繋いだこの手はそのままに − 218
「陛下は知らないよ。他の奴等は勝手に気付いたみたいだけどね」

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 私は自分の顔を見るのが好きじゃないけれど、お母さんが「身なりだけはちゃんとしておきなさい」って言うから、顔を洗って髪を梳いていた。
 お母さんが死んじゃってからは、誰に言われなくても続けた。
 普通のことなのかも知れないけれど……私には毎日勇気が要ることだった。古びた鏡に映る顔、その右半分に布を巻いて覆い隠す。
 子供の頃からしていた身支度の一つだけれど……鏡を見ないでは難しい。普通の肌とそうじゃない肌の間をしっかりと隠すためにも鏡をみないと完全には隠せない。

「ロガ良い子なんだけどね。良い子なんだけど、顔がねえ」

 良い子って言ってもらえるのは嬉しい……でも顔のことは言わないで欲しかった。みんなが優しいのは知ってるけれど、優しいから私の顔のことを警官たちみたいに指をさして笑ったりしないけれど……。
「調べてきた! ロガの顔は手術で治る。私が手術代を用意するからそれまで待ってね!」
 ゾイは帝星で働くようになってから、調べてくれた。
「すごくお金かかるんじゃないの?」
「大丈夫。十年待ってね。手術代はそんなに高額じゃないの! ただ奴隷を帝星に移動させて手術ってのにお金がかかるだけ。もともと私はロガと一緒に暮らすつもりだから!」
 警官たちは私の顔を笑うけれども近付いてはこなかった。
 《病気》で触ると《伝染する》と思っているらしい。伝染しないことは検査で解っているけれども、
「本能というやつだ」
「本能って?」
「人間が本来もっているもので、この場合は危険を察知する能力。犬とかが誰かが来ると、私たちが気付く前に吼えるのに近いかな」
 怖がって近付いてこなかった。
「……」
「伝染しないことは知っているけれど、感覚的に拒否してしまうということだ」
「……」
 こういう顔にはなりたくないことは解った。
 私もこの顔で生まれて来たくはなかったけれども、どうにもならないし、ゾイが絶対に治療できるようにするから! って言ってくれてるからそれを信じてた。
「そんな顔するな、ロガ。その顔はあいつ等がロガに近付かない為に必要なものだ。大丈夫、何時の日か顔のことなんて気にしない奴が現れるさ」

 お父さんはよく言ってた。―― ロガの顔のことを気にしない人が現れるさ ――

 両親もいなくなりゾイが帝星で働いて、壊れた鏡を観ながら髪を梳いて、ボーデンと一緒に暮らす毎日。
 めっきり死刑は減った。
 《本当に死刑になるべき人しか死刑にならない》ようになったとゾイから聞いた。
 シャバラは《なんだそりゃ? いままで死刑にしなくてよい人も死刑になってたのか?》と呆れたように言い返した。
 私も「なんと言って良いか」わからなかった。
 どういうことなんだろう?
「暗黒時代からほとんど死刑だったの。これでも随分マシになったんだよ」
 軽犯罪を取り締まると重犯罪を防げるからって、再統一後治安維持を目的として軽犯罪の罰則が強化されたが行きすぎて酷いことになったって。
 準備が終わってからゾイに説明してもらった。なんだかよく解らなかったけど。
「マシなあ……そりゃ良いとして、明日来る貴族様を驚かせる仕掛けだけ、ロガを使うのはどうかと思うぞ」
「……解ってるけど」
「私が良いんだから、大丈夫。これを成功させるとさ、ゾイにお手当が出て私の治療費が予定よりも早くに貯まるんだって」
「そうなのか? ゾイ」
「うん……」
「じゃあ最初からそう言えよ。なんでお前さ、そういうこと言わないの。言うべきことはしっかりと言えよ」
「別に良いじゃない!」
「よくないから言ってるんだよ。でもそれならいいな、ロガ。思いっきり驚かせてやれよ。お連れの女が漏らしたりした後片付けも手伝うからさ」
「そんなに驚かないと思うよ。隣に凛々しい貴族様が居るんでしょ?」

