繋いだこの手はそのままに −66
 デウデシオンはソファーに身体を預けて天井を眺めているシュスタークの傍に近寄った。
「陛下」
「デウデシオン」
「お聞かせ願いたい、ロガを諦めるのですか」
「……」
 困惑した表情を浮かべるシュスタークに、デウデシオンは世間話でもするかのように語り始めた。
「諦められても結構ですが、ロガの行く末は気になりませんか」
「行く末?」
 卑怯だと解っているが、皇帝の情に訴えるのが最も効果的だと、敢えて最悪なことを語ることに。
「あの人工惑星に貴族に気に入られた奴隷がいるという噂は既に立っております。あの辺りに立ち入り禁止令を敷いた為に立った噂です、私としては陛下がロガを連れてくると言われていたので、気にせずに敷いていたのですが、陛下が向かわぬというのでしたらそれは解きます。ですが、立ち入り禁止令を解けばロガは他の貴族に奪われます」
 実際に噂を立てたのはデウデシオン。
 ある理由から、わざとその噂を立てていた。
「……」
「貴族共はロガを好きなようにもてあそぶでしょう。貴族共は、陛下のように “顔の崩れた奴隷” に接することはないでしょう。貴族共は “上級貴族が気に入っていた毛色の変わった奴隷” なる好奇心だけ。その歪んだ好奇心でロガを飼うこと疑いありません。ですが陛下がロガと関係を断ち切るのでしたら、帝国としては立ち入り禁止を解除は仕方ありません。それでもよろしいでしょうか?」
 それが貴族の耳にも入っていることは確認済み、そしてロガが宮殿に来た時点で、その禁止を解除して “ある者達” をおびき寄せようとしていた。
「……」
「ロガは待っていると言いました。陛下がもう一度来るから待っていると。あの娘は他の貴族に飼われることになっても、命ある限り陛下を待ち続けるでしょう。それも幸せかもしれませんが、それは不幸です。そしてそれを齎したのは陛下、貴方です」
 その[ある者達]とは僭主。
 即ち、シュスタークの命を狙う傍系王族の末裔達。その存在が間近に迫っている事を、彼等はシュスタークに告げていない。
「デウデシオン……飼うとは、ロガを飼うとは……あの両性具有を塔に閉じ込めるかのようにか?」
「あれの方が幾分マシでしょう。陛下お一人の相手だけを務めることが決まっている両性具有と、主である貴族の気持ち次第で他の者達の玩具にされる奴隷とでは」
 僭主達が、そこに皇帝が来ていたと知れば、正妃と関係のある奴隷達に接触を図るだろうことを予測し、それを突破口として僭主達を刈るつもりであった。
 敢えてこれらを伏せて、帝国宰相は話を続ける。
「その貴族達の扱いと、余の正妃になるのとではどちらが楽だ」
「さあ……帝国の母の重圧は並大抵の物ではありませんので、玩具となり壊れたほうが楽かもしれません。ただ、陛下は許せますか? ロガを飼っている貴族に皇帝として接することができますか?」
 実際、僭主に奪われる前に物珍しさから貴族達に持っていかれる可能性もある。
 一般的には奴隷の持ち出しは禁止だが、それは支配者間移動に対しての監視が厳しいだけであって、帝星にある自分の屋敷で付近の惑星から連れてきた帝国領専用奴隷を弄んでいる程度では見つかる事はなく、見つかったとしても黙殺されるのが常であった。
「……」
「それと陛下、私は帝国宰相として四王を嫌っております。その色眼鏡で見た私の考えなのですが、ケスヴァーンターン公爵とアルカルターヴァ公爵は結託して陛下からロガを取り上げようとしているのではないかと感じました」
「デウデシオン?」
「私の視界は曇っておりますし、これを信じてくださいとは強く申せませぬ、陛下は直接ライハ公爵から報告を受けとられましたが、先だってライハ公爵がロガに一方的な好意を示したことがあり、その事に関して私はアルカルターヴァ公爵に軽く警告を出しておきました。そして……陛下に知られてしまいましたが、レビュラ公爵ザウディンダルとライハ公爵カルニスタミアは深い関係があります」
 帝国宰相は別の角度から考えて、二人がライハ公爵とロガを結婚させようとしている事を疑っていた。
「ああ」
「あれに関しては、ライハ公爵に落ち度はありません。レビュラ公爵側から誘ったものです」
 嘘を交えながら、帝国宰相は淡々と話し続ける。
「えっ……」
「この関係、度々アルカルターヴァ公爵と私の間での諍いの原因となっております。向こうにしてみれば、前途有望な王子を誑かした庶子、殺しても殺し足りないほど憎んでも仕方ないでしょう」
 本当はライハ公爵から誘ったのもで、そうなることを帝国宰相は知っていたが敢えて止めなかった。
 だが、そんな事を全く表情に出さずに話し続ける。
「デウデシオン。そうザウディンダルを悪く言う……な。それにザウディンダルは他に好きな相手がいたが、それを知っていてもカルニスタミアが……」
「レビュラ公爵はその相手に嫉妬して欲しくライハ公爵を当て馬にしたそうです。本人を問いただし聞きました。私は弟達の肉体関係には口を挟まない主義ですが、アルカルターヴァの王子と関係を持っているのでは、口を挟まないわけにはいきません」
 帝国宰相、男女の仲は苦手だが[異父弟が何を考えているか]を理解できない訳ではない。
 そして弟、いや「妹」が何を考えてあのような行動を取ったのかも。だが、帝国宰相にはそれに応える気はなかった。弟であり妹であるという事以前に、ザウディンダルを見ているとその祖母であった男王と、迫ってくる母である筈の女を思い出すために。
