繋いだこの手はそのままに −67
− 本日午前九時
「陛下、遂にロガを妃として迎えられるのだな」
 『出迎えに上がれ』との報告を受けて、彼等は準備を整えていた。
「長くはなかったが、短くもなかったな」
 管理区画の書類は全て揃い、後始末をするだけの段階となっていた。その後始末とは、
「今日でこの管理区画ともお別れだねえ。あ、生き残った君達、此処で死んでね」
 散々奴隷を殺していた警官達の処分。
「まさか今まで奴隷にしてきた事が、この程度で帳消しになると思ってたのか」
 彼等が居なくなることで “助かる” と思っていた彼等は、彼等が奴隷に与えたのと同じ絶望を与えられ、恐怖の叫びを上げるが、全くそれは意に介される事なく、
「そう、恐怖を煽ってやるな」
 押し込められた倉庫の二階部分から、銃で逃げ惑う警官達を撃ち殺してゆく。
 一人残らず殺されるまで、五分とかからなかった。仕上げにと手榴弾を放り込み、爆風を背に五人は管理区画を後にした。
「さて、全員死んだね」
「後はハセティリアン公爵閣下に任せるか」
 此処から警察官達を生かしたままの状態にして、秘密工作員たちが成り代わるのだろうと。そういった事は、彼等には苦手なので後のことは首を突っ込むつもりはなかった。人には得意分野とそうでない分野が確かに存在する。
 それらを超越した存在もいるだろうが、普通の人間は得手不得手があるものだ。
「だが、何故この時点で奴隷達を開拓団に強制的に組み込まんのだ? ここを空にする程度、帝国宰相の能力を持ってすれば一時間もかからんであろうが」
 最終的に “此処” にいる全ての奴隷を、帝国領にする未開地の開拓団に組み込むことは聞いていたが、何故今それをしないのか? カルニスタミアは不思議に感じた。帝国宰相の才能は彼も良く知っている。彼の能力を持ってすれば、白紙の状態から開始しても一時間もかからないで此処から奴隷達を強制的に別星系に行かせる手続きを取れる程の能力と力を持っていることは “帝国宰相” を知るものであれば、誰でも理解できる。
 僭主炙り出し用のダミーであることを、キャッセルから聞いているキュラだが、
「…………さあ。帝国宰相の考える事だから、ザウディンダル! 君何か聞いてない?」
 それは当然答えず、いつも通りの作った陽気さでザウディンダルに声をかける。
「聞いちゃいねえよ! 大体、兄貴が俺にそういう事、いちいち説明するわけ……」
「ねえな」
 ビーレウストが言葉尻に覆い被せる。
「聞いた僕が馬鹿だったね。ごめんね〜ザウディンダル」
「実務に従事しねえヤツにわざわざ説明する必要ないだろうし、ザウディンダルに手借りるほど帝国宰相も落ちちゃいねえだろうしな。あの人の能力を持ってすりゃあ、自分一人で仕事した方が、断然速いからな」
 五人の中では最も内務の才を持つエーダリロクが、ザウディンダルの補佐なんざあっても無くても代わりねえよ、と続けると。
「別に君が無能だって言うんじゃなくて、帝国宰相閣下と実務能力に比べたらいないほうがマシ? ってくらいかな」
「どうせザウディスの書類は帝国宰相がいちいちチェックするだろうから、二度手間だろな」
 次々と追い討ちをかける三人に、
「お前等、止め刺し過ぎだ……帰ったら、聞いてみたらどうだ? ザウディンダル」
 カルニスタミアが制したが、既に遅し。
「うるせえ! 意地でも聞かねえ! 絶対聞かねえ! 二度と書類も書かねえ! 手前等が書け!」
「拗ねたぞ」
「放っときなよ、カルニスタミア」

 − 放っておきなよって、キュラ……アイツはああ言ったら本当にしばらくは書類かかねえじゃねえか。それを代理で書かなきゃならねえのは、儂なんだが……

 惚れた弱みと、最年少者の立場と、キュラの性格と、ビーレウストは何時も書類はエーダリロクへの現状と、エーダリロクの代書料金の高さから、絶対に自分の所に流れてくるんだろうな……と思いつつ、まあ『良いか』と肩を落として、四人に従ってロガの居る場所へと向かった。


“明日の午前九時十五分に迎えにあがります。自宅にいなくても結構、何処にいてもすぐに向えますので”

