繋いだこの手はそのままに −60
 口から飴玉を飛び出させて『口移しは難しすぎる。直接手渡す』と飴を受け取り肩を落とし、最愛の奴隷娘ことロガの元へと向かう皇帝陛下に敬礼し見送った後、
「手前等……」
 ザウディンダルは表情を引きつらせ向き直った。ザウディンダル、身体は女性と男性が混じっているが、顔は間違いなく男。確かに線の細い部類ではあるが、それはあくまでも男の顔の中でのことであって決して女性の顔ではない。
 それに父親は違ってもデウデシオンの弟、睨みつければ相当な表情になる……が、
「あ〜面白かった」
 キュラにはあまり通じなかった。
 誰がどれほど睨もうが、キュラには通じない。それは本人の性格によるものであり、また軽くいなされて益々怒るのもザウディンダルの性格。
「ふざけやがって!」
 周囲の壁や、カルニスタミアを蹴りつけながらキュラを指差し怒りをぶつける。
 何をそれ程怒っているのか? それは先ほどの『皇帝陛下の口移しの練習台』にされたこと。自らがキス一つで皇帝を魅了できるほど魅力的なモノではないことは理解しているが、それはあくまでも内面であって因子的なものは違う。
『性質的』にザウディンダルは興味をもたれやすく、また皇帝は興味を持ちやすい。
「僕はふざけてはいないよ。どうやら陛下はまだ御存じないようだね、カルニスタミア」
 ザウディンダルに蹴られた壁は壊れたが、カルニスタミアの脚は全く平気。ちょっと痛いかも……しれんな、程度で騒いでいる二人の後をついて歩いていた。その片方であるキュラに振られた言葉に、何時もの表情のまま頷き返す。
「そうだな。さしものケシュマリスタ王も直接尋ねる度胸はなかったようじゃな」
「何の話だよ……」
「そりゃそうさ。陛下が此処で大暴れしてなけりゃ直接聞いただろうけど、アレを見た後じゃあラティランだって “ザロナティオン” を警戒するさ」
「だろな」
「何話してやがんだよ!」
 突然話題の方向性のが変わった事と、それに自分が関与しているらしい雰囲気に苛立ちを感じながら語気を荒げるザウディンダルに、前を歩いていたザウディンダル、キュラ、カルニスタミアよりも遅れて歩いていたビーレウストが語り始める。
「昔々、っても十二年前のことか。俺とエーダリロクともう一人が帝国騎士に任命された日のことだ」
 それに合いの手をいれる、同じく先頭とは離れた位置にいるエーダリロク。
「その日、陛下は “初めて会える異父兄” に心を躍らせていたって、俺は陛下の実父にあたる叔父貴に聞いた」
 はっきりと『自分の事だ』と認識したザウディンダルは、
「……」
 自分以外 ≪自分に関するなにか≫ 知っている四人を見渡す。
「ところが、その異父兄は事もあろうに陛下のお手を払う、馬鹿な真似をしやがる。それでまあ、その男が手を払った理由ってのは “ザウディンダル・アグティティス・エルター” って呼ばれたのに腹を立てたって。馬鹿な理由だ」
 極端に耳の良い帝国騎士は、その時何を言われていたのかを知っていた。
 だが、それを口にする事はなかった。皇帝の言葉に間違いはない、それに異義を唱える権利など誰もないこと。

「それが帝国宰相パスパーダ大公デウデシオンの策だとも知らずに」

「今、何て言ったカルニスタミア?」
「帝国宰相の策だと言った。あの帝国宰相、お前が両性具有だということ陛下にお教えしてなかった……今年の誕生式典で初めて明かされたことだ」
「……」
 自分の名前が皇帝に伝えられていなかった。
 それが意味することは、皇帝は自分を『両性具有』だとは知らない。ザウディンダルが一人勝手に『皇帝に飼われる』事を恐怖し、また存在すら認められていないと思い込んでいた相手は何も知らなかった。
「お・ば・か・さ・ん。まあ、君の性格を知っている帝国宰相だ。仲が悪くなることを想定してやったんだろうけど、まさか手払いのけるとはねえ。本当にバカだよね」
 一人で空回りしていたこと、そしてそれを仕組んでおきながら何一つ言ってくれなかった帝国宰相。その真意は? ザウディンダルが考えても何の答えも出るはずがなかった。
「……陛下は……」
 その事を言っていてくれれば、自分はもっと上手に立ちまわれはしなかったかもしれないが、そして今程皇帝を『嫌ったり』はしなかったはずだ。ザウディンダルは口に出さず、だが誰かに言い訳するように自分に言い聞かせる。
 自分の性格を知ってくれている、最も理解してくれているはずの帝国宰相ならばそうしてくれた筈だと……思うが、現実はそうではない。
「あの状況ではまだ知らんだろうな。むしろ、陛下がロガと結ばれるまでは、帝国側としては必死に隠す方針だ。お前にも異存はないだろう?」
 そして他の兄弟達はその事を知っていたのだ。全員知っていて、帝国宰相の意思に従い皇帝には嘘を突き通し、ザウディンダルには真実を教えなかった。
「あ……ああ」

