うか?」
 その[女王]の名は、カレンティンシス。
 宮殿に長くいる二人は、カレンティンシスがラティランクレンラセオに『実験体』にされていることを知っていた。知りたかったわけではなく、そういった行為が行われている現場に “運悪く” 居合わせて知ってしまったのだ。
「……良いんじゃねえの?」
「本当に? 答えたら隔離される可能性が高いんだぜ」
 そして弟であるカルニスタミアが全く知らないことも掴んでいた。
 カルニスタミアが特別鈍いのではなく、カルニスタミアは兄を一切疑っていないので、穿った見方が出来ないのだ。昨日ザウディンダルが[女王]だと知った皇帝もそうだが、カレティアも本名はカレンティンシス・ディセルダヴィション・ファーオンといい【決まり】である両性具有名が使用されていない。
 その上、両性具有が決して就くことのできない【王】の座にも就いている。
 この兄に対して両性具有だと疑ってかかれという方が無理だった。
「知るかよ。元々両性具有ってのは陛下に献上されるモンだろ? 女王は男皇帝に献上されるもんだしよ」
 特に視線も合わせずに、ただ神殿を眺めるビーレウストに、エーダリロクはモニターから立体映像を引き出す。
「まあ、俺としちゃあ隔離された方が良いとは思う。アイツさあ、見た目はエターナのまんまだろう?」
 そこに映し出されたのは “エターナ”
「そうだな」
 その映像を横目に見ながらビーレウストは答える。続いてエーダリロクは、
「陛下は見た目シュスターだよな」
 初代皇帝を引き出す。その二人が並ぶ姿は、現皇帝シュスタークと四大公爵の誰かにみえなくもない。決定的に違うのは、エターナは小さくシュスターは大柄だということだろう。大柄といっても198cm現在では普通の域だが、当時シュスターは大男だった。
「どう見ても “シュスター・ベルレー” だな。それがどうかしたのか?」
「近親者を好む両性具有、その最も近い実弟は別両性具有に入れあげて、自分が最も好む容姿の持ち主は奴隷と仲睦まじく。……エライ小舅が現れそうじゃねえ?」
 両性具有は近親者を好むと同時に、特定の容姿をも好む。その極みがシュスターであり、生きているその姿を持つものはシュスタークただ一人。
「今ですら確かに弟の道ならぬ恋ってヤツの相手に嫉妬を含んだ憎悪をぶつけまくってるしなあ……そう考えりゃ確かに」
 シュスタークが奴隷と結婚すれば、最古の王家の血を引く気位の高い両性具有は弟とその相手に対してよりも不機嫌になることは確実、それを考えれば隔離された方が良いのではないかと事情を知っているものが考えてしまってもおかしくはない。
 だがエーダリロクの意見は違う。“わざと” その可能性を示唆し、そうなる前に引き渡してやろうという魂胆であった。その引き渡してやろうと思っている相手こそ、
「ビーレウスト、要らない?」
 カレンティンシスを両性具有と知るビーレウスト。
「……どういう事だ?」
「陛下に真実をお伝えしたらそのまま帝国宰相の耳に入るだろう。そしたらあの男は今まで自分の弟を散々苦しめた貴族統括庁の長官を更迭するだろうさ」
 王が更迭される、それ即ち強制退位。
「そう簡単にいかねえんじゃねえの。悪い王じゃねえからな、カレティアは。そりゃ若干ヒステリーだが血生臭いわけでもなけりゃ、散財もしねえ。治世は安定している方だろ。実弟を除けば」
「そのカルニスの存在だ。カレティアの代わりはカルニスで十分こなせるじゃねえか。寧ろ王としての力量はカルニスの方がはるかに上だろう? 世襲じゃねえが、カレティアが退位した後にカルニスが即位すりゃあ貴族統括長長官はカルニスのもんになるのは確実だ」
 カレンティンシスが両性具有だと判明して退位してしまえば、カレティアの実子からも継承権は剥奪される。正確には【元々与えられていなかった】こととされる。
 そしてカレンティンシスの実子達も彼らの子が両性具有になる可能性が極めて高いので【繁殖も監視下】に置かれることはほぼ確実。そうなってしまえばテルロバールノルに残るのはただ一人、カルニスタミア。
「統治能力はカルのほうが遥かに上だな。帝国でカルより能力上のヤツ探す方が大変だろうよ」
「貴族統括の長官がザウディンダルに甘けりゃ、今までみたいに貴族も大手振ってザウディンダルに暴行できねえだろ。あいつらは貴族統括長官殿下の不興を買ってる両性具有を、長官殿下の代わりにいたぶってるっていう名目があるからよ。単体じゃあ帝国宰相に目も合わせられない、同じ場所にもいられねえ小心者だ。ザウディンダルに傾倒してる長官殿下が就きゃあ、手の平返すぜ」
 エーダリロクが畳み掛ける。
