皇帝としての発言としては甚だ不適切であろうが
「悪いな、ロガ。挨拶の形式が多くて」
　本日もロガは挨拶である。いや本来ならば余の兄弟よりも先に皇王族の挨拶を受けてやらねばならなかったのだが、皇王族は儀礼に煩いのでな。
　セルトニドアードの恋人で昨日の会合に参加しておったギースタルビアは皇王族の端に連なる者なのだが『后殿下が宮殿に慣れてからで十分でございますよ』と言ってくれた。
　ちなみに皇王族の端にいるギースタルビアが余の妃ではないのは、ギースタルビアが正妃になれる絶対条件を満たしていなかったためだ。
　ギースタルビアは元々帝国に投降した僭主の一派なので皇帝の正配偶者には選ばれぬ立場。それと無卵子症という、正妃になるための絶対条件を満たしていなかったのだ。それに関しては残念だが仕方あるまい。
　だが逆に考えれば、無卵子症で皇帝の正妃には決してなれなかったことがギースタルビアには幸いしたのではないだろうか？　下手に絶対条件を満たしていたら、争いになるのは火を見るより明らかだ。
「大丈夫ですよ。それに今日は練習だって聞きましたし」
　何にしてもセルトニトアードとギースタルビアには幸せになって欲しいものである。
「ああ、王族と貴族からの挨拶の受け方の練習だ。王族はカルニスタミアとエーダリロクとビーレウスト＝ビレネスト、貴族はガルディゼロとザウディンダルだから気楽にな」
　さて、今日も挨拶を受けようではないか！　……ん？　思えばロガが来てから、余は凄く仕事をしているような。謁見の間自体には座っていないが、過去に比べればかなりしているような。定時に起きるし、定時に休むし、酒もあまり飲まぬし。何たる健康的な皇帝！　……ちょっとだけ、ザロナティオンに悪いなと思わなくもないが。
　二人で椅子に腰掛けて、順番に挨拶を受けてやる。
　普通ならば王家からいっても、外戚であることからしてもエーダリロクが一番手なのだが、我が永遠の友はそれを越える立場であるからして、最初はカルニスタミアから行われる。前まできて膝を折り、余に「妃に挨拶をする許可をいただきたい」旨を告げて、余が許可するとそこからやっと挨拶が始まる。
「ライハ公爵　カルニスタミア・ディールバルディゲナ・サファンゼローンと申します」
　そう言ってマントの端を手に取り、軽く口付ける。
　基本的にはこの程度なのだが、やはり気心が知れていないと大変……らしい。余は全く気にならない性格なのだが、もしかして余は相当に図太いのであろうか。べ、べつに自分の事を繊細だと思ったことはないが、でも図太いとも……複雑な心境だ。
「陛下、后殿下とお話してもよろしいでしょうか」
「ああ、好きに話せ」
「それでは。后殿下には一度はっきりと謝罪しておきたく」
　謝罪とは何だ？　何か謝ることでもあったか？
　話を聞いていたら、あの日の事を詫びておった。ロガの腰にキスしたことを……余にカルニスタミアの行動力の三分の一でもあれば、今頃皆胸を撫で下ろしていると思うのだが、それもまあ……
「……以上にございます」
「ライハには悪気はなかったのだ。余からも頼む、許してやってくれ」
　余が言葉を重ねると、ロガは困ったように余を見上げて、
「あのナイトオリバルド様……」
「何だ」
「耳元で内緒話してもいいですか？」
「構わないぞ。ほら」
　髪をかきあげ、耳を出すとロガが口を寄せてきた。ロガは内緒のつもりだろうが、背後にビーレウストが居る以上筒抜けなのだ。ビーレウストは特異だが、ここにいるロガ以外の者全てこの内緒話を聞き取れるくらいの聴力は持っておる。
「あのね……ナイトオリバルド様。カルさんの言ってる言葉が難しすぎて、何言ってるのか解りませんでした。どうしたら良いのでしょう」
　……あー成程な。謙譲語と装飾語の数々だったものな。余は聞き慣れていて何の疑問も持たなかったが……
　カルニスタミアは額に手を当てて心底　“しまった！”　といった表情を作り、背後に並んでいる四人はのうち、なぜかビーレウストは中指を立てて舌を出しておる。ガルディゼロは声を押し殺して笑っておるし、エーダリロクは腕を思いっきり伸ばして親指だけ立てておる。その親指が下向きなのが気になるような。ザウディンダルは顔を掌で覆って下を向いてしまった。
　この場合、どのようにこの場を収めればよいのだ！　シュスタークよ！　皇帝としての采配というか能力が問われておるぞ。
「……ライハよ、普通の言葉でもう一度。他の者達もロガに何かを言う際は、警官として接していた頃と同じにするように」
　これくらいしか言えぬのが余だが。
「御意」
「というわけで、もう一度謝罪を聞いてやってくれるかな？　ロガ」
「は、はい」
　カルニスタミアは少しの空白の後、
「后殿下が怪我をした際、儂は治療用のスプレーを持って行きました。その時、上半身を裸にさせて不必要に触れたこと此処にお詫び申し上げます」
　ロガは思い出したようで頬に手を当ててとても困っているようだ。
　それはまあ、そうだろうなあ。
「あ〜ロガ。その時、ライハには異心はなかった。それは、怪我を治すおまじないのようなものだ。なあ、ライハよ」
　子どもの頃、よく父達がかけてくれたものだ。
　デキアクローテムスは『背が大きくなるおまじない！』と何かの面とかいうのを持ってやっておった。自分も小柄であるし、ザロナティオンも小柄であるからして気になっていたのであろう。
「はい、そう取っていただければ」
　ただ後ろの方にいる四人が全員エーダリロクと同じポーズを取り、ひっきりなしに親指のたった拳を下に叩きつけるように動かしておるのが気になるところである。
「おまじない……なんですか」
　ロガは顔を真赤に……真赤に……
「ロガ！　熱でも出てきたのか」
「陛下！　違います！　それは照れてるんですって！」
　ガルディゼロの突っ込みにロガはますます顔を掌に隠して……
「照れるかもしれぬが、その……なあ」
「あ、はい。あれから直ぐ痛みもなくなったから、ありがとうございました。気にしてませんから……気にしないで下さい……で良いんでしょうか？」
「ありがとうございます。このライハ公爵カルニスタミア、后殿下に絶対の服従を誓わせていただきます」

