35-36
 私は稀にしか存在できない。

―― クルティルザーダ陛下

 私は名で呼ばれることはなく、存在として呼ばれるが……私はここに存在しないことの方が多い。
 では何処に居るのか? 考えても無駄だ。何処にもいないのだから。
 人格形成期はあった。その頃はジーヴィンゲルンも隠れていたのだ。私の父であるルーゼンレホーダを警戒して、潜んでいた。
 ジーヴィンゲルンが潜んでいることは解った私であったが、それを伝える術など持たなかった。告げようとしたことは何度もあったが、気付くと翌日であった。
 要するに私の意識は完全にジーヴィンゲルンに支配されていたのだ。
 私は母であるリスカートーフォンの気質が強いとされていた。戦争が好きだった訳ではない、殺し合いが好きだったわけでもない。ただ一つ、食人。それが私をリスカートーフォン気質としていた。
 ザロナティオンと言われなかったのは、何時も食べているからではない。偶に食べるだけだから、その様に言われていた。
 私は人を食べるが、それは隠れ蓑でもあった。
 ジーヴィンゲルンが本心より欲していたのは《両性具有》
 微かな私の意識が探り出したところでは《両性具有》を食べることで、過去の記憶が手に入るのだという。
 私は過去の記憶にほとんど触れることはできない。ジーヴィンゲルンが内部に壁を築き、私には立ち入れないようにしている。
 どうしてこれ程までに、意識を閉ざし支配することができるのだろうか? 不思議に感じたこともあった。
「シャロセルテの中でロランデルベイがしていたのを真似しただけだ」
「お前はラードルストルバイアに劣るというわけか、ジーヴィンゲルン」
「ほざけ小僧」
 私の祖父にあたるシャロセルテことザロナティオン。私の伯父にあたるロランデルベイことラードルストルバイア。そして私の曾祖父にあたるはずのバクティノイビアことジーヴィンゲルン。

 ルーゼンレホーダが死んでから、私の意識はほとんどジーヴィンゲルンに支配された。

 ジーヴィンゲルン、お前は何を考えているのだ?

 ティアランゼが二人目の子を身籠もった……そうだ。私は一人目が生まれたことも知らない。ティアランゼは……まだ十歳くらいではないか?
 最初に生まれた私生児。私はその初孫の顔を見たかった。そして二人目が両性具有……

 ジーヴィンゲルンは必ず食べるだろう。それを阻止するためには、どうしたらいい?

 生まれてきた子は軍妃ジオの瞳を持った両性具有だった。
 私の意識があるうちに、どうにかせねばな……
「アルカルターヴァ」
「はい陛下、ここに」
「あー、お前にこの両性具有の処理を任せる」
「……よろしいのですか?」
「早く捨ててこい」
「本当によろしいのですか?」
「構わん! 処分しろ!」
「御意」

 赤子は可愛らしさで生き延びると言われている通り、たしかに可愛い。だが『私』に食べられるよりは殺されたほうが良いだろう。

 生まれた孫で顔を見ることが出来たのは、あのジルヌオーだけ。

 ジーヴィンゲルンは私を責めた。ジルヌオーを食べさせなかったことを、食べなかったことを責めた。そして私の意識は暗転し、気付くとティアランゼはまた私生児を産んでいた。
「陛下、ディブレシア親王大公殿下が生まれた私生児、如何なさいますか?」
 私は孫の顔が見たかった。守ってもやりたかったが、私は私ではない時間が多すぎる。
「生かしておけ。何があろうとも、私が”殺せ”と言っても、それは一時の気の迷いだ。ここに明言しておく」
 ジーヴィンゲルンに食われるよりマシであろう。
 私は生かすことだけを命じた。それ以上のことはしなかった。……いや、できなかった。ティアランゼが私生児を産むのを黙認している形となっていた、そう『私』が黙認している形に。
 ジーヴィンゲルンは再度ティアランゼが両性具有を産むのを待っているのであろう。

「陛下は母妃がリスカートーフォンだからな」
「食人衝動が強いのだろう」

 ”違う”と叫ぶつもりはなかった。そう思われている方が良いと私は考えた。諦めであったのかもしれない。
 私が私として宇宙にあった時間は十年に満たない。
 なにもなし得ぬまま、私は突然変異により寿命前に命を落とすことになる。
「陛下、皇太子殿下がお見舞いに」
「……」
 最後にティアランゼと話をしたかったが、私の意識は押しやられた。私は片隅で、ティアランゼの言葉を聞こうと最後の抵抗を試みた。

「挨拶に参りました」
「ティアランゼか」
「さて貴様は”クルティルザーダ”か? それとも”ジーヴィンゲルン”か? どちらだ?」
「……」
「どうやら”ジーヴィンゲルン”のようだな。私の中のサイロクレンドが泣き叫んでおる」
「おまえ……」
「”ジーヴィンゲルン”よ。たしかに両性具有を食えば記憶は手に入るが、それは《ある条件を満たさねば》早死にするのだ。無策で食う馬鹿を見物するのは楽しかったぞ、”ジーヴィンゲルン”」
「……」
「脊椎核持ちの女は両性具有を出産する際に死ぬことが多いが、死なぬ女は”記憶”を手に入れることが可能だ。そこで私は知った、両性具有を食べると早死にすることをな。だが教えてやる義理もなければ、早死にしてくれるに越したことはない」
「きさ……」
「”クルティルザーダ”よ、聞こえているかどうかは解らぬが、自由になるがよい。あとの宇宙は私が自由にさせてもらう」

