繋いだこの手はそのままに − 237
 翌朝、ロガよりも早くに目覚め支度を終えたシュスタークが、テーブルに肘をつき、手に顎を乗せて、艶やかな黒髪の隙間から空をぼんやりと眺めていると、
「陛下」
「どうした? デウデシオン」
 来る予定のなかったデウデシオンが現れた。
 昨晩、ロガとの行為が終わり体を軽く流したあとに、心配になって様子を見にいったシュスタークは、部屋の惨状に驚いた。王たちは重なりあって罵りあい、デウデシオンは血涙を流して眉間に皺を刻み込み呻いていて……
 ロガの体を洗い終えたハネストがやって来て、硬直していたシュスタークを部屋から連れ出さなくてはならないくらいに、部屋を去る際にシュスタークは”デウデシオン、体調が悪いのであれば休め。それとカレンティンシスを助けてやれ、ラティランクレンラセオ”とやっと声に出す事ができたくらいに酷い有様であった。
「四大公爵がどうしても陛下にお会いしたいと」
「ふむ。時間はあるのだな? デウデシオン」
「はい」
 シュスタークは立ち上がり、デウデシオンに案内されて謁見の間へと向かった。四王が一堂に会する場所となれそこしかない。
「……デウデシオン、体の調子は悪くはないか?」
「ご心配をおかけしました。私はどこも悪くありませんので」
「そうか」
 なぜ血涙が流れたのか? 理由は解っているのでシュスタークはそれ以上深く追求はしなかった。
 四王が膝をつき待っていた謁見の間へと入り、玉座に腰を下ろして、
「面を上げよ」
 いままでと変わらない態度で声をかける。
 四人全員の顔を見て、
「どうした? 四人揃って」
 横並びの四人は互いに顔を見合い頷き、四人一斉に立ち上がり、声を揃えて宣言する。
「ロガ殿を満場一致で皇后に推挙させていただきます」
 言葉としてはっきりと王たちから聞くことができたシュスタークは、満面の笑みを浮かべて返事をした。
「感謝する」


− 終 −








「ところで陛下。一つお聞きしたいことが」

「なんだ? ランクレイマセルシュ。余が答えられるものであれば答えようではないか。申してみよ」
「ありがとうございます。陛下は皇后の体のどの部分が一番お気に召したのですか? 全てを気に入っていることは解りますが”これっ!”という部分もあると」
 認めはしたが、ランクレイマセルシュは外戚王として、そして男として、どうしてもそれが知りたくて仕方なかった。
 昨晩観たロガの体つきは、良く言って”繊細”大人の女の魅力を欲するランクレイマセルシュからすると”細すぎ”。シュスタークの元の好みは「男性」であろうが、男に通じる部分もない、少女的な細さ。
 デウデシオンが窘めようとしたが、シュスタークはそれを止めた。
 ランクレイマセルシュ以外の王たちの顔にもはっきりと「知りたい」と書かれていたので、ここは言葉を濁さずにはっきりと答えてやろうと、ロガの姿を脳裏に思い描き、どれもこれも気に入っている箇所から一つだけを選んだ。
「……そうだな。強いて言えば首筋だ。背筋の美しさを引き立てる、すらりとした首筋」

 ―― 姿勢良くあれ ―― 母親がロガにそう言い、育てた姿勢。夜桜の下に立っていた、覆い隠さずにはいられないほど顔の崩れていた少女が持っていた”アンバランス”さ。
 少しでも前屈みであったなら、顎が出るような姿勢の悪さであったら、シュスタークの心にこれ程までに響かなかったであろう、その首筋。

「く」
 女の美しさは胸だと言い張るヴェッティンスィアーン公爵ランクレイマセルシュ・ヴァスタデオ=ヴァスキデア・セリュファンに衝撃を与え、
「び」
 女の美しさは太股のラインだと言いきるケスヴァーンターン公爵ラティランクレンラセオ・レディセレギュレネド・リュゼーンセバンダーリュは声を詰まらせ、
「す」
 女の美しさは小ぶりできゅっ! と上がった尻だと言いきるアルカルターヴァ公爵カレンティンシス・ディセルダヴィション・ファーオンが叫び、
「じ」
 女の美しさは細すぎない色気のある腰のラインを愛するリスカートーフォン公爵ザセリアバ=スフォレディク・ギルドラステーネ・ハイレネドレイナーデが悲鳴のような声を上げた。

 ちなみにロガは胸は真っ平らで腰は薄く、尻も胸とおなじく真っ平ら。太股は筋肉はついているが細く色気とは遠い位置にある。

「どうしたのだ?」
 王たちは自分の敗北をやっと認めた。己の趣味が皇帝の趣味に被さっていなかったのだ、自分の趣味で選んだ女が皇帝に選ばれる筈もない……と。
「さあ? 陛下、皇后殿下も式典の用意が整ったとのこと。行きましょう」
「解った。四王にして四大公爵、これからも余の僕たれ。ではな」
 デウデシオンに促され玉座から立ち上がり、ロガの待つ部屋に向かおうとして、

