繋いだこの手はそのままに −65
 父親達がシュスタークを宥めている最中、デウデシオンは一人行動で行動を起こした。
 シュスタークが躊躇おうが何をしようが、ロガを宮殿に連れて帰らなければならない理由が彼にはあった。正確には彼の【甘さ】
 ケシュマリスタ王にも言われた、デウデシオンの甘さ。それは人間らしさともいえる。
「陛下は?」
「いまだ気にしておられる」
「ちなみに、あの国家侮辱罪の女達は?」
「結末を知りたいか」
「……いいえ。聞かないでおきます」
 デウデシオンはロガと顔なじみになった五人を連れ、ロガの家へと向う。
 シュスタークは当然気付いていないのだが≪ロガ≫は既に、シュスタークが妃にしなくても貴族の手に落ちる運命にあった。シュスタークがロガのことを大事に考えて正妃にしなくとも、ロガは貴族の道具にされる事は既に避けようがない。
 ケシュマリスタ王やテルロバールノル王が筆頭だが、他の二王も黙って「皇帝に対して影響力のある奴隷」を見過ごしはしない。
 そして王以外も。
 家の前に立ち、デウデシオンはノックをすると、
「邪魔をする」
「どちら様で……」
 許可も取らずに扉を開き、五人を引き連れて中へと入った。
 突然現れた五人と、見たこともない一人の男性を前に、ロガは全員を見上げ見比べる。
「この方、ナイトオリバルド様のお兄様。お話聞いてやってくれるかなあ?」
 キュラが膝を折ってロガの目線に降り、デウデシオンを指差しながら微笑みかけた。
「あ……はい」
 それにロガは首を大きく振り、椅子を持ってこようとするがデウデシオンはそれを制し、話始めた。
「私の名はパスパーダ大公デウデシオン・ロバラーザ・カンディーザーラ、銀河帝国宰相だ。これを貴殿が信じる、信じないの問題ではなく、事実だ」
 デウデシオンは真向からロガに自分のことを告げる。
「はい……帝国宰相様……なんですね」
 ロガは言われた事をオウムのように復唱する、それが頭の中に入ったかどうかは別としても、それ以外を口にすることは出来ないだろう。
「そうだ。そして、桜墓侯爵ナイトオリバルド、その方の本当の名はナイトオリバルド・クルティルーデ・ザロナティウス。だが、この名は呼ばれることは殆どない」
「……」
「ナイトオリバルド・クルティルーデ・ザロナティウス、このお方の今のお名前はシュスターシュスターク。銀河帝国皇帝その人であらせられる」
「…………」
 ロガはあまりにも驚いたのか、表情一つ動かない。それどころか、瞬きすらできずに呆けた様に “それ” を告げたデウデシオンを見つめ続ける。
 キュラがそれを後押しするように続け、
「いきなりで信じられないだろうけど、本当にあの方は皇帝陛下なんだ」
「信じてくれないと、話が続かねえし」
 ザウディンダルもそれを続ける。
 今まで一度も三十七代皇帝の姿を見たことのないロガに≪ナイトオリバルドは皇帝だ≫と言った所で、信用してもらえはしないことくらいは彼等も解っていた。理解はできても受け入れられないのは当然だろうと。
 帝星は近いが、皇帝がこんな所に来るなど思いもしないだろう。奴隷の居住区に、肝試しにくる皇帝。そんなことを想像する奴隷はいないに違いない。
 ロガはデウデシオンと他の五人が、あのお方は皇帝陛下なんだという言葉を受けて少し考え、
「あの……帝国宰相様、頼みがあるのですけれど」
「何だ?」
「帝国宰相様のお傍に近寄ってもよろしいですか?」
「構わん」
 傍に近寄った。
 傍に近寄り、デウデシオンを暫く見上げた後、
「……ナイトオリバルド様のお兄様って、本当なんですね」
 そう口にした。
「どうしてだ?」
「ナイトオリバルド様言ってました “我輩の兄は左耳の下の辺りに小さなホクロがある” 子どもの頃から椅子に座って暇なとき、見上げていたから印象深いんだって。その兄のこと、誰よりも信頼してるって」
 皇帝であった母親と、四人の父親。これに関しては上手く誤魔化せないので、シュスタークはそう語らなかった。
 だが、最も信頼の置ける異父兄のことは、自らの事のようにロガに語って聞かせた。
 遊びたい盛りから玉座に座って黙っていたシュスタークは、傍に立っている異父兄であり帝国宰相を見上げて「ほくろがあるのだなあ……ほくろだぁ」などと思いながら、暇な時間を過ごしていたこと。それを全て語れないので「兄の此処にはほくろがあるのだ」と端的に教えていた。
 シュスタークにとって、それはロガに最も覚えておいてもらいたかった事であった。
「……」
「私にも、その小さなホクロが見えました。他にナイトオリバルド様のお兄さんのことを見分ける方法はわからないから、信じます」
 笑ったロガの顔は、確かに平民に娘達が言ったように崩れて醜いかもしれないが、心の奥底から信用している事は確かに伝わる声と表情と、そして優しい視線であった。
 人の表情の奥を探る事に慣れている帝国宰相にとって、これ程簡単に内心を見極められる「底の浅い奴隷」は恐れるに足らず、そしてまた「最も扱い辛い相手」でもある。
「感謝する。それで、次の用件だが帝星に来てくれ」
 感情を偽らぬ人間は苦手だと思いながらも、それをおくびにも出さずデウデシオンは続ける。
「帝星……にですか?」