 基本的にエーダリロクは言葉で人の思考を支配することはしないが、決してできないわけではない。爬虫類に愛を語る美人妻から逃げまくる童貞王子だが、度胸と金と口先で、かつての銀河連邦を崩壊させた立役者の一族の血を根底には持っている。
「……確かに “あいつ” が一人閉じ込められりゃ、上手くいきそうな勢いだな」
「なんか兄貴から聞いた話じゃあ、アイツと偽モンの我が永遠の友の間でカルニスと后殿下を結婚させようとしてた節があるらしい。今でも貴族を抱きこんで皇帝の正妃から奴隷を排除しようって動きがあるらしい。貴族の賛同者は少ねえが皇王族の賛同者は結構いるらしい」
「おいおい、ケシュマリスタ王のヤツ、陛下の正妃問題、何処まで引っ張りゃ気が済むんだよ」
「陛下が死ぬまでじゃねえ? もしくはラティランが死ぬまで。なんつーの、これに関しちゃラティランのライフワークだろうよ。本人としちゃあ、ライフワークにする気はねえだろうが」
「……なる程、でも何で俺が “それ” に囲われなきゃならねえんだよ。大体俺は女は好きだが、両性具有は大して好きじゃねえよ。アレがついてるの好んで抱く気にはならねえな」
 ビーレウストは女は好きだが、男には興味がない。
「お前が一番代理に良くないか? 黒髪の長髪だし、偶に陛下の影武者するくらいに体格似てるし、なにより軍人だしよ」
「ちっ! また代理か」
「誰かの代理だったのか?」
「あん? ああ、言ってなかったな。キュラがよ、カルを取ったら後に残る哀れな両性具有ザウディスの処理を俺に任すって。どいつもこいつも」
 それなのに完全なる男性であるキュラと関係があるのは、こういった理由。
 十六歳の頃にキュラに言いくるめられた時は、後でこれ程面倒になるとは思っておらずに簡単に話に乗ったのだが、今となっては『男女の修羅場より面倒だ』と思うこと頻り。厄介で特殊な色恋沙汰に初期の事情を知っていながら自ら巻き込まれてしまった、己の危険回避能力のなさに自嘲しつつ話を続ける。
「でもザウディンダルよりかは、あっちの方が好みだろう?」
「誰が好みだよ! あんな何処かの陰険王にズタズタにされてるアレに興味持てってか?」
 キュラとザウディンダルとカルニスタミアとガゼロダイスだけでも面倒なのに、この上『王であり妻子ある両性具有』まで寄越されたら、面倒だと語気を荒げて言い返すが、
「俺そもそも、人間に興味ないし」
 親友は霊長類に興味がなかった。
 “何、俺意味ないこと言ってんだろう……長い付き合いで身にしみて知ってることを” ……己の言葉の無意味さをかみ締めつつ、
「悪かった。本当に悪かったエーダリロク……おい」
「何だ? ビーレウスト」
「言うのはもう少し待て」
 だが中にある何かを形にして口にした。その何かに関しては、ビーレウスト自身もはっきりと解らないのだが『今言うのは得策ではない』と肌で感じていた。
「良いけど」
「何か嫌な予感がするからな」
「嫌な予感? 何だそりゃ?」
 その予感は宮殿内を覆う緊張感から来ているらしいと、ビーレウストは感じていた。
 表面上は何事もないように、何時もと変わらない警備だが何かが違っていると、警備の歩調や息遣いから “何か” が迫っていることを感じてはいたが、その正体をビーレウストは掴めないでいた。
「解らねえな。ただ、奇妙な感じがあるんだよ……アイツを連れて行かないと、大変なことになるような」
「アイツ、軍事的才能皆無だろうが」
「それじゃなくて……よく解らねえが、とにかく……な。帰ってきたらばらしても良いと思うぜ。何より陛下初陣前に、アレがアレだってことを教えたら悩みが深くなるだろうしよ。陛下はあの通り嘘つくの苦手だからな。直ぐにアイツに気取られると思うぜ」
「そうだな」
 その後、いつも通り下らない話をしてビーレウストは去っていった。
 赤いマントを翻しながら去ってゆくビーレウストの後ろ姿を見ながら、

 “お前をサディラクライシアにしないためにも、そして俺自身がバデイスラにならないためにも……まだ陛下には秘密にしておくか。申し訳ございませんな、陛下。俺は貴方の家臣ですが、あの人殺し大好きの親友でしてねえ。俺一人罪に問われるなら何も怖くはないのですが……”

 聴覚が異常に発達している親友に気取られないように、内心で話しかけた。サディラクライシアは≪巴旦杏の塔≫に収められた女王に恋した男。バデイスラは≪巴旦杏の塔≫から男王を連れ出そうとしたサディラクライシアに協力した男。
 両方とも直ぐに発見され処刑された。帝国は珍しくもない話だが、協力者がいたのはサディラクライシアだけだった。

 誰もいない神殿の前でエーダリロクは目を閉じ、そして薄目を開く。

― さあ全ての者よ、幸せになるが良い。私はその為に…… ―



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