繋いだこの手はそのままに −55
 『余の正妃にしたいとおもう』
 ここまで気持ちを決めておきながら、具体的な策が思いつかぬのが余である。己のぼんくら加減に気が遠くなりかかったが、それでは何も進まぬだろうと余はデウデシオンに策を集めてくるように依頼した。

 デウデシオンに聞くのは無理だからな。

 結果『外泊』となった。ロガの家に泊まり語らう時間を増やしロガの気持ちを確かめることが最良なのだそうだ。
 ロガの家に泊まっても良いとデウデシオンも許可をくれた。こんな余ではあるが、皇帝である。そう簡単に外泊などできぬ……はずだが、あっさりと許可をくれた。ロガを妃として迎えるのも重要だからであろうな。むしろベッドまで運び込んでおきながら、そんな質問をされて皆も困ったかもしれないが。
 『全く問題ございません。ですが、一日一回は戻ってきてください。体調管理のこともありますので』という事なので、一泊し翌朝には帰ろう。そしてまたその日の夕方に!
 それで泊まりたいという事をロガに告げようとしたのだが、
「カルニスタミア?」
 既にロガの家に、カルニスタミアが居た。また大きな資材を多数運び込んで。
「何をしておるのだ?」
「おはよう御座います、ナイトオリバルド様。実はここに風呂と、トイレを設置しようと思っております。あった方が何かと便利ですので。それと、昨晩室内の方に水道を設置いたしました。飲料水の確保は完璧です」
 余が外泊するとなると、大変なのだな……知っていたことだが、
「悪いな、カルニスタミア。テルロバールノルの王子にそのようなことをさせて」
 梱包をはがし、浴槽とトイレを肩に担いで歩いているそなたを見るのは心苦しい。宮殿に戻ったら、そなたの兄アルカルターヴァ公爵に少々詫びておく。弟王子にこのようなことをさせて済まないと。
「何をおっしゃいますか」
「あ! ナイトオリバルド様! ありがとうございます!」
 家の中から駆け出してきたロガが、そのように言ってきた……何が?
「綺麗なお水が出ます! それで、ちゃんとお顔を洗うお手伝いと口を漱ぐお手伝いさせていただきますので! キュラさんとカルさんに教えてもらいました!」
「?」
 話を聞くと、家の中に水道を引き、余の顔を洗う為の洗面器と、口を漱ぐコップを用意して、余に対する一連の作業を学んだそうだ。
「朝、目が覚めたらお湯を汲んで、コップにはお水を入れてベッドにいらっしゃるナイトオリバルド様のところに運んでいって」
 一生懸命覚えてくれたのだろうな。
「いや、その……ロガ。そこまでしてくれんでも良いぞ。苦労かけるために泊まりにきたわけではなく……」
 何しに来た! シュスタークよ!

 ふ〜む、一体何をしにきたと……言えばよいのであろうか?

