繋いだこの手はそのままに −29
 シュスタークとロガが、とても良い感じになっている最中
「もなかではない」
「何訳解らねえ事呟いてんだよ、カルニスタミア! 反響して気味悪ぃだろうが」
「お前の声も反射して煩い、ザウディンダル。別に儂だって言いたかったわけじゃない! 言わされただけだ!」
 二人は下水道に入っていた。
 エーダリロクは少し離れた場所から皇帝とロガの動向を見守り、キュラティンセオイランサとビーレウストは管理区画に残り帝星との連絡を受け持つ。
「しっかし、下水道っても……殆ど使われてねえじゃねえか」
「そうだな」
 昨晩、空気清浄機をセットして外気となんら変わらない状態にして降りてきた二人は、少し頭を屈めながら中を見て回る。個人宅に上下水道が殆ど引かれていないので、使用頻度が低く空間自体何の役にも立っていない。
 それを良いことに此処を住処にしていた奴隷も居たが、昨晩のうちに全員あぶりだした。
 空気清浄機を稼動させる前に、刺激性のある煙を流して中にいる人間を全員外に出しておいた。その際に出入り口で待っていたザウディンダル以下三名が、二度と下水には入るなと強く命令する。
 警官には到底見えない「お方々」に強く言われて奴隷達は大急ぎで下水から遠ざかった。
 ザウディンダル達も、ずっと下水に人が住み着かないとは思っていない。
 彼等にとっても、自分達が此処にいる間は来なければ良いだけだ。全てが落ち着き、此処からの退去命令が下れば後は好きにすればいいと彼等は思っている。
 ただ、皇帝陛下がおいでになっている際は、下水は完全な監視下に置かなくてはならない事は、昨晩図面を見た五人が同意した。
 ロガの住んでいる場所には水道が引かれている。死刑を執行された遺体を埋葬する前に洗う為に引かれているもので、下水にも繋がっている。
 皇帝の身辺の安全を図るためには、繋がる全ての通路と、全ての隠れられる場所は監視下に置かなくてはならない。
 皇帝陛下が忍ぶ、それもどちらかといえば[おっとり]としている皇帝のお忍びは、周囲は何事もないようにしていながら水面下では色々と大変な事があるのだ。
「ザウディンダル! この配管170年前のものだ」
 それらは、時として別の大変を探りあてることもある。
 ザウディンダルと共に下水を見回っているカルニスタミアは、配管にある数字を見て絶句した。
 薄れた刻印は今から170年以上前を指している。幾ら金属の耐久性が上がったとはいえ、170年も放置していては色々な問題が起こるのは当然のこと。
「待てよ、そこ10年前で……50年前にも一応メンテで取り替えてる筈だぜ」
 言われたザウディンダルはデータを取り出すが、これは定期的に取り替えられていたことになっていた。
 データの不備かもしれないと、念の為に年代測定器で計測したのだが、やはり170年以上前のものだと表示される。測定器が誤作動を起こしている様子は無い、となればデータが改竄されていたということになる。
「……横領だな。下水配管がどれ程の金額になるか知らんが……」
 小金を得る為に、工事したという虚偽報告を行ったかつての責任者。そのあまりの小金亡者っぷりに、王子(一名準皇子)が二人下水管の前で心底呆れていると、
『おい、二人と二人』
「なんだよ?」
【なにかなあ】
 ロガを監視しているエーダリロクから声が掛かった。
『ザウディンダルはいいが、キュラは通信に出るな! 通信機が壊れる。ビーレウストにしろ、ビーレウストに』
 キュラティンセオイランサ、ことキュラの甲高い声にザウディンダルも耳を押さえる。
【俺だ。俺が出ようとしたんだが、キュラが】
 相手の聴覚どころか、通信機器まで壊すと評判のキュラの声は通信に向かない。
「いいから話しろよ」
『あのな、さっきあの奴隷娘、奇妙な事口走った。何でも “多分直ぐ止むと思うけど、もしかしたら長続きして下水とかあふれてきたら困るけど” 雨が続くと下水から水が溢れ出すらしい。何処から溢れるのか、どの程度降れば溢れるのかまでは言わなかったが……不味くないか?』
 既に雨は降り始めている。
 エーダリロクは気になり音声を何度も聞きなおし、それから全員に連絡を入れた。
 帝星ではありえない “下水が溢れる” それがどのような事態を招くかは、遭遇したことは無いが知識として知っている。
【下水が溢れたら、当然汚水が……それでもあの方は来るって言い張るだろうな。娘を心配して】
 宇宙で最も健康状態に注意を払われている人が、そこに住む奴隷娘を心配し、疫病発生区域に来てしまう可能性が高い。
「だろな……溢れる前に帰さないと不味いな。いや、溢れさせたら不味いな。毎日の散歩コースみたいなもんだしよ」
 脇で聞いていたライハ公爵カルニスタミアが、
「宰相閣下に連絡したらどうだ? 実際、儂とザウディンダルは今此処で170年前の配管をみつけた」
 どの程度の量で溢れるのかは解らないが、下水の配管は脆くなっている。
【170年?! 何処の遺跡だよ! 待て、最近の降水量データ……】
 ビーレウストがこの奴隷衛星の降水量のデータを引き出そうとしたのだが、
「どうした?」
【ねえ……全部同じ数値だ、アリエネエ……計測機械動かしてねえらしい】
【手動打ち込みだねえ!】
「ウルセエ! 出てくるなキュラ!」
『暗黒時代よりも前の配管じゃねえか。そりゃ間違いなく下水が溢れ出すだろな。つーか奴隷娘の言葉からする、どうも大まかな気象予報すら出してないみたいだぜ。俺達は当然出してねえけど、あれって半年に一度出すもんだろ? てっきり出てるもんだと思ったら、そういう事ないらしいぞ。俺達が目通した気象データは配布されてないようだ。あのデータ自体怪しいもんだな』
 下水管の中で腰を落し気味になったカルニスタミアが溜息と共に、
「何一つ仕事してねえな。儂等も大概だが、此処の役人も……道理で宰相閣下、勝手に殺せと言うわけだ。惜しくもなかろう、こんな屑集団」
 下水に吐きすてた。
「仕方ねえ……ビーレウスト、兄貴……じゃねえや、帝国宰相に連絡して雨を止めさせてくれ。俺達はこれから配管をくまなく調べる」
『俺もあの方がお戻りになられたら行く』
【じゃあこっちは帝国にデータの照会を行っておく。ところでよ、どうだ? エーダリロク、二人の状況は?】
『勿体無ねえな。いい感じだぜ、マントで包んで話してる。あの方のこんなシーン、始めてみたな』
 彼等 “王子” が下水が溢れる云々を話していた頃、皇帝はマントにロガをやっと包み、何とか話をし始めていた。
「俺達が判断する事じゃねえ。あの方に何かあったら、唯じゃ済まねえからな」
【連絡を入れておいた。雨を止めるかどうかは帝国宰相閣下次第だ】
「おう、解った」

