繋いだこの手はそのままに −47
 余の生誕式典、無事終了した!
 今回はデウデシオンは傍に居らなかったが、四大公爵と直接会話する事が出来て、まことに有意義であった。
 タバイは余が暴れた一件で責任を取り謹慎中だったそうだ。謹慎などせずとも良いのに、そうタウトライバに告げたところ『いい特別休暇になりますから、是非とも謹慎させてください』そのように言われた。
 そうだなあ、日々余の周囲で注意を払っている生活は疲れるであろう。家族仲良く過ごしているのならば謹慎を解く必要はない。
 ……そうそう、聞きそびれたが余の兄弟の中で最も背が高いタウトライバだが……また成長したような気がする。気のせいだろうか? それとも余が縮んだのであろうか?
 それに、歩き方が少しぎこちなかったような気もする。第五次成長期であろうか? そんな物があるのかどうかは知らぬが。
「陛下」
 おっ! デウデシオンだ!
「デウデシオン……なにか、久しぶりのような気がするな」
「三週間になりますので、そう感じられるかもしれません」
 ザウディンダルの怪我は治り、後遺症も完治したとの報告を受けてほっとしておる。心底ほっとしておる……が、ちょっと気にもなる。
 うむ……カルニスタミの感情が混ざった事による「気になる」とは少し違う……何と言うのだろうか?
「デウデシオン。ザウディンダルについて聞きたいのだが」
「……なんで御座いましょう?」
「うまくは言えぬのだが、余は少々ザウディンダルのことが気になる。気になるようになった経緯、デウデシオンは理解しておるであろうから説明などはせぬが、少し話す機会を設けてはくれぬか……そうは思うのだが、未だに蛇蝎の如く嫌われているのであらば仕方ないと諦める。デウデシオン、ザウディンダルは余の事を未だに嫌っておるか?」


 今から何年前になろうか……余が十二歳の頃だから十二年前か。


 帝国騎士の叙任式が執り行われた。帝国騎士の叙任は十三歳が基本、そしてなれる者は少ない。その年の叙任式は数が多かった。三人ではあったが帝国騎士の叙任としては多かった。余が在位している今までで、その年が最も一度に叙任された者が多かった年だ。
 一人はデファイノス伯爵ビーレウスト=ビレネスト。今は亡き余の父の一人である帝君アメ=アヒニアンの実弟で、二人の父であったエヴェドリット王亡き後まだ幼かった末弟デファイノス伯爵を引き取り育てておった。
 その関係で割りと顔を合わせて話をすることもあり……初対面では殴り飛ばされたが、それも良い思い出だ……まっ! まあ! ともかく良く知った又従兄弟。
 もう一人はセゼナード公爵エーダリロク。
 デファイノス伯爵と同じで父王亡き後、後宮の叔父、要するに余の実父デキアクローテムスの預かりとなっていた事もあるので、これとも話は出来た。
 最後の一人が「レビュラ公爵 ザウディンダル・アグティティス・エルター」
 会った事の無い余の異父兄。
 年齢が近いので会いたいと常々思って居ったのだが、どうにも誰も会わせてくれない異父兄。
 その異父兄に初めて会えると楽しみにしておった……のだが、ザウディンダルはそうは思っていなかったようで……当時の余は他人に “嫌われる” という事が解らなかった。自分が会いたい相手は、相手も会いたいと思っていると信じて疑っておらなかった。特に異父とは言え、兄弟だから……そう信じておった。
 叙任式は恙なく終わり、その後一人一人を玉座の傍に近寄らせ声をかけることにした。もちろん突然言い出した事でデウデシオンは困惑した表情を浮かべたが、直ぐに「解りました」と頭を下げる。
 それで、デファイノス伯爵やセゼナード公爵に声をかけて最後に話してみたかったザウディンダルに声をかけた。
「ザウディンダル・アグティティス・エルター」
 今となってはあの時何を話そうとしたのかは覚えておらぬが、手を伸ばしながら名を呼びかけた瞬間、その手をザウディンダルに払われてな……正直ショックだった。だがそれ以上の衝撃がその後に起こった。
 玉座の直ぐ傍に呼ばれた者が、皇帝から差し出された手を払いのける。それが「不敬罪」の適応になるとは知らなかった余は、走ってきて玉座の傍からザウディンダルを殴り飛ばしたデウデシオンの行動に驚いた。
 床でバウンドしたザウディンダルと、駆け寄って行き尚も殴り続けるデウデシオンに玉座で泣きそうになった。
 デウデシオンが握りこぶしを振り上げる度に血飛沫が見えて、その手が振り下ろされると鈍い音が響く。
「デウデシオン、止めろ。もう良い、今の事は不問に処す」
 振り返って頭を下げたデウデシオンに「怪我の治療をせよ」と命じて玉座から降りて部屋に戻り、父達にデウデシオンが怒った理由を聞いた。
 不敬罪というのは一人だけにかかるものではなく、類縁全てに及ぶ。要するに、ザウディンダルだけではなく他の兄弟全員が不敬罪の対象となったのだ。あの場でデウデシオンが頭を下げて余に許しを求めれば良かったと思ったが、
「他の王が見ている目の前で、あの不敬をお許しくださいと “陛下より先に” 言い出すのは、宰相としては……」
 一族の監督責任の問題や、帝国宰相の越権行為となるのだと。
「殴ったのは正解でした。あのようにして、陛下から許すという御言葉を引き出さなければ庶子全員が処刑対象になるでしょう」
 父達にそう言われ、余はそれからザウディンダルを近くに呼ぶことを諦めた。

