繋いだこの手はそのままに −48
誕生式典が終わった翌日、皇帝は一番に帝国宰相を呼んだ。
三週間に及ぶ式典の間、一言も「ロガに会いたい」と言わなかった皇帝。あれほど毎日のように通っていたのに、三週間我慢したのだ、直ぐにでも会いに行きたいに違いないと、移動艇も操縦者も用意して、帝国宰相は皇帝の待つ部屋へと向かった。
「ザウディンダル、用意はいいか」
操縦兼護衛はザウディンダル。
後遺症もすっかりと治まった「彼」は、帝国宰相の後ろについて、皇帝の部屋の前で待つ。
「もちろんだ」
「陛下にご無礼などせぬようにな。昔のような事、許してもらうのは一度が限界だ」
ザウディンダルは皇帝に対し、あまり良い感情をもってはいない。自らの身体のことも、そして何よりも大事なデウデシオンのことも。
「彼」ザウディンダルは、子供の頃デウデシオンによって育てられた。「彼」の世界はデウデシオンさえあれば幸せであり、デウデシオンが居なくなれば脆くも崩壊するものだった。
そのデウデシオンと離れ離れになる原因となったのが、今の皇帝。皇帝に付きっ切りになり、全く自分の事をみてくれなくなった兄。
「もうしねえよ」
「ばか者。もうではない、最初からせぬのが普通だ」
最初から「皇帝キライ」だった「彼」は初対面で “レビュラ公爵 ザウディンダル・アグティティス・エルター” と名前すら呼んでもらえなかったことに憤りを感じた。
“それ程、自分を馬鹿にしたいのか”と。「アグディスティス・エタナエル」は分類名、人に付ける名ではないが、それを受け入れて生きてきた自分に対して、皇帝は存在を完全に否定した。「彼」はそう思い、皇帝の手を払って「彼」自身皇帝を完全に否定する。
それが自分の何よりも信頼している兄の考えであるとも知らずに。
「あのさ、兄貴」
部屋に入る前のデウデシオンに、
「何だ」
「これ、一日遅れだけど」
ザウディダンルはバースデーカードを差し出した。デウデシオンは基本的に物は受け取らないが、手作りのカードなどは決して拒否せずに受け取ってくれる。それはまだ彼らが私生児で、金も自由に使えなかった頃から続く、ザウディンダルの贈り物だった。
「……ありがとうな」
すっかりと大きくなった「弟」の頭を撫でて、デウデシオンは皇帝に呼び出された部屋へと入った。
ザウディンダルは知らない。
デウデシオン・ロバラーザ・カンディーザーラという男の人生が崩壊した原因の一端が自分にあると「彼」は知らない。
知っている者も、誰も語るつもりはない。デウデシオンも、そして皇帝の父達も。
デウデシオンは九歳の頃、母皇帝に襲われて以来、近寄らなかった。だが二年後、直接皇帝呼び出される事になる。呼び出された理由は、
『そこにいる男王を蹂躙しろ』
十三歳の少年の人格を無視した勅命。
デウデシオンは拒否したが、ディブレシアは尚も続ける。
『命令に従わなければ、お前が連れ帰った女王は殺す』
両性具有の生殺与奪権を持つ皇帝。その上、皇帝ディブレシアは「女性」であり、「女王」は男性皇帝に差し出されはするが女性皇帝の御世には「不必要」として処分対象となる。
それでもデウデシオンは拒否した。
唆されて暴行するほど、彼の意思は弱くはなかった。
『女性皇帝の御世においては、女王は不必要。どちらにしても殺すのでしょう』
デウデシオンは言い返す。
その言葉を待っていたかのように、ディブレシアはこう言う。
『お前があの男王を蹂躙するならば、その女王は生かしておいてやろうではないか。皇帝の名に誓ってやろう』
そう言って、書類にサインしデウデシオンの前に突き出す。それでも、デウデシオンは受け入れなかった。だが、その書類を見せられた「男王」は違った。
声帯を潰されていたその「男王」は必死にデウデシオンに声をかけた。そのかすれた哀れを誘う声と、藍色の美しい濡れた瞳。その瞳に懇願されたような気がして、