 一言でも言っておいてくれれば、これ程の疎外感を感じることもなかった。そう思ったところで現実は一人知らされないまま、勝手に皇帝を拒絶していただけ。

「ザウディンダルの落ち込みはこの際どうでも良いが、陛下の落ち込みようどうにかならねえかな」
 部屋に戻り、ロガの家の前の映像を見ながら各自、好き勝手に言っていた。言われている方もなにも耳には入らず、ただ今度会った時、帝国宰相である兄にどのように切り出し、そして真相を話してもらおうかを漫然と考えていた。
「いや、無理だろ」
「俺達がどうこうできる域を既に超えてるからな」
 晩生とはちょっと違う、彼等には当て嵌められる言葉のないシュスタークの行動の数々に、ただ黙って見ているしかなかないのも事実。
「それにしてもあの子、本当に陛下のこと好きだよね」
 皇帝の言動は「あの奴隷のがお好みのようですが、下々(王子ですけれど)である我々には理解できません」状態だが、ロガの行動はシュスタークに好意を抱いているとはっきりと解るものだった。
「そうだな。餌付けに成功したとでもいうのか」
 ネックレス一個と花を数回贈ったきりで、それ以外は全て食べ物ではそう言われても仕方ない。
「失礼だろうが」
「失礼っちゃあ失礼だろうが、それ以外……思い当たる節はねえな。陛下容姿は抜群だし、性格も悪いところはねえが、それ以外は何もねえんだよな。そりゃまあ、身分を明かせば誰もがひれ伏す銀河帝国皇帝だけどよ。あの娘の前じゃあ一風変わった……二風くらい変わってるか? いや三風? ……なんにせよ、奇行を繰り返す貴族でしかないからな」
 銀河帝国皇帝を愛する女は数多いるが、泡吹いて失禁した言動が怪しい仮面をつけた貴族に好意を抱く者はそういない。
 実際、『ロガのところに来てる貴族』に女性として好意を抱いている奴隷は皆無だった。優しそうではあるし良い人だろうが、奴隷には理解できないセンスの仮面やら鬘をつけているし『動きおかしいし』というのが理由である。
 皇帝の愛のテンパリ具合は奴隷も貴族も王族も、一歩引く勢いであることだけは確かだった。
「僕、純粋に不思議なんだけどさ、陛下はあの子の何処に惹かれたんだろう? 性格は確かに良いかも知んないけど、それ以前に “あの子のところに服を取りにいって謝罪する” そう決意させたのは何なんだろう?」
 “素っ頓狂な貴族” ことシュスタークに好意を抱いたロガもだが、頭部の半分が爛れている奴隷娘に興味を抱いたシュスタークも不思議がられても仕方がない。
「あの顔がお好みなんじゃねえのか? そうとしか言いようがねえな。あの顔なあ……あの顔が好みだってなら、今まで用意した女は全て “お好みじゃない” だろうな」
 ビーレウストは悪口を言っているのではなく、そのままを言っているのだが、
「お前等なあ……」
 先ほどから暴言さながらの言葉を続けているキュラとビーレウスの肩をカルニスタミアは掴み力を込めて言葉なく批難するが、それが通じる相手でもない。
「ねえ? カルニスタミア。君、陛下のお心を覗いた時に何か気付かなかった?」