 余の希望でそばに近寄らせて死ぬような目に遭わせたくはないのでな。


「あれももう子供ではありませんので、そのようなお気遣いは無用です」
 まあ、そうであろうな。何より『不敬罪』の意味が解った今なら、同じ事が起こっても対処の方法がある『即座に』許すと言えば良いのだ! それにしても庶子はやはり立場が弱いな。
 デファイノス伯爵も幼少期同じこと……むしろ伯爵は余を殴り飛ばしたのだが……あの時は何の問題にもならなかった筈だ。余が知らないだけで、色々裏ではあったのかもしれないが不敬罪に関する事、誰も何も言わなかった。
 帝君アメ=アヒニアンが他の父親達に必死に謝っていたような気もしたが、その程度だったはずだ。
 やはり王子と庶子の立場の違いなのだろう……庶子に関しては、やはり余がもっと確りとせねば!
「そうか、ではデウデシオン」
「はい、丁度ザウディンダルを用意しておりますので到着するまでの間、話しかけてやってください」
 デウデシオンが手を叩くと、ザウディンダルが入ってきた。あの、警察官の格好をして……ザウディンダルをこうやってゆっくりと見るのは初めてだが……なんだ? この違和感は。この湧き上がってくる不安は……今はそれは考えないで、
「回復して何よりだ、ザウディンダル」
「ありがたきお言葉」
 ……やはり余の事は嫌いなようだ。言葉に棘らしいものがみっちりと含まれておる……仕方あるまい。
「デウデシオン、ザウディンダルも一緒でも良いから余の後について来い」
「? はい」
 デウデシオンとザウディンダルが共におったので、余は四大公爵にある依頼をした。
 実は余の誕生式典の最終日はデウデシオンの誕生日なのだ。昔から知ってはいたが『何か欲しいものはないか?』と聞いても『お気遣いなきように』で終わらされていた。
 デウデシオンが祝いの品を受け取らないので、弟達も一切受け取ろうとはしない。結婚祝いくらいは受け取ってくれるが。
 だが余は常々デウデシオンを祝いたいと思っておった、一日遅れても祝おうと。それらの手筈を四大公爵に依頼した、デウデシオンに知られないように用意して欲しいと。父達に依頼すると金を必要とする段で直ぐにデウデシオンの耳に入ってしまうので秘密にできない。
 四大公爵も一人に依頼しては角が立つ。全員に言うにしても、順列で……なので全員が一同に会して、尚且つデウデシオンが居ない時が必要であった。
「デウデシオン。大した物ではないが、余からの祝いだ。受け取ってくれ」
 料理と贈り物を用意させておいた部屋へと招き入れる。
「これは……」
 驚いた表情のデウデシオンに経緯を説明したところ、
「ありがたくて……感謝の言葉も御座いません」
 困ったように、だが、笑ってくれた。
「いや、それは余が言う言葉のような……ザウディンダルもよければ一緒に席につき、祝ってやってくれないか」
「……は、はい……喜んで」
 席につき、給仕などを最低限に抑えた空間で、余とザウディンダルはデウデシオンの誕生日を祝った……ザウディンダルは非常に困惑した表情をしておったが。
「本日はロガの所へは向かわれないのですか?」
「行かない。ロガには会いたいが、デウデシオンの誕生日も祝いたい。祝うなら日付が近い方が良いであろう」
「ありがとうございます」
「ロガは大切だが、同時にデウデシオンも大切だ。余にはどちらも選ぶ事ができぬ」
 全く違うのだが、どちらも大事である。
 本当は、ザウディンダルも大事なのだがそれを口にしても喜ばぬというか、怒って殴りかかってきたら困るしな。
 デウデシオンの誕生日を祝う事は父達に昨晩告げた。父達はデウデシオンが喜ぶでしょうと言ってくれ、そして贈り物を調べましょうと言ってきた。
 何かよく解らぬが、父達が必死にそのように言うので中身を一つ一つ検分し、ちょっとだけ興味のあるものが……
 その後、陛下手作りのものを差し上げては如何でしょうか? 皇婿セボリーロストが申したので教えを請いながら作ってみたのだが。
「ゼボリーロストと共に花を生けてみた。花器ごと受け取ってくれぬか」
 皇婿は花を生けるのが得意だ。大きな花瓶に溢れんばかりの花を美しく飾る。
 それは皇婿の趣味で、何時も花を用意させているので、それから選んで教えてもらい『デウデシオン』をイメージして花瓶にさしてみた。世辞であろうが、セボリーロストは随分と褒めてくれた。他の二人の父も笑顔で手を叩いて褒め称えてくれた。
「これは……私は芸術に深い造詣を持っている訳では在りませんが、お見事としか……陛下、これはありがたく頂きます。それで、どうですか? 花を持って行っては」
 デウデシオンは喜んでくれたようだ! それで、何処に花を持って行けと?
「何処に?」
「ロガへ贈るのですよ。陛下から贈られたら喜ぶでしょうよ」
「そ、そういうものか?」
 考えた事もなかったが……そういうものなのだろうか?
「一般論としか言えないのですが……ザウディンダル」
「何だよ……はい! 何で御座いましょうか?」
「 “女” は花を貰えば嬉しいと思うか」
「……はい、喜ぶでしょう」