「うおっ!」

 シュスタークは自らのマントの裾を踏んで玉座のある高い位置から、王たちがいる低いところまで転がり落ちる。
「陛下!」
 転がるシュスタークに触れられるものはいない。
「陛下!」
 身分の兼ね合いなどではなく、なぜか発動する重力制御。
「陛下!」
 すべての者を近寄らせずに、転がるという意志のもと転がり続け、
「陛下!」
 床の上に”のびる”
「陛下!」

「……心配をかけたな、四大公爵。そしてデウデシオン」

 ロガを后に迎える前からの、変わらぬ光景が繰り返された。

**********


 いつもはシュスタークよりも目覚めが良く早起きをするロガだが、今日ばかりは無理で、シュスタークに先に起きてもらい、式典に間に合う”ぎりぎり”まで眠り、軽食を取って昨日迄よりも少し化粧を濃くし顔色を作った。
「ナイトオリバルド様に気付かれませんよね」
 具合が悪いのではないが、昨晩の甘やかで同時に責任も生まれる一時を過ごした結果、表情に昨日までない影が現れた。
 その”影”半分は大人の女性となった艶だが、残りは本当に疲労。
 シュスタークはロガに無理強いはせず、自分本位にはならなかったのだが、体格の差が大きく、ロガにとって初めての緊張も相俟って、疲労がどうしても残る形となった。
 昨晩の痛みを取り去ることは可能だが、初めて二人が触れ合った忘れられない時を消すようなことは誰も提案などしない。
 そんなことを言おうものなら、 
「大丈夫です。この程度の化粧の濃さの違いに気付く殿方は稀です。陛下はその稀には含まれませんのでご安心ください、皇后」
 ロガの化粧を仰せつかったメーバリベユ侯爵と、
「陛下は”美しくなった。だが素顔が好きだ”と仰るくらいでしょう」
 デ=ディキウレの妃、ハネストと、
「出血もおさまりましたので、ご安心ください」
 タバイの妃であるミスカネイアに《酷い目》にあわされることは確実。どんな目に遭わされるのかは、誰も想像したくはないことだ。過去に女性に酷い目に遭わされたデウデシオンなど特に考えたくもないことだろう。
 支度が整ったロガは鏡の前に座り、
「陛下がお出でになるまで一人にしてもらえますか」
「畏まりました」
 自分の姿を見る。
 アイボリーのシンプルなドレスに、飾り立てた王冠、首から腹部まで宝石を連ねた上着のようなネックレス。
 手袋の上に重ねる手の甲から手首までを覆う象牙細工。
 洋服や宝飾品に埋もれる自分。
 その顔は化粧をしているが、昨日までの自分、それよりも前の自分と何ら変わらないと感じた。
 シュスタークとの夜を過ごしたというのに、あまりにも何時もと変わらない自分の心の平静に言葉にできない焦りを感じていた。
 なにかを感じて、変化を知りたいと。
「ロガ」
「ナイトオリバルド様……おはようございます」
「おはよう、ロガ。その体の調子はどうだ? 血は止まったとミスカネイアに聞いたが」
「はい。もう大丈夫ですよ」
「そうか。ロガ今日も綺麗だな、化粧している顔ももちろん素敵だが、その……素顔も好きだぞ」
「はい、ありがとうございます」
 大人の男性で、整った顔立ち。容姿のどこにも幼さなどないシュスタークだが”ロガ、ロガ”と言い笑う顔は、喜びを露わにしている子供のようにしか見えない。
「ロガ」
「はい、ナイトオリバルド様」
「ロガ、愛しておるぞ。そして大好きだ!」
「……」
 ”私もです、ナイトオリバルド様”そう言いたいと思えど声は詰まり、昨晩の行為がもたらした熱が一斉に体を駆け巡りロガは俯いてしまった。
「どうした? ロガ」
 腰をかがめて自分をのぞき込んでくるシュスターク。
 一夜明けて変わらず自分を見つめ、愛していると、そして大好きだとまっすぐに告げてくるシュスタークに、なぜ自分の心が平静であったかが解った。
 自分もシュスタークを愛しており、大好きだからこそ、あの行為は感情の一部にしか過ぎず、日々と感情を変える程のものでなかったのだ。
 のぼった熱は中々収まらないが、
「あの、ナイトオリバルド様。あの……手を繋いでくださいませんか?」
 面を上げて手を伸ばす。

「陛下、皇后。こちらへ」

 デウデシオンの声に二人は互いの顔を見て、繋いだ手に少し力を込めて、そのまま並び”歩み”出した。


繋いだこの手はそのままに≪終≫


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