繋いだこの手はそのままに −59
 ロガに仕事がもたらされた……いつの間にか死刑が執行されていたようだな。いやっ! 余も少しながら仕事はしておるぞ! だが! 全ての報告受けるわけではないので……ないので……。
 何でも今回の死体は破損が激しいので、ロガにエンバーミング依頼もはいったそうだ。
 良かったなあ……良かったのか? それよりも、死体の破損が激しいとは、死刑とはどうやって執行されておるのだ? 普通に……普通の死刑執行とはどういったものだ? えーと、えー……宮殿に戻ったら死刑がどのように執行されておるのか聞くか。
 最近は全く執行されておらなかった死刑ゆえ、詳細を知らぬは。
 こんな死刑執行の許可をだす者の上に立つ余の近くで、死刑執行された後始末をするロガが忙しく動き回っておる。余は書類に目を通すか通さないかですむが、実際に動いておるものは大変なのだな。
「あの、ナイトオリバルド様」
「どうした? ロガ」
「ありがとうございます。新しい機材まで用意してくれて」
 …………? 新しい機材? 何だ? 待て! これは余の兄弟達が気を利かせて何かを、余の名でロガに贈ったのであろう。デウデシオン以下兄弟達よ! 何時も気を使ってくれるのはありがたいのだが、何を贈ったかを余に教えてから贈ってくれぬか。
 感謝の言葉を受け取る度に、余が混乱してしまう。
 いや、そんなことは言うな、シュスタークよ! 兄弟達は全員……ザウディンダルは外れるかな? ……と、ともかく全員で至らぬ余を盛り立ててくれているのだ! 機材は恐らく今使うのだな? となれば……
「エンバーミングの機材のことか?」
「はい」
「気にするな。それとな、ロガ」
「はい?」
 此処は正直に言っておいたほうが、後々何かと良かろう。
「実は、それは我輩が用意しろと言ったのではなく、兄弟達が気を回して用意したものなのだ。我輩はこの通り、あまり気の回らぬ男でな……それだとロガに嫌われてしまうのではないか? と兄弟達が気にして、必死にその……なので、偶に我輩も知らぬ贈り物が届くこともある。その……」
「はい、知ってます」
「え?」
「あの、これ持って来てくれたキャメルクラッチさんが “これは私が勝手に用意しましたけど、ナイトオリバルド様からの贈り物であります。私個人からの贈り物では決してありませんので。感謝の言葉はナイトオリバルド様にお願いしますね” そう言われて……あの……」
 お前達、そこまで気を回していてくれたか。
「そうなのか。ならば気にしなくていいな。多数の贈り物をキャッ……キャメルクラッチがもってくるであろう。それは遠慮せずに受け取ってくれ。余も負けないように色々と贈り物を考えるが、あまり思い浮かばなくてな。いやっ! 思い浮かびはするのだが! その、どれにするか選べぬ優柔不断ぶりが! そのっ!」
「あのネックレスだけで十分ですよ。本当にいつもありがとうございます」
 可愛いなあ……にっこりと笑ってくれたその表情と、決して崩れぬその姿勢。
「ロガ! 大して役に立たぬだろうが、我輩も手伝いたいのだ……駄目か?」
 何をするのかはわからぬし、ほとんどの事はロガの方が上手かろうが、死体をそこにある台に上げる程度ならば余がやった方が早かろう。
「よろしいのでしたらお願いします」
「そうか」
「では、このケースから死体を出して台の上に乗せてください。その際に、身体に触れないようにこのシートで死体をくるんでくださいね」
「解った」
 ロガから渡された透明のシートを持って、ケースを……ケースを? どうやって開くのだ?
「あ、あの……ロガ、お手数をおかけ致しまするが、ケースの開き方をご教授頂ければ幸いに」
 手伝いといってこの有様! ああ! 自分の常識知らずが恨めしい!
「あっ! これですか。ちょっと待ってくださいね」
 そう言ってロガはへこんでいる部分に手をかけてはがした。そうやって取れるのか。さて、それでは死体を運びだそ……
「ゴポッッ!」
 空に、余の吐瀉物のアーチが架かったことだけはかろうじて覚えておる。