デウデシオンは「男王」を抱く。その男王はザウディンダルの祖母であった。
僭主の末裔として捕らえられ “両性具有” であった為に皇帝の前に引き出された「男王」とその夫と、息子二人。夫と言っても、血の薄くなることを恐れ実の兄との結婚であったという。その二人の間に生まれた、その血統最後の子二人。
その四人は捕らえられ、男王以外の三人はディブレシアによって殺された。
死ぬまで犯された息子の一人が、ザウディンダルの父親だった。男王の見ている前で、兄であり夫である男を、幼い息子を蹂躙した皇帝は、仕上げにと “孫である女王” を人質に男王を踏みにじる。
それについて誰も非難しなかったのは『皇帝の両性具有の扱いとしては一般的』だった為。むしろ非難する方がおかしいとされる。
鬼畜だと思いながら行った数々の行為が “珍しくもない” という事実をデウデシオンは知り唇をかみ締める。
強要されたとは言え自ら行った数々の暴行を、デウデシオンは忘れる事はない。そして、皇帝の父達の手を経てデウデシオンは男王からの手紙を受け取った。
「感謝してる。できれば、この先もあの子を助けてあげて。ごめんね、ごめんね。ごめんなさいね。こんな身体を抱かされて、気味悪かったでしょう。ごめんね、ごめんね」
手紙が本当に男王の手によるものなのかどうか? それを確かめる術はない。
男王は母皇帝の遺言で殺されていた。
父親達に男王を助けてやれる力は皆無。それでも彼等は最後まで男王を励まして、男王は彼等にデウデシオンへの手紙を託し、平民帝后に瓜二つの瞳を持った男王は焼き殺された。
だが、デウデシオンは知らない。いまだ自分が母皇帝の強力な支配を受けていることを。それを解くことが出来るのはシュスタークだけ。その事をシュスターク本人もまだ知らない。
「何がいいであろうなぁ」
いい機会だから、ザウディンダルと話をしよう! 声をかけるシュスタークと、
「さあ……」
皇帝が用意したデウデシオンへの贈り物で、すっかりと気分がめいっているザウディンダル。
正確には “拗ねている” 状態。それを観て『やはり、余のことは嫌いなのか』と少しばかり寂しく感じるシュスターク。
両者、全く違う立場で違う方向を見ているのだが、両者共それを知ることはない。
「ザウディンダル」
話が出来ないのならば、本来の目的を達成しようと、ロガに渡す花を選びはじめるシュスターク。
「はい」
「黄色い花があるのは何処だ?」
「黄色……ですか?」
「ロガは、空に向かって咲く金色の花というイメージがあってな」
「黄色と言っても色々と。五つの国花は使えませんから、それ以外で黄色ということになりますね」
結局、ザウディンダルの意見で向日葵を使うことになった。
「選ぶのに付き合ってくれて、感謝しておるぞ。ザウディンダル」
「いいえ、別に……」
どの花を使うか花器を見ながらセボリーロストと話し合うと、花を幾種類か摘んで自ら抱えて戻ってきたシュスタークは、部屋に入る前に寂しそうな表情を浮かべザウディンダルに向き直る。
「なあ、ザウディンダル」
「何で御座いましょうか」
「そなたが誰の事を想っているのかは知らぬが、カルニスタミアのことを想うことがないならば、捨ててやってくれないか。こう言えば一方的であろうが、一人部屋でお前のことを想って泣いているカルニスタミアが……な。強い男だと思っていたが、そなたに対してはあまり強くはないようだ。切り捨ててやってくれ、その後の事は余がなんとかしようと思う。そなたは、想う相手のほうを真直ぐと見よ。ま、余が言っても何の重みもないが、少し考えてくれ。ではな、ザウディンダル」
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