繋いだこの手はそのままに −31
 ロガに渡す飲み物の試飲から至る一連の事件(総合指揮戦艦破壊)は何時もの通り無かった事にして、何時もと変わらない帰還の挨拶をデウデシオンはする。
「済まぬな、デウデシオン」
 特段変わった嗜好の持ち主ではない皇帝だが、少しは何かを言って欲しかった。
 それが何なのかは解らないが。
「お気になさることではございません」
 だがデウデシオンは、全く表情を変えず[陛下に試飲していただいたのにも関わらず、トイレを勧めなかった事、このデウデシオンの失態です]などと言い出す始末。
 確かに一人で着衣を脱いでトイレに入った事のない皇帝が大量に水物を摂取した後、そのまま外出させたのは失態と言えば失態だが、そこまで皇帝は彼の失態にはしたくはなかった。
 それを言葉にするなら『自分の尻拭いくらい自分でする』
「デウデシオン」
 皇帝はその心意気だけはあるのだが、行動が追いつかない、いや誰も何もさせないでいた。
 今まではそれでよかったが、これからはそうはいかない。
「はい」
「軽装だけでよいから、余は自分で服が脱ぎ着できるようになりたい」
「畏まりました」
 皇帝のその一言に、デウデシオンは頭を下げた。
 それというのも、娘の家に上がっても服が脱げなければ次の段階に進まない事を、デウデシオンも理解しているからだ。
 良い雰囲気になっても、あの雨宿りをした日のように「マントが取れない!! ふぬー!!」などと騒いでいては、進むものも進まない。別にロマンチストになれというわけではない、ただ一般的な状況を是非とも皇帝の手で作ってもらわねばならない、その第一歩が “着脱”
 簡素な服の着脱を出来るようになってもらわねば、デウデシオン以下帝国臣民全てが困るのだ。
「では練習したいのだが」
「陛下。その練習は後日にしていただきたく」
「何かあるのか」
「明後日より陛下の誕生式典が始まります」
「おおっ! 余も二十四歳になるのだったな!」
 先ほど二十三年間の忍耐力を使い果たした皇帝は、二日後には二十四歳になる。
「はい、そうでございます。そして式典の準備は全て整っております」
「何時も全てを整えてくれるデウデシオンには感謝の言葉もないな」
 皇帝の誕生式典は三週間に及ぶ。その準備が大変であるのは言うまでもない。
「ありがたいお言葉ですが、これが私の仕事でありますので、お気になさらないでください」
「そうは言っても、どうしても余は感謝したいのだ」
 式典期間中は宇宙全体がお祭りのような状態となる。お祭りといってもそれ程浮かれたものではないが、会社などの休みが多くなる。
 理由は帝国領公的交通機関の値下げ。
 皇帝の人気取りといってしまえばそれまでだが、人気とりも必要と言えば必要。誕生日式典中は帝国領の公的交通機関の料金が通常の80%となり、四大公爵も皇帝陛下生誕お祝いとして、自支配星系の公的交通機関の料金を通常の90%に設定し、皇帝の誕生日を祝う。
 物を届けるよりもよほど金のかかる行為だが、そこは各家の意地。かなり懐具合が苦しかろうと、何事も無いかのように涼しげな顔をしてそれを終えてこそ、王というもの。
 ちなみに四大公爵であり自領地では王である彼等も誕生式典は行われる。
 皇帝よりも期間は短く十日間だが、皇帝と同じく自領地の交通機関の料金を80%まで下げる。
 当然その際皇帝は[王の誕生日を祝ってやる]という事で、その時は帝国領の交通機関料金を90%に設定する。この時期は移動費用がかからないということで、結婚式を行う者も多い。招待される側も招待する側も資金が節約できるという事で。
 皇帝は、それらの事柄については良く解らないが、
「皆が旅行にいけて、結婚式も挙げられ楽しそうだから良いな」
 そう言って、その書類にデウデシオンが代理で国璽を押す事を許可している。
 ちなみに人々が旅行で楽しんでいるのを見守る皇帝は、旅行をしたことはない。安全第一な皇帝は宮殿にいる事が何よりの仕事。皇帝が帝星から出た事はロガの元に通うのを除外すれば過去に四回だけ。
 各王の即位式典に出席する為に各々の主星に出向いたのが、皇帝の長距離移動の全てだった。
 だが、今年の誕生日を迎えてからの一年間はそうも言ってはいられない。