 そう言えば “余” はこのような死体を見たことがなかったなあ。“ザロナティオン” ならばこれ以上の悲惨な者も見ていたであろうが……


 “唇が……ん?”
 唇が何となく濡れている感触で、暗闇から抜け出ることができた。
 目を開けると、ロガの顔が……
「気がつきましたか! 良かった!」
 口を必死に吸われていたらしいのだが、何を?
「あ、ああ……な、何をしてくれておったのだ?」
「吐いて気を失っちゃったから、喉に詰まって死んじゃうかもとおもって! そうなるんだってお父さんが言ってて、人工呼吸の練習をしたことがあったんです!」
 えーと……
「呼吸を確保してくれたのだな」
 この吐瀉物がついた口にな……
「はい! 本当は機械の方がいいんですけど、ここに機械はないから……ごめんなさい! ナイトオリバルド様こういうの見慣れてないから吃驚しちゃったんですね。気がつかなくてごめんなさい」
「いや、そのちょっと驚いただけだ」
 よく考えなくとも、余は前にロガの目の前で大暴れをした。手で脊椎ごと頭蓋を引き抜いて大暴れしておったのだから、人の死体に慣れているとロガが思うのは当たり前だ。むしろ、死体など振り回してしまうようなイメージがあったであろう。
「あの……あの……口濯いでから人工呼吸すればよかったんですけど、あせっちゃって……変な感じとか……」
 それは余が言わねばなるまい。
「ありがとう……我輩は手伝わぬ方が良いようだな」
「あ、お洋服に」
 ロガは余の服にかかった「自爆ゲロ」とでもいうのだろうか? それを丁寧に拭いてくれた。
「ロガ……よい。カル達のところに行って着替えてくるので。その……ロガは仕事をしてくれ」
 余はいるだけで仕事を増やしてしまうので、一時退散するとしよう。
「は、はい」
 キスしたいとは思ったが、まさか自らの吐きながら気を失った後の呼吸を気遣われるとは……よくもまあ、こんな状態の口を吸ってくれたものだ……
「カルニスタミア……入れてくれぬか」
「陛下、お待ちしておりました! お入り下さい」
 管理区で服を脱いで軽く身体を洗ってもらって着替えて落ち着くと、ますます自分の失態に気がめいる。何かもう、このまま宮殿に帰ってロガに会いたくはない。いや! 会いたいのだが、会わせる顔がない!
「陛下、落ち込まないでください!」
「そうですよ」
「陛下! 嘔吐した直後の口なんて、よほど好きでもない限り人工呼吸してくれませんよ!」
「そうですよ! そうそう、だから自信を持って!」
 皆に励まされるのだが……
「だが、初対面で失禁を片付けてくれるような相手だぞ。責任感は強かろう」
 はあ……無能は無能らしく、黙っておれば良かった。
 落ち込めるだけ落ち込んでおったら、
「陛下。口直しにと、陛下がアメでも口移しすれば良いかと」
 突如ザウディンダルが口を開いた。
 口直しに? 口移し?
「それなら直接その飴を渡した方が良くはない……」
「良くありません! そこでアメを直接渡したら何にも繋がらないんです! そこで口移しするのがっ!」
 そ、そんなに熱くなるなザウディンダルよ。座っておる世の襟首を掴んで、斜に怒鳴りつけてくる。まあ、此処ならば誰も見ておらぬから好きなだけ怒鳴るが良い、ザウディンダル。
「そ、そういうものなのか?」
「そうですっ! そうしてください!」
「わ、わか、わか、た。で? ザウディンダル? 口直しの飴はどういったものが良い」
 尋ねた瞬間に顔が赤く染まり、突如小さな声で囁くように語った。
「い……いちご……」
 苺な……何故かザウディンダルが苺と言ったら周囲は大笑いをしたが。何故であろうか? その大笑いに気を悪くしたらしく、余の襟首から手を離し一番笑ったガルディゼロ侯爵に殴りかかりにいった。
 ザウディンダル、ガルディゼロ侯爵も中々に強いと聞くぞ。そんな二人を脇目に、ビーレウストが近寄ってきた。
「まあ、あれは放っておいてください陛下。でも、案としてはよさそうなので採用してもよろしいかと。飴は苺味でも何でもいいですが。どうです? 陛下練習していきませんか? 飴の口移し」
 やるのであらば、練習は必要であろうな!
「おい、練習台はザウディス、お前が務めさせて頂け」
「いや、あのビーレウスト。ザウディンダルは……」
 ますます余がザルディンダルに嫌われてしまう。ザウディンダルは物凄い表情を浮かべたが、一瞬でそれを直して『提案した以上、お受けいたします』
 そう言われた以上、余が拒否するわけにもいくまい。よし!
「ありあわせですが、オレンジで試してみてください」
 エーダリロクから渡され、少しカルニスタミアの方を窺うと、にっこりと笑って “どうぞ” と促された。そ、そうか、ならばやってみようではないか。よし飴を口に含んでいざ! 口移しっ! ん……がっ……!
「陛下? 陛下!」
「ちょっと水!」
「陛下! 確りしてください!」