 私は最後に笑って意識を閉じた。生きていたなかで最も楽しかった。他人の絶望がこんなにも楽しいとは知らなかった。”ジーヴィンゲルン””ジーヴィンゲルン”―― ざまあみろ ――

**********


「皇太子殿下?」
「お前のエターナは無事に成長しておるか? ウキリベリスタル」
「……」
 ディブレシア帝の片鱗に触れたのは、あの時だった。
 早熟な皇太子、そして生まれた《ジルヌオー》
 その時クルティルザーダ帝は珍しく自ら食べずに儂に処分を任せた。
 王家の両性具有は食べても、孫には特別な思い入れがあったのか? 儂には解らぬ。
「それにしても、なぜ皇太子殿下は儂に……」

―― 両性具有の《王子》がいることを知られるはずなど

 公式には四人目、実際には五人目の私生児を取り上げている儂に、
「ウキリベリスタル」
「はい」
「お前が私の両性具有を処分したと聞いたぞ。本当か?」
「はい」
 産んだ子の行方を尋ねたのはこれが初めてであった。
 両性具有は特別か……と、臍帯を切って部屋の外に控えている最初の私生児の父親に渡す。
 男は恭しく受け取り、私生児を連れていった。
 産後の処置をしている儂の肩に両足を乗せ、
「”クルティルザーダ”には好きなだけ与えておくがいい」
「皇太子殿下、なにを?」
 自分の指で先程まで産道であった部分を開く。
「ウキリベリスタル」
「はい」
「私は両性具有を欲している。この腹に宿したいのだ。お前の種で、アルカルターヴァの種で」
「なにを……」
「長男カレンティンシスに女をあてがい、孫を作って持って来い。そうしたら私は両性具有を孕めるな」
「カレンティンシスは男です」
「そうか。では貴様の種で両性具有を孕もうか。さあ寄越せ」
「……」
「ばらされたくはないのであろう?」

 儂はディブレシア帝を孕ませることができなかった。いや孕ませることはできた……

「また《単一性》か。処分しろ」
 儂がディブレシア帝の腹に宿したのは、すべて《単一性》
 そしてディブレシア帝は儂を責める。別の男の子を宿し、儂の上にのし掛かる。
「腹があくまでも楽しませてもらおうか」
「……」
 妊娠中でも儂はディブレシア帝に奉仕する日々が続く。その苦痛は耐え難いものであった。
「ウキリベリスタル様」
「どうしたのじゃ? カプテレンダ」
「ベル公爵ハーベリエイクラーダ王女の末裔が見つかりました」

 儂はこの行為の目的がどこにあるのかディブレシア帝に尋ねた。

「男は目的やら結果ばかり求めていかんな。女は目的などなく喋り続けることが好きなのだ。結果も必要とはしていない、過程を愛し、愛し続けるのだ。女は永久に喋り続けるのだ、誰と会話がかみ合わなくともな。自分が心地良くあるために。結果など求めておらぬ、目的など最初から設けてはおらぬ」

 ディブレシア帝が生きている限り、儂は自由にはなれぬということじゃ……。

**********


 ジルヌオーを産んだ時の相手は普通の男で、余の中に眠っている因子が目覚めて記憶を甦らせたに過ぎない。
 だから次は他の因子を持つ男が必要であった。普通の貴族では駄目だ。
 余の体にはヴェッティンスィアーンとリスカートーフォンの血が流れておるゆえに、それ以外の血統から新しい情報を得ることにした。
 ケスヴァーンターンかアルカルターヴァ。
 どちらでも良かったが、ファンディフレンキャリオスよりもウキリベリスタルの方が良い男であったからな。それとウキリベリスタルは秘密を持っている分、操り易かった。
 ファンディフレンキャリオスは両性具有が出来たくらいで動かぬ。あれたちは、両性具有から生まれたものだからな。
 カレンティンシスが両性具有かどうかを見分けるのはサイロクレンドに任せた。サイロクレンド両性具有を見分ける能力が優れている。なぜ優れているかなど追求する必要はない。
 サイロクレンドは余の中にある、使い勝手の良い道具だ。
 ウキリベリスタルは良くやった。
 僭主ベルの末裔が運良く両性具有で、実兄との間に子を成していた。これは確実に両性具有を孕めると、余はエイクレスセーネストを丹念に愛してやった。息の根が止まるまで、何度も何度も。
 そして両性具有は余に連綿と続く正統王家が持っていた情報を引き渡してくれた。良い子だ、とても良い子だ。

「陛下」
「どうした? ウキリベリスタル」
「私生児が動きました」
「デウデシオンか?」
「はい」

 ウキリベリスタルには目的など一つもないと言ったが、それは当然嘘だ。
 余の目的の一つに、余の好みの男を作るというものがあった。デウデシオンは余の子宮が求める男そのものだ。
「陛下……」
 四年ほど前に余の元へとやってきて、頭をくわえ込んでやった。
 あの時拉げた頭から右目が飛び出して、それを手で取れと言ってやった。素直に従ったデウデシオンの腕が余の子宮の中で掴んだ《右目》

「クレメッシェルファイラ、お前の孫が生きているようだぞ」

 それはお前の右目ではない。余の脊椎にある《永久の瞳》よ。お前の苦悩を背骨から卵巣へと感じておった。お前は知らぬであろうが。
 余はお前の眼球を舌の上でしゃぶりながら、お前を食らい尽くす。デウデシオン。


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