三週間ほど来られぬのは残念であるが、大事な式典であるからして仕方あるまい。
「皇帝陛下のお誕生日のお祝いですか」
「そうだ、その式典に参加する」
参加というか、一応メインなのだ。手を振って、手を振って、皆から祝辞を述べられて、述べられて、贈物を眺めて、手を振って手を振って……の繰り返しではあるが。
「花火が上がるんだって教えてもらいました。前にゾイが小さな花火買ってきてくれて見せてくれましたけど、あれが空にあれば綺麗なんでしょうね」
見慣れておるから別に何も感じぬが……だが、綺麗なのかもな。
余としてはロガが笑った方が綺麗に思えるが。
「今回は無理だが、来年は来るが良い。特等席を用意しておこう」
あれ? 今何かおかしな事を言わなかったか? 『用意しておこう』……平素であれば『用意させておこう』と言う筈だが。どうしたのだ? 誰に聞くわけにもいかぬが。まるで余が自ら用意するような……まあ、一年もあればロガの席を用意しておくことくらい、幾らぼんくらな余であっても自分自身で出来るであろう。
「ほ、本当ですか?」
「ああ、約束する。必ず見せるから……だから、それまで一緒にいてくれるか」
一年後、余が此処にいるかどうかは解らぬ。
殺されているかも知れぬし、病に倒れているかも知れぬし。
妃を得て、宮殿から出ることも叶わなくなっておるやも知れぬが、
「はい」
ロガの願いだけは叶えてやりたい。
……急な病に倒れて居る場合ではないな。余が妃も子も得ずに死ねば内戦になる可能性が高い。そうなれば帝星付近の奴隷は次々内戦に借り出されてしまう、当然その中にはロガも含まれてしまうであろうからして、それは絶対に避けねば!
「そうだ、ロガ! ネックレスの付け方を覚えてきたので、つけてみても良いであろうか?」
本当は早急に妃を迎えれば良いのであろうが、その妃がロガでないのが寂しく乗り気にならない。
「はい!」
ロガでも良いのだろうか?
奴隷の娘を妃にしたいと言って、聞き入れてもらえるだろうか?
「似合っておる」
「そ、そうですか?」
「鏡で観てみると良いぞ」
「前に壊しちゃって無いんです」
「今度持ってくるからな」
「はい。あの、これ取ってくれますか? つけて歩いてると、取られちゃうかもしれないから」
「誰に」
「……き、貴族様に」
「そうなのか。それは追々どうにかしよう」
ロガからネックレスを外しつつ思った。『ロガを妃にしたい』と告げてみたらどうだろうか?
妾妃なら良いですよと言われて終わりだろうが……多分余は、ロガのことばかり可愛がり、ロガとの間に出来た子ばかり可愛がってしまうだろうな。まだ見ぬ正妃に対して悪いが、そうなるだろう。
「どうしました? ナイトオリバルド様」
「なんでもないぞ。そうだ、今日もコロッケ買いに行こう。食べ歩きできるよう練習してきた」
「わざわざ練習したんですか!」
「そうだ。行こうか」
此処に居る時は笑っておこう。宮殿に戻り、それから考えよう。
ずっとこのままで居られぬ事を、誰よりも良く知っている筈なのに……
寂れた街中をロガと共に歩き、ロガと共に肉屋の傍まで来た所で、多数の足音と叫び声が聞こえた。
「何だ?」
娘が叫び声を上げながら逃げ惑っておるのが視界に入ってきた。男達に襲われておるようだが、誰も助けようとはしない。
襲っている男達の格好から見て貴族だ、襲われておる娘は奴隷だろう。確かに奴隷では貴族の横暴に割ってはいる訳にはいかぬのであろう……警察はないのか? 確かあったはずだが……そう悠長なことも言っていられまい。
公道で娘を押し倒して、次々と圧し掛かって服を引き裂いて悲惨な有様だ。
「お前達、止めないか」
この場合、貴族と名乗っておる余が止めるべきであろう。余が声をかけると、一同動きを止め怪訝そうな表情で此方を見た。