 ゾイとシャバラと私で用意した肝試し。
 男性の貴族様は内容を知っていると聞かされたんだけど……驚いて、気を失っちゃった。後片付けをして目を覚ました貴族様は困り果てた顔をしていた。
「もしかして、余……わ、わ、私は失禁したのか」
 《失禁》ってなんのことか解らなかったけれど、口から泡を吹くことか漏らしちゃうことかのどっちかだと思って答えた。
「失礼かとは思いましたが、勝手に脱がせました。そして、洗わせてもらいました」
 気を失うことは《失神》って言うことはお父さんから教えてもらったことがあるから。
「手間をかけさせたな」
「いいえ、驚かせてしまって……済みませんでした」
「良い。依頼であったのだろう? それにしてもよく出来た面だな? 特殊メイクか?」
「地顔です」
「そ、そうか。……別に娘子ではあるまいし、顔など別に気にする必要はないだろう」
「私は女ですが、顔も別に。気になさらないでください」
 私の顔を見て驚いて、普通に話かけてくれた。
「このタオルを貸してくれるか? 服は後日取りにこさせる。……用事を思い出した! さらばだ! 娘よ! また会う日まで! 壮健でおるがよい!」
 慌てて駆け出していった貴族様を見送って、軽く片付けて眠った。
 言われたことを悲しいとは思わなかった。
 ありのままということが、少し嬉しかった。私は顔のことを笑われるのは嫌。そしてみんなに気を使わせてしまうのも嫌だった。みんなが気遣ってくれていると解っているけれども……気遣わせるのが嫌だった。
 でもあの貴族様は、驚いて思った通りに言って……御免とは言わなかったけれど、慌てて去っていく後ろ姿が「ごめんなさい」と言っているような気がして、恨むような気持ちにはならなかった。

**********


 あの時、ナイトオリバルド様と一緒にタバイさんも来ていて、名前を呼んで捜せなくて苦労したと聞かされた。
「クルティルーデと呼ばれたら、私でもすぐにナイトオリバルド様が皇帝陛下だと解りました」
 お父さんがよく話してくれた「クルティルザーダ」によく似た名前。
「呼ばなくて良かった」
 タバイさんはそう言い、私も同じ気持ちだった。
 ナイトオリバルド様のことを皇帝と知らないで過ごした日々の楽しさと、あの頃に仲良くなれた王子様たちやナイトオリバルド様の異父兄の方々。
 あの頃、あの場で、あの形で仲良くなれたことは最良だったと今でも思っている。

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「キャメルクラッチとあの警官似てるよな」
「?」
 シャバラはキャッセルさんとキュラさんが似ていると言っていた。シャバラだけじゃなくてロレンも、
「そっくりだよな」
「……」
 他の人たちにはそう見えていたらしい。
 言われるまで私はキャッセルさんとキュラさんが似ているとは思わなかった。
「ポーリンさん。汚れ物取りに来ました」
「ありがとう、ロガ」
 ”ポーリン”さんと”キャメルクラッチ”さん、そしてナイトオリバルド様は似ている気がした。恐くて当時ははっきりと観られなかったタバイさんは似てて……でもナイトオリバルド様以外の三人とキュラさんはやっぱり似ていない。
 ナイトオリバルド様とキュラさんはなんか似ている。キュラさんとカルニスタミアさんは少しだけ似ている感じがして、カルニスタミアさんとザウディンダルさんは凄く似ている姉弟に見えた。
 でもキュラさんとザウディンダルさんは似ていない。
 ザウディンダルさんはナイトオリバルド様とエーダリロクさんに似てて、エーダリロクさんとビーレウストさんは似てる。

 顔立ちや体型関係なしに、ビーレウストさんとキャッセルさんは似てる感じがした。


 正体が分からなかった頃は、なんかとても不思議だった。解ったら、間違ってなくて良かったな……と思ったけど、同時にあまり口にしない方が良いことも解った。だからキュラさんの本当の姿のことも黙っていた。本当の姿のことは言っても良かったのだろうけれども……ナイトオリバルド様に……


「どうした? ロガ」
「なんでもないよ! シャバラ。似てるね、キャメルクラッチさんと声の高い警察の人。あのね、声が高い警察の人、キュラさんて言うんだよ」
「キュラね。たしかに他の奴等がそう呼んでるような気はしたけど、本名なんだ」
「そうみたい」
「あの黒髪で、ザウとザウディスとザウディンダルって呼ばれてるのは、どれが本名なんだろうな?」
「普通一番長いのじゃないか? シャバラ」
「解らないぞ、ロレン。貴族だからな、ナイトと同じ思考回路だったらザウディスあたりが本名かもよ」
「ナイトとね……ナイトと同じなあ。だったらザウディスかもなあ」