 その後、ロガは家の中を掃除、カルニスタミアとキュラティンセオイランサが浴室を作り上げておる。
 浴槽以外にも、周囲を覆う衝立のようなものと、脱衣所をつくっておくらしい。かなり小さい脱衣所だが……ロガが使うのであればあれで十分であろうな。余は……余は一緒に入浴したい気持ちはあるが、ロガに迷惑をかけること疑いなし!
 一日一度は宮殿に戻るゆえ、その際に丹念に入浴してこよう。
 そう考えたおったら、
「ナイトオリバルド様」
 手袋を脱ぎ、肘まで袖をまくっているカルニスタミアが声をかけてきた。テルロバールノルの王子に手袋まで脱がせて作業させてしまって、本当に悪い。貴族や王族、皇族にとって手袋は必須であるというのに。
「どうした? カルニスタミア」
 何で必要なのか? 理由は知らないが。
「これが浴室の操作卓です。」
 そんな事を考えていると、カルニスタミアは余の前に端末を置いた。
 余の前に出される “書類” は基本的に紙だが、稀に専用端末の画面で見ることもある。
「これは浴室の制御用操作卓です」
 カルニスタミアからこれの操作方法を教えられ、余は必死に覚えた。せめて! せめて浴室くらい制御してやらねば! ……とは言っても、このぼんくらなる余に寄越されるものであるからして、非常に簡素化されておった。
 これならば余でも失態をせずに済むような気がする。
 カルニスタミアとそうこうしていると、何処かに消えておったキュラティンセオイランサが荷物を持って戻ってきた……本当にお前達には迷惑をかける。
「本来ならば荷物など運ぶような身分ではないお前達にここまでさせて、なんと言っていいやら」
「そんなことは御座いません。ナイトオリバルド様、儂等は命令ではありますが好きでやっておるのですよ……そうですな、ナイトオリバルド様がロガの元に料理を運ぶのが楽しいのと同じ、いやそれ以上かもしれません。儂等は貴方にお仕えするために存在しておるのですから」
 カルニスタミアの表情は、穏やかさよりも寂しさが感じられた。……ザウディンダルは別れてくれたであろうか?
 さすがにそれを両者に聞くことはできぬ。ザウディンダルに “別れてやってくれ” そう言ったこと自体、かなり余計なことだった気もしておる。
「はいはい。浴室製品持って来たよ。好きなの選んでくれるかな? ロガ」
「好きなの……ですか?」
「ああ。そうだね、香りが気に入ったのを選んでくれれば。全部気に入ったなら気に入ったで置いていってもいいよ」
 キュラティンセオイランサが開いたケースの中から、色々な香りが溢れてくる。
「うあぁぁ」
「石鹸入れとかは僕が選んできたから。気に入ってくれたかい?」
「すごい綺麗!」
 陶器でできた石鹸入れを手に乗せながら笑っている姿に、
「あれほどまで喜んでくれると、贈り甲斐がありますな」
「そうだな」
 余とカルニスタミアは、箱の中から宝物でも取り出すかのように手を入れて石鹸をとりだして香りを嗅いでいるロガの元へと近寄った。
 ケースの中には、石鹸としては地上で最も高価な五種類がはいっておった。各家から自家で使っておる物をロガの肌に合うようにして持って来たのであろう。王家には王家の香料やらなにやらがあってな、香りでも何処の家出身なのかを判別できるようになっておるのだ。
 この香りも覚えておいてしっかりと判別してやらねば、余と王との関係に問題が……。
「これ、良い香りです」
 ロガが気に入ったのは、蒲公英の紋章が入っているオリーブの石鹸。
「良かったね、カル。君が用意した物が気に入られて」
 テルロバールノル家で用意したものだ。
「別に儂ではなく」
「でも用意したの君じゃないか。じゃ、存分に使ってね」
「ありがとうございます」
 用意は終わりましたと言った後、二人は直ぐに去っていった。
 必死にロガと余を二人きりにしてくれておるのであろう! そなた達の期待に応えるためにも! ためにも!
「これ、カルさんが用意したんですか……カルさんの香りに似てますもんね。お家で作ってるんでしょうか?」
 家というか、専用の工場がある。原材料を作る専用の場所も。
「それはカルニ……カルの家の木だ」
「お庭に生えてる木から作ったんですか?」
「いや、ちょっと違うのだが……その貴族の家は各々、その家の花や木や色を持っておってな、ロガが今選んだオリーブはテルロ……テルテル家の家木だ!」
「テルテル家?」
「そうだ、カルはテルテル家の次男だ」
 栄誉ある銀河帝国最古の王家の名前を勝手に変換してすまぬ! だがっ! だがさすがにテルロバールノル王家は出せぬ。
「カル・テルテルって名前なんですか?」
 妙に語感の面白い名前になってしまった! カルニスタミアよ! だ、だが此処は、訂正せねばなるまい!
「いや、この場合はテルテル・カルになるのが正しかろう。カルはテルテル家の先代当主の息子で、今はカルの兄がテルロ……テルテル家を継いでおる。その兄にも既に子がおってな。先代当主の第二子と現当主の第二子がいる場合、どちらも “第二子” であるからそれを名で見分けさせる為に、先代当主の子は家名……ではなく、家の名前を自分の名前の前に移すのが習慣となっておる」
 帝国は順列にこだわる為、それをはっきりと記す為に名前の並び替えは頻繁に行われる。
 カルニスタミアもエーダリロクも実兄が王として即位し、実兄に第二子、第三子がおるので名前が「先代王の子」表記と変わっておる。カルニスタミアの場合は[バウサルテゥ・テルロバールノル]から[テルロバールノル・バルサルテゥ]にエーダリロクの場合は[サフィス・ロヴィニア]から[ロヴィニア・サフィス]と。
 ちなみにビーレウストは甥が王の座についておるので、前者の二人とはまた違った表記であり……
「…………」
「あっ! 説明が悪かったな! スマンな、上手く説明できなくて。カルはカル・テルテルではなくテルテル・カルと言うことで納得してくれぬか?」
 カルニスタミアは納得できぬであろうが、許せ! 我が永遠の友よ!!
「難しくて、吃驚しちゃって……その……」
「慣れれば簡単な決まりだ。それよりも、風呂を試してみぬか? 操作方法はカルから聞いた」
「はい」
 余は端末を持ち、ロガと共に浴室の傍によった。
 浴槽から蛇口、シャワーヘッドなどほぼすべてが陶器で出来ておる。肌触りも良いし、
「この棚に先ほどガルディ……キュラが持って来た小物を置けばよかろう」
「はい!」
 ロガの身長にあわせた棚なので、余は膝をつかねば見えぬ。皇帝たるもの膝をついてはいけなかった気がしたのだが、これは別に良かろう。
 バスオイルなどを手にとっては嬉しそうにしておる。それほど高価な物ではないが……喜んでくれるのだ……余の高価の認識はもしかしてロガとは “ずれている” 可能性もあるな。ふむ、もしかしたらとても高価なのかもしれないな、そのバスオイルなども。
 今ロガの手に収まっている瓶の中にあるのはローズオイル。
「お肌にいいんだそうです!」
「そうか、薔薇はエヴェド……ビーレの家で作っておる物であろう」
 薔薇の香りはエヴェドリット。別に香りが好きなのではなく、薔薇から抽出されたオイルに身体修復機能を高める成分があるための事だ、あの一族は戦闘中に体力が回復するなら多少のゲテモノでも平気で食べる。薔薇はいい香りだがな。
 ロガが今持っている瓶の量からすれば、惑星二個分くらいで採取された薔薇をしようしておるだろうが……それは高価なのか?
 いつも、何トンも一度に受け取るのでそれほど高価という気はしないのだが。
「それではロガ、水を出してみよう!」
 考えても仕方あるまい、余は今ロガが入浴する手伝いをせねばならぬのだ!
「はい」
 さあっ! シュスタークよ! ≪シャワー≫のキーを押すのだ!


