繋いだこの手はそのままに − 217
奴隷だけが住む星にいたころは、宇宙は見上げるもので
夜にしか見えないもの
この手で触れることはできないものだった
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家の周りに広がっているお墓。
『死刑』の判決を受けて執行された人たちを収容する場所。
「失礼します」
「はい」
お父さんとお母さんが生きていた頃、私の仕事は、
「ロガ」
「なに?」
「この人を、38番の488566に」
「解った」
「娘が案内します」
稀にやってくる「面会者」をお墓まで案内すること。
『死刑』というのは『極刑』というもので、最近はめっきりと減ったと、お父さんは言っていた。お父さんがまだ子供の頃は、結構あったらしいけれども、最近は『軍役』に就かせるので、殺す必要がないのだそうだ。
―― 軍役は死刑と同じ意味なの?
尋ねた私にお父さんは、目尻に笑い皺を浮かべて片目を閉じて困った時にする笑顔を浮かべてた。
葉だけになった桜並木の下を歩いて、私は女の人を連れて行った。
全く同じ作りの墓石に『囚人番号』だけ振られているから、一人では辿り着けない。
「ここです」
「ご案内ありがとうございます」
「仕事ですから」
女の人は墓石の前で膝をつき、頭を下げた。私は二歩くらい下がって『お参り』が終わるのを待つ。
「……」
無言で静かにして、来た人が満足するまで。
偶に話かけられることもあった。
「私はここに収められた母親だった女よりも、人を殺してますけれどね」
その人が何を言いたかったのか、私には解らなかった。
「帰る」と言った女の人を家まで案内して、そこからお父さんが離発着場までつれて行く。その人が帰ったあとに私はお父さんに聞いてみた。
―― 私はここに収められた母親だった女よりも、人を殺してますけれどね ――
お父さんは教えてくれた。あの人は『軍人』で人を指揮する立場にあるから、
「結果として多くの部下を殺すことになる。それを遠回しに言ったんだ」
どうして遠回しに言うのかとても不思議だった。
「軍役とか軍人とか人を殺すものなんだ」
「そうだな……こればっかりはなあ」
そしてお父さんも言い辛そうだった。
「どうして遠回しに言ったり、言い辛そうなの?」
「それか……軍人ってのは帝国で最も重要で尊敬されるべき職業だならな」
「どうして?」
「帝国の統治者が最高指揮官だからだよ」
お父さんの説明を聞いても解らなかった。
あの女の人がお墓参りにくることはなかった。
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「あのナサニエルパウダさん」
「なんでしょうか?」
「あのですね……死刑囚の家族の居場所って知ることできますか?」
「ええ」
私の中で初めて皇帝と軍人が結びついた切欠になった出来事。
「后殿下、この方ですね」
「はい」
「今は退役して小さな農園でのんびりと暮らしていらっしゃるようです」
「……良かった」
胸の奥にあった棘が一つ消えた。
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「帝国の統治者って皇帝陛下のことだよね」
「そうだ。現在は孫のシュスターク帝だったな」
「孫?」
「父さんが外に居たころはクルティルザーダ帝が支配していた頃だった」
お父さんは昔はレッシェルス様という貴族に仕えていた。
変わり者だったけれども、とっても良い人だと何時も言っていた。《過去形》で語らないのは、お父さんの心に今でも生きているからだって。
困ることばかりしてくれたけど、楽しくて奴隷に対しても威張らない良い人。命令することはあったけれども、それはどう聞いてもお願いだったって。
生涯に一度だけお父さんに貴族らしく命令したあと、レッシェルス様は宇宙海賊と交戦して亡くなってしまった。
