繋いだこの手はそのままに −75
 ロガに “処女の純白” はとてもよく似合っておる。
 ……その “処女の純白” を見るたびに、ロガが……とは思うのだが、少しだけ猶予をくれ! 誰に向かって叫んでいるのか解らぬが!
「ここは “夕べの園” という所で全てが純金で出来ている」
 それで今日も一緒に散歩だ。
 毎日のようにボーデン卿のところに通っていたら、ボーデン卿が鬱陶しそうにしたので……その目は確かに “甲斐性なしめ!” と言っていたような……いや、多分言っていったに違いない。何か少し進展があったらお伺いしたいと思いつつ、でもロガは毎日通いたいであろうからして……頑張るぞ!
「金って?」
「価値のある金属というべきか。昔から権力者の力を現すのに使われている、光り輝く金属だ」
 昔は権威を表すために使われておったらしい。
 権威というのがどのような物なのか、余にはいまひとつ解らぬが。余の容姿も権威の一つであるからして、この金と同等……でも余は飾りにならぬしな。
「すごいで……あっ! 傷つけちゃった……」
 指輪でこすった所がへこんでしまって、ロガは驚いたようだが、
「気にすることはない。金は柔らかいので、傷がつきやすいのだ。直ぐに埋められるから気にする必要はない」
 夕べの園で昼食をとった後、室内で一度休憩を取り、次は何処に向かうかを考えていた。
 それにしても皇帝宮というのも広いな。余は生まれてこの方来たことがなかったのでロガと同じくらい驚く。あるとは聞いていたものばかりだが、特に足を運ぼうとは思わなかったからな。必要もないので。
「ナイトオリバルド様、お待たせしました」
「いやいや、全く待っておらぬ」
 何せ全く考えがまとまっておらぬから。
「もっとゆっくりとしてきて良かったのだぞ、ロガ」
 夕べの園の向こう側にあるのは、確か巴旦杏の塔だったな。
 両性具有隔離棟に随分と優雅な名前を付けたものだ……この夕べの園自体が巴旦杏の塔に対するカモフラージュというか足を止めさせるもだ。
 兵士が大挙してきた際、此処に目がくらむ様にと作ったらしいが、暗黒時代ここを破ったのは皇族であった為、全く省みられることはなかったという。
 巴旦杏の塔に閉じ込められた「彼」を得る為に破壊行為を働き、それが帝国の崩壊に繋がったのだが……その行為の良し悪しよりも、両性具有を隔離や処分するというのが「基本理念」というのは……だが、改正できぬのだ。
 これは改正できないと決まっておる故に、皇帝が自らの意思を確りと持ち両性具有を不必要に虐げないように、そしてそれを守らせるようにと常々思っておる。余は何もできておらぬが、両性具有も存在しておらぬので良かろう。
 実際存在しておったら、余が諌めねばどんな扱いを受けておるか? 公衆の面前で暴行されていても助けられないで当然の存在というのだから、考えるだけでも恐ろしい。だから巴旦杏の塔があるらしいのだが、そもそも暴行などせねば良かろうと余などは考えるのだが、違うのであろうか?
 暗黒時代の引き金の一つとなった巴旦杏の塔、上空からの掃射によって中に居た両性具有ごと “破壊” されてしまったが、三十年程前に復活させた。
 暗黒時代が終結してから随分と経っておるのは、財政難で中々巴旦杏の塔を作る事が出来なかったのだそうだ。ならば財政難のままで居てくれた方が、余としては良かったような気もするのだが。
 余が良かろうと考えていても、世界は建国来の規範に則り動くのでどうにも出来ぬのが実情だが。
 ロガに……塔だけ見せても問題はなかろう。
 余としても、出来上がっている塔を見るのは楽しみだ。下手に近寄れぬ場所ゆえに今まで行きたいとも申した事はなかったが、先代テルロバールノル王ウキリベリスタルが復元した塔……とは言っても、ウキリベリスタルは内部のシステムを復元・改良しただけだがな。両性具有が入ると観られない外側のモザイク画など楽しめるかもしれぬな。

