繋いだこの手はそのままに −27
「何処から見ても貴公子じゃないですか!」
 警官の叫びに、五人は顔を見合わせて笑った。
「そりゃそうだ、貴公子以外何者でもねえよ」
「俺は初めて言われたが」
「儂は元は帝国一の貴公子とよばれていたさ」
「僕は美しいとは言われてるけどね。壊れ気味の」
「俺達が本当に貴公子に見えるのかよ」
「宮殿にいればそうは見えなくても、掃き溜めにいればそれ相応に見えるらしいな」
「そうだな。驚いた」
「さて、驚きついでに仕事始めるか」
 宰相デウデシオンから『貴族には到底見えぬ』と言われたザウディンダルとその仲間たちは、管理区画に降りると即座に管理者の元へと向かった。
 途中何が起こったのか解らず抵抗してきた者もいたが、それらを全て殺し管理者室にはいると、先ず管理区画を閉鎖した。
 その後管理区画に住んでいるもの全員を呼び出し、管理者がレビュラ公爵に変わった事を告げる。その姿を直接知らなくても、レビュラ公爵が皇帝の異父兄で帝国騎士である事は多くの者が知っている。
「ご、冗談……でしょ……」
 そう口にしている者も、目の前にいるのが本物である事は理解できている。出来てはいるが『冗談だ』と、どうしても言いたかった。
 レビュラ公爵は二十四歳。帝国騎士の能力を有している為『中将』から始まった軍部での階級、順当に位を上げて現在は上級大将となっている。素行に関して彼等は殆ど知る手段はないが、その階級は管理区画を担当する “軍警察” に属している者ならば知っている。
 そのレビュラ公爵と同じ格好をした四人。同じ格好が本物であるのならば、奴隷居住区に五人もの上級大将が現れた事になる。全員を知らなくても、一人二人は知っている者がいる。
 それらを全て集めればやはり彼等は全員上級大将・帝国騎士だと理解できた。
 軍警察の署長は大佐、その署長を統括する者は中将。その中将は出世コースから外れた、定年間近の者がつくおこぼれのような地位であって、帝国の軍部の出世街道の中心を歩く帝国騎士が五人も来て、奴隷居住区を統括するのは異常なこととしか思えない。
 思えないのだが、彼等には思い当たるフシが一つあった。
「あの、墓場にくる……貴族?」
 ここにも貴族は来る。
 褒められたことはしない、後ろ暗い事ばかりする貴族だが、彼等が離着陸するのはこの管理区画の空港だった。奴隷達を集めて別の惑星に送り出す時や、受け入れる時もこの区画で昇降させる。
 だが最近墓地に来ていると評判の “貴族” とおぼしき男は、この区画から離着陸をしない。
 決められたコース以外を飛行すれば、当然警告され度重なれば逮捕されるのだが『その貴族』は一度も警告を受けた事もないようで、毎日のように規定航路から外れた空間を通ってやってくる。
 規定航路から外れても注意されない人間、それはどう考えても特権を持つ貴族。それも並の貴族ではない。
 それに到達したラバン・レボンスはその貴族とつながりを持とうとしていた。その矢先にこの五人の襲来、関連付けない方がおかしいだろう。
 今、彼等の目の前にいる背中の中ほどよりも長い髪、左右の色が違う瞳を持ち合わせた五人。平民や下級貴族で現れない大貴族の証を持つ彼等が、
「此処は俺達の支配下になる。お前達には聞く権利などない、黙って従え」
 突然支配下に置くと言い出したのだ、驚くなと言う方が無理だ。墓地に来ている貴族は『皇帝の異父兄』と繋がりがある事までは彼等にも理解できたが、まさか皇帝本人が来ているとは考えなかった。
 普通は考えないだろう。
 宮殿にあっては『貴族に見えない』が奴隷管理区画では『王子にしかみえない』五人はこれからの事を命じた。
 管理区画にいる平民は許可なく奴隷の傍に近寄ってはならない。無論彼等が此処から飛び立つ事も、外部と連絡を取り合う事も禁止。
「一人でも違反しているのを見つけたら、全員……死ぬからな」
 それは脅しではない。
 実際、外部と連絡を取ろうとした者が即日発見され、彼等は共に住んでいる家族ともろとも地下室に閉じ込められて、飢餓状態に突き落とされる事になる。
「死ぬって……言っただろうが。馬鹿だなあ」