お父さんはレッシェルス様に買ってもらい一緒に旅をし、捕まっていた時も手放さなかった鞄を偶に眺めて少しだけお酒を飲む。そんな時のお父さんは幸せそうでやっぱり寂しそうだった。
「クルティ……皇帝陛下は軍人なの?」
お父さんが捕まっている間に皇帝陛下はクルティルザーダ帝から一人娘だった方に代替わりした。
「軍人だ。帝国にある全ての軍隊は皇帝陛下の物だ」
その一人娘だった皇女様のことをお父さんはあまり語らなかった。
お父さんが死んだあと、ゾイに聞いたら「良い噂を聞かない陛下だったから」って。ゾイもお父さんと同じような表情になった。
ディブレシア帝ってどんな人だったんだろう? すごく気になった。
「……なんで?」
「帝国はなあ建国者、最初に作ったお方が”シュスター・ベルレー”という軍人だったから」
「最初から偉い人が作ったの?」
軍人は偉い人だから、最初の人も偉いのかな? と私は単純に考えた。
「……」
お父さんは変な顔をして、暫く考えて、
「そうじゃない。帝国の前に連邦っていう時代があってな」
「『連邦』ってなに?」
「いまでもこの連邦と同じく、単一国家ではない……いまのロガには難しいか。昔は別の国があって、シュスター・ベルレーはそこの一兵士だった。ご両親がおらず、孤児を集めて特殊訓練を施す部隊で育てられた」
「……」
「昔は戦争ばかりしてて、これではいけないとシュスター・ベルレーが帝国を作った。その帝国を作った人の職業が軍人だったから、代々軍人になることが定められたんだ」
「……」
「どうした? ロガ」
「お父さん前に、暗黒時代ってのがあったって。戦争してはいけないと思った人の子孫がおっきい戦争したの?」
「……そうだな。それに関してはお父さんは何も言えないなあ」
「うん。そうだよね。あのさクルティルザーダ帝のこと教えてくれる?」
「お父さんが知っているのは、三十五代皇帝クルティルザーダ陛下は三十二代皇帝ザロナティオン陛下のお孫さんだ。ディッセル爺さんがよく言ってる《大帝》のことだ」
「ディッセル爺さん? ……ああ! ミネスのおじいちゃん! いっつもミネスのおじいちゃんって言ってるから、すぐに解らなかった。へえーあれ? なんで三十二代皇帝陛下のお孫さんが三十五代皇帝なの?」
「それは大帝の後を神聖帝が継いだからだ。大帝の傍に何時もいた黒髪の美しいお方」
どんなお方なんだろう? 私は一度で良いから見てみたいと思った。
それが無理なことは知っていたけれど。私たちが住んでいる衛星から本当は見える所にあるらしい《帝星ヴィーナシア》
でもそれは見ることができないようにこの衛星の軌道は組まれているのだと、お父さんに教えてもらった。
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「これが歴代の皇帝だ」
ナイトオリバルド様に《他の皇帝陛下のお姿を見たいです》と言ったら、室内に立体映像を並べてくれた。現在即位している皇帝陛下以外は許されていないんだと、あとで教えてもらった。
「ナイトオリバルド様にそっくりなお方……だからオリバルセバド帝ですね!」
「そうだ。オリバルセバドだ」
ナイトオリバルド様は髪型以外は初代皇帝シュスター・ベルレーに瓜二つだと聞かされていた。初代皇帝と髪型まで同じなのはナイトベーハイム帝。
「あの、ネックレスの持ち主のビシュミエラ帝は」
「こっちだ、ロガ」
私は生きている人間と見間違うほどの立体映像の前で、呆然としてしまった。
「どうした? ロガ」
お父さんが綺麗だと言っていた黒髪は……綺麗に見えなかった。
なんだろう? この違和感は。
「ナイトオリバルド様の黒髪のほうが綺麗です」
同じような輝きがあるのに。お顔も睫と眉毛が変だった。
「そ、そうかもな……」
眉と睫と髪がなければ、すごく綺麗な人なのに。
ナイトオリバルド様のお祖父さんクルティルザーダ帝は、お父さんが言っていた通り恐い顔立ちだった。目つきが鋭くて、なんか……辛そうだった。お母さんのディブレシア帝は綺麗な顔だったけど、やっぱりなんか恐かった。