 どうしても会戦に出て、指揮をして “帝国軍総帥” の座に正式に就いてもらわなければ、軍の人事において問題が噴出する。
 現在帝国軍は皇帝の異父兄・シダ公爵タウトライバが代理総帥として戦争に赴いている。能力的には何の問題も無いタウトライバだが、異父兄というのが問題だった。
 皇帝の実弟や実妹が就いていても異議が上がる地位に、正式な皇族ではない異父兄が就いていては四王家がその指揮権を渡せと迫ってくるのは、何時も繰り返されている事。
 浮いた帝国軍事権を黙って見過ごすようなリスカートーフォン公爵でもなければ、皇帝となる野心の強いケスヴァーンターン公爵が、帝国軍事権を得て行動に移そうと考えないはずがない。
 タウトライバの代理総帥が辛うじて維持できているのは[陛下が二十四歳になられたら、正式に総帥の座についていただく]そう決められたからだ。
 皇帝が二十四歳になるまでは、代理総帥が指揮する事を容認しろと、帝国宰相との間で結ばれた契約。
 後継者問題の絡みで弱みのある彼等は “陛下が二十四歳になられるまでは” と引き下がった。
 その為、誕生日を迎えてから二十五歳になるまでの間に、皇帝には最初で最後でもいいから、親征に向かってもらわねばならなかった。
 本当はその前に、妃を向かえて後継者を作ってもらう予定だったのだが、予定は未定とよく言ったもの。
 全く後継者問題は解決しない状態で、ついに魔の二十四歳に突入した。
 それを皇帝にとやかく言うのはデウデシオンの仕事ではない。彼の仕事は皇帝の憂いを取り除き、とにかく妃を得てもらう事。
 先日、雨宿りをして帰還した皇帝が “正妃はもう少し待ってくれぬか……少しだけでいいのだ” そう告げてきた言葉にデウデシオンは賭けた。
 皇帝の意思を尊重し、奴隷を正式な妃として冊立し後継者を得るという、帝国宰相としては甚だ危険な賭けに。
「今年は陛下に是非ともなさって頂かなければならない事があります」
「何事だ?」
「明日、ロガの元へ行き三週間訪問できなくなる事を告げてきてください。理由は語らずとも結構ですが三週間足を運べなくなる事、確りと説明しておかねばロガが不安に思うでしょう」
「ああ、そうだな。さすがに毎日の式典の合間を縫って行くわけにはいかぬものな……デウデシオン」
「はい」
「待っていてくれると思うか?」
「このデウデシオンには女心はわかりませぬが……いい娘なのでしょう? 陛下が通われるのが楽しみになるほどに」
 デウデシオンにそう言われた皇帝は、小首を傾げ、
「いい娘なのは疑いようはないが、それと余を待っていてくれるのは……同じだろうか?」
「私には残念ながら解りませぬ」
「そうだな。他人の心などわからないほうが幸せであり、他人に干渉するのも……そうだ、カルニスタミアはどうした? このところ見ておらぬが」
 ライハ公爵カルニスタミア、アルカルターヴァ公爵カレンティンシスの実弟で皇帝の側近を務めている。
 色々と訳があって、無軌道な集団の仲間入りをしているが、基本的には皇帝の側近中の側近。
「ライハ公爵は陛下が通われている人工惑星で待機しております。あれがおりますので、私としても安心して送り出せるのです」
 カルニタスミアは帝国第一級の王子。
 皇帝眼(右:蒼、左:緑)を持ち、典型的なテルロバールノル系の容姿を持ったシュスタークより一歳年下の、帝国騎士。
 ザウディンダルとは違い、近衛兵団にも数えられる “出来のよいアルカルターヴァ自慢の王子だった” 
「カルニスタミアにも苦労をかけるな。誕生式典の際、宮殿に戻って来たら声をかけたい。取り計らってくれるか」
「御意」

 デウデシオンを下がらせた後、皇帝はロガに明日なんと言うかを考えて、考えて……

「お休みになられたか」
 考え疲れて眠った。その報告を受けたデウデシオンは、難しい顔をして、
「三週間足を運べぬ事を告げるのに、それ程深く考えられるとは……よほど気に入られているのであろう」
 それ以前の問題だと第三者なら思うのだが、本人は至って真面目だった。


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