*************

 管理区画にデウデシオンから連絡が入ったのは、これらの事が終ってからの事。
 全員を閉じ込めたのではなく、数名の警官は残っている。慈悲などではなく仕事をさせる為。地下の彼等の状況を見せられ、彼等の口は脅されたよりも重い。
 何よりも彼等には助けを求める場所がなかった。今まで散々奴隷に対してひどい扱いをしてきた警官が『助けてくれ』と奴隷の元に逃げ込んでも、誰も見向きもしないことをよく理解していた。自分達が今までそうであった為、良く解るのだ。
 貴族が奴隷に乱暴を働きに来る事がある、彼等はそれを見て見ぬ振りをしていた。貴族に逆らえば唯では済まないからだ。
「貴族様に逆らったらどうなるか? お前達が一番良く知っていると思ったんだが。存外バカだな」
 レビュラ公爵ザウディンダルは笑いながら自分専用の部下にした、気の弱そうな男の背中を蹴る。
「自分達の身に降りかかるとは思わんのだろ。で、帝国宰相は何と?」
 男に出て行くように命じてザウディンダルはライハ公爵に、兄デウデシオンからの命令を告げた。他の三人は、各々巡回しつつ情報を集めている最中。
「雨を降らせる……それだけだ。情報は衛星で拾えるが、細かいモノを集めろとの事だ」
「雨……明日にでも降らせるのか?」
「そうだ。あの方が食事を終えた後に降らせるように、軍事用気象衛星が七個此方を向いて何時でも稼動できる状態になってる。どんな気象も思うがままだ」
 さすがあの方のお遊びは桁が違う、笑いながら異父弟である皇帝の奴隷遊びを茶化すザウディンダルに、
「……なあ、ザウディンダル?」
 ライハ公爵は真面目な顔で尋ねた。
「なんだよ、カルニスタミア」
「おかしくはないか? 規模が大き過ぎる。最初ここに来て管理区画を制圧しろと言われた時はそう感じなかったが……」
 ザウディンダルよりも二歳年下のアルカルターヴァ公爵の弟は、言い知れないものを感じていた。
「何しても良いって言ったからなぁ」
 何をしても良いといわれた彼等は、帝星周辺の軍警察を全て掌握し、警察権を自由にしている。
「それだ。俺達は結局帝星とその周辺人工惑星全ての警察を制御した。そうしたら突如、兄であるアルカルターヴァ公爵から連絡があった。滅多な事では連絡など寄越さない公爵だが……公爵はこの奴隷と皇帝の間に子が出来、それが娘なら奪う気でいる。儂に奪って来いと命じた。腹の中に入っている状態でも女と判明すれば直ぐに。恐らくあいつ等も各家の王から言われているはずだ」
「へえ、そりゃ大変だな。お前ら四人で血の雨降らせる事になるのかよ。俺が審判してやるよ」
 ザウディンダルが笑いながら言うと、そこでライハ公爵は頭を振った。
「お前は何も言われていないのか? ザウディンダル」
「……どういう意味だ?」
「何も、言われていないんだな?」
「ああ、明日雨を降らす事と、毎日娘の警備に向かう事。些細な異常も見逃すなって毎日煩いだけだ」
 ライハ公爵は薄く笑って、
「愛しいお兄様と毎日お話が出来て楽しそうだが、お前には来ていないか……となると……帝国宰相は本気であの娘を妃にするつもりなのだろうな」
 その言葉にザウディンダルは視線を流し、
「お前達、下手すりゃあ正妃誘拐の犯人になるのか……正妃になったら面白いと、まだ思うか?」
 デウデシオンが四王の行動に気付いていない、知らない事は考えられない。知っていればデウデシオンは帝国宰相として何らかの手段を講じる。
 一番の手段は、各家から命じられた四人の動向を探る事。動向を探るといっても、ザウディンダル以下四人は特に家に対して強い感情を持っているわけではないので、ザウディンダルが尋ねれば『当主から誘拐しろって命令下った』と簡単に彼等は答える。
 だがザウディンダルはそれすら命じられてはいない。
 むしろ命じられていない事が『手段』
「儂はあの娘が正妃に、皇后になったら面白いと思う。何よりも兄の顔が見物だ。ところで明日、雨の中何処を見て回る?」
 ”誘拐” を命じられている者達を配置し、それを知っていながら何ら策を講じない、それは講じる必要がないという事にも繋がる。
 彼らが当主に言われた通りロガを誘拐して差し出したあと、デウデシオンがロガを正妃だと認定し帝国軍が攻めてくる可能性もある。
 超テンパり気味の帝国宰相だが、やるときは殺る。そして彼の胸の内は、此処にいる五人には解らない。
 尤もその帝国宰相ですら、皇帝の心の裡はつかめていないのだが。
「データを提出させたんだが……ここ下水道システムどうもメンテナンスがなってない。10年前に配管工事ってヤツをしたらしいから、それほど危険じゃねえだろうが定期検査してねえからな。降水が流れ込むんだから、一応確認した方がいいだろ」
 空気清浄してから、明日雨の中下水管にでも潜るか? どこを歩くか? と二人は予定を立てていた。


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