 この瞬間まで余は帝国には一人も[両性具有]はいないと思っておった。

 ロガを連れて巴旦杏の塔が見える位置に来た時、余の背筋を冷たいものが落ちる。
「……なんだと」
「ナイトオリバルド様、どうしたんですか?」
 何故、動いている?
 見間違いか? そんな……巴旦杏の塔は稼動すると塔が蔦で覆われると聞いている。覆われてなければ動いていない……今、目の前にあるのは、
「ロガ。あの建物は蔦で覆われておるよな?」
 あれは模様ではない。風が吹く都度、こすれあう葉の音が聞こえてくる。
「はい。緑の葉っぱで覆われてますよ」

 塔は稼動している。だが余は両性具有を抱いたことはない。ならば塔の外に両性具有が存在しているのか……待て! 何故余が手をつけてもおらぬのに、巴旦杏の塔が動いておるのだ?

「あ……その、少し待っていてくれないか」
 中に誰かいるのか? だが、そんな報告は受けておらぬ。
 両性具有は皇帝が生殺与奪権を握っておる以上、余が知っておくべき……
「はい」
「あの淡く光っている部分に近付かないでくれ」
 恐らく余以外の者が触れれば、体が切り刻まれる仕組みになっておる筈だ。
「わかりました」


 余が皇帝となって二十一年、ディブレシアの[男王]が閉じ込められている可能性は少ない。閉じ込められていたとしても……死んでいる可能性が高いだろう。両性具有の寿命は五十年前後だと教えられている。


『何故これが起動しているのだ』
 余が簡単に通過できた。となれば間違いなく此処は『余と関係を持った両性具有』が入っているはずだ。
 両性具有の食糧を提供する中庭に出る。
 両性具有には食事も届けられぬから、自らが閉じ込められた塔の中庭になる果実などでその命を繋ぐ。もともと少量で生きていける体質ゆえに、少しの食糧さえあれば良い……ということらしいが……。
 中庭には、桃や葡萄やオリーブ、柘榴がたわわに実っている。
「誰かおるのか! いるのならば出てこい! 余は三十七代皇帝シュスターク! この塔の今の主だ! 出てくるが良い!」
 塔は広く、部屋数が多い。
 それはそうだ、両性具有を全て収められるつくりとなっておるのだから。最大で五十人の両性具有を入れられる。これ以上になったとしても、気にせずに塔に放り込まれるらしい。
 小さな窓がついた部屋、備え付けの鎖がついた足枷。どの部屋を見ても、繋がれているものはいなかった。ならば “あれ” に問うしかない! この塔の管理に携わっているシステムに!
 中階に存在するコンピュータールームに踏み込む。
≪待っていました シュスターシュスターク≫
 出迎えた声は、女のものに聞こえた。だが声の質などどうでも良い!
「ライフラ! 何故此処が稼動しておるのだ!」
 誰もいないのに稼動している意味を、この塔が出来た当時からの人格に尋ねる。破壊されたが、此処のシステムをウキリベリスタルが復元した際に完全復帰したと “神殿” でそう “聞いた”
≪違います 私はライフラではありません≫
 だが帰ってきた答えは意外なものであった。
 ここにいるのはライフラだと教えられたのに、違うと? そんなはずはない。ここにいて良いのは “皇帝” と “両性具有” と “ライフラ” だけのはずだ。
「なんだ……と。ならばお前は “誰” だ?」
≪私が名乗る為には シュスターシュスタークに コードを入力してもらう必要があります 何のコードかは シュスター なら知っているでしょう≫
「解った」
 皇帝になる際に神殿で受け取るコードを打ち込む……おや? 神殿と巴旦杏の塔は独立しておるのではなかったか? 余はわざわざ巴旦杏の塔に自らの皇帝としてのコードを登録しにきたことはない。となれば誰かが登録したか、神殿と巴旦杏の塔が繋がっておるかの二つに一つ。
 余のコードは余以外に打ち込めぬ。
 指先でボタンを押すだけではなく生体情報が必要になるからして……まさかカルニスタミアが? 後天的に余と似たような生体機能を持つ我が永遠の友・カルニスタミアならば偽体として登録を行うことが出来るだろうが。
 ウキリベリスタルの死亡前に巴旦杏の塔を我が永遠の友となったカルニスタミアを使い稼動させたとしても……いや、無理だ。
 カルニスタミアで稼動させようにも、余に振り当てられたR.S.T.Iコードは誰も知らぬ。一人だけ正式なものではなく仮コードを知っているものはおる。それは余を皇太子と認め神殿に登録したディブレシア。ディブレシアから仮コードを知らされたウキリベリスタルがカルニスタミアを使って? いや? 何の為に?
 やはり神殿と巴旦杏の塔は繋がって……繋がっていたとしても、神殿に立ち入れるのはやはり先代皇帝ディブレシア。余が生まれた頃には先々代皇帝は死去しておったので論外。