緊張し過ぎて、間違って深呼吸してしまい、その拍子に飴が喉に詰まった……無理だ

 結局、あの五人をも慌てさせただけであった。
 ビーレウストが『御免』といって、余の背中を叩いた所、口からポーーンと……何か今日はよく口から出てくるなぁ……。
 そんな訳で、不可能を知り余はロガのところへと戻った。すっかりと吐瀉物は片付けられ、そして仕事も終わったようだ。
「ナイトオリバルド様」
「ロガ」
 その後、ロガが風呂に入っているのを外で待ちながらぼうっと空を眺めておった。毎回毎回思うのだが、余は一体何をしておるのやら。
 そうしていると、キャッセルが今夜と明日の朝の食事の入った箱を置いていった。
 とても『はぁ……』な気分の余は、箱の中にある酒を取り出し、蓋を外してそのまま飲んでみた。行儀が悪いことは知っておるが、なんと申すか……やるせない。
「あ! 今急いで準備してきますから」
 風呂から出てきたロガは余を観てそのように言ってきた。
「何をだ?」
「グラスに注ぎますから、待っててください」
「いや、これで構わぬ……ロガ」
「はい?」
 湯から出たばかりのしっとりと濡れたロガの手首を掴み、
「飲まぬか?」
 余は酒を勧めてみた。
「え……」
「十五を過ぎれば酒を飲んでも良い。飲まぬか……その、口消毒ってことで。まあ、その……消毒したほうが良くはないか?」
 それを聞くと、ロガは困ったように微笑む。顔の半分を覆い隠している布がなく、爛れた部分もあらわになっているその顔に恐ろしさなどない。寧ろ愛おしい。
「気にしてくださらなくてもいいのに。じゃあ、少しだけいただきますから。待っててください、コップ持ってきます」
 そう言って離れようとしたロガの手首を引き、身体ごと座っている余の脚の上に乗せ、
「いや……こうやって」
 液体ならば平気ではないかな……ロガの唇に触れて、酒を少々流し込んだ。
 驚いた表情を浮かべておるなと眺めながら口を離し、
「その……味はどうであった。これは甘い花の香りがする酒でな。飲みやすいと思うのだが」
「おいしい……です」
 耳まで赤く染め、恥ずかしそうに伏し目がちに余を見上げてくる。とても、その……離せそうにはない。
「もう少し、飲まぬか」
 そう言って、何度も口に酒を含みロガの口に注ぎ込む。
 何度か繰り返していると、口が開いたままになりなった。酒を再び口に含み、ロガの口に注ぎ込みながら舌を吸い軽く噛む。ロガはピクリと一瞬身体を硬直させた後、ため息をついて余の手の中で崩れた。


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