ルーゼンレホーダ帝は《大帝》と同じで……エーダリロクさんと同じに見えた。
「ザロナティオン帝とエーダリロクさんは似てますね」
「あ、ああ。余の従兄だからなあ」
「あの、母親が平民だった皇帝陛下はどちらに?」
「ヴィオーヴとアルトルマイスか。こっちだ」
アルトルマイス帝は隣のサウダライト帝の息子だってすぐに解る人だった。顔よりも全体の姿がとても良く似てた。長くて柔らかそうな髪に手を伸ばしてみると、触れることができた。
「質感もほぼ再現されておる」
「あの、触っていいんですか?」
アルトルマイス帝の髪は想像通り柔らかく、髪に触れたら笑顔になった。
「構わんぞ。幾らでも触ってやってくれ。とくにその二十四代は優しい男であったから、気にせずにぺたぺた触ると良いぞ」
「あの! 他の人も触ると笑顔になったりするんですか!」
「表情は変わることもあるであろうが、笑顔になるとは言い切れぬなあ。余は興味を持ったことがないので。一緒に触って確認するか」
「はい!」
サウダライト帝も笑顔だったけれど、なんかアルトルマイス帝とは違った。
二十六代皇帝陛下は笑ってはくれなかった……
「これが初の平民正妃を母に持った皇帝ヴィオーヴだ」
十七代目のヴィオーヴ帝と隣の十六代オードストレヴ帝を見比べる。
「すごく……こう」
お父さんにあたるオードストレヴ帝は、今まで見た中で一番穏やかで、聞いていた通り。《知的》ってこういうことなんだなって感じる。触れて観ると笑顔も《皇帝陛下》そのもの、穏やかで凄く昔の大人の人。
「ヴィオーヴは両親に似ず”野性的”であろう」
「はい! でも、笑った顔はお父さんの皇帝陛下に似てますね」
「……そうか。似ておるか! ロガにそう言ってもらえ、親子も喜んでおるだろう」
切りそろえられた後ろ髪と、全部の前髪を上げて知的な顔をはっきりと見せているオードストレヴ帝と、少し癖のある髪をひいお祖父さんのナイトベーハイム帝と同じように切って、たくわえるという程じゃないけれど髭を生やしているヴィオーヴ帝。
皇帝は宇宙を映す ―― その通りだと思った。だから……
「どうした? ロガ」
「あの……いいえ」
ビシュミエラ帝よりも偽りの姿で並んでいる、初代皇帝シュスター・ベルレー。
ナイトオリバルド様と同じ顔だけれども、これは同じ顔じゃない。瞳の色も髪も顔も……全部《偽り》……私にはそう見えた。
始まった時から《偽り》に。
これをどうやって伝えていいのか解らなかった。黙っていれば良かったのかも知れないけれど、どうしても伝えたいという気持ち突き動かされた。
「ナイトオリバルド様……」
「どうした? ロガ」
こんなことは初めて……だった気がする。
「怒らないで欲しいんですけれど」
「怒らんぞ。なにも怒らないぞ。ロガの率直な意見を聞かせてくれ。大丈夫だ、サウダライト帝の笑顔がエロ親父臭いとかそういうのは全く問題ないぞ」
「そんなこと思ってません……たぶん。あのですね……ナイトオリバルド様とシュスター・ベルレーはあまり似てない気がしました」
”あまり”とは言ったけど、実際は全然似てないと感じた。
「そうだろうな余はあまり軍人として」
「軍人とかじゃなくて……お顔その物が。シュスター・ベルレーは似てるって言われてるナイトベーハイム帝ともオリバルセバド帝とも、デユセードラデ帝ともあまり。このお三方とナイトオリバルド様は似てると思いますけど」
「……そ、そうか。ロガは凄いな」
ナイトオリバルド様の初陣が終わって、僭主の襲撃も終わってから、ナイトオリバルド様が教えてくれた。
シュスター・ベルレーのこの顔は、作られたものだって。
「よく整形だと解ったな」
「整形する人多いんです……ね」
「他の皇帝は整形してはおらぬぞ」
ナイトオリバルド様はキュラさんが整形していること、知らないみたい。
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