何処の貴族であろうか? 殆どの貴族と会った事がないので解らん。皇王族と四大公爵縁の者しか会った事がないからな、この貴族達はその中には入っていない者達であろう。
と言う事は、奴隷を自由にする権利のない者達であることには違いない。大体此処に居る奴隷は全て余の奴隷だ。
「何だ、貴様」
「何でも良かろう。お前達、暴行などするな。娘を自由にしろ」
「お前達、あのマスクを付けた私に命令する愚かな男を始末しろ」
「愚かなのは貴様であろうがっ!」
男の部下に殴られた。そう痛くは感じないのだが、男の取巻きは五名程で、次々と殴りかかってくる。娘に圧し掛かっている男、そして娘はまだ抵抗しておる。
ふむ、娘の貞操を守る為には、あの男も余を殴るように仕向けなくてはならぬ。
それにしても容赦なく殴ってくる。余の洋服は軽い衝撃は緩和する機能をも兼ね備えたものである。そうでなければもっと痛かろう。
「娘! もっと抵抗せよ! どうせその男は一人では何もできぬ男だ! 強姦も部下を多数連れ……いたっ! 人目に付かぬ場所で弱者を……いだっ!」
顔を蹴られた。
式典前に顔を怪我して戻ったら、デウデシオンが怒るであろうな。直ぐに治療できるとは言え、皇帝としての自覚に欠けているというか、なんと申すか。
妃を迎える云々に関しても、あまり皇帝としての自覚がないような事も言っておるで……これでも結構、皇帝としての自覚は持っていたつもりであったのだが、思い込みだけであったようだ。戻ったならば、もう少し皇帝としての自覚を持たねば……いててて……。
それにしても余と同じで一人では何も出来ぬ男だ。
思いつつ余は殴られて、何時の間にか地に伏しておった。余だけを殴っておけばよかろう……ほう? 男が顔を赤くして余の元にきた。今がチャンスだ、娘よ……逃げぬのか。驚いて逃げられぬようだ。
「貴様。何処の者だ、この侯爵に向かって」
倒れた余の頭に足を乗せて、文句を言い出した。一つ言いたいのだが、余はお前に文句を言われるような事を言ったのか? 悪いのはお前の方であろうが。まったく、ズラがズレてしまうではないか。
頭に乗せた足を「ぐりぐり」しておる。因みに手足は部下が踏んでおる……一人で本当に何も出来ぬ男だな……ある程度殴れば気が済んで帰るだろうが、そうもいくまい。
そろそろ離れて余を警護しておるタバイが来るだろうから。近衛兵団団長が相手では、お前達もひとたまりも……
「やめてください! 放してください!」
頭に乗っている足が少しだけ軽くなった。
「何だこの顔隠した奴隷」
「放してくださいよ!」
ロガ? 余の頭を踏んでいる足にしがみ付いてはずそうとしているのか?
「奴隷ごときが、この私の足に纏わりつくな」
余の手を踏んでいる男の一人の体重が重くなった、男が片足を上げ!
「離れろ! ロガ」
「放してくださいよ! きゃっ!」
余の足を踏んでいた男が、もう片方の足でロガを蹴り飛ばした。転がっていったロガと、
「あの娘引張ってこい」
男の一人がロガの髪を掴んで引き摺って……
「何だこの顔」
顔、の、布を引き剥がして……泣いている……な
「足はなしてくださいよ!」
笑い声。頭上から聞こえる笑い声……泣きながら余の頭を踏んでいる足に手を伸ばすロガ。
「何だこの顔」
タバイが来るから、タバイが来るまで【耐えろ】
− 余は怒ったことはない −
「貴様等……貴様等ぁぁぁ!」
生かしておくものか!
「なっ! なんだ!」
身体を押さえて足を振り払う。こんな物、本気になれば容易い。
「貴様等、一族郎党生かしてはおかぬぞ!」
手が足が殺したいと叫んでおる
これか? アシュ=アリラシュの手足か? 起きるなシュスター・ベルレー! 叫ぶなザロナティオン!
