繋いだこの手はそのままに −56
 皇帝陛下の恋を “なるべく早く” 成就させる為に、日々活動中の管理区画にいる五名。
 恋の成就に最も必要なのは『ロガの身の安全の確保』
 もっとも、あのシュスタークの暴れぶりを見た奴隷達がロガに対してどうこうしようと思う事は殆どないのだが、ロガの家に “貴族から貰った高級品があるのではないか”? それを盗もうか? と思う命知らずはいた。
 最も命知らずは、本当に命を知らなくしてしまっているのだが。
 ロガの家周辺は二十四時間死角なしで見張られている。ただし “家” だけ。内部は今だ見えない状態。
 そんな訳で、内部監視は彼等五人に任されていた。任されてはいるのだが、カルニスタミアに中を覗かせるのは色々と不味かろうと、その任から弾かれ実質四人で中を覗いて見張っていた。今の担当はビーレウスト、本人が最も得意とする射撃、その射撃に使う専用狙撃銃のスコープでロガの家の中を覗いていた。
 普通ならどう好意的に見ても “覗き” だが、
「あの子は怪我とかしてない?」
「平気だ、料理も怪我無く終わった。失敗はしてるが」
 指先を軽く切ろうものなら、彼らが薬を持って突進せねばならない。ロガには凄い迷惑なことだし、それが迷惑な事は彼等も解っていたが怪我させておくわけにもいかないのだ。
 だが、ロガが怪我をして彼等が往来を突進していけば目立つ。
 車などで向かえば良いと思われそうだが、車で出る場合門を開かなくてはならないので、召使用に使っている警官達が逃げ出さないとも限らない。それを注意して、警官達を全て監禁して出かけるよりかならば、薬を持って身一つで門を飛び越えて行ったほうがはるかに速い。
「この前軽い火傷した時、帰り道で奴隷たちに変な顔されたねえ」
 キュラとエーダリロクがすさまじい勢いで往来を駆けていけば、普通の人間は驚くだろう。
「ヘリでも用意しておくか?」
「視点をかえてみないか?」
「視点を変える?」
「地下から上に抜ける場所を作ればいいんだ」
「何処に?」
「あそこは墓だろ? 入れ替えだとか言って、墓穴を掘ればいい。その際に穴を下水まで通して、そこから出られるように固める。上から掘って土も新しいのにしておけば、奴隷娘も怪訝に思わないはずだ」
 エーダリロクの提案に、大体は賛同できるのだが、
「だが、入れ替えるにも死体はないぞ」
 必要な[死体]がなかった。
 現在、殆ど行われていない “死刑”。ロガのいる墓に入るのは「平民の死刑囚」それは現在、戦争に役に立つということで収監された刑務所で教育し、前線へと向かわせるのが一般化していた。無論、帝国宰相デウデシオンは必要だと言われれば百人、二百人即座に処刑するだろうが、
「作る」
 エーダリロクの考えは違った。
「は?」
「作るって、そこら辺の人間の屑警官を殺すとか?」
「それでも良いけど人間製造でいこうぜ」

 言われた四人は顔を見合わせ、そして少しだけ笑った。

 − 人造人間の製造は『帝国』が成立するまで、それ以降も続いたが『人間』の製造はそれが出来ると解った時点で『倫理上の問題』として作ることを禁止されていた。勿論禁止されても作るものは大勢いた。その “おかげ” で『人間』の製造方法は存在し、王族やそれに近いものならば製造方法を見る事ができる。

 ただそれは、完成をみなかった製造方法であった

「確かに “人間” に見えるね。ただ、ぱっと見たカンジだけだね」
 人工精子と人工卵子を組み合わせてつくる人工人間の赤ん坊は簡単に生命を吹き込み、外部と触れ合わせ成長させる事はできるが、人間を最初から望みの年齢にして作成する方法は “完成” をみなかった。
 形だけ作っても、決してそれは動く事はなく唯の肉の塊でしかなかったのだ。
『最初から成人』その過程で必要となる人間の細胞の成長サイクルを早める薬品、それを最初から組み込むことで成体として作り出せる薬、だがそれは人間を指示された肉体に成長させると同時に、生命活動を停止させる機能があった。
 正確には『純粋な人間』には。
 今現在ある一定の階級から上では、それは薬を製造した者の意図するとおりに効果を齎す。何故なら、薬を製造した者は最初『人造人間』でその効果を試したからだ。
「生きていた証拠が何処にもないから、不気味だな」
 昔ならばそれなりに苦労した『人間』を簡単にエーダリロクは作り上げる。
 成人男性で凶悪犯を混ぜ合わせた顔、そして体格。
 だが、どれほど上手く作っても『生まれてきたばかり』であることは隠せない。凶悪犯の顔をしているのに、爪は美しくピンク色で肌には傷つけられた痕ひとつない。生活していれば徐々に厚くなる手の皮も、かすれる指紋も、骨格のゆがみもない。
「偽物だってばれるんじゃないのか?」
「だから、そこはほら、暴行だよ。正式には死体破損。あの娘が死体を直す仕事があるってことは、それなりに死刑囚の死体は壊れてるわけだろ? それを逆手にとって、この作った人型を破損させる。蘇生器に入れて三分もすれば細胞は無理矢理生きている状態にされるから、生活反応つきで破損させられるぜ」
「君、本当にこういうの上手だねエーダリロク」
「そりゃまあ、蘇生器に流すエネルギー量の測定に一番効果的なんだよ。生きてる人間使ってるわけじゃないし、生体反応がないのに無理矢理 “生体反応” をつけるってのが蘇生器の存在意義だろ? 俺達よりも回復能力が劣る人型で試すのが最も効果的だからな」
「人間作り出さない限りは問題はないが。ま、生きてきた証拠がない以上、結構派手に破損させてやるか」
「そうするか……」