 何となく、意味深であった気がしなくもないが、あまり深く追求するまい。

「そうか……では、今日はこれからロガに贈る花を選ぼうか」
「それが宜しいかと。明日出立前にご準備下さい。花器の方は私が用意しておきますので」
「では頼む、デウデシオン」
「私はこれから仕事に戻りますが、本日は祝っていただき誠にありがとう御座いました」
 いや、毎年毎年余の誕生式典を行ってくれておるわけだから、感謝するのは余の方なのだが。
「来年もこうやって祝って良いか」
「祝ってくださるのでしたら……ただ、少しだけ頼みが」
「何だ?」
「来年はこの席に陛下の正妃が居てくだされば、尚嬉しいです」
 そうやってデウデシオンに笑われると、その……なあ。確かに結婚せねばならぬ! だが! その前にやらねばならぬことがある! それはロガの気持ちを知ること!
「……頑張る……と申すか、デウデシオン」
「はい」
「余はロガを正妃に迎えたいと思っておるが、まだロガの気持ちを聞いてはおらぬ。それを余自らが告げ、色よい返事を貰えたら……」
 本当は『選ばれた相手』を迎えたほうがいいのだろうが……

− 待ってます、ナイトオリバルド様

 ロガが余を待っていてくれているのか? 余がロガを待っておるのか?
「そこから先はこの帝国宰相にお任せください」
 帝国が待っているのはロガではなく皇帝の跡取りなれど、余が欲しいのはロガ。その先の子のことを考えれば、王女やそれに類する者の子ではないので、どうなるか? 若干不安を感じるが……
「苦労をかけるな」
 先まで考えても仕方ない。これから先ず、ロガに余の気持ちを伝えるために頑張ろう。
「何を仰いますか。この帝国宰相、四大公爵を相手にすることに慣れておりますし、勝ち目もあります。ですが陛下が “お好きな相手” を連れて帰ってくる事には何の協力もできません。頑張ってくださいませ」
 そう言って苦笑したデウデシオンに、声をかけるのは難しい。
 ああ、母よ。貴方は何故、デウデシオンに……そうだ! デウデシオンといえば、
「デウデシオン」
「はい」
「あのな、ケシュマリスタ王が用意したプレゼントでちょっと余が気に入った物があったので、貰ってよいか?」
「無論……何が気に入られましたか?」
 そうそう、何故かとても面白いものが入っておった。
「この鬘」
 これならば目立ってよかろう! 明日ロガのところに行くのに被ってゆくのだ……どうした、デウデシオン。頬がヒクヒクしておるぞ。
「ぎょ、御意……」


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