 ナイトオリバルド様は顔も名前も秘密にしているから、ポーリンさんと似ているとは何となく言いだし辛かった。
 私を連れて行く時に本当の姿になったタウトライバさんは、本当にナイトオリバルド様に似ていた。

「私ね、キュラさんから手鏡とヘアブラシもらったの」
「ナイトにために身綺麗にしろってことか」
「そうみたい。いっつもシャバラの家の鏡を覗いてたの観られてたみたいで」
「……あいつら、ロガが俺の家の鏡観てるの何処で知ったんだ?」

 全部観られてたんだろうな、そう思うと恥ずかしいけれども、お仕事だしナイトオリバルド様の安全の為には当然のことだから。

**********


「陛下は知らないよ。他の奴等は勝手に気付いたみたいだけどね」
 皇后になってからもキュラさんは私の警備に付いてくてた。
「そうですか……」
「言うべきか? 言わないべきか悩んでる顔だね」
「はい」
「僕の意見は、陛下には知らせて欲しくない、だよ」
「ではそれを尊重……」
「陛下はね、僕の顔で”ケシュマリスタ顔”を覚えたんだよ。聞いたことあるだろ? 君が来る前、陛下が同性愛者になるのを恐れて、特に相性がいい”ケシュマリスタ顔”は徹底的に排除された。四大公爵すら一人で陛下の傍に近付くことができなかったって。異父兄弟もおなじこと。そんな中で直接観て話をすることができたケシュマリスタ顔の男は僕一人。この姿でいることは大変だけれども、この姿でいることは名誉なんだよ。陛下のなかにある”ケシュマリスタ”それを存在させたのが僕だってことがね」
 ナイトオリバルド様はキュラさんの容姿について、生涯気付かなかった。
 それで良かったのだと私は思っている。
 私は嘘をつくのは……エーダリロクさんほど上手ではないけれど、知らないふりをすることはできた。得意だったかどうかは解らない。
 もしかしたらナイトオリバルド様は私の態度から気付いていたかも知れない。
 でもナイトオリバルド様は決して容姿について触れなかった。
 キュラさんのことと言えば、カルニスタミアさんも私の些細な態度から『あの約束』について気付いていたかもしれない。
「あのさ……」
「なんですか? キュラさん」
「君にだけ教えておくけれど、僕は自殺するよ」
「自殺?」
「自殺に見えない自殺だよ。名誉の戦死っていうか、第六代オーランドリス伯爵は戦死ってことで。辛くなったらそうするって決めてるんだ」
「辛いことがあるのなら……」
「幸せなだけだよ。この幸せが何時までも続けばいいなって思う半面、恐くて恐くて仕方ないんだ。壊れる日がくるんじゃないかって……壊しちゃったほうがいいんじゃないかなあって。この身に余るほどの幸せに狂いそうだ」

―― 君の”お姉様”を強姦したのは僕だよ ――
―― それがどうしたと言うのじゃ?

「月並みな理由だよ」
「あの……」
「これはカルニスタミアに言っちゃ駄目だよ。僕が死んだあとなら、どうにもできないから何もしないけれど。僕が生きている間に対処しようと誰かに言ったりしたら、僕は君を殺しちゃうよ」
「……」
「君が死んだら陛下は終わりだよ。解るね? 君が僕に殺されたらカルニスタミアの立場もなくなるし、殺そうとしている僕を殺したら、それで自殺は完成だ」
「言いません」
「ありがとう。僕は生きている間は君の為に働くから、絶対に裏切りはしないから。……あのさ、僕が死んだらお願いがあるんだ」
「カルニスタミアさんのことですか?」
「なんで解るの?」
「自殺というのは自分で身の回りのものを整理して死ぬことだと聞きました。だからキュラさんの遺品はすべて片付いているはずです。ただ一つ整理出来ない”もの”があるとしたら、それは絶対に知られてはならない相手であるカルニスタミアさんのことだと」
「さすがだなあ、そうカルニスタミアのこと。ないとは思うんだけど、カルニスタミアが悲しんでたら、少しだけ慰めてやってくれない? あそこのお兄さんは絶対にそういうこと許すような人じゃないし。ま、カルニスタミア自身悲しそうな素振りをすることはないだろから、必要ないと思うんだけどさ」
「解りました」

 キュラさんと一緒にいるカルニスタミアさんは幸せだったと……皇君様も言っていた。《あの子があんなに幸せになれるとは……我輩は思ってもいなかったよ》


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