「当て馬……そ、それは」
「アルカルターヴァ公爵は何時もあの二人を別れさせようとしております。アルカルターヴァ公爵にしてみれば、由緒正しいテルロバールノルの王子であるライハ公爵が庶子に入れあげているのが許せない。早くにそれ相応の相手と結婚して、できれば姫を作って欲しいと思っていること、いささかの疑いもありません」
 強制的な近親相姦で実母との間に「弟」と言う名目の「実子」を儲けざるを得なかった男は、これ以上近親者と関係と持つつもりはなかった。よって、彼はザウディンダルとカルニスタミアの関係を断ち切りたくはない。
「そうであろうな。だがデウデシオン! カルニスタミアはもうしばらくしたらザウディンダルと別れると申しておった!」
「……そうでしたか。ならば尚の事……単刀直入に言えば、アルカルターヴァ公爵は弟王子の結婚相手にロガを据える可能性があるのです。陛下には “もうしばらくしたら別れる” と言ったそうですが、その “もうしばらく” が問題です。あの男、既に八年間レビュラ公爵と関係が続いております。その間、兄であるアルカルターヴァ公爵がどれ程怒りを露わにしても、切れることはありませんでした」
 八年間切れなかった相手、そのまま二人で関係を保ち続けて欲しいと願っていた。ザウディンダルは弟ではあるが、内面は「自分を愛している」ところから妹であることも、認めていた。
 だから、できれば男と一緒になって生きて欲しいと願っている。そして何より、カルニスタミアは最も信頼できる男だった。それを認めている以上、帝国宰相としてはどうしても「弟であり妹である」ザウディンダルに彼と一緒にいて欲しいと願っている。
 カルニスタミアが別れを告げたとの報告は受けているが、諦めたわけではないことも知っている。関係を再度復活させる為にも≪ロガ≫はシュスタークの元へ来てもらわなければならない。それはデウデシオンに取って最も重要なことであった。
「背を押してやらねば切れぬと」
「はい。それがロガです」
「だが、それにケスヴァーンターンが何故関係してくる?」
「ウキリベリスタル先代テルロバールノル王が死去した後、ライハ公爵はケスヴァーンターン公爵の下に身を寄せました。即位後の内紛から逃れる為に国から出ることは普通ですが、行き先としてやや違和感を覚えませんか? 当時既に我が永遠の友として認められていたライハ公爵が身を寄せるに相応しい場所は何処か? 後宮の皇婿セボリーロストの元に来るのが妥当です。実際、セゼナード公爵やイデスア公爵は、陛下の父達の下に送られました。内紛の時期は危険でもありますが次なる治世への陣容を固める時期でもあります。その為に皆、陛下のお傍に連なる者に幼年のものを送り込むのです。ですがアルカルターヴァ公爵は自ら弟王子を、その精神感応能力が開通しているケスヴァーンターンに送りました。アルカルターヴァ公爵カレンティンシス、あの男は陛下よりもケスヴァーンターン公爵ラティランクレンラセオを選んだと帝国では考えており、警戒もしております」
 デウデシオンは皇婿に『預かると言わなかったのか?』と尋ねたことがある。
 それに対する答えは『預かると言ったが、ケシュマリスタ王を選んだ……』気の弱い皇婿は、甥である王の言葉にそれ以上何もいう事はできなかったらしい。
 通常であれば、後宮に送られてくるはずの王子がケシュマリスタに送られた理由。その真の理由をデウデシオンは知らないが、警戒するには十分だった。
「デウデシオン……」
「ロガに偽りながらも好意を抱いているライハ公爵、弟王子をレビュラ公爵と別れさせたいアルカルターヴァ公爵、そして彼等と深いつながりを持つケスヴァーンターン公爵。ライハ公爵は賢くはありますが、陛下に忠実でもあります。ロガを他の貴族に飼わせるくらいならば陛下の不興を買うのは承知の上でロガを妃に迎えるでしょう。陛下からご不興を買えばライハ公爵は自領地かもしくはケスヴァーンターン公爵の領地で過ごすことになります。あの二公爵はレビュラ公爵を自領地には入れないでしょうから、それでライハ公爵とレビュラ公爵の関係も完全に切れます」
 今までライハ公爵が領地に留め置かれなかったのは、帝国側からの出向命令があったためである。
 帝国騎士として近衛兵として、何より皇帝の側近として帝国側から彼に帝星に出向くように命じていた事が大きい。だが、ロガをライハ公爵妃とされれば、帝国側は彼を今までのように容易く呼ぶ事は出来ないうえに、彼自身が来たがらない可能性も高い。
 今までは彼と兄である王の不仲から出向いてきていたが、ロガを妃にしてしまえば兄と不仲であっても王領に拠点を置き、帝国領には出向かなくなるだろう。
「そうで……あろうな」
「そうなれば陛下はライハ公爵とロガに対し、感じなくとも良い負い目を感じることでしょう。それが二公爵の狙いです」
「狙いとは?」
「陛下、ライハ公爵とロガの子を特別扱いしない自信はありますか? 良くも悪くも特別扱いです。陛下が守れないと断念したロガとライハ公爵との間に生まれた子、それを家臣の子として遇することができますか?」
「……」
「ロガは陛下の目にとまったことで、公爵達にとっても特別な存在となっているのです。陛下がこのままロガを手放せば、ロガは利権と好奇心の渦の中に放り込まれることとなるでしょう。陛下のお傍も嫉妬や暗殺の恐れもありますが、それはこの帝国宰相が最大限の努力をいたします。ですが、手放してしまえばこの帝国宰相にもどうすることも出来ません」