 どういう事だ?

 打ち終え生体スキャンが完了した後、その声は自らの人格名を名乗った。
≪シュスターシュスターク 私は ティアランゼ≫
「なっ! ディブレシア? シュスターディブレシアか!」
 やはり先代皇帝ディブレシアなのか?
≪シュスターディブレシアではありません 失われた巴旦杏の塔監視システムの再現する際に製作者が付けた コード です≫
 製作者ということは、やはりウキリベリスタルが?
 今の今まで知らなかった[何か]がこの狂気のような静寂に包まれた、全てを隔離する為の塔の中で動き出し始めたような気がする。先ず、問わねばなるまい。
「……何故此処が起動している?」
≪献上品の登録があるからです≫
「献上品だと?」
 献上品、即ち両性具有。
 この帝国に、両性具有が存在しているのか? 人間本来のものではなく、作られた両性具有が!
≪ザウディンダル・アグディスティス・エタナエル シュスターシュスタークに献上された女王です≫
「……」
≪登録されているのですが まだ収められておりません 二十年前に収められる予定だったのですが 未だ此処に収められておりません 死亡報告がR.S.T.I から届いていませんので確実に生きているのですが 収められていません≫
 やはり此処はR.S.T.Iと繋がっているのか。だが、それ以上に!
「ザウディンダルが女王だと言うのか?」
 名前は違うが、思えば余が目を通す前後正式な名に変えられていたら解るわけもない。余も元に届く書類は極僅かであり、目を通す前にデウデシオンが必ず目を通しているのだから……デウデシオンが隠した目的は解らぬが、余に両性具有に興味を持って欲しくなかった……が最も正しいのではないだろうか?
 余の動揺など全く解さぬ≪ディブレシア≫は語り続ける。
≪それは女王です それはエターナです それはシュスターに捧げ…… それは女王です それはエターナです それはシュスターに捧げ…… それは女王です≫
「どうした? 何度も繰り返して」
 壊れたのか? と思う程に音声が揺れる。
≪シュスターシュスターク 早く此処に女王を収めてください ティアランゼが ティアランゼに≫
「お前がどうしたと言うのだ?」
≪シュスターシュスターク 早く此処にどちらでも良いので女王を収めてください できればザウディンダルを そうしなければ 私 ティアランゼが≫
「どちら? ザウディンダル以外にも女王が登録されているのか!」
 少し待て! 今の余にはザウディンダルという女王だけで手一杯だ! だ、だが! 問わぬわけにはいかぬ!
≪されてはいません 正確には 登録後 消去されました ですがティアランゼではなく ティアランゼではなく ≫
「答えろ!」

 ザウディンダル以外の女王。それも登録後に消去された? 死んだということか? いや、違う! 『どちらでも良いので女王を』と言ったからには、そして此処が生死登録を管理するR.S.T.Iと繋がってるのであれば、間違いなくその女王は生きている。