「この帝国宰相、綺麗事をつらつらと並べるつもりはない。単刀直入に言おう。陛下は貴殿のことを気に入っている。先日、邪魔が入ったがあの時貴殿に自分が皇帝であることを告げ、結婚して欲しいと言われるはずだった。あの一件の後、陛下は酷く塞ぎ込んでいらっしゃる」
「……」
「今陛下は貴殿のことを最も気に入っている。帝国では陛下以外の皇族がおらぬゆえに、早くに結婚して後継者を得ていただかなければならない。貴殿に拒否する権利はない、陛下のお傍へ行き、帝国のために子を産め。そうさせる為に私は貴殿を今すぐ連れてゆく、用意せよ」
 宇宙で最も≪男女の仲を取り持つことが苦手≫な帝国宰相は、家臣に命じるのと同じく、淡々とそれでいて高圧的に命じた。
「帝国宰相閣下ってば」
 キュラや、
「もうすこしオブラートに包んだ方が」
 カルニスタミアも肩をすぼめる。
「兄貴、それはさすがに……」
 帝国宰相大好きっ子のザウディンダルも、もう少し言い方を……とは思っても、自分の異父兄がこれ以上の言葉を言えないことも、何となく理解して語尾を濁す。
「帝国宰相閣下らしいっちゃらしいけど」
 女を口説いた事がないのならば、帝国宰相と互角をはるエーダリロクでも “もうちょっと、言い方変えたほうが” といった含みを持たせて言葉を発する。
 そんな全員を見比べた後、ロガは困ったように首を傾げ、
「どうした?」
「お話はわかりました。でも今は行きません」
 そして帝国宰相に首を振った後、はっきりと拒否を口にした。
「拒否する権利がないの意味が解らんのか」
「権利とかわかんないです。でも! 私でも銀河帝国で一番偉い人がシュスターなのは知ってます。ナイトオリバルド様がシュスターなら、私はシュスターの、ナイトオリバルド様の言葉に従わなければならないと思うんです。ナイトオリバルド様言いました “必ず後で、もう一回来るから。それまで待っててくれ。その時、もう一度話をしよう” って。だから、もう一度ナイトオリバルド様が来るの待ってます。もう一回きて、話をしてくれるのを待ってなければならないと思うんです。例えお兄さんでも帝国宰相? 偉い人なんだと思いますけれど、シュスターが一番偉いから私はシュスターの言葉に従います」
「それが出来ないような状態だから、この帝国宰相閣下が来たんだけどな」
 ビーレウストがそう言うも、
「ナイトオリバルド様が病気になってるんだったら、治るまで私待ってます。ずっと待ってます、だってナイトオリバルド様、約束破ったことないから。必ずもう一度来てくれると信じて待ってます」
 ロガははっきりと言いきった。
「…………」
 言いきろうがロガを無理矢理つれて帰ることは、帝国宰相には可能だ。
 大の男、それも近衛兵団級が五人に、それに劣るとはいえ一般人よりははるかに強い男性型両性具有が一人。奴隷の娘一人を強制連行することは容易い。
「その通りだな。陛下はご病気ではない、明後日にでも此処に来られるであろう」
 だが帝国宰相はそうはしなかった。
 “帰る” と一言告げるとロガに背を向けて、家を出ようとする。
「兄貴? だって」
「黙っておれ、ザウディンダル」
「はい」
 帝国宰相の性格ならば、嫌と言おうが聞き入れずに即座に連れて帰るだろうと思っていた五人にとって、その行動は不思議でならなかった。
 そんな五人の考えなど他所に、家から出たデウデシオンは振り返り、
「遅くとも明後日には、桜墓侯爵ナイトオリバルドではなく、銀河帝国皇帝シュスターク陛下が貴殿に直接結婚を申し込みに来る。そのまま宮殿に入ってもらうので、身辺を整理しておいて欲しい。持っていくものをまとめておいていただきたい」
 そう告げた。
 そのデウデシオンに、
「あの……帝国宰相様」
「何でしょうか」
「ボーデンは連れて行っちゃ駄目ですか?」
「ご安心を。その老犬の部屋も用意してあります」
「ありがとうございます」
 一番の気がかりを尋ね、連れて行ってもいいと言われたことに最高の笑顔を浮かべて感謝を述べる。
「それでは」
 その笑顔を見た後、一礼しデウデシオンは五人を連れてその場を後にした。
 ロガの家が見えなくなった後、
「よろしいのですか?」
 エーダリロクが尋ねると、
「愚かな娘だ」
 帝国宰相は顔を手で覆いながら、自らが感じたままを口にした。帝国宰相にしてみれば、表情から内心が簡単に読め、そして来るか来ないかも解らない相手を待っているというのは愚かでしかない。
「帝国宰相閣下」
「だが、好ましいほどに真直ぐであり、しなやかだ」
 そうなのだが、皇帝にとても相応しく感じた。
 デウデシオンの仕える銀河帝国皇帝シュスタークの妃に必要なのは、老獪さでも狡猾さで、小賢しさでもない。もちろん、美貌も芸術的才能も、血筋も知識も必要ない。ただ、シュスターク本人を信じることが出来るかどうか? それさえ持っていれば後は何も必要はない。知識も礼儀作法も後で学べばよいこと。
「そうは思いますね」
 それ以外の物は、デウデシオンが幾らでも整えてやれるのだ。
 だが、シュスタークを信じる心だけはデウデシオンにも用意する事も、整える事もできない。それをロガは確かに持っていた。
「皇帝陛下の言葉を信じ、帝国宰相の言葉に惑わされなかった。その判断力と断った意志は見事だ。愚かさが齎した真実であろうが」