 皇帝の恋の舞台裏は、王子ですら下水を這いずり回る羽目になるほど大変なものである。

「別にかまわんのだがな」
「誰に言ってんだよ、カルニスタミア」
 彼等は皇帝の帰還後、必要下水配管を算出し、帝国宰相に[くれ!]と連絡を送った。即日用意されたそれを、彼等は何回にも分けて惑星に運び込み、そこから人目に付かぬように自力で下水に運び込んで取り替えていった。
「次、雨降らす予定はあるのか?」
 下水配管マニュアルを見ながら工事器具を腕に装備し、ザウディンダルに話しかける。
 帝国でも群を抜く才能を持ち、皇帝陛下の側近の一人でもあるカルニスタミアだが、下水配管工事は初めてだった。
「さあな。でもよ、此処を拠点にしておけば奴隷娘に何か “ありそうになった時” の対処が楽だ。それと、上で足がない生活をしているタウトライバ兄の家にも繋げて、此処で義足の試運転でもしてもらえばいいだろ」
「では警備は厳重に、か」
「警備はデ=ディキウレ兄に部下連れて回ってくれるように、兄貴……じゃなくて帝国宰相に依頼しておく。下水を音も無く這いまわって警備するのは、あっちの得意だからな」
 秘密工作・諜報活動・菓子の拝借など、人目に触れない活動をメインとするデウデシオン直轄部隊の長・デ=ディキウレ。
「あのな、ザウディンダル」
「なんだよ?」
「ハセティリアン公爵デ=ディキウレ、本当に存在しているのか? 公爵の子供達は見た事はあるが、あの夫婦の存在は四王でもつかめていない」
 秘密活動を得意としているデ=ディキウレは、同じ部隊に居た女性と結婚して子供が四人いるのだが、
「……俺も、見た事ねえ」
 異父弟のザウディンダルも実はその兄を見た事がない。ケシュマリスタ系の美男子だと同じ顔のキャッセルが言っているのを聞いただけ。
「いるのだよな」
 系列に沿った完全なるケシュマリスタ系顔なのだから、知っているといえば知っているのだが、ザウディンダルも本人を見た事は一度も無い。
「ずっと昔、それこそ……俺が飼育されてたのを発見したのが、忍ぶのが得意だったデ=ディキウレ兄らしいが」
「生まれつき得意なのか?」
「そうなんじゃネエの……」