<陛下>
「誰だ、お前は」
 頭を割るように響く≪ティアランゼ≫の声を制するかのように、性別の無い声が現れた。
 此処には両性具有はいないが、システム人格が多数存在しているようだ。……どうしてか解らぬ。現在の巴旦杏の塔の管理責任者であるエーダリロクに後で聞いてみるしかない。
<私はライフラ ご存知でいらっしゃるでしょうが 巴旦杏の塔の “本当の” 管理システムの名です ティアランゼは 監視システム です 陛下 私はティアランゼの下に移されてしまったため 長くお話することは叶いませんが ザウディンダルを収容してはいけません それが完了すると 私は完全に>
 古来より存在するライフラの声を邪魔するように、暴走でもしているかのような機械の響く声で≪ディブレシア≫が語る。
≪私はティアランゼです シュスターシュスターク 早く 私のために どちらかの女王を収容してくださ ≫
<陛下 ザウディンダルを収容されると私が消えます 私は建国以来のシステムコードです お疑いでしたら R.S.T.I に真実を問いただしてください>

 ウキリベリスタル、貴様一体≪巴旦杏の塔≫に何をした? ライフラは……恐らく知らなかったのであろうウキリベリスタルめ。

「ライフラ! もう一人の女王は誰だ!」
<ティアランゼ に 一度登録されましたが その後直ぐに削除されました ティアランゼに残る断片から三十五歳以下の金髪と それは収容しても 私は消されることはありません ですがザウディンダルは>
≪シュスターシュスターク 早く 早く≫
<ザウディンダルを遠ざけてください ですが殺しては駄目です>
「ザウディンダルとはどのザウディンダルだ! 帝国には何名かザウディンダルがおる!」
 余はこの瞬間まで期待をしておった。
 余の異父兄でカルニスタミアが恋焦がれておったレビュラ公爵以外の者ではないのかと?
<陛下の異父兄です>
 だがそれも直ぐに否定された。
 二人の関係をカレンティンシスが怒るわけだ。
≪ザウディンダルをここに≫
<陛下 しばし時間をいただけば 私が断片からもう一人の女王を調べあげます ですからザウディンダルは>
≪もう一人の女王のことを知りたいのですか? それは三十五歳以下の金髪の持ち主で 実弟が存在します≫
「R.S.T.Iに照会してもわからないのか?」
<R.S.T.Iは両性具有を隔離しません 理由は陛下ならばご存知でしょう R.S.T.Iの代わりに私が管理しております>
「……」
 ザウディンダルともう一人の両性具有。ザウディンダルに関しては問えば直ぐに答えは返ってこよう、だがもう一人の両性具有は? ……待て、R.S.T.Iに登録ということは家名持ちの貴族か皇王族、若しくは王族のどれかだ。
 その身を隠して生きていたとしたら、余が暴き出すのは得策ではないのでは?
 だが隠していることで不都合などが起こっていることも……どのように判断を……そう考えておったら、視界の隅に何かが。
 コンピュータールムームの窓から見える景色。そこには高い木があり……その木にロガが登っておった。
「ナイトオリバルド様!」
「ロガ! 何をしておる!」
「ナイトオリバルド様が中々出てこないから心配で!」
 木の枝にしがみつきながら、此方に向かって叫んでくる。見れば既に空は夕暮れに覆われ始めておる。
「今すぐ戻るから! ロガも降りて待っていてくれ!」
「はい!」
 それにしても中々行動力があるのだな、ロガは。
 待たせ過ぎる程待たせたのだ、行かねばなるまい。
「ライフラ……もう一人の女王のことを調べ上げろ」
<御意>
「ティアランゼ、ザウディンダルに関してはもう暫く待て」
≪どうしたらザウディンダルを収めてくれるのですか?≫
「……もう一人の両性具有のことが判明したら……確約はせぬがな」
 余はそれだけを告げ、巴旦杏の塔を後にした。
 木から下りてきたロガが靴を手に持って余に駆け寄ってくる。
「ナイトオリバルド様。顔色悪いです」
「大丈夫だ……ロガ。戻ろう」

 余はロガの肩を抱き、部屋へと戻る。足元から “何か” が崩れていくような……どうすれば良いのだろうか? その答えはデウデシオンに求めるものでもなく、余一人が導き出さねばならぬものであることだけは確かであった。


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