 その言葉を受け取ったロガは、生まれたときから住んでいた家に感謝しながら片付けを終え、お別れをして家を出た。家から直接向うよりなら、違う所から連れて行かれた方が、寂しくなさそうだ……そんな理由での事らしい。
 ボーデンを連れて皆に挨拶をするのは難しいと、一番仲の良いシャバラの元へとやってきた。
「シャバラ、ロレン」
「どうした? ロガ。荷物持って、ボーデン連れてきて」
 父が下級貴族に仕えていた頃に『買ってもらった』旅行鞄に色々な物をつめたロガは、
「あのね、ナイト様のお家に行くことになったの」
 行き先を告げた。
 その言葉に≪ナイト≫が誰なのか知らないシャバラは、本当に良かったなと笑いかけ、
「そうか。そりゃ良かったな!」
 ロレンも良かったねと続ける。
「急がなきゃ駄目でね、今日行くことになったの」
「そいつは随分と急だな」
「領地に帰るとかそういうのなのかな?」
 ロレンは領地に戻るナイトが帰る際に連れて行こうとしていると考えたのだが……≪ナイト≫帰る場所はすぐ傍で、彼には領地はない。全宇宙が彼の物であるのだから。
「だから、ゾイに連絡できてないの。あの、ゾイがいるところにも行けるんだけど、もしかしたら行けないかも知れないから」
 ロガは自分がどんな立場に置かれるのか、はっきりとは解っていない。
 だが先日の帝国宰相の訪問の際の話しぶりから『自由はないんだろうなあ』という感じを受けて、シャバラにそう告げた。
 奴隷が皇帝に仕えるのだから自由が無いのは当然とその事は受け入れている。
「何言ってんだよ、ロガ」
 それを勝手に口にしてはいけないだろうと、ロガは必死に隠して語った。すぐに、それは必要ないことだと知るのだが。
「ゾイのことよろしくね! シャバラ」
「連絡くらい取れるだろう」
「解んない……もしかしたら駄目かもしれないし」
「ナイトなら許してくれんじゃねえのか?」
「本当に解んない」
 そんな会話を続けていると、青空が翳った。
 雲とは違う影に、誰もが頭上を見上げるとそこには巨大な宇宙船が迫ってくる。
「そうなのか? ……何だ?」
 自分達がいる場所を潰すのではないか? そう恐怖を感じるほどの大きさの宇宙船。
「クレスケンだ……」
 その色は赤。
 ロレンは赤い宇宙船が一つしかないことを知っていた。
「何のことだ? ロレン」
「あの赤い戦艦のことだよ! 赤い戦艦はリスカートーフォン公爵だけが乗る旗艦ってやつで、クレスケンって名前なんだよ! 第二の反逆王クレスケン=クレスカから名前取って」
 そう説明している傍から、その戦艦がスライド移動し次の宇宙船が下りてくる。
「おい、じゃああのオレンジ色っぽいのは? 形が同じってことは戦艦なんだろ? でも色が違うぞ」
「あれは、緋色でアルカルターヴァ公爵の……空色と……緑色……なんで四大公爵がこの惑星の上に勢揃いしてんだ?」
 垂直に降りてきて、地表近くでスライド移動し四方に停泊した四大公爵の戦艦。
「四大公爵って王様だろ? ……ロガ、もしかしてあれのどれかの所に行くのか?」
「ち、違うよ、でも……」
 その中心部から最後の戦艦が下りてきた。

 純白の戦艦

 それを見ることは一般人には決してない、専用航路を通る船。
「ロレン、あれは俺でもわかる。白いのに黒って呼ばれるヤツだろ、漆黒の女神ダーク=ダーマ。あれが動かせる奴って……なあ、ロレン……聞いてくれるか?」
 ≪ナイト≫に秘密にしておくと言ったが、あの男の容姿が今頭上にある漆黒の女神と呼応していることにシャバラは思い当たった。
「何だよシャバラ」
「言うの忘れてたんだけどよ、ナイトって鬘と面取ると、それこそ漆黒の髪に右と左が違う目してんだ、綺麗な青色と緑色の……なんか、何処かで聞いたことあるような気がすんだけどよ」
「ナイト……ナイトってまさか!」
 その風と音に呼応するかのように、昨日まで警官だった男達が『貴族』の格好をして現れた。
「警官達?」
 警官の格好よりも、はるかに馴染んでいる豪華な着衣、そこに象られている自らを表す紋章。
「ちょっ!」
「どうしたんだよ、ロレン!」
「あいつらの紋章だよ、紋章! 茶色のはテルロバールノル王家で白髪はロヴィニア王家だ。そしてあの黒髪はエヴェドリット王家。あとの二人は知らないけど……それに近い奴等なんだと」
 省庁に入って働くのならば、絶対の覚えていなくてはならない王家の家紋。そんな二人の驚きを他所に、
「ロガ殿、これからもよろしくお願いいたします」
「カルさん?」
 カルニスタミアがロガの傍に近寄り、膝をついて頭を下げる。
「儂はライハ公爵カルニスタミア、先代テルロバールノル王の第二子でございます」
「……テルテルさんじゃないんですね」