　こうしてカルニスタミアの挨拶は終わった。列に戻っても全員から親指下向き攻撃を受けておったが、腕を組んで全く知らぬ存ぜぬを決め込んだ。その態度堂々としておる、とてもその中では最年少者とは思えぬ。
　基本的に、余よりも年少に見えぬからなカルニスタミアは。

　次の挨拶はエーダリロク。
　エーダリロクがさっと挨拶を終えると、同時にロガが余の袖を引いてきた。
「どうした？　ロガ」
「あのっ！　お話しても良いですか？」
「エーダリロクとか？　構わんぞ」
　ロガから王族向かって話しかけたいというのは珍しいというか、初めてだろうな。大して王族に会わせてもおらぬが。
「あのセゼナード公爵……さん、いつも……お妃のナサニエルパウダさんにお世話になってます」
　そういう事か……エーダリロクの表情は微妙だが、書類上は結婚しておるからしてどうしようもないな。
「后殿下にそのように言っていただき誠に嬉しく、そして誇らしく思います」
　おお！　それでもさらりと返した！　さすが王子！　そして［夫］と［妃］の部分が見事に抜けておる辺りが、お前らしいなエーダリロクよ。
「それで、伝言があるんです。えーと……　“あなたと私だけが　我が永遠の友　あるいは　其の永久の君　を用意できるのですから　王族として　また外戚としての　責務をはたしましょうね　今晩　ロヴィニアの屋敷で待ってます”　だそうです！」
　エーダリロクの顔が引きつった。
　確かにエーダリロクとメーバリベユの子ならば、余とロガの子と精神感応が開通する可能性が極めて高いな……とは言っても、どちらも［夫］が原因で、どうにもこうにも……
「わざわざありがとうございます。まったく、后殿下に伝言を託すなど失礼なことをする女です。叱って……」
　叱ろうにも呼び出しに応じねばならぬしな。諦めろ、エーダリロク。お前の妻は、すごい。これを　“絡め獲る！”　と言うのであろう。
　苦悩の表情を浮かべて戻ったエーダリロクに続き、ビーレウストが挨拶に。ビーレウストは淡々と挨拶を終えて、直ぐに列へと戻ってゆき、次ぎにザウディンダルが現れた。
「レビュラ公爵　ザウディンダル・アグティティス・エルターでございます」
　王子よりかは下がった位置から手を前に出し、こちらから声をかけるまでマントの端には触れない。
「どうぞ」
　ロガが許可を出すと膝をついたまま近寄り、そして口付ける。
　はあ、ザウディンダルが挨拶に来てくれてよかった。
　そして最後はガルディゼロ。挨拶をした後、立ち上がり
「君はいじめられたら直ぐに言うべきだ。何故かって？　君が勝手に我慢して我慢の限界になってからそれが知れたらどうなると思う？　陛下が笑って許してくれる人だと思うかい？　君を蹴った貴族の末路を見ただろう？　あれを哀れと思うなら君はいじめられたら直ぐに報告する義務があるのさ。良い人ぶって我慢した結果、精神的な病になって、それが陛下のお怒りに触れて、いじめた奴等の一族郎党皆殺しにされちゃったらどうかな？　いや、君がそれを望むなら我慢するのも手だけどさ。尤も我慢しなくたって僕に言えば全員殺してきてあげるよ。何にしても君は悪口を言われたり、不満なことがあったら直ぐに言わなければならない。君は心の中で不満を蓄積させる権利はないのさ。影で誰が何を言っているか不安だろうけれども、疑念なんかがあったら僕に言うと良い。僕のことは信じても大丈夫さ。僕は君が皇帝に直ぐ告げ口すると知っているから、僕は決して君も悪口を言わないし、決して君を裏切らない。解るかな？　僕は君の味方さ。君が皇帝の正妃である限り、僕は君の言葉をなによりも尊重するよ」
　そう言って列に戻った。
　ロガは呆気にとられておった。余はもっと呆気にとられたが……こういうことをはっきりと言ってくれる者も珍しいな。
「ロガ、気にするな。ガルディゼロはああ申したが、恐らくロガがそれに気付く前にガルディゼロが先に動くであろう。ガルディゼロが万が一漏らした者があれば、包み隠さず言ってくれ。その……余はこの通りなので言ってくれないと解らんのだ」

　こうして挨拶を終えて部屋に戻る途中、ふと思い立ち、

「ロガ、少し見せたいものがあるのだが」
「何ですか？」
「あの〜実は前にネックレスを持っていったであろう？　あの前に宝物庫にあるネックレスを持っていこうとしたのだが……よく覚えておらんが話が流れてた。それでも余は、ロガに宝物庫にあるネックレスを……見るだけ見て欲しいのだ。気に入ったらつけて欲しくもあるし。良いか？」
　そうしてロガを連れて宝物庫に入った。
「うああ。こ、これって……」
「帝国の財宝だ」
　“めくらまし”　ではあるが。もしも宮殿が落とされたら、これに目を取られている隙に必要なものを破壊する予定だが、そんな日が来なければ良いな……そうは言っても、つい百と五十年前に近い状態に陥ったわけだから、ないとは言えないな。
「ロガにこのネックレスをプレゼントしたかったのだ。美しかろう？」
「すごい……」
　ケースから出してロガの首につけてみると、これが
「よく似合っておるな。気に入ってくれたか？」
「はいっ！　とっても！」
　とてもよく似合っていたので、そのままつけさせておくことにした。
「気軽につけてくれ。ビシュミエラも喜ぶであろう」
「ビシュミエラ？」
「そう、そのネックレスはビシュミエラの物だ。此処にあるのは全て歴代皇帝が使用していたものだ……ロ、ロガ。そんなに驚かなくても」
　ロガは　“ぺたり”　と座り込んでつけたばかりのネックレスを握り締めて笑い出した。
「ナイトオリバルド様って本当に皇帝陛下なんですね。信じてなかったとかじゃなくて……本当に皇帝陛下なんですね」
「ああ、余は皇帝だ。恐らく余のほぼ全てに等しい　“もの”　が　“皇帝”　だ」
「……」
「だからナイトオリバルドと呼ばれると嬉しいのだ。皇帝の中にある自分が見つかるようであり、自分が皇帝以外の何かであるのだと……相変わらず上手く言えぬが、ロガにナイトオリバルドと呼ばれるのはとても嬉しい」
　手を出しだし立ち上がらせる。
「よければ、最高の宝を見ていかぬか」
「何ですか？」
　ネックレスに手を触れたままロガが余を見上げる。
「シュスター・ベルレーが身に着けていたものだ。貴金属でもなければ、美しいものでもない。だが帝国の第一歩となったものだ。一応門外不出、要するに持ち出し禁止のものでな……まあ、被っても良いが汗臭い……わけもないか。千年以上前のものだから」

　ロガは被ることはしなかったが手にとって、不思議そうに色々なことを尋ねてきた。ふう、シュスター・ベルレーのこと勉強しておいて良かった。