「……………………」


「なんだ? 何か気付いたことがあったのか?」
「何? 何?」
 二人から質問の矛先を向けられたカルニスタミアだが、その事は一生口にする気はない。
「言いたくない……というか、言えん」
 現時点では≪それ≫にシュスターク本人ですら気付いていない。気付かなければ、一生カルニスタミアは≪そのこと≫を口にするつもりはない。
「その意味深な言葉を前に、引き下がれと?」
「引き下がれ……これは陛下だけの問題であって、儂達が口を挟む問題ではない」
 ≪それ≫をカルニスタミアが口にしたところで、聞いた彼等が≪それ≫を訝しがることもないだろうことや、≪それ≫をシュスタークに告げることはない事も理解はしていたが、とにかく≪それ≫を口にするつもりはなかった。
 おそらくシュスタークが≪それ≫について疑問的に尋ねてきたら、カルニスタミアは断固として≪それ≫を否定する気でいる。
「何だそりゃ?」
 ビーレウストは笑いながら力を込められているカルニスタミアの手を引き剥がす。
「どゆこと? ああっ! 陛下が風呂上りのあの子の手首掴んでる!」
 キュラは力では引きがせないことを知っているので、そのままにして画面を眺めていたのだが、そこでついに待望の場面が映し出された。本当は待望の場面ではないのだが、キスでも待望の場面となりえるのが、彼等の皇帝である。
 その高い声に、部屋の隅で落ち込んでいたザウディンダルも顔をあげて近寄ってくる。
「酒も入ってるから。こりゃもしかすると」
 映像をアップに切り替えるエーダロリク。
「いくか!」

 二十四年四十六日十三時間二十五分四秒歳の皇帝が、推定十六歳前後の奴隷にキスをした

「陛下! お見事です!」
 カルニスタミアは肩から手を離し、手を叩いて喜ぶ。
「最後までいくんじゃねえのか?」
 エーダリロクは自分の目の前に小さな画面を出して、色気も何もないシュスタークとロガの断面図を出した。そこには、これもまた色気のないロガの口内の映像が映し出されていたが、その映像から良い感じであることはなんとなく推察できた。
 “なんとなく” なのは既婚者だが彼がそういうコトしたことがないからである。
「うわぁ〜 今頃宮殿スタンディングオベーションじゃない?」
 心の底から喜んでいるキュラの声の隣で、
「あり得るな……いや、そうだろな……」
 兄貴も喜んでるだろうな……表情が綻ぶザウディンダル。その肩をキュラが叩き、監視室全体が良い雰囲気になったのだが、

「なあ、一言いいか?」

 一人だけ冷静な男がいた。
「何だ、ビーレウスト」
 彼はその見た目に反して酒を一切飲まない。
 下戸だとかいうのではなく酒をただ好まないから飲まない彼だが、その彼は一人映像の違う部分をアップにしていた。
「酒を飲まない俺にはわからないが、陛下の飲まれている酒はかなり高い度数の酒なんじゃないか? その場合、娘に急性アルコール中毒の危険性はないのか?」
 彼は酒のデータベースからそれを選び出させる。全員の前にシュスタークの持っている酒と同じ銘柄の物がクルクルと回りながら映し出された。
 それは[アルコール度数87]
 花の香りがする、口当たりの良い酒だが度数は中々のもの。
「……あ」(酒豪カルニスタミア)
「……あれ」(酒神キュラティンセオイランサ)
「……げっ」(酒姫ザウディンダル)

− 約一名毛色の違う称号がありますが、気にしないで下さい −

 三人とも酒が強く、アルコール中毒という言葉など聞いた事はあるが自分やその周辺では無関係だという世界で生きてきたため『その発想』がなかった。
 エーダリロクが急いでロガの血中のアルコール濃度を空気中の呼気から推測する。
「俺、急いで薬作るからお前等先に行って陛下をお止めしろ!」(酒も水も違いのない体質エーダリロク)
 そうとうに危険な状態であった。
 そして彼等と同じ世界に生きているシュスタークは、ロガが酔ったとは思っても『急性アルコール中毒』になっているとは思ってもいない。むしろ彼の中に『急性アルコール中毒』と言う言葉が存在するかどうか? それすら怪しい。
「僕とザウディンダルで先行するから! その後カルニスタミアかビーレウストのどっちかがエーダリロクと一緒に来てよね!」
 そう言うと、キュラは部屋から駆け出して行った。
 少々落ち込んでいたザウディンダルも、切り替え早く駆け出した。それと同時にエーダリロクが汎用プラントを稼動させ、製薬用データを叩き込む。
「どっちが行く? カルニスタミア」
 その脇で、どちらが行くかを話し合う二人。
「儂は残ってる。お前が行ってきてくれ、ビーレウスト」
「好きな女が酔って男に倒れこんでる姿見るのは辛いか」
「相手が男なら辛いだろうが、陛下だからな」
「あ、そ。じゃあ、行くわ。出来たか! エーダリロク」
「おう! 先行してくれ、俺も後追うから」


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