「ちょっ! 壊しすぎだろが!」


「悪い、ついつい。この初めての感触に興奮して」
 一人血溜まりの中で嬉しそうに “何か” を持っているビーレウストに周囲は軽く引いた。
「エヴェドリットらしいって言うのか……」
 ちょっと壊して死刑囚として送り、修復作業をさせてロガに金を渡し、その後墓を掘り返して下水まで到達させて通路にさせる……はずだったのに、ビーレウストは『これを元に戻すのは粉々に砕けた土器を復元する作業』のレベルまで砕いていた。
「新しい者を破壊する時は、いつもドキドキするな」
 本人も血に染まっている。
 ビーレウストは射撃を得意とするので、血の海で肉片を握っている事は稀だ。それはビーレウストが血を嫌っているのではなく、
「そんなモン、どうやって直すんだよ」
「もう一回蘇生器に入れて、ある程度修復させるか?」
「何言ってんだよ、カルニスタミア! そんな二度手間かけるくらいならもう一回作ってもらって僕と君で破壊したほうが早いよ! ちょっとビーレウスト、君帰ってよ!」
「い・や・だ……あぁぁぁぁ!!」
 血に酔う傾向が非常に強いためだ。
「ああ! もう! 殺戮人モードはいってるよ! ちょっと! ザウディンダル! あれ、どうにかして落ち着かせてよ!」
「無茶言うなよ! キュラ」


 その後、カルニスタミアとエーダリロクが二人がかりでビーレウストを押さえつけ、元稚児だったキュラとザウディンダルが『何か』をして、


「やっぱ人は抱くもんじゃなくて、殺すもんだな」
「ああ、そうかい。君はそういう男だよね」
 何とかその場は落ち着いた。
 ビーレウストが落ち着きを取り戻した部屋は、ベッドは壊れソファーは破壊され、髪が乱れたキュラと、
「あ、兄貴! 何? え? ……その、これは……」