頭から水をかぶってしまった……


 そーだなーシャワーとは備え付けられているものであったな。
 膝をついて棚をみている状態でキーを押したため、頭から水をかぶってしまった。
 シャワーは備え付けられている場所から動かないから、そのまま水が振り注ぐわけだ。宮殿の湯殿にはシャワーを持っている専門の者がいるからして……あの位置からシャワーが降り注がれるとは思ってもみなかった。シャワーが勝手に動いても困るのだが。
「て、手間かけさせてしまったな」
 ロガと二人で何とか上半身の着衣を脱ぎ、髪を拭いてもらった。
「そんなことないですよ」
 床に座っている余の頭にタオルを被せ、拭いてくれておるのだが……その……背中にピタリとくっついている太股とか腹とかが……とても……その
「ロガ! 入浴してくるといい。余は外で待っておるから」
「は、はい」
「覗かれたりしたら困るであろう。余は抜けておるが、外で座っておればさすがに覗きに来るものもおるまい。安心してゆっくりと入浴してきてくれ」
 余の髪はまだ濡れておるが、薄い衝立の向こう側に感じられる温かい蒸気と、湯が跳ねる音を聞いていると、とても幸せになってくる。
「どうだ? ロガ」
「は、はい。気持ちいいです」
 ロガが石鹸を使ったのだろう。オリーブの香りが蒸気とともにこぼれてくる。
「そーか。ゆっくりと温まるのだぞ」
 ほこほことしたロガが浴室から出てくるかと思うと、なにか嬉しい。

− その頃の帝星・後宮−

「何で陛下、外で待ってらっしゃるんですか!」
「何のために小さい浴槽にしたと! ぴったりとくっつかせる為に!」
「陛下は紳士でいらっしゃいます! いらっしゃいますが! あの……」
 父達の絶叫の脇で、帝国宰相は
「まさか陛下、今夜泊まられても何もせずに帰ってこられるおつもりで……そんな事態になったら……だがっ! 帝国宰相、それの回避行動はわかりませぬ!」
 外泊が本当に唯の “お泊り” になるのではないかと、懸念していた。その懸念は当たってしまうのだが。


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