……考えられなくなる、何も考えられなくなる。カルニスタミア! 止めてくれ! 余を止めてくれ!
これが……ああああ! 机上の空論ではなかったのか? 本当に完全なる……
ロガだけは殺すな! シュスターク【は】ロガを殺したくはないのだ! それだけは忘れるな! それを守れば……ああ!
「な……」
余の叫び声に動きを止めた男達
男は侯爵であったな。周囲にいる男達の強さは、到底我々には及ばぬ
腕と脳と髪と目と脊髄と足、そして生殖器。全てが私の身体で、全てが意思を持っておる。だが、貴様等に渡さない
我々であって、お前達の自由にはせぬ。お前達、全てを殺すと言ったから
“皇帝” に従え。絶対にロガは殺させない。だが目の前の者達は殺す
「う……うあああああああああああ! 我を誰と思うておるのだ! 我、宇宙の戦乱の申し子なり! 我宇宙に覇を唱えし肢体の本流なり! うぉぉぉぉぉぉ!」
アシュ=アリラシュの両手足よ、従え
先ずはロガを蹴った男の腹を貫こう。
「ひぃぃ!」
何かが当った、背骨か……邪魔だ、背骨を引きぬこう
脆いな、貴様。頭蓋ごと抜けてきおったぞ
ああ、こうなると知っていた、知ってるだろう
「わ、たしは、貴族だ」
貴族がなんだと言うのだ、全ての人類は我にひれ伏す
違う、違う、全ての貴族だけだ。奴隷や平民は違う。貴族は我にひれ伏すのだ
ひれ伏さぬのならば、殺すだけ
お前の命運など、我の気分次第よ。
「うぉああああああ! 黙れぇ貴族如きが口を開くな、我帝王の血を引きし者! 貴様等下郎如きの声など聞く耳持たぬ! 死ね! 死ね! 死ねぇぇぇ!」
部下の男の身体を蹴り上げる
身体が真二つに折れおった
「に、逃げ……」
「逃げる? この宇宙全てを支配する我から逃げおおせられると思うとは、なんとも高慢な下等共よ。うぁぁぁぁぁぁ!」
男達は逃げ出した
追って殺そう!
いや、追わずとも良い!
追って殺せと! 我が言っておるのだ!
黙れ、追わずとも良いと余が言っておる!
黙れ! 黙れ! 黙れっ! 黙れぇぇぇ!
追ってあれを引き裂こうか!
− 神は祈らない −
「御免!」
キュラティンセオイランサ? 止めようとしてくれたのか?
我にこの程度の電撃は効かぬ!
「足をとめたくば、最大で二本ぶち込め」
弾き飛ばし進む。
私は何処を歩いているの? 私は歩いているの?
「二本で最大電圧だ! 早く! それを “ご所望” だ!」
エーダリロクとビーレウスト=ビレネストが構えた
あそこに突っ込むぞ
無駄だ、あれでも止まらぬ
「うぉぉぉぉぉ!」
「なっ! これでも “止まれねえ” のかよ」
「走り出したぞ! なんて速さだ! あんたには “緩すぎる” のか」
地球の重力調整では効かぬよ
だって、この身体は*****であろう?
「避けろ奴隷ども! 早くとめろよ! タバイ! うあぁぁぁ! 目ぇ醒ませぇぇぇ!」
ザウディンダル? 正面から来るな! ザウディンダル!
『これは陛下の……まあ兄とは言えませんが、はい異母兄です。年齢は陛下に最も近いので』
両肩を抱えられている。
「陛下」
は、ははは……戻ってきたのか? 全て眠ったのか?