 通信モニターの向こう側にいる、眉間に皺を寄せた帝国宰相に必死に言い訳する全裸のザウディダルの姿があった。

**********

 帝国宰相に呼ばれて帝星に戻り、必要な資材を積んで戻ってきたザウディンダル。
「おい、帝国宰相から次の指令が来た」
「宰相閣下、今度は何を?」
「ベッドを部屋に設置したんだ、次は陛下を泊めなきゃならねえ。その準備として、水の確保」
「水はそうだろうね」
「それと、風呂とトイレを完備させるそうだ。陛下がその気になっても、娘の方が薄汚れた身体気にして拒んだら困るからって事らしい」
「あの帝国宰相閣下にしちゃあ、随分と気が利くじゃないか」
「弟の誰かが提案したんじゃねえのか? それとも、手前か? ザウディス」
「俺は何も言っちゃいねえよ」
「帝国宰相がザウディンダルになんて聞くもんか」
 そんな訳で彼等は『偽死体作り』を一時中断し、下水道に皇帝専用の浄水プラントを設置する作業に移った。
 音が響く下水で、五人とも次々と簡易のプラントを組み立ててゆく。
「帝国宰相もがっつき始めたな」
 ビーレウストがそう言うと、
「だってもう後宮にはあの子を受け入れる体制が整ってる……って訳でもないけど」
 『ああ、そうだね』といった風にキュラが答える。
 ロガを正妃として後宮に迎え入れる用意は進められているが、完了しているわけではない。
 何が最大の問題かといえば『身分』 そして最大の障害は『四王』
 皇帝の妃は平民まで譲ったが、最下層の奴隷となるとそう簡単には許可はでない。皇帝の正妃自体は王の許可なく迎え入れられるのだが、その正妃に絶対に必要な『称号』となると、帝国側の一存では決められない。
「帝国宰相と王の間の称号調整は上手くいってねえようだしな」
 建前では『皇帝の一存』で決められる正妃の階位・称号だが、それはあくまでも建前であって、実際は四王からの同意が必要となる。
「そりゃそうだろな、俺の兄貴ロヴィニア王ですら[皇妃]で十分だろって言ってるくらいだ。外戚になって権力握れる可能性が一番高い俺の実家ですらこれなんだから、他王家は[帝妃]以外での正妃入りは認めない方向なんだろ?」
「ラティランは[帝妃]で押してるけど、多分これで長引かせるつもりだろうね。帝国宰相側は[皇后]で迎えるつもりらしいし、この話し合いは無駄以外なにものでもないだろうね。決して交わらない主張であり利権だからさ」
 ケシュマリスタ王側がロガの身分が低いので皇后として迎えることを拒否している。前例となる皇妃ジオも帝后グラディウスも平民出であったことから、それ以下の身分のものをそれ以上の地位に就けるわけにはいかないとしている。実際のところは皇帝の最高位の妃・皇后の座にロガに就かれ子が生まれてしまえば、ケシュマリスタ王の皇位を狙う道が閉ざされることは確実。
 対する帝国宰相側としてはロガの身分が低いので皇后として迎えてそれ相応の地位を持たせ、シュスタークの子に何の問題もなく皇太子位を継承させたい方向だ。
「俺の甥はランクレイマセルシュを一番警戒してるぜ。あいつのことだ、ギリギリのところで一人[皇后]に賛成して、良い所を取ろうとしてんじゃねえかってな」
 そしてケシュマリスタ王の皇位を狙う道を完全に閉ざす最後の砦が、現皇帝の外戚「ロヴィニア王」
 二代続けて皇帝の外戚の座におさまっている名よりも実を取ることが家訓の王家。その現主はまさに家訓通りの男でもある。ロヴィニア王にしてみれば、次の代では今まで以上の権勢を得る事が確実な奴隷正妃の存在。
 帝国宰相としてはロガを皇后にするためには、ロヴィニア王の力は絶対に必要となる。
「良いところって具体的になんだ?」
「まだ “生まれてもいない取り分” じゃない? 皇女殿下が生まれたら一番にもらえる権利とかさあ。あの子が最初に皇子を産んで次に皇女と来たら、皇女を持っている家は絶大な権力を握るね」
「だろうな。兄貴が皇妃で渋ってるのは、まだそれらの取り分調整が上手くいってねえんだろうよ。兄貴は強欲だから、皇女は全部寄越せとか言ってんじゃねえのか。兄貴ならそのくらい言いかねねえよ。ま、兄貴はラティランと違って “皇帝の外戚で権力を握る” のには強い執着をみせるが “皇帝になる” こと事態には全く興味はねえらしい」
「そりゃまあ、陛下はロヴィニア系皇帝だからねえ」
 話をしながら機材を次々と組み立て、ケーブルを繋ぐ。
 彼らの皇帝とロガの関係は全く進展してはいないが、違う方面では既に次代後継者や、その配偶者まで話しが進んでいる。
「片親が奴隷でもいいものなのか?」
 一人納得がいかないのはザウディンダル。
 自分達『庶子』の中にはそれこそ家名持ちの貴族を父に持つ者もいるのに、庶子以上には決して上がる事はできなかった。
 自分達が庶子である理由を理解していても、奴隷の子が次の皇帝確実と言われれば、ザウディンダルの胸中に仄暗い物が降りてきても仕方はない。それは決して王子には理解できない感情であり、同じ庶子ではあるが異母兄王が奴隷を妃として迎えていないので解りようがないガルディゼロ侯爵であった。
「解らない親よりならば解った方がいいだろう。手前みてえに父親が誰か解らないのに比べれば、奴隷でも判明している方が家系図に載せられるからマシだ」
「……悪かったな」
「別にいいだろ、お前は家系作らないわけだし」
「帝国宰相一筋だもんね〜」
 そんな事を言いながら、彼等は作業を終えた。
「なあ、エーダリロク。俺は甥から僭主狩りに行って来いって言われてるからちょっと行って来る。その間に偽死体でもつくっておいてくれ」
 ≪アレ≫が嫌いな甥のエヴェドリット王から≪アレ≫が生息している惑星に僭主が数名潜んでいるから殺すように命じられていた。もちろん、この皇帝陛下のお風呂を作る前に下された命令だが、陛下のお風呂と僭主殺害ならば風呂の方が大切だ。
「わかった」
「それで、ちょいとカル借りていくぜ」
 一人で殺すことが大好きなビーレウストが、わざわざ同等の身体能力を所持するカルニスタミアを連れて行くという事は[取り分]要するに[殺せる人数]が減る。……それをおかしく思わない者はいない。
「じゃあ、僭主を討ちに行くか。ところでどの系統の僭主だ? お前に命令が下されたということはエヴェドリット系だろうが」
 カルニスタミアもビーレウストが何かを言いたいのだろうと察し、直ぐに頷き立ち上がった。
「ビュレイツ=ビュレイア王子系統らしい」
 言いながら二人は機材を放り投げて、管理区へと一足先に戻っていった。その後姿を見ながら、

「あの人殺しがねえ……」

 呟きながらキュラはエーダリロクをチラリと見た。
『ビーレウストがカルニスタミアに言おうとしていること、知ってるみたいだね……何だろ?』


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