−ええ、勿論に御座います。つか、テルテル言ったら、テルロバールノル王怒るだろうなあ

 他の四人も頭を下げつつ、表情は動かさなかった。
 貴族の子弟ならば必ず通らなければならない表情訓練、その中で最も苦しいのが笑いをこらえる事である。一応彼等はそれを習得しているので、表情一つ崩さないでそれを乗りきった。
「お、代理総帥閣下、ご準備完了したようだな」
 ロガに頭を下げていたビーレウストが、反対側の家へと近寄り出迎える。
 扉を開いて出てきた、白を基調にした派手な軍服を着た、背の高い男に、
「ポーリン?」
「やあ」
 シャバラが驚いた表情を浮かべて、問いただす。
「あんた、足……」
「義足だよ。本当に君たちには世話になった、ありがとう」
 人当たりの良い、帝国軍代理総帥は爽やかな笑顔で心からの感謝を述べた。
「あんた、誰?」
「私? 私はシダ公爵タウトライバ・ポーリンクレイス・ウェルスタカティア。皇帝陛下の異父兄という、栄誉ある立場を頂いている者だ」
「ナイトと血繋がってるだろ。こうやって見ると、すげー似てる。気付けなかった自分がバカみてえなくらい似てる」
「それは光栄なことを」
 そんな会話をしていると、遂に地表すれすれまで降りてきたダーク=ダーマの昇降口が開き、タラップが降ろされ内部から豪華な近衛兵の正装をまとった者達が行進し、整列する。それと同時に、周囲に現れる機動装甲の一団。
 それたちが武器を構え、その降りてくる【皇帝】を待つ。

 星々を抱く宇宙をそのまま纏ったかのような、光沢のある黒髪。真珠色をした肌。
 細めの眉、切れ長の瞳、鼻筋、そして赤みがほとんどない唇。それらは全て、左右対称に小さいつくりの顔の中に計算されたかのように収まっている。
 足の長さもそうだが、腕の長さも一般人よりも際立ち、白を基調とした着衣、マントを片腕で振り上げタラップをゆっくりと降りてくる、左右の瞳の色だけが対称ではない男の迫力は、この地上最高のものであった。

 口を開かなければ

「ロガ……その少々遅くなったが、……ちょっと遅くなってしまったが、その……あの、えっと迎えに来た」
 口を開いてしまえば、今まで来ていた変わった貴族ナイト様以外の何者でもない。
 ロガはその見慣れた、照れつつ頭をかいて困り果てているシュスタークを見上げながら、
「待ってました、ナイト……オリバルド様」
 笑顔で再会を喜んだ。
「あの……その……我輩! ではなく、余はその……余は銀河帝国第三十七代皇帝シュスターク! そ、それで一緒に行く先というのは、宮殿で……あの……その、色々考えたのだか全く、あれ……余は何時もこんな感じだが、一緒に居てくれまいか! 最大限の努力をしてロガを守るから、一緒に居て欲しい! そ、そう! 一生の間を全てあの、この皇帝と一緒に過ごしてくれえ!」
 見た目の余裕と迫力を全て吹き飛ばす、本人の精一杯の言葉に、
「はい。何処までも、連れて行ってください。一生お仕えさせていただきます」
 化け物や、不気味と指差された顔を敢えて隠さず母に言われたとおりに背筋を伸ばして胸を張り、シュスタークを見つめてロガははっきりと答えた。
「いや、そのな……仕えるのではなく、一緒に居てくれ。仕えるのではなく、一緒に居て欲しいのだ」
「はい」
 ロガの返事に、シュスタークは安堵して手袋を外し、それを放り投げてロガの爛れている方の頬に触れ、
「顔も治せるそうだ」
「はい」
 愛しそうにそれに触れた。
 目の前で、ロガの顔に直接触れているシュスタークを見て、シャバラは少し安心し、
「はい、持っていけよ “ナイト”」
 コロッケを差し出した。
 予定外の行動に弱いシュスタークは、
「今日は金を持ってきておらぬ」
 突然、おたおたとするが、
「あのなあ……こういう時ってお祝いだから黙って受け取っていいんだよ」
「そうなのか? そうか?」
 “では貰っておこう” とそれを受け取る。
「なあ、ナイト? 本当に皇帝なのか?」
「本当だ! 信用できぬのも無理はないが! 皇帝なのだ!」
「まあ良いや。皇帝でも何でもいいから、ロガを泣かせるなよ」
「解った! 誠心誠意努力することを誓う」

 お前に誠心誠意誓われてもなあ……

 そんな不敬な事をシャバラとロレンは思ったが、周囲にいる隙のない武官・文官を前にさすがにそれを口にすることはできなかった。

 “では参ろうか” とロガの肩に手を置き、シュスタークが促すと周囲の近衛兵達が帰還用の配置につく。
「じゃあな! ロガ」
 ロガは振り返り、
「元気でね。シャバラ、ロレン! あと皆にもよろしく言っておいてね!」
 元気に手を振る。
「元気でな!」
「うん!」
「ではロガ。その荷物を持とう」
「大丈夫ですよ」
「余が持つ。荷物を運ぶのは大分慣れたから、失敗はせん」
 皇帝が自ら古びた鞄の取手に手を伸ばす。ロガはそれ程拒否せずに、
「じゃあ、お願いします」
 それを手渡した……直後、
「それで……うぁぁ! どうしたボーデン卿!」
 タラップに座り込み、シュスタークのマントをぐいぐいと引っ張るボーデンの姿が。
「疲れちゃった? 今、抱っこするか……ボーデンってば!」
 ロガが抱きかかえようとしたのだが、ボーデンは口からシュスタークのマントを放さず[お前が抱えろ、皇帝だからと言って容赦はしねえ]そう言われているように感じたシュスタークは、コロッケをロガに手渡し、
「解ったボーデン卿、余の腕でよければ。ではな、シャバラ、ロレン! 特にロレンよ、入庁楽しみに待っておるぞ」


 銀河の支配者シュスタークは片手に老犬、片手に古びた旅行鞄を抱え、コロッケを持ったロガと共にダーク=ダーマの中へと消えていった。


 こうしてロガは皇帝シュスタークに伴われ、帝星へと連れて行かれた。彼らの住む人工惑星よりも大きい戦艦五隻とその周囲の守りを固めていた機動装甲部隊が去った後、何時もと変わらない青空を見上げながら、シャバラはやっとの思いで口を開く。
「この状況でロガは召使になるわけじゃあねえよな?」
 顔は半分崩れて、料理は下手だが気のいい幼馴染が皇帝に連れていかれた。それが幸せになるかどうか以前に、どういった位置付けで連れて行かれたのかもシャバラには解らなかった。見送ったロガの背にも、それを知っているような雰囲気はなかったとシャバラは見ていた。
「そりゃまあ、銀河帝国皇帝が四大公爵の当主引き連れて、奴隷の召使一人持ち帰るってことはないと思うよ」
 これ程の大事にして連れて帰ったのだから『正妃』だろうとロレンは考えたが、ロガは奴隷という事実がその考えを否定させる。
「じゃあロガは愛人か何かなのか?」
 皇帝陛下なら愛人なんてたくさんいるだろうにな……と、寂しく呟くシャバラだが、あの皇帝に愛人は一人もいない。決まった相手もいなければ、自ら “用意しておけ” とも決して言わない、良く言えばとっても控え目な男だ。勿論、そんな変わった皇帝であることをシャバラやロレンは知らない。
 いや、変わった人なのは知っているが、どれほど変わっていようと『皇帝の行動』というだけで正しくなってしまうのだ。それが銀河帝国。
「四大公爵の当主まで連れてきてるから、正妃様なんじゃないの?」
「奴隷がか? そりゃ幾らなんでも無理だろ?」

「……ナイト、ロガのこと奴隷だって気付いてんのかなあ」

 肉屋の傍に集まってきた仲間達が、ロレンのその言葉を聞いて “あ……” と言った表情を作ったのは言うまでもない。彼の数々の行動からすれば、それを理解していない可能性も……。
「さすがにそれは知ってるだろ……ちょっと不安だが」
 シャバラも自信はないが、そこまで酷くはないだろうと一応の援護をする。シャバラもかなり疑ってはいるのだが、今更そんな不安を持っても報告のしようもないのも事実。
「でもさ! それだったら……正妃になるのかなあ、ロガ」
「正妃ってのは無理でも、ナイトと仲良く暮らしていくんじゃないか?」
「そうだと良いね」

 彼等はいつも通りに戻った空を見上げて『皇帝に連れて行かれた仲間』の幸せを祈った。

「っても、俺達が祈る相手って……皇帝なんだよな」
 毎日変わるズラに、エキセントリックなマスクに平地でコケる、長身弱腰男。それが彼等の知る『桜墓侯爵ナイト様』
「皇帝……だね」

何かとても無意味な気がして、すぐに兄弟は祈るをの止め仕事へと戻ったのは言うまでもない。


第三章≪接吻≫完



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