だからあれ程怒ってはいかぬと……
「タバイ……」
もう少し意思の強い皇帝ならば、これも制御できるのであろうが……ザロナティオンが狂ったのが良くわかる。始終これを【起こしたまま】生きていたのならば、神経が疲弊してしまう。
「お体は?」
「何時も通りだ。全て眠った……と言うべきだろう。そうだ! ザウディンダルは!」
タバイはまわしていた両腕を放し、
「私は持ち場に戻ります。それでは」
タバイは道を戻っていった。目の前にザウディンダルが倒れておる。倒れているのではなく、身体の殆どがおかしな方向に捻じ曲がって……目や口や鼻や耳などから血を噴出しておる。助けなくては。そう思い、近寄ろうとしたら間に人が入ってきた。
「お気になさらぬように。警官が一名負傷しただけですので」
膝を付いて、余の顔を見上げて笑った。
「カルニスタミア……その、よろしく……頼む」
何事もなく告げた後、頭を下げ直ぐにザウディンダルをか抱えてキュラティンセオイランサと共に去ってゆく。
余に残ったのは血塗れた手と、
「後の事は警察のほうで片付けますから」
「そこの倒れている娘も、我々が保護しますので」
「あ、ああ」
言い知れぬ虚脱感、そしてあの高揚感。
「それと、お気をつけください。お力が制御できてませんので、娘に触ったりすると怪我させたりするかも知れませんから」
エーダリロクとビーレウスト=ビレネストがそう言って頭を下げる。
余は此処にいても、意味がないようだ。
「解った……その、ロガ戻ろうか」
驚いた顔のロガと、静寂に包まれた道を歩き墓地へと向かった。
戻るまでは無言で、外にある水が出るところでロガは余の手を洗ってくれたが、
「驚かせたな」
「……」
怖がっているようで、その手は震えておった。
「怖がらせたか」
「……」
「あの……な、ロガ。怖がらせただろうが……済まぬな。あの瞬間、何をしていたのか余も良く解らなかった。何かに対して此処まで怒った事は一度もなかった。多分、一生人を殴るほど怒る事などないと思っていたのだが。証拠にはならぬだろうが、ほれ……手足が震えておるであろう?」
「……」
「怖いのだ、誰よりも自分自身が。こんな力が出るとは、正直思っていなかった」
少し濁った水が余の手についた臓物を含んだ赤を洗い流した。
ロガは涙目になりながら話しかけてきた。
「あの、頭とか怪我してないですか?」
「大丈夫だよ。見ての通り、余は強いから。ロガこそ怪我は無いか?」
「平気です。あの……助けてくれてありがとうございました」
「いいや、恩に着る必要などない。お前達は余の大事な……不思議だな」
「何がですか?」
「あの娘を救おうと思ってはおったのだが、あの娘を救う時にはこの力は出なかった。が、ロガが弾き飛ばされたのを見たら軽く出てきた……何故なのだろうな……。余は戻る、まだ手足が落ち着かぬから、ロガに触れば怪我させるかも知れぬから」
帰ったらデウデシオンに叱責されるだろうし、ザウディンダルに見舞いを贈らねば。
「それではな」
そう言って立去ろうとした時、ロガが余の服の端を掴んで、
「あの! 怖がってごめんなさい。助けてくれたのに! 貴族様は違うっていっつも聞いてたの! でもね、そんな人観た事なかったから……は、始めてみて吃驚した」
本当は頭を撫でて抱きしめたいが、この腕の状態では無理だろう。
「そう違うものでもない……と言いたい所だが……ロガ……また来ても良いか? 怖いのならば怖いと言ってくれ。二度と来ぬから」
自分の指を組み覆うようにしてロガを包む。
「待ってます。本当に待ってますから!」
「信じて、また来ても良いか?」
「はい!」
見送ってくれるロガに告げねばならぬ事があった。
「ロガ!」
「はい?」
「不安に思う事は無いぞ! あの下郎共は二度とお前の前に現れることはない! 絶対に! 何の不安もなく、毎日の生活を送るがよい! ……待っててくれ! 絶対にまた来る故に! 待っててくれ!」
此処に貴族が足を踏み入れる事を禁止にする事を告げよう。
− 祈りは此処にある −
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