生まれてこの方忍び続ける男デ=ディキウレとその妻。妻は名前すら知られていなかったりもする。

**********


「……いい雰囲気……と言うのだろうな」
 宇宙で最も “いい雰囲気” と縁遠い宰相は、皇帝の父親三人と共に映像を見ていた。ロガの家程度の外壁ならば、簡単に透過して中を見ることが出来る装置は帝国には存在している。
「はい! いい状態ですよ!」
「ああ! そうだな」
「陛下! 私の事まで父と言ってくださいますか!」
 浮かれている父親達の隣で、デウデシオンは溜息を付きつつ、
「この家で暫く……だとしても、あまりにも外装が悪い。あの墓地には夏になれば薮蚊も発生するとの報告だ。ボウフラの駆除をデ=ディキウレやザウディンダルに命じるわけにも行かぬし、キャッセルに蚊を一匹ずつ撃ち落させるわけにもいかぬ。だが完全駆除してしまえば生態系の問題が」
 本人としては考えたくもない “皇帝のいい雰囲気の先” に頭を悩ませていた。
 タバイから聞かなくても、ロガは皇帝に良い印象を持っている事は、男女関係(男男・女女・人獣...ありとあらゆる関係も含む)が嫌いな帝国宰相にも理解できた。
「娘は陛下を主として認識しておるようだな。良いことであるが」
 言いながら現れたのはリスカートーフォン公爵。
「何用だ、ザセリアバ=ザーレリシバ」
「叔父上が確りと仕事をしているか気になってな」
 叔父とはザウディンダルと共に奴隷区画に向かったビーレウスト=ビレネストの事。仲の良くない年下の叔父など、本当はどうでもよく、ただこの場に来る適当な理由が欲しかっただけのこと。
 それを白々しく言いつつ、画面上のシュスタークとロガに視線をやる公爵は、
「宰相閣下、お悩みのようだったが……これを使わぬか?」
 持ってきたケースから、掌で存在感を露わにする四角い物体を取り出した。
「何の器具だ?」
 デウデシオンが観た事のないその物体の正体は、
「開発中のバリアだ。まだそれほどの規模には出来ぬが、この段階でもあの家くらいならば被える。昆虫などの侵入を防ぐ事も可能だ」
「随分と小型なものだな」
「そりゃまあ、最終的には白兵戦用の防護服に装着させるつもりだからさ」
 少しだけ視線を交わし、
「……軍事開発には陛下の許可が必要だが?」
「陛下の許可だろ? あんたの許可じゃない、宰相」
「暴発したりはせぬのだな?」
「そんな危険な物、陛下にお勧めはせんよ。ただ家の中に設置しておけば良いだけだ。起動させたままにしておいても問題はない。ただその場合は外部動力が必要となるが」
 “開発中と言っているが実際は実用間近なのであろう” 受け取った帝国宰相は思ったが敢えてそれは口にしなかった。そして早急に目立たぬよう外部動力を付け、ロガの家に設置しようと考えていた矢先、連絡が入る。
「そうか……デファイノス伯爵? どうした」
「おやおや、叔父上本当にお仕事中だったか」
 年下の叔父の声に、心底驚いたように目を開きリスカートーフォン公爵は呟いて部屋を出て行った。
【閣下、ご報告に。あの娘の言葉から察するに、長時間雨が降ると下水が溢れてくるそうです。それでどの程度降れば不味いのかを調べたのですが、降雨量データなどありませんで全くお手上げです。それとザウディンダルが下水道で170年前の配管をみつけました。書類上は10年前に取り替えられた事になっているものですが。……雨、いかがいたします?】

 結局、皇帝とロガが良い感じになった所で降水は中止。

 皇帝はそのまま家を後にする。
「陛下、紳士的過ぎます!」
「陛下、もう少し、娘に!」
 父親達が画面に向かって話しかけている姿を見つつ、帝国宰相の内心は大荒れだった。
『横領した者を探し出して、八つ裂きにしてくれる! 貴様等のせいで帝国の大事が!!』

 デウデシオンの独り言が実行されたかどうかは、余人の知るところではない。


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