 帝国宰相の言いなりにはならず、銀河帝国皇帝の言葉を信じて待つと。

「陛下を説得なされるのですか」
「説得ではなく事実と捏造を混ぜて伝える」
 そういい残し、彼は帝星へと戻った。
 宮殿に戻り、皇帝の父親達にシュスタークの状態を尋ね、いまだ落ち込んでいるとの報告を受け取った。そして、
「バーランロンクレームサイザガーデアイベン侯爵。確認しておきたい事がある」
「何ですか? 帝国宰相」
「侯を含めた先代皇帝の夫三人とも、陛下の正妃に奴隷を迎えることに異存はないのだな?」
 きつく結い上げた銀髪と、険しい目つきの帝国宰相が真向から「皇帝の実父」を睨みつける。侯爵は少しだけ息を飲み、そして、
「ありません……この場所を思えば、奴隷には辛いかもしれませんが……私は陛下の父親として、何かしてやれる事があるとしたら、彼女を陛下が気に入った娘を守ってやる事だと思っております。それに……帝国宰相……昔、私は生きたまま焼き殺された男王を、黙って処刑されるのを見ているしかありませんでした。当時に私にはあの人を救ってやる力は何もなかった。……信じてくれとは言いませんが、私達も救いたかったのですよ[彼女]を。ですが私達の父や兄である王が許してくれなかった。あの時ほど悔しいと思ったことはありませんでした……ですが私は皇帝の夫になるように育てられた男で、何も出来ませんでした。権力らしい権力も持っていませんでしたしね……それを変えてくれたのが、帝国宰相貴方だ。私達よりも年下だが、貴方が摂政になり幼君の権力を強くしてくれた。それと同時に、皇帝の父にも権力が少しずつながら与えられた。貴方なら解るでしょう “誰かを守るための権力” これを決して手放したくはないと思う気持ち。その誰か、貴方にとっての誰かは尋ねませんが、私にとっての権力は “陛下の好きな人” の為にと思っておりました。陛下は出来の良い子でした……性格の良い、皇帝として頑張る子で、恐らく与えられた妃を大事にして生きていくだろうと。でも、もしかしたら妃ではない人を好きになったら、それが身分の低い者だったら……私が今度は守って差し上げようと思っておりました」
「それが正妃でも変わらないか」
「はい。私は陛下の好きなった相手を守ろうと決めたのですから、その方が正妃であるとなれば喜ばしく思い、そしてあの時の悔しさを胸に守り通す覚悟です」
 デウデシオンは頷いて、
「奴隷……いやロガを連れて帰ってきた所から始まる。覚悟しておくのだな」
 背を向けて、シュスタークの説得へと向かった。

 その帝国宰相の後姿を見送った後、

「 “貴方の女王” 守りきってくださいよ、帝国宰相」
 そう彼は呟き、帝国宰相と話し合って決めた “ロガが一時的に住む場所” の準備が終わっているかどうかを確認するために、ゆっくりと歩き出した。


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