− ナイトオリバルド様!

「陛下。陛下はライハ公爵とロガが夫妻として陛下の前に現れたらどのように感じられますか?」
「正直、解らない……だが」
「だが?」

−お待ちしておりました!

 シュスタークの脳裏に現れたロガを、彼は誰にも渡したくはないとはっきりと感じた。
「ロガのところに行って来る!」
 そう思った直後、立ち上がるが、
「お待ち下さい陛下」
「何だ? デウデシオン」
 洋服の端をつかまれて、声をかけられる。
「決意を砕くようですが、突然向かわれてはロガも困ります」
「何故?」
 決断をしてくれたのは良いのだが、相手にも色々と事情があり、帝国側にも事情がある。
「私は昨晩ロガに部屋を片付けて置くように依頼しておきましたが、まだ終わっていないようです。陛下の下に来るということは、奴隷であるロガにとって二度と自宅には戻れない覚悟で来るのですから、家の掃除にもゆっくりと時間をかけるでしょう」
「いや、別に戻っても良いが」
「残念ながら。陛下、私は二度と彼女をあの惑星に帰らせるつもりはありません」
「どうしてだ?」
「あの場所に皇帝の正妃が戻ると解れば、僭主の残党が潜みます。最悪、あの惑星にいる奴隷全てを殺害し成り代わる可能性もあるのです」
 間近にいる僭主の存在は知らせないが、ありえる可能性だけは告げておく。
「……そうか……」
「ロガを宮殿に入れて、正妃として認定させ式を挙げて皇太子が誕生いたしましたら、あの惑星は閉鎖いたします」
「閉鎖?」
「奴隷達の身の安全を考えて、あの惑星にいる奴隷全てを辺境開拓団に組み入れます。むろん、彼等をバラバラにして組み入れるので、見つけることは困難でしょう」
 この位しなければ、あの場所は安全ではない。
 それ程、僭主はシュスタークの身辺に迫ってきていた。
「あ……あのな、デウデシオン。奴隷にも省庁に勤めたいと思っておる者がおってな」
「それは希望を聞き入れさせていただきます。ですが、開拓者として辺境へ向かった方が安全です」
「そうだ! ロガと姉妹のように育ったゾイは?」
「我々の保護下にありますのでご安心を。それにまだ僭主共はロガの存在を確実に掴んではおりませんので、ゾイの存在までは解っておりません」
「最早ロガは余の傍以外に生きる道はないということなのだな」
「はい」
「……デウデシオン、明日の朝ロガを正妃として迎えに行く。その際、四大公爵の当主にも従うように命じておいてくれ。余が迎